Phase2-8:人殺し
カザミは、違和感を拭うことが出来ずにいた。
「あの子、なんか怪しいよ」
『ソウデショウカ?』
偶然見かけたストリート系ファッションの店で、アームカバーの棚を眺めながら言う。
もはや誰も、独り言を気にする時代ではない。耳に挟んだ機械越しに相棒と通話中だ。
「元々、大女優様が何であんなへんぴな学校にとは思ってたけど……」
棚に赤いアームカバーが置かれているのを見た。
この色はないなと思ったが、急速にある予測が立った。
「まさか、あの子もレッドを狙って……」
『カザミ様。頭脳はワタシに劣ッテイルノデスカラ、飛躍シタ考エで結論ヅケルノハヤメマショウ』
辛辣。
デリケートの無さに関しては、最新鋭機を見習って欲しい。ぐぬっ、と目つきを悪くした。
『彼女のキャリアは極メテ順調デス。レッドを狙ウ理由がアリマセン』
「はいはい今のは適当に言った。勘はいい方ですから、あたしは」
追い払うように手を振り、赤は視界から外す。
だが、メーナの発言について、まだ釈然としない部分はある。
「けどさ、世間には聞かせられないボロなら出したよ」
『バックがドウトカ、デスカ? アンナノ、我々には関係のナイコトデス。不審人物ヲ撒クタメノ常套手段デシカナイデショウ』
視線を下へ動かし、デザインを一つずつ見る。
『まあ、あのレベルの俳優トモナレバ、ソレナリノSPロボットは……』
彼の言葉が途切れた。
『コレハ何の時間ですか?』
なぜこの店に入ったのか、パッチには伝えていなかった。
「アング・リー君の腕に包帯巻いたでしょ?」
『ハア』
「あれ、今のままだと見られすぎるでしょ、人から」
『向コウが隠セバいい話デス』
「お気に入りの服を着れない、ってあたしが気持ち悪く感じちゃうの! 傷が治るまでだいぶかかりそうだし、少しはマシに見える何かを……」
喋りながらしゃがみ込み、一番下の段を見る。
すると見つけた。
真っ黒な、シンプルなアームカバーだ。
両腕に巻けるよう一組分購入し、カザミは紙袋を持って店から出た。
これが彼には似合う……。そう思いはしたが、ファッションセンスにはそれなりの自信があった自分が、黒一色の安牌に頼ってしまった。袋を横に伸ばし、苦虫を噛んだ顔で中身を見下ろす。
『もしかしてカザミ様。アノ男ヲ怒ラセタコトに責任ヲ?』
当たらずとも遠からず……。
もっと上手いやりようがあったのは事実。近い意味を言い当てられたことは不服なので、そっぽを向く。
『寧ろ、カザミ様は宥メヨウとシテイタ側デス。向コウが分カラズ屋ナノデス』
「弟の世話してるんだと思えばへーきだよ。ここで株上げとけば後々楽でしょ?」
『気遣イは美シイのに、何故部屋はイツモ汚ク――』
カフの付いた耳元を拳で軽く殴る。
向こう側には、とてつもなく重いノイズが走っていることだろう。
『アッ! ス、スミマセン!!』
生意気なお手伝いロボットに教訓を与えてやり、上機嫌になったカザミは、路肩に停めていたエアバイクでこの場を離れようとする。
ちょうど、逆側の歩道とは垂直の角度だった。
向こう側にて、奇妙な動きで走る人物が視界に入った。
「あれは……?」
その男性は、時折、元来た道を気にしながら、腕を宙ぶらりんの状態で走り去っていく。
長くパサついた髪。所々が汚れ、破れた服。荒れに荒れた肌……。
決めつけるのは良くないが、ホームレスでは、とカザミは認識した。
ともかくカフで撮影する。妙だと思ったものは必ず記録に残すようにしている。
耳につけた金属をタップし、シャッターを切る。
その直後だった。
彼が走り去った方向とは逆側から、くぐもった唸り声が聞こえたのは。
まだここからは見えないが、何件かの建物を越えた先に、必ずいる。
「やっぱり。あたしの勘は当たった」
先の出現位置から、予測を立てることは簡単だった。
だが、先ほどの男も気になる。
まだ他の者が避難に移行していないという中、彼一人だけが先行していた。違和感が滲む。
現場への急行と、彼の追跡。両方を遂行する方法は一つだけある。
あまり関わる時間は増やしたくないが、仕方ない。
カザミは連絡先リストを即座に表示し、ある者へ発信。
「クロエ、あたし。今マコーム・ストリート付近にいる。写真を送るから、その東側に逃げてく奴を追跡して!」
言いたいことだけ言って通話を切った。
カザミは、脚に付けているワイヤー射出装置のロックを解除する。
『目立つ動きヲ取レバ、警察が――』
「そいつらが来るまでの時間稼ぎ!」
