Phase2-6:人殺し
肌寒い夜風の中、ゼオンは、アメリカのトップから投げられる言葉を聞き流していた。
脳内カフは、脳と網膜を介することでスマートに事を終えれる便利さがあるが、もし他に画面を共有したい相手がいる場合は、同期が可能な家具・電化製品か、携帯用プロジェクターが必要となる。
そのプロジェクターを地面に置き、立ち上がらせたホログラムを、同僚のフランと共に直視する。
ゴードン統括官の顔を映した映像だ。
『つまり、あの野蛮なイレギュラーどもに、赤いアーマードの身柄を確保するための生贄になってもらおうというわけだ!』
口の開きが大きい。通話が始まってからずっとこの調子だ。
ゼオンは、彼が言う『野蛮なイレギュラー』の現状を、安全圏から横目で確認する。
場所は、高層ビルに囲まれた通りのど真ん中。
そこで仰向けに拘束されているのが、巨大なシャコ貝を模した怪物……強化イレギュラーだ。
駆けつけた警察官によって電磁ネットを被せられ、動きが止まっている状態。対強化イレギュラーの戦術として基本に忠実な処置だ。
周囲の人々は、既に半径二十五メートル圏外へ退避した。
通常、強化イレギュラーは変容から十分後に自爆し、半径二十五メートルを焼き払う。
ゆえに迅速に容疑者の動きを止め、爆発の瞬間を待つか、可能であれば安全区域へ移送する。それがセオリーだ。
今回は都市部の中心であるため、後者の手段は見送られた。
しかし、その待つだけの対策を打開するためにこそ、ガード・アーマードは開発されたのだ。
フランは、統括官の言葉に眉をひそめた。
「だから、ガード・アーマードの出動も許可しなかった……と?」
『そういうことだ!』
全く悪びれない口ぶり。街の平和よりも、赤いアーマードの確保を優先しているようだった。
生真面目なフランは、最高権力者を相手にしても頭を下げることはない。
「しかし、強化イレギュラーが自爆するまでの時間は、日に日に減少傾向にあります! 避難に遅れが生じる可能性は高まっているのです!」
一時間前、ここより東に出現した個体は、自爆までの時間がわずか七分。
警察による拘束は間に合わず、市民を含めた十八人が死亡した。
こちらの個体も、七分まであと少しというところまで来た。
彼の援護射撃として、ゼオンも事実を添える。
「スタジアムの一件も含めれば、今日だけで既に三体目――」
『何が言いたい? んん?』
ゴードンが耳を小指でほじりながら言葉を被せる。
『私の命令に背くつもりか? 私が正しいというのに私に逆らうのか!!』
フランが目を細め、首を横に振る。
「そうは言っていませんが……」
少し調子に乗っているな、と感じた。
ゼオンはあえて、彼に興味を投げかける。
「やけに赤いアーマードに固執しているようですね」
『スタジアムで強化イレギュラーを倒したのも、あの赤鎧だったというんだろう! ならば奴を味方につけ、排除してもらうほうが得策! そう考えたまでだ! 私の理屈が間違っているように見えるか!?』
自分が正しいと思い込んでいるようだ。
まくし立て続けるゴードンは、薄ら笑いを浮かべた。
