第四章:母の教え、指先の光
一年間の地道な努力は、リオンの中に確かな変化をもたらしていた。毎朝の剣術の稽古では、風を掴む感覚が、以前よりも鮮明になってきた。そして夜、静寂の中で意識を集中すれば、指先から、体全体へと、温かい魔力の流れを感じられるようになっていた。
そんなある日、母がリオンを呼び寄せた。
「リオン、よく頑張ったわね。魔力を感じられるようになったこと、とても嬉しいわ」
母は、リオンの頭を優しく撫でた。その瞳は、以前にも増して穏やかな光を湛えている。
「今日から、あなたの修行は次の段階に進むわ。治癒魔法の初歩の心得よ」
母は、そう言って、小さな木製のカップと、井戸から汲んだばかりという、少し濁った水が入った水差しを持ってきた。
「治癒魔法の基本は、体の中にある魔力を、外に解放すること。そして、その魔力で、傷ついたもの、穢れたものを清めることなの」
母はそう言うと、カップに水を注いだ。濁った水が、カップの中で静かに揺れる。
「まずは、この魔力を、指先から、この水に注いでみましょう」
母は、リオンの隣に座り、自分の指先をカップの水面に近づけた。そして、ゆっくりと意識を集中させる。リオンが夜に感じた、あの温かい魔力の流れが、母の指先から、まるで細い糸のように溢れ出し、水面へと吸い込まれていくのが見えた。
「ほら、見てごらんなさい」
母がそう言うと、リオンは目を見張った。母の指先から注がれた魔力によって、カップの中の濁った水が、みるみるうちに澄み渡っていく。そして、数秒後には、そこには、井戸水とは思えないほど、きらきらと輝く、透き通った水だけが残っていた。
「すごい…!」
リオンは、思わず感嘆の声を漏らした。
「これが、治癒の力の一部よ。でも、まだ初歩。まずは、この小さなカップの水すべてを、この力で透明にできるようになること。それが、あなたの最初の目標よ」
母は、リオンにカップを差し出した。
「一度に、ほんの少しずつでいいの。焦らず、あなたの魔力を、この水に流し込んでみて。そして、水が澄み渡るのを感じなさい」
リオンは、母からカップを受け取り、自分の指先をカップの水面に近づけた。緊張しながらも、夜の訓練で培った魔力を、指先に集める。温かい、柔らかな光が、指先に宿るのを感じた。
「いくよ…」
リオンは、そっと魔力を水に注ぎ込んだ。すると、カップの底の方から、微かに、濁りが薄れていくのが見えた。しかし、カップ全部を澄ませるには、まだまだ力が足りない。リオンは、何度か試みたが、その度に、魔力が尽きてしまい、指先がかすかな疲労を感じるだけだった。
「焦る必要はないのよ、リオン。この訓練は、魔力のコントロールを学ぶためのもの。そして、あなたの力を、少しずつ、着実に伸ばしていくためのものだから」
母は、リオンの頑張りを認めつつ、優しく励ました。
「まずは、この小さなカップの水すべてを、あなたの力で澄ませられるようになること。それができたら、また私に言いなさい。次に進みましょう」
リオンは、母の言葉を胸に、改めてカップの水を見つめた。一年前、折れた木刀で腕を傷つけた時の、あの無力感。そして、母の力を借りて、それでも母を疲れさせてしまったこと。あの時の悔しさが、リオンの心に火を灯した。
「はい、母さん。必ず、できるようになる」
リオンは、母に力強く頷いた。指先から溢れる魔力。その温かな光が、リオンの決意を照らしているようだった。




