Phase2-2:人殺し
フェニックス・フィールドの放送室は、不自然な静けさを見せていた。
中にいた一人と一機のスタッフが、深い眠りについているためだ。
もっとも、後者に関しては、永遠の眠りであった。
パーツはバラバラ。中の部品も剥き出しとなった、無惨な機械の末路だ。
小さな暖灯だけが照らす室内で、現場検証に訪れていたフランが、その残骸を見下ろしながら鼻を摘んだ。まだ焼け焦げた臭いが密室に残っていた。
「拳銃だけではこうはならないな。より強力な武装を所持していたと考えていいだろう」
一方でゼオンは、アナウンス用の操作卓に突っ伏している、人間のスタッフを直視した。
「不可解なのは……フッ。どうやら犯人は、人命を重んじる差別主義者らしい」
「差別主義者?」
「ロボットは壊れてもいい、という思想が透けて見える」
現に人間のスタッフは、等間隔の寝息を立てている。とても心地が良いのだろう。
怠惰による居眠りではない。首元には、細く小さな針が刺さっていた。
麻酔銃による計画的な無力化が行われた証拠だ。
この放送室は、場内アナウンスだけでなく、監視カメラ映像の管理も担っている。
ゼオンは、先に簡易検証を終えていた警察官に問いかける。
「あのBGMはここから発信された。間違いないな?」
「はい。放送室のスタッフを無力化し、ここを占拠。音楽を流したと見て間違いありません」
「その音楽が流れて間もなく、強化イレギュラーが発現した……。合図だったというわけか。面白いやり口だ」
フランが呆れたように目を細める。
「どこがだ。おかげで何人が死んだと思ってる」
同期の文句はネズミの鳴き声程度に聞き流す。
ゼオンはパソコンの前に腰を下ろし、マウスを握る。
「監視カメラのデータは?」
「削除されています」
フランが遠くから口を挟む。
「クラウドサーバーへのアップロードもあるだろう」
「プライバシー保護の観点というものがありますからね」
「それは確証を得ての発言か?」
彼はプライドゆえか、いつの間にやら現場スタッフでもない警察官に詰め寄っている。
ゼオンは念のためにと、自分で確認をしていた。モニターに映るアプリ一覧を二度指差す。
「期待するだけ無駄だ。アプリのインストールすらされていない」
確認作業は一瞬で終わった。
フランは深く息を吐く。
「そこまで計算ずくだとしたら驚きだぞ。本当にあの子供一人で……」
「忘れたのか? ハル巡査はこう証言していた。空に透明人間がいたと」
一見するとふざけた主張だが、ジェットパックが折られた事実と、事件の壮絶さを考えれば、説得力は増す。
「壇上に青いアーマードが現れたタイミングと、音楽が流れたタイミングは同時。ちょうど噛み合うように調整した音声を流していた可能性もあるが、それもあの少女が一人で? 分担したほうが簡単だと私は思う。ましてや、その透明人間がいるのなら尚更」
アメリカ地域全体の見立てでは、強化イレギュラーと青いアーマードは共犯で間違いないということだ。
以降の問題は、それ以外にも共犯者はいるのかという点に集約される。
フランは、顎に指の根元を当て、考え込む。
「何か目撃情報でもあればいいんだが……」
となれば、ここから一つの発想に結びつくのは必然である。
ゼオンは椅子を回転させ、部下の警察官にそのことを聞く。
「仮に、実体のある人物が接近すれば、ここに侵入するまでに警備員が止めるはずだ」
犯罪というものはそう単純ではない。進行を妨げる防壁がいくつもある。
ゼオンはそのまま問いを投げる。
「その警備員は何をしていた?」
*
「よっ!」
それは、あまりにもふざけた光景に見える。
軽快な掛け声の後、壁際に立つ警備員は両手を床に付け、そのまま身体を持ち上げた。
その反復する光景を三周分見届けた。フランに至っては口をあんぐりとさせている。
案内した警察官が苦笑いで説明する。
「こうやって逆立ちを繰り返し、何も答えないようです」
自分の意志でやっているのだとすれば、もはやまともな精神状態とは言い難い。
ゼオンは逆立ち男を見たまま、警察官に問いかける。
「催眠術の類か?」
「判別する手段がありません。むしろそうであって欲しいですが……」
その時、ゼオンの脳内に呼び出し音が鳴り響いた。
リンカー・フォンによる着信。彼のものは上位モデルであり、もはや耳に付ける必要もない。
脳内に埋め込まれたチップによって神経と直結し、網膜にホログラム映像を映し出す。何に触れるか、どのアプリを起動するのかという操作も、全て脳波のみで完結する。
「失礼」
ゼオンは、自身のこめかみを二度指差し、同席している二人に『着信中』の旨を伝える。
少し距離を置き、こめかみに人差し指と中指を当てる。こうすることで、聴覚野の神経を活発化させ、通話音声を鮮明に拾えるのだ。
「私です」
『ああ、すまない! そっちはいま忙しいだろう!?』
声が大きい。
脳に負担がかかり過ぎるため、指を離した。