『現にスタジアムでの爆発は、赤いアーマードによる撃破が要因だったためか、爆発範囲が極めて小さかったと聞いた』
「まだ内々の情報のはずですが」
勝手に口を滑らせた。
ゼオンの指摘を受けたゴードンは、ぐぬっと罰が悪そうに喉を鳴らした。
赤いアーマードに関する能力、風貌、戦闘結果などは、まだ警察内の秘匿事項だ。
青いアーマードもそうだが、ガード・アーマードとの性能を比較し、遥かに上位種だと世間に知れ渡れば、警察の名声に傷がつく。
それを既に把握しているということは、自ら調べたか、誰かに調べさせたか……。
静かに核心を突くゼオンとは対照的に、フランの懸念は収まらない。
「しかし統括官、赤鎧の正体自体が、イレギュラーの可能性もあるんですよ!?」
ゴードンはバンッ、と机に拳を叩きつけた。
『ええい、目には目にをというであろう!!』
「命令には従いましょう」
これ以上は埒が明かない。
ゼオンは口を挟み、媚びを売った。
仮面の奥の表情など伝わりはしない。
しばらく直視し続けたが、彼はご満悦の笑顔を見せた。
『よく言った。ああ、そうそう。強化イレギュラーが爆発する様子は当然記録していると思うが……』
まさにその最中だった。
シャコ貝型の身体から、四方八方へ光の線が伸びる。
「ゴォォ、アアアアアアアッ……!!」
くぐもった絶叫。次の瞬間。
轟音が鳴り、彼の心臓部を起点とし、赤の煙が爆ぜた。
衝撃が広がる。窓ガラスが一斉に砕けた。
建物は倒れるどころか、炎に呑み込まれた。
残り物が地へと落ちていく。
遠くにいるゼオン達も突風を浴び、腕で凌いだ。
この混乱の中、ホワイトハウスでぬくぬくとしている彼は、話を続けた。
『こちらにも送ってくれ。私も個人的に検証したいと思ってるのでな』
彼は自分勝手に通話を切った。
風に煽られ、プロジェクターの円形が独りでに回転している。
斜めに傾こうというところで、ゼオンが踏みつけて止めた。
*
ゴードンは上機嫌にワインを含んだ。
ゼオン・マクラウドという男は油断がならない。そんな印象を抱いていたが、彼に一泡吹かせることができた。
耳障りな追求を退け、計画をより前へ進めることができた。これは一種の祝勝である。
そのお祝いムードを、壁際から歩み寄ってきた秘書に邪魔される。
「統括官。『M』からの通信です」
聞きたくない名……。
自然と眉間が狭まる。映像に入り込まないよう、ワイングラスを床に置き、秘書ジョリントへ手で合図を送った。
彼がリモコンを操作すると、執務室の床に埋め込まれたプロジェクターが起動。三角錐状の光が立ち上った。
ゴードンの倍以上は大きい身の丈が映し出された。
悠然と脚を組んで座る彼女の顔は、意図的な闇に溶けて見えない。
『随分と派手な陣形を組むではないか、ゴードン統括官』
渋みと威厳、そして美をも感じさせる声。
それだけで格が違うと思い知らされる。ゴードンは下だ。
だが媚びたくはない。自分は彼女を利用したいだけだ。正しき道を歩む者としての使命なのだ。
負けじと、自分も両手を組み、前のめりになる。
「それは……貴様も願ったり叶ったりではないか?」
『燻っていた貴殿に機会を与えてあげたのだ。だが功を奏した。想定以上の働きだ』
褒められた?