マンション三階の柵へワイヤーを射出し、鉤を引っ掛ける。
身体を宙へ舞い上がらせた。
*
ロードバイクに急ブレーキがかかる。
ユージーンは立ち漕ぎで爆走していたが、カフにある通知が入ったのだ。ホログラムを出して確認する。
タロウからのチャット連絡だった。
『拡散よろしく~』
短い一文と、URLが記されている。
有名な動画サイトだということまでは分かるが、アング、ユージーン共に内容は想像がつかない。ともかく再生する。
動画の冒頭。
黒地に白字の固いテロップが浮かぶ。
『2225年 10月8日
ワシントン フェニックス・フィールド』
アングは絶句した。
そのまま、上下に揺れる荒いカメラワークへと移行する。アリーナ席の床や芝生、逃げる撮影者の足だけが映る。
やがて、隠れるのには最適な瓦礫へ退避。撮影者は息を整え終えるまで待つ。
まだカメラは下を向いている。ふぅ、と息をつき、出口へ向かうのか……。
と思いきや、カメラの視界が持ち上がり、ステージの方角を捉えた。
まず映ったのは、アリーナ席中央の方を見て、立ち尽くす青いアーマードの姿。
次いで、その視線の先へと焦点が向かう。
火柱を顔面に浴び、仰け反る銃型の怪人の姿。
そのフレームの中に入り込んできた。
爪を振り上げ、対象に断罪の傷を与える赤き鎧。
……自分たちだ。
まだ世間には知られていない。その赤が今、ネットワークという枠組みの中で晒されている。
『危ないぞ君!!』
警察官が駆け足で向かってくる。注意の声に合わせてカメラが大きくブレる。
『やっべ!』
撮影者の焦る声のすぐ後に、映像は終わった。
拡散の要望が来たうえに、この動画を投稿したチャンネル、最後の声……。
誰が撮影したものなのかは推理するまでもない。
ユージーンは面白がり、掌を二回叩き合わせる。
「へぇぇ~! こりゃすごい! 特大ビッグスクープじゃん!!」
アング自身の姿は映っていないものの、意識下では青ざめていた。
まだ再生数は伸びていない。時間を見れば、投稿したばかりだと分かる。
削除するようタロウに頼むか。
その思考をユージンが見透かしてくる。
「いいじゃんか。放置しときな?」
『ふざけるな、リスクしかない!!』
「むしろそのほうがいいんだって! 世界中がレッド・アーマードを付け狙って、勝手に人がわんさか寄ってくるんだから!」
調子に乗り、自らその歪んだ狙いを語り始めた。
そう認識した直後。
耳鳴り。頭痛。
『っ……!!』
スタジアムで発生した時と同じ……。ただ、あの時よりは痛みが少ない。
それはユージーンにも作用しているらしいが、痛みすら悦びの一つなのか。
自転車を降り、笑みを深めながら、十字路の中央へ歩み寄る。
右へと曲がる先に見えたのは、転がる、二名の死体だ。
一人は、単純に心臓を刺されたと思われる女性。
もう一人の男性は、何か異様であった。
耳の下に、厚みのあるダイヤ状の金属が刺さっている。そこを起点とした肉体の内部で、まるで植物の根のような分かれ方をした隆起が、下へ下へと伸びていたのだ。
何らかの致死性が侵食したのか。
人の苦しみ。死。
それらを吸った物体を、ユージーンはポケットから外界へ出し、掌に載せた。
「オレの復讐はなあ、アング。オマエを痛みつけて終わりとか、そんな単純な話じゃ決してない!」
乾き始めた血溜まりを見下ろしながら、口角が吊り上がる。
「この世界でのうのうと生きてるヤツら、歪んだ価値観を作ったヤツら全員に対して遂行する!! 誰が死ぬとか関係ないんだよ……。むしろ勝手に死んでありがとうございますだ!! オレ達の力の糧にもなるんだから!!」
高笑いにも似た大口のまま、視線だけを奥の道へ滑らす。
そこに、殺人の犯人がいた。
彼は、歩道と車道の狭間に立っている。
人のシルエットは頭部以外辛うじて保てているが、その身なりは異質そのものだ。
西洋騎士風の鎧。しかし関節部は腐食し、欠けた部分からゾンビのような緑の肌が見え隠れする。体幹のバランスが斜めに傾いているところまでそれに近い。
右手に握られた武器は身長ほどある槍で、持ち手が木の枝のように細い。しかし先端だけは輝く銀色で、形状から、男性の遺体に刺さっていたものと同一であることが分かる。
そして、最も特徴的なのが、頭部。
腐った胴体以下とは裏腹に、美しすぎる。騎士の兜の形状にも似た、濃い紫色の花。折り畳まった花弁で構成されているようだ。
もはやどこに目があるのかも分からない。人の頭部は? 存在しないのか?
