表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
激昂のイレギュラー  作者: 亜空獅堂
Phase1:幸せな世界
2/13

Phase1-2:幸せな世界

「聞いてるのかな?」


 つい昨日のことを思い返していた。

 職員室に呼び出され、立たされているという状況ながら、心はここにあらずだった。アングはだらりと背筋を正す。

「聞いてはいます」

 取り繕っただけの態度に、担任のバーンズは首を横に振りながらため息をついた。


 彼はまた、アングの進路について講釈を並べ始める。

 おもしろくない内容。ゆえにどうしてもアングの視線は、彼が座るデスクの斜め後方に向かってしまう。


 汚く積まれた紙類。その横に、唯一整えられた趣味用の聖域がある。

 武装した警察官や、かつての軍用車両のフィギュア。

 警察と軍隊が統合された今、行き場を失くした軍事オタク達は、こぞって『新たな勢力』へ流れ込んでいる。

 バーンズが元はどちらだったのか、統合後のファンなのかは不明。だが、明日の警察による発表イベントにも参加するに違いない。


「ともかく僕はね、母親を失くした君の将来を案じているから、こうしてここに招いたわけだ」

 今どきの教師にあるまじき、もっともらしいことを言っている。

 自分に酔っているのか、バーンズの視線が宙を舞う。


 その隙に、アングはパーカーのポケットに手を突っ込んだ。

 ある人物から託されたリンカー・フォン……通称『カフ』の表面を指で二回叩く。

 わざわざ呼び出しに応じたのも、全てこの作業を遂行するためだ。


 バーンズは視線を戻し、大げさに両掌を上げた。

「決して自己保身というわけではないよ? 出来の悪い生徒を社会に出したら給料が下がるとか、そういうんじゃないからね?」

 言わなければいいのに。思わず呆れ、今度はアングの方から視線を逸らした。


「……一応、引き取り手になってくれた養父はいますが」

「ああ、しかも極めて収入力のある、あのダン・フルーレさんがな」


 やはり知っていた。

 憧れからか、教師の声色がわずかに高揚する。


 ダン・フルーレ。警察の中でも多くの人々から慕われ、英雄視されている人物。

 ジョイの実父であり、今はアングの保護者でもある。


 不意に、かかと付近にて軽い衝撃が走る。

『失礼シマシタ』

 振り返ると、両腕が掃除機になった人型ロボットが、錆びついた関節を軋ませながら、アングの靴にノズルを押し当てていた。

 安価な中古品しか導入できない。予算に乏しい学校の体現と言えよう。


 通り過ぎるロボットの背を、バーンズは邪魔そうに手のひらで押し付ける。

 そのまま、耳の側面に挟んでいた自分のカフをタップ。空中にホログラムウィンドウを展開した。


 指先を這わせて操作すると、二人の傍にある机が淡く発光。バーンズのカフと同期(リンク)したのだ。

 机の面から粒子が巻き上がり、ある物体の輪郭を形成する。

 街のいたるところで見かける汎用ロボットの、可愛らしくデフォルメされた3Dモデルだ。


「財源さえあるのなら簡単にロボットのオーナーになれる。彼らに働かせて自分は『配当』を得るというね。一番安定した職業だろう。逆に、ロボットに取って代わられるような職はおすすめしない」

 バーンズが指を滑らせると、表示されていたモデルが変更される。

 高慢な顔つきがよく似ている。彼を再現した教師のモデルだ。


「教師もいずれこうなる」

 彼は何食わぬ顔で、自分の分身の首を人差し指で横に薙ぎ払った。

 ザシュ、という電子音。デフォルメされた首が飛んでいく。胴体もノイズとなって霧散した。

「スポーツ選手とか株のトレーダーとかあるが、僕としては、やはりこの二つをおすすめしようと思う」


 新たな二つのモデルが同時に表示される。

 左側には、メガホンを持った監督と、演技をする俳優。

 右側には、制服を着て敬礼する警察官。

 どちらも、今の人類にとって特にホットだと言われる業界だ。

「時にAIをも上回る独創性が求められるエンターテインメント業界。暴走やハッキングのリスクゆえ、ロボットには任せられない警察組織。今でも人間が人間として輝ける場所だ」



