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クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
99/106

和輝の承認


 知華の搬送から七日目

 

 この日、ついに知華の人口呼吸器が外れた。

 抜管は午前中のお祓い後に行われた。

 家族と安達、那津が見守る中処置は行われ、知華の顔周りはスッキリとした。

 

「だいぶ回復してきました。呼吸器を外しても全身状態は安定してます。抜管が出来たので、鎮静剤も減らしていけます。娘さんはだんだん目を覚ましますよ」

 河田の説明に両親は涙して喜んだ。那津も嬉しそうにほほ笑んで、両親を見ていた。

「良かった……本当に良くなった……」

 両親は毎日のお祓いとその効果に感激し、紅野と安に深々と頭を下げた。二人はその言葉を笑顔で受け止めた。そして那津にも強い感謝を述べた。

「那津くんもありがとな。毎日毎日、知華のために……。本当にありがとう。これからも知華よろしくな。那津くんなら、知華を任せられる」

 二人からそう言われ那津は驚いていたが、はにかみながら「はい」と答えていた。

 和輝は一人離れた場所でそれを静観していた。安はそんな和輝の顔が気にかかった。

 

 両親は感激の思いを抱えたまま、一度帰宅することになった。安堵で少し力が抜けたようで、疲労が見て取れた。

 病室を離れる前、安達に何度もお礼を言った。

「知華が無事に退院できる姿が、やっと浮かぶようになりました」 

 そう言われ、顔は笑っていた紅野と安だったが、内心では複雑な心境だった。

 まだ安心は出来ない。まだ知華の中にオマモリサマの影がある。

 それに目を覚ましても、弱っている所を狙われる可能性が高い。

 流石にそこまで説明することは憚られたので、紅野はこう告げた。

「目を覚ましたらお祓いは一日一回にします。しかしまだ油断はできません。体力が弱っているとまた穢が寄ってきやすい。念のため、我々が病室近くでしばらく付き添います」

 両親は何の疑問も持ず、ひたすらに感謝し、帰って行った。

 

 しかし和輝だけは違った。

 紅野と安の様子から、何かあると踏んでいた。

 両親を見送り病室前に残ると、こっそりと安を連れだし、人気の少ない廊下へ誘い込んだ。

 腕を無言で引っ張られた安は、訝しんで言った。

「なんですか?」

 腕を振り切ろうとする安に、和輝は単刀直入に言った。

「何隠しとる?」

 その声色には苛立ちが込められていた。 

 あの説得以降、彼は何も聞かされていなかった。知華の体調が改善したので、お祓いの効果があったことは勿論分かった。

 しかし肝心のオマモリサマについて何も情報がもらえず、この一週間ずっと気を揉んでいた。

「知華が目覚めたらお祓いを減らすのは分かる。じゃけど、オマモリサマの件はどうなったんや?あれから何も聞かされてないけど、進展はあったんか?さっきの父さんと母さんへの説明。なんか違和感があった。紅野さんと安井さんの表情、おかしかった。なんか隠しとるじゃろ?このまま知華は順調に回復せんのじゃないんか?」

 和輝はここ一週間の疑問や思いの丈を全て吐き出した。 

 本当に敏感で鋭い、と安は眉を少し動かした。

 彼に嘘やごまかしは通じない。

 安は真実を伝える事にした。

「進展はありました。オマモリサマが知華に何をしたのか、那津が見つけてくれた」

「あいつが?」

 和輝の中に小さな妬みの感情が芽生えた。

「そうです。この連休中、那津は一人で調べものをしてくれた。そこでずっと欲しかったオマモリサマの手掛かりを掴んでくれた。やっと……やっと……本当に、やっと動ける。知華を助ける手段がようやく見つかった」

 安は和輝を真っ直ぐに見た。

「オマモリサマは知華の魂を狙ってここへ来る。それをあたし達は迎え撃つ。そのために二十四時間体制で見張ります。絶対にオマモリサマを何とかする。那津が立てた作戦です。紅野お師匠も許可をくれた。ここからが大事な所なんです」

 那津が立てた作戦と聞いて、和輝の眉をが僅かに動いた。

 安はその微妙な表情の変化を見逃さなかった。 

「和輝さん、いい加減那津を認めて下さい」

 安も直球で伝えた。

「那津は本当に頑張った。オマモリサマの手掛かりを見つけただけじゃない。知華の為にずっと動いてくれてる。見張りにも参加するって言ってくれた。霊感ないけど、どうしても知華の役に立ちたいって。那津は知華を本当に想ってる。昨日も知華が襲われたら盾になるって、言い切りました。ずっと自分を犠牲にするやり方はするなってあたしに怒ってたくせに……いざ知華がピンチになったら、これですよ。本当、どれだけ知華の事を想ってるんだか……」