ゴードンも想定していなかったことであり、まばたきを繰り返した。
単に褒めに来ただけなのか。もしそうだとしたら身構えたのが無駄だ。鼻息に憤りが混じる。
ここでMは、改めてと説明を始めた。
『現在の構図は実に判断がしやすい。私に従うか、従わないか。この可否で、貴殿と彼女の運命は決まる』
彼女……。
その単語を聞いた途端、ムカムカと喉までせり上がってくるのを感じた。
疑心暗鬼になっていた部分だ。今は従っているが、本当にいいのか。約束は守られるのか。
再確認するために声を張り上げる。
「この件が成功すれば、本当に――!」
『レッド・アーマードの回収』
だが都合よく言葉は遮られる。
『それさえ済めば、貴殿を縛り付ける動機も失くなる。他言しないという条件付きで、現ポストの維持を保障しよう』
やはりだ。『彼女』の件については明言を避けた。
しかし『従わなければ』と言われたのも事実であり、結局は、抵抗を無言で封じられる。
『ところで、強化イレギュラーの生産についてだが……』
「過去にも話した、やり手の業者にやらせている。とんだ異常者だよ。制御精度も上がり、自爆時間が七分台まで短縮されたと――」
『それを運ぶ仲介人はどこにいる?』
唐突に話題が塗り替えられた。
「どこ……とは?」
『その分だと、何の対策も取っていないな?』
何の話をしているのかすぐには理解できなかった。落ちた視線が左右に揺れる。
『貴殿にはブランクがある。とはいえ、もう少し考えて欲しかったものだ』
静かな威圧だけがゴードンの肌を撫でる。
『即席の人材を用意した点と、怯えず、作戦を決行したことまでは褒めよう』
想定以上、という評価の真実が漏れる。元の評価が低かったということだ。
Mは蔑むように続ける。
『だが貴殿は結果を急ぎすぎた。我々が一定を保っていた強化イレギュラーの出現頻度をたった数時間で増大させた。ワシントン内だけでだ』
説明が続くに連れ、ゴードンの顔から血の気が引いていく。
『するとどうなると思う? 強化イレギュラーを出現エリアに招き入れる仲介人の存在が絞り込まれる。それぞれが別の動きをしていようが、貴殿が選んだルートを流用している以上、予測を立てることは十分に可能だ』
彼女は人差し指を突きつけた。
『何名を雇っているのか知らないが、危機管理の観点から大勢は使えまい。一人でも断定されれば、その白い家へ容易く辿り着くことができる』
「そ、それは……! 貴様が急かしたからだ!!」
『私は土台と道具を用意したまで。やり方は自分で決めるものだ』
先ほどまでは、あれでも柔らかな口調だったほうだ。ゴードンはそう感じた。
そのまま彼女は、首を横に振りながらわずかに俯く。
『ハッキリ言うが、貴殿の代わりはいくらでもいる。どうしくじろうが全て想定の範囲内』
易々と言い返せる相手ではない。
屈辱で震える身体を、歯軋りで必死に凌ぐしかない。
『本当に救済の道を目指しているのであれば、一刻も早く対策を練り、私をこれ以上失望させないことだ』
通信はそこで切れた。
あまりにも投げやりな幕切れ。ある意味では、最後通告とも受け取れる。
「おい!」
またいつの間にか傍から消え、部屋の隅にいたジョリントを呼びつけた。
こちらを見下ろす位置まで来たその男に、問いかける。
「仲介人はどんな奴らだ?」
「四時間以内という制約があったため、厳正な選別は困難――」
「言い訳は聞いていない詳細は!?」
「現時点では三名。いずれも、北東部に住み着いていたホームレスです」
何を危惧していたのか一瞬で理解できた。
仲介人の選定は、全てジョリントの手引だった。ホームレスという、数字もアルファベットも理解できそうにない輩に、この男は頼っていた。
これだから、この世界の愚民どもは……。
ゴードンは震える指で、彼の端正な顔を指差す。
「血が流れれば足がつく。見つけ出して監禁しろ! できなければ貴様はクビだ!!」
「次の第三波を中止しろということですか?」
「話を聞いていなかったのか!! 人なんざいくら死んでもいいがなあ、最終的に私の利にならないのならば全てが無駄だ!」
「止めることは不可能です」
端的な拒絶。
ゴードンは完全に言葉を失った。
「既に解凍は済ませてありますので」
*
あるホームレスの男が、大きなショッピングカートを引いていた。
成人男性三人が座れるほどのカゴ。その中には、同じだけの幅を持つコンテナが収まり、上からゴミ袋を被せて見えにくいようにしていた。
普段どおりに進め。不審な動きはするな。
そう言われていたが、今夜は強化イレギュラーによる事件が多発している影響で、誰も見向きもしなかった。
仕事は単純だ。このコンテナを指定された場所に置く。
中身を見るな。仕事内容を誰かに話すな。
このルールさえ守れば、安物のワインを五百本は買えるだけの大金が手に入る。北東エリアのホームレス仲間たちとパーティだってできる。
だから、コンテナの中から鳴る打音に対し、聞いていないフリをした。