ユージーンは、自転車を勢いよく押し倒した。
「ビンゴー! 次、現れるんならこの辺りだと思ってたんだー!」
その怪人は、空中を飛び交う何かに対し、警戒の気配を見せていた。
機敏な存在は道路に着地し、間髪入れずに横蹴りを放つ。
爪先にナイフが伸びた。鎧の隙間に入り込む。
引き抜くと同時に、緑の血が噴き出た。
「グ、ボボ、ボ、ボォォ……!!」
泡立つような狂い声が鳴り響く。
だがそれとは無関係に、怪人の腕が動いた。
槍の横薙ぎ。それを、狐の面を被った少女は、バク転を連続で繰り出して回避。同時に距離も取る。
脚の装置の後ろ側からワイヤーが射出され、街灯の光源付近に絡みつく。巻き取りの勢いを使って高所へ。
街灯の金属部分を手で掴み、その身を垂直に縦へ伸ばして回転。足を下ろし、爪先立ちで上に乗った。
怪物相手に冷静な対応を取れているように見えるが、決定打には至っていない。
「全然来ない! 何で!?」
彼女……カザミの声にも焦りの色が漏れている。
すると強化イレギュラーは、彼なりにも判断力があるのか。
ターゲットを変えたのだ。その対象に、槍の先端を向けた。
逃げるよりも撮影を優先している、野次馬の家族三名へだ。
本来ならば、射程内の相手を突き、斬りかかるために使用する武器。だというのにあまりにも不自然な挙動。
まるで、照準を合わせているようにも見えた。
息を呑んだカザミは、持っていた紙袋の中に手を入れる。
「仕方ない……っ!」
異次元の予感は的中した。
槍の先端が、まるで弾丸のように射出されたのだ。
一直線。アングやカザミよりも一回り小さい、女の子へ向かって飛んでいく。
その軌道に先回りの影。
カザミが降下していた。その手には、一枚の黒い布……。
掬うように刃へ向けて振るうと、その布に刺さり、空気を裂く勢いを止めた。
さらに、自身の身体を斜めに捻り、投げ飛ばした。
花型の怪物の傍。近くの住宅の配電盤へと突き刺さる。
ショートし、火花が散る。
受け身の直前、カザミは、ジャケットの裏に隠し持っていた銃を引き抜いた。
同じ射線へ弾丸を放つと、ものの見事に命中。
配電盤の火花は増幅し、火炎を伴った衝撃と化す。
その小さな誘爆に巻き込まれた怪人は吹き飛ばされ、道路の中央まで転がった。
この様子を、ユージーンは、ただただほくそ笑んで見ていた。
「へー。スタジアムの個体より貧弱そうっていうのはあるけど、中々やるじゃない」
顎に指の関節を当て、優雅に観察。
「ただあれじゃあ、バケモンが自爆するまでには決着つかないなぁ」
一見すれば彼女が優勢。だが、タイムリミットは迫ってきている。
判断を誤れば彼女も火の海の中……。
強化イレギュラーがゆらりと起き上がる。
炎を浴びたことによるダメージ……。それを感じている様子はない。
直に浴びた彼の左半身は、確かに鎧が剥がれ落ちている。
だがそれは、本当に爆発を受けてのことか。
腕の体積が増大している。
その膨張に耐えきれず、砕けたのではないか。
緑色の肌は、ゾンビに近いのではない。肩から二の腕にかけての、瓶のように膨らんだ形状が物語っている。
あれはまるで、植物の子房。
そして内部で何かが蠢いている点が、最悪の事態を予感させる。
「おっとー? アレを放置したら、流石にまずいかもなぁー」
分かりきったことを飄々と伝えてくる。虫唾が走る。
さらに、露わとなった細い指が、不均等に伸び始めた。
歪な曲線を描く。まるで、壁に張り付くツタのよう。
その成長は留まることを知らない。
敵意は瞬時に目覚めた。鞭のようなしなりを見せるそれが、カザミを狙う。
彼女は間をくぐり、身を丸くし、跳躍をして回避。その最中にブーツから刃を回転させ、触手を斬り落としもする。
だがすぐに再生するうえに、五本という脅威を一人で凌いでいるのだ。このままではいずれ捕まる。