捜査官のダン・フルーレからだ。電話が来ることは予想していた。
「いえ。要件は?」
『いやぁ、その……私用で済まないが、息子たちのことだ!』
「ああ……」
『警察は答えてくれない、本人たちには全く繋がらない! 果たして無事なのかどうか』
やはりその件でだった。
ゼオンは壁に寄りかかり、用意していた言葉を並べる。
「ご心配なく。ジョイ君なら、釈明を聞いている最中です」
『釈……んん? そうか。無事ならいい! だがな、もう一人いるんだ!』
ゼオンの胸中が疼く。
「ほう?」
『アング・リーという子なんだが、やや赤めの茶髪で、一束分の白髪がある……』
「あなたが引き取られた子ですか?」
『あー、以前に少しだけ話したことがあったな』
ダンが話す姿なら、先ほど目にしたばかりだ。
どこに行ったのかまでは本当に知らない。
「捜索依頼を出しておきます」
『流石だ未来の長! 頼んだぞ!』
向こうから通話を切られた。
実際問題、警察関係者の親族だからといって、その対象を優先的に捜索するのは職権乱用に等しい。無視することにした。
しかしデバイス越しであっても鼓膜を貫く声だった。ようやくその疲労蓄積から解放された。
その矢先のことだ。
「監査官ー!! フラン監査官ー!!」
客席のある屋外から、再び張りのある声が届いてきた。今度は女性だ。
形式上では、ガード・アーマードを着用しての初実戦を行った警察官、ハル・フラット。
目当ての相手はフランなのだろう。大きく腕を振りながら駆け込んでくる。
ゼオンの横をそのまま通過……という直前で、ようやくこちらに気づいた。
足を止め、ゼオンの顔を見た途端、舌が飛び出す勢いで仰天した。
「えぇぇ!? ゼ、ゼオン部長もこちらに!?」
「通達はされていたはずだが」
大声を聞きつけたフランが歩み寄ってきた。
「うるさいぞ何の用だ!」
「あっ、いえ! あの女の子のことについてのご報告が!」
フランの顔つきが一変する。
現状、犯行について最も多くを知っているであろう少女。青いアーマードを装着していた。
彼はやや前のめりになって問う。
「奴は何か言ったか!?」
それを受けたハルは、笑顔を浮かべ、自分の後頭部を撫でた。
「笑顔で黙秘を貫いたままでしてぇ……」
彼は結局、天を仰ぐこととなった。手で顔を覆う。
「なら一々報告しに来なくていい」
しかし、彼は分かりやすい情報に引きずられすぎている。
ある部分に気づいていない。ゼオンは、その一点を掘り下げる。
「常に笑顔……。つまり、イレギュラーではないということか?」
人間が本来持ち得ないとされる未知の感情。
それをイレギュラーは保有している。正しい感情の体現である笑顔とは違う、真逆の感情。
負けず嫌いのフランは、ゼオンの指摘に対抗するように腕を組んだ。
「極論を言うが、この件にイレギュラーどうこうは関係ない。千人以上の人が死んだ。十分過ぎる処刑案件だ」
ふと下ろしたゼオンの視線に、ある物が目に入る。
「それは?」
指差したのは、ハルが摘んでいる小さな紙だ。
指摘されたハルは、息を呑み、慌ててその紙を自分の顔の前まで持ち上げる。
「はっ……。そうだ! これを見せたかったんだった!」
ゼオンは遠慮なくそれを摘み取った。
簡単には裂けそうにない、やや厚めの素材。横長の長方形で、掌に収まるサイズ感。
何を意味するのかは、社会人ならば誰にでも理解できる。
「……名刺か」
今度はフランが奪い取り、内容を確認する。
「カナ・ブラウン……。名前以外の表記は見当たらない。何だこれは!?」
本来ならば、肩書きや連絡先が記されているものだが、名前だけがデカデカと主張されている。
ゼオンが淡々と付け足す。
「この分なら、その名前すら本物かどうか疑わしい」
結局、判明したのはこれだけだ。
犯人の一人の見た目。そして彼女が名乗る名前のみ。
正体、目的、仲間の所在も、紐解くには情報が足りない。
ただ、得たい情報があるのならばやりようはある。
思案していたフランだったが、名刺を睨みつけ、提案した。
「拷問しよう」
「あんなかわいらしい子を……!?」
「彼女の直接的な被害者がいないから騙されているな? 混乱という風穴を開けた。れっきとした大犯罪者だ!」
この状況であれば、フランの言い分が正しくはある。
だが、捕まえたばかりの犯人、しかも未成年にすぐ暴行を加えるのは、警察の品位を著しく損なう。
ゼオンは方針を伝える。
「一週間経過し、何も吐かなければ遂行する」
ハルは唇を尖らせ、「ブー」と不満を漏らした。
「それにしても……」
ゼオンは再び名刺を手に取り、青い鎧を纏っていた少女についての整理と、見解を述べる。
「ある程度暴れ終えてからは安々と降伏し、目立った所持品もこれだけ」
名刺には、堂々と名前のみ。
誰もがおかしいと思うだろう。ゼオンの仮面に陰が差し込む。
「まるで、捕まえてくださいとお願いしているようだ」