 それらを見下ろし、話を聞いている最中のこと。

 アングの眉間の先で、黒いモヤが渦を巻き始める。

 痛みとは違う。だが、脳に無理やり何かを植え込まれるような感覚。思わず眉間を押さえた。


 昨夜に生じた『つっかえ』と同じだ。

 それがいっぺんに二つも押し寄せてきた。


 その様子を見ていたバーンズが、眉を狭めながら身を乗り出す。

「なぜ気乗りしない? ジュニアハイスクール時代の演劇での活躍は、今でも語り草だぞ」

「あれは……お遊びですし……」

「やっていた慈善活動もそうだ。普通に考えたら、そのどちらかの道を進もうと思うが」


 何故だか、彼の言葉が耳鳴りとして反響する。

 アングは薄々感づいていた。自分の身に生じる正体不明の違和感には、この二つが関連している。


 あの演劇。

 正義を行うこと。

 何故この二つなのかは検討もつかない。


 ともかくアングは言い訳を述べる。

「警察に関しては……ジョイがきっと頑張るでしょう」

「肩を並べたいと思わないのか? ん?」

 良かれと思っての問いかけなのだろう。

 だが、アングの視線は自然と床に落ちた。


 生徒の心境にも気づかず、愚かな教師は気持ちよさそうに言葉を並べる。

「これでも僕は、教師という仕事を誇りに思っているよ。人の才能っていうのは人が見つけ出してこそだ」

 もう自分のカフで、ネットサーフィンでもしながら時間を潰そう。

 そう逃げかけていた、その時。

「きっと君に大きな期待を持っていたからこそ、あんな危ないことを容認したんだろう? 亡くなったお母さんも」



 胸の奥から、叫ぶようなざわめきがせり上がってくる。



 エンタメや警察への違和感など比ではない。

 『母の死』。そして『過去の自分』。

 その二つが結びつくたび、内側にある『開けてはいけないもの』が、軋みを上げて勝手に開きそうになる。


 それが何なのかは分からない。

 だがひとたびこの衝動が起きると、身体の奥から熱が暴発する。

 アングは、眉間に当てていた手を慌てて、口元に移す。

「おお、大丈夫かい?」

 軽い反応のバーンズが手を伸ばしてくる。


 馴れ馴れしい。うるさい。

 アングは無意識のうちに、その手を荒々しく振り払っていた。


 これは純粋な吐き気とは異なる。

 あらゆる思考が、感情が、ごちゃ混ぜになり、冷静ではいられなくなる。何が正しいのか分からなくなる。

 過去の熱。

 現在の静寂。

 相反する二つの衝突。

 脳も、心臓も、全てが熱に侵されていくような、ドス黒い感覚。


 その混沌の中、ポケットの中で微弱の振動が走った。

 本来の目的――とある人物のカフが、データの収集を終えた合図だ。

 その無機質な振動が救い火となる。アングは一度のタッチで振動を止め、熱を冷ますように首を横に振った。

 睨みつけるような視線になりながらも、身体全体は出口へ向ける。


「……具合が悪くなりました。失礼します」

 そのまま頭だけを下げ、アングは職員室を後にした。





 取り出し口に缶が落ちる。

 一つの成果を遂げた自分への、ささやかな報酬である。


 「んじゃあ結局、今回も進路保留で逃げたってわけかァ?」

 校舎裏。

 雑草が生い茂り、自販機くらいしかないその一角は、もはや三人専用のたまり場と化していた。


 地べたにヤンキー座りをし、問いかけを行ったのは悪友の一人、マックス・バリストだ。

 デニムジャケットの下には、筋肉を見せつける気満々なピチピチのポロシャツ。無駄に長い後ろ髪。

 常時かけたサングラスと、サロンで焼いた肌。今風というより、『古代』のチャラさを醸し出している。

 アングはあえて指摘しない。そのほうが面白いからだ。


 拾い上げた唐辛子味炭酸ジュースを開ける。

「本当に体調が悪くなったんだ」

 釈明の言葉ごと、先の熱を一口で洗い流した。

「いちいちカッコつけるからねェ~、アンちゃんは。ま、いっか。その特性、オレっちに分けて欲しいくらいだぜ」


「んで? オイラからの依頼は?」

 マックスの隣。

 壁に寄りかかり、携帯ゲーム機に熱中していたもう一人の悪友……タロウ・サキヤマが口を開いた。

 こちらは小柄な体型で、マッシュルームカットと黒フレーム眼鏡、そして首から下げた一眼レフカメラがトレードマークだ。


 アングは無言でタロウに近づいていき、リンカー・フォンを渡す。

 職員室で密かに起動していたカフ。タロウの私物であり、改造品でもある。

「あんがと~。どれどれ~……?」

 タロウはゲーム機をリュックにしまい、受け取ったカフを自分の耳に付ける。

 空中にホログラムを展開した。