 嬉しさと困ったが混ざったような顔で安は笑った。

「あたしは那津と知華の二人を守るって約束した。約束したんです。恋人想いの友人を、これ以上知華から遠ざけんで下さい」 

 真剣な眼差しから、和輝は目が離せなかった。

 

 和輝とて、那津の真剣な想いは分かっている。

 妹を本当に想ってくれている。きっと、知華もそんな那津となら添い遂げる事ができるだろとも理解していた。

「知っとる。あいつ……那津は知華を本気で想ってくれとる。同じ男として、少し尊敬するくらい男気があるし、一途な奴じゃと思っとる」

 和輝はここで初めて那津の名前を口にした。 

 安は素直に那津を認める言葉を出したことに、少し驚いた。

「だったら、ちゃんと那津に伝えて下さい。きっと安心するし、力になると思いますよ」

 そう言われたが、和輝は口を尖らせた。

「それはまた今度……知華が退院してからにする」

 子どものような言い草に、安は呆れた。

「年上とは思えん根性のなさ……。せめて知華が目覚めたら、って言ってくださいよ」

 言われた和輝は負けじと言い返した。

「安井さんは知華と同い年とは思えんくらい、年上に遠慮がないな」

「それはどうも」

「褒めてない」

「知ってます」

 二人はしばし、無言で睨み合った。

 先に視線を逸らしたのは和輝だった。大きく嘆息すると、安に言った。

「安井さん達がこれからどうか動くかは分かった。もしオマモリサマが来たら、方法は何でもええから教えてくれ」

 その言葉に、安は眉間にシワを寄せた。

「まさか、和輝さんも来るつもりですか?」

 流石にその人数は守りきれないと考えていると、和輝は「違う」と返した。

「そんな迷惑そうな顔するな。なんも出来ん俺がおった所で、邪魔なだけやろう」

 そう言われ、顔に出ていたかと安は小さな後悔を抱いた。

「霊感のないお荷物那津を一人抱えとんじゃ。これ以上、安井さん達の苦労を増やしとうない。じゃけど、妹の危機だけは教えて欲しい。もしそのタイミングで父さんと母さんが病室に向かおうとしたら、止める人間がいるじゃろ」

 冷静に言う和輝に、安は眉間にシワを緩めた。

 本心は駆けつけたいのだろが、外野の役割を果たすと言ってくれている。

 兄として、妹に出来ることを和輝なりに必死に思ってくれている。

「……分かりました。ワンギリでも無言メッセージでも、何かします」

 頷く和輝に向かって、更に安は言った。

「そう言う判断力だけは年相応。一人前ですね」

「それはどうも」

「褒めてない」

 


 二人のやり取りなどつゆ知らず、那津は知華の傍にいた。

 抜管されてしまえば、知華はただ眠っているように見えた。

 紅野と宇田が病室に強固な結界を張るべく背後で動いていたが、那津はずっと知華の手を握っていた。

 那津とて、緊張していない訳では無い。

 知華の盾になろうと思ったのは、自然に浮かんだ事だった。進んで望んだ。なんの後悔もしていない。

 しかし、緊張と恐怖はあった。

 今までに感じたことのない、命の危機を感じる震えだった。 

(知華はこんな気持ちに近い物を抱えとったんじゃろうな……)

 穢に蝕まれていた時。

 悪霊に遭遇した時。

 自分が無意識に何かしていると察した時。

 知華の思いを考えると、那津は心臓を鷲掴みされたようだった。

(ずっとこんな思いをさせてごめん。もうすぐ、もうすぐ終わるから……)


 紅野は結界の準備をする手を止め、那津の背中を見た。

 何も言わず、ただ知華の手を握っているその姿はひどく怯えているように見えた。

(無理もない……)

 那津はつい数ヶ月前まで、ただの高校生だった。怪異や霊感などとは無縁の生活。見える安や知華とは違う。

 しかし見えない彼が居なければ、ここまで来られなかった。

 

 紅野は那津の傍に寄ると、そっと肩に手を乗せた。

「怖がっとるのを隠さんでもええよ。誰だって恐怖し、怯える状況じゃからな」

 那津は唇をギュッと固く結んだ。

 何も言わずともバレてしまった。きっと情けない顔をしていたのだろうと思った。

 

 那津にはオマモリサマから植え付けられた恐怖がある。

 息が出来ない苦しさ。重力で押さえつけられる重さ。あの時の泥と雨の臭いー 

 オマモリサマと対峙しようと決意した時から、その全てが思い起こされた。

 

