プロローグ:10歳の剣、そして風の気配
冷たい風が、リオンの頬を撫でた。10歳の誕生日を過ぎたばかりの彼は、父に促され、村のはずれにある広場に立っていた。広場には、使い古された木剣が一本、静かに置かれている。父は、村では皆に慕われる猟師だった。しかし、その剣捌きは、村の誰よりも洗練されており、リオンは幼い頃から父に剣の手ほどきを受けていた。
「リオン、構え!」
父の声は、森の木々を揺らす風のように力強い。リオンは、言われた通りに木剣を握り、背筋を伸ばす。足は肩幅に開き、視線は前方の父の一点に集中する。
「そう、それでいい。だが、まだ腰が浮いている。もっと大地を踏みしめろ。剣は、お前の体の一部だ。お前の意思を、そのまま剣に乗せるんだ」
父の言葉は、いつだって核心を突いている。リオンは、言われた通りに膝を曲げ、重心を低くする。地面に根を張るような感覚。剣を持つ手が、わずかに震える。剣には、まだ「力」が宿っていない。ただの木の棒だ。だが、父は、その木の棒に宿る可能性を、リオンに見せてくれる。
「よし、素振りだ。風のように、速く、そして正確に」
リオンは、父の号令に従い、木剣を振るった。空を切る音。最初はぎこちなかった動きも、繰り返し行ううちに滑らかになっていく。父は、リオンの動きをじっと見つめ、時折、手本を示す。その動きは、まるで風そのもの。一瞬で間合いを詰め、次の瞬間には遠くへ離れる。リオンには、到底真似できない速さと、滑らかな軌跡。
「まだまだだ、リオン。お前の剣は、まだ風を掴めていない」
父は、リオンの剣筋を優しく、しかし厳しく指摘する。リオンは、悔しさに唇を噛む。自分には、剣の才能があるらしい。父はそう言う。しかし、その「才能」とやらは、いつになったら、本物の力になるのだろうか。
父は、リオンの肩に手を置いた。その手は、温かく、そして力強い。
「焦ることはない。剣は、お前と共に成長していく。大切なのは、諦めずに、剣と向き合い続けることだ」
リオンは、父の言葉に頷く。父の隣には、母が静かに立っている。彼女は、リオンの剣術の師ではない。しかし、リオンが剣を振るう時、いつも優しく微笑んで見守ってくれる。時折、母が手をかざすと、小さな光が集まり、枯れた花を蘇らせたり、冷たい井戸水を温めたりするのを見たことがある。不思議な力だと思ったが、父は「お母さんの手品だよ」と笑うだけだった。母の笑顔は、リオンにとって、何よりも力になる。
リオンは、再び木剣を握り直した。10歳。まだ、自分の内に秘められたものが何なのか、リオン自身もよく分かっていない。ただ、この剣を振るう時だけは、心が満たされるような気がした。風が、リオンの髪を揺らす。その風の中に、何か、まだ見ぬ力が、息づいているような気がした。