動きたい。
しかし動かせない。
より不安を煽るのは、いまだ膨らみ続けるあの肩。
アングの前にいる死体。首を刺され、枝分かれした血管のような隆起が浮き上がっている状態。
そして紫の花……。
同色で、極めて取り扱いの危険な個体が存在したはずだ。
「んー。おそらく、どくタイプの怪人……。レッドの炎なら、毒ごと焼き払えるかもしれません」
顎に親指の付け根を添え、博士のように声を上ずらせている。
アングの望みに蓋をしているのは間違えようもなく彼だ。
「助けたいんだろ?」
そして彼は、挑発として嘲笑ってくる。
「随分逞しい正義感だ。困っている人を見過ごせない。そのためなら、どんな手段だって使いますってえ?」
皮肉。
その無遠慮さが、アングの理性を軋ませる。
彼にとってはスパイスでしかない。
爪を逆立て、笑みの輪郭がより邪悪に変わる。
「ならオレに頼み込めよ! ユージーン様が全て正しいです。アナタに一生従いますって!!」
『お前ェッ!!』
「言いたくないなら好きにしな。どうせあの子が死ぬかどうかの問題だ、オレ達には関係のないことだろ!!」
回避運動を続けていたカザミが、ふとこちらを見て、二度見した。
彼女からしてみれば、見て見ぬふりをする愚か者でしかないだろう。
無力であまりにひ弱な……クズ。
身体を支配されているせいで彼女を裏切る。不本意さで、鼻の奥が熱くなる。
この状況は誰のせいだ?
――お前だ。
お前しかいない、ユージーン・クロス。
お前がいなければ、俺は幸せのままいられた。
お前の怠慢が彼女を殺す。
何をしている。
早くやれ。
レッド・アーマードを使え――!!
募る怨嗟は、彼の希望を叶えた。
「さっすがだアングゥ」
キューブが独りでに回転を始める。
パズルを完成させ、中央部が飛び出し、ユージーンが親指を添える。
「オレの思う通りの反応をしてくれるなァ!!」
押し込み……展開。
キューブは弾けた。炎の軌跡を作りながら、身体の周囲を飛び舞う。
手慣れたように装甲が連結。あっという間にアングの肉体は、禍々しき鎧に覆い尽くされる。
最後に、結合部から炎が噴き出す。
装着は完了した。
ユージーンは右手を開閉し、その感触を楽しむ。
「ふはははは……。こりゃーいい!」
そこからは勢い任せだ。
身を低くした走行で強化イレギュラーへ突っ込む。
カザミへの攻撃に集中していた怪人は、この接近に気づくのが遅れた。
花の顔面へ、まともに引っ掻き攻撃を受ける。
「オボ、ボォォォォォ!!」
仰け反りながらも触手を差し向けてくるが、レッドの爪の前には無力。両手で容易く切断できる。
隙を見計らっての槍の突き。
ユージーンは左手で刃の根本を掴み、続けてへし折った。
状況を察したのか、カザミは野次馬の家族を連れて離脱していく。
一転して勝ちの目は広がった。
しかし、別の要素が心を乱していた。
怪人はほぼ無力化された。あとは急所を狙い、終わらせてしまえばいい。
ユージーンはそうしなかった。
腕や胸、腰……。
明らかに急所ではない部分を狙い、両手の爪を振り下ろし続ける。
今のアングは、その様子を、同じ目線から見ることができる。
一目見ただけならば、楽しんでいるように見えた。
倒れた怪人に対して馬乗りになり、皮膚を引きちぎる。
緑の血が装甲に付着する。
「最高の気分だなアングー!!」
花の房である頭への殴打が始まる。
ズゴッ、ブチィッ。
それは一方的な暴力。
彼が望んだ虐殺。
「オレはもう殺される側じゃねえ!」
感覚として、彼の状況を認識できる。
鉛玉のように縮まった瞳孔。
その焦点は合わず、どこに向けようとしているかも分からない。
自ら狂おうとしている。
ただ笑い、このまま溺れてしまおうと。
「殺す側に回ったんだハハハハハハハッ!!」