 表示されたのは二枚の画像だ。テスト用タブレットへの投影を想定したサイズ感、レイアウト。

 等間隔に並ぶ設問と、作成者にしか見えないはずの赤字……。

 大方を確認した後、タロウはニヒヒと笑った。

「さっすがアングー。今回もお手柄だね~」

 アングは喉を潤しながら小さく移動し、タロウの隣で同じように背中を壁に預け、腕を組んだ。


 マックスがサングラスをずらし、ホログラムを覗き込む。

「分けてくれるんだよな?」

 タロウは意地悪く笑み、ホログラムの上辺に掌を当てる。

 はたき落とすようにスワイプすると、宙に浮いていた画面は一瞬で収束した。

「君はここにいただけだよねマックスく~ん。無償で明け渡せって?」

「頼むぜ~。今回の範囲、マジで何もしてねーんだよォー……!」


 アングが職員室で収集していたものとは、次回のテストの答案データだ。

 定期的にタロウから頼まれては実行している『依頼』だが、今回は進路相談という名目であった分、いつもより工夫の必要がなかった。


 一旦アングは目を閉じる。

「こっちはいつバレるかヒヤヒヤものなんだぞ」

 肝心のことを無かったことにされそうで、思い出させるための発言だった。

 タロウは一瞬気の抜けた表情をしていたが、すぐに口角を上げ、大きく頷く。

「あー、ハイハイ。報酬ねぇ。まあ入学試験でもないんだし、この程度で犯罪扱いされないでしょ」


 タロウが再びホログラムを表示し、操作する。

 アングのカフが短く震えた。ウォレット画面を確認する。

 残高に、十ドル分の加算。

 増えた残高をマジマジと見つめながら、アングは口を開く。


「タロウ」

「ん?」

「こうまでして、テストで良い点取りたいのか?」

 タロウが首を横に振りながら身を乗り出す。

「分かってないな~アングは。良い点とるのなんておまけ。オイラ達は、教師が作ったくせに生徒には見せない、意地汚く隠されたものを暴くという偉業を成し遂げているんだ! これってすごいジャーナリズムだろう!?」


 熱弁を振るう彼とは対照的に、マックスが鼻をほじっている。

「何言ってんだコイツ」

「てかさぁ、どうせバーンズ先生も行くんでしょ? 明日の警察主催の発表会」

 タロウが空を見上げ、だるそうに目を閉じる。

「出くわしたら気まずいなぁー。まあ流石に学校の話とかはしてこないか」

「かと言ってジョイの晴れ舞台なんだし、行かない選択肢は無ぇ」

「行かないとは言ってないだろー?」


 そう。明日は大親友が、一足先に大人の階段を上る日である。

 自分は何をやっているんだという虚しさもある。かつて誓い合った者の片割れは、今ここで小泥棒まがいのことをしているというのに……。



 ――パンッ!


 学校の敷地外で、甲高い破裂音が鳴った。

 三人は一斉にそちらを向く。普段は強気なマックスも僅かに固まる。

「おぉ……。何の音だ?」

「……銃声」


 アングは迷わず言った。

 つい最近も自分の部屋で聞いた音だ。なぜ馴染み深い存在になっているのか。


 二人とは打って代わり、タロウの目は輝く。

「スクープ……!!」

 首から下げていた一眼レフを両手で握り、口元を緩ませ、高揚の涎を流していた。

 それを見たマックスが呆れ笑いを浮かべる。

「女好きのオレっちはだいぶ健全なほうだな」


 彼はアングの方を見ると、サングラスの位置を正し、レンズを光らせた。

「アンちゃんはどうする? 久しぶりに正義のための活動するかァ?」


 ……また耳の奥で不協和音が木霊する。

 まるでマックスの提案をかき消すようなタイミング。偶然にしては回数が多い。


 普段の日常であれば付き合っていたかもしれない。

 今日は一向に気乗りしなかった。


「……相手が『強化イレギュラー』だったらどうする」

 そう言い残し、アングは背を向け、校舎入口のある方へと歩き出す。

 向かう先は、学校で一人になりたい時に使う、いつもの場所だ。


 背後から、二人の会話がかすかに聞こえてくる。

「すっかり落ちぶれちゃってまぁ」

「そう考えたら、オレらの出会いって奇跡に近かったんだな」


 二人との出会い……。あの日がアングにとって、最後の『正義を持った活動』の日だったのかもしれない。

 感慨にふけるというよりは虚しさが加速しただけだ。早く気を紛らわせようと歩みが加速する。



 遠くで、再び音が弾けた。

 先程のような銃声だけではない。重く、激しい、地を揺らすほどの爆音も重なる。


 もはや平和とは言い難い騒音。

 それをアングは、思考を遮断するためのBGM代わりに利用した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