 言い淀む那津に紅野は続ける。 

「まだ高校生じゃ。しかも少し前まで怪異や霊とは無縁の生活をしとった君が、今は自分の身を切る覚悟をしとる。そうそう出来るもんじゃない。立派なもんじゃ」

 そう言われ、那津は閉じていた心がゆっくりと緩むのを感じた。緩んだ隙間から本音が顔を出してくる。

「……この状況から逃げ出したいとは思ってません。ただ……俺の中にはオマモリサマに刻みつけられた恐怖がある。それがどうしても拭えん……。あんな啖呵切っておいて、情けないですよね……」

 胸の内をそっと打ち明ける言葉に、紅野はすかさず

「誰もそんな事思っとらん」

と返した。

「君はようやった。宇田くんとも話したんじゃろう?見えない人なりの付き合い方を。君は見える努力よりも、安と知華さんを支える努力を重ねてた。重ね続けてきた。じゃから、今のこの結果がある」

 紅野は那津の顔をしっかりと見た。

 那津は何とか感情が零れそうになるのを堪え、紅野の目を見返した。

「香西くんが手記を見つけたのは偶然やない。何度も失われそうになったこの手記が今ここにあるのは、香西くんがおったからじゃ。努力を重ねた君が、長く長く続いてきた縁を手繰り寄せて、掴み取った。霊感もない、数ヶ月までただの高校生だった君が、掴み取ったんよ」

 宗原が西田の言葉を書き残さなかったら。

 知華と那津が出会わなかったら。

 安が知華と出会わなかったら。

 知華と安が友達にならず、その場限りの依頼者として終わっていたら。

 宗原の死後、あの家が取り壊されていたら。

 他の師匠の言うとおり、全ての手記を処分していたら。

 

 那津があの手記を見つけることはなかった。

 どこが欠けても、今の結果には辿り着いていない。

 

「人によっては、ただの偶然、たまたまだと言うじゃろう。じゃけど、ここまで『たまたま』が重なったら、もうそれは偶然じゃない。そういう導きじゃ。巡りに巡りってきた縁が、最後に君を選んだ。必死に手を伸ばして掴もうと努力し続けた君を選んだんよ。それは凄い事じゃ」

 そう言われ、那津はもう何も隠すことが出来なかった。

「ー俺は、本当を言えば怖い……。オマモリサマと対峙する事を考えたら、息苦しさと体を押さえつけられる感覚を思い出す……。死の恐怖を思い出す……。じゃけど……知華もこの恐怖と戦った。きっと、何度も戦った……俺の中では恐怖よりも知華を守りたい気持が勝っとる。何倍も大きい……。じゃから……」

 一つ恐れを話すと、ポロポロと転がるように言葉が出てきた。洗いざらい話してしまえば、もう何も那津の隠してくれるものはなくなり、体は震えた。

 紅野は肩に置いた手を背中に変え、そっと撫でた。

 柔らかく温かなその手に心をそのまま撫でいるようで、酷く救われた。

「……大丈夫じや、香西くん。君は一人で立ち向かうんじゃない。必ず我々が近くにおる」

 そう言うと、那津の後ろを見た。

 振り返ると、安と和輝が立っていた。

 安は泣きたい気持ちを抑え込んで顔を歪めていた。和輝は憂いの眼差しを向けていた。

 那津はどこから聞かれていたのだろうと焦ったが、その気持ちはすぐに萎えた。何とも情けない姿で、きっと呆れられると思った。

 しかし那津が何か言う前に和輝が歩み寄り、

「お前にしか知華は守れん」

 そう言った。

「安井さんも紅野さんもおるけど、本当の意味で知華を護れるのは那津、お前なんよ。兄の俺でも父さんでも母さんでもない……。きっと知華も、お前がええって言うやろ。じゃから、怖くても尻込みしそうでも、妹を守ってくれ」

 和輝に言われた不意の言葉は、那津の思考を一時止めた。

 呆然と見上げられた和輝は少し照れたのか、視線を床に落としてボソッとこぼした。

「それでも難しい時は、相談せい。俺は兄やから、聞いてやる」

 言い残すと、病室を出ていった。

 安も涙を流すタイミングを見失い、和輝の立ち去る背中を呆然と見送った。廊下からその姿が完全に見えなくなると、やっと驚きから浮上した。

 安は那津の元へ歩みを進め、

「良かったな、那津。和輝さん認めてくれたで」

 と声をかけた。

 那津は驚きと感動で言うべき言葉が出てこず、開いた口が塞がらなかった。

「もうちょっと喜べばええのに」

 笑って小突かれると、やっと現実味が湧いてきた。

「えっ……なんで?俺、かなり情けない姿見せたのに……」

 分からないと言う顔で安を見ると「それが良かったんよ」と返された。

「情けないって言うけど、それでも那津は知華を想って立ち向かう覚悟をした。死ぬ怖さよりも知華を優先した。じゃからよ」

 那津はじわじわと込み上げてくる感動と喜びを味わった。膝の上で握った拳に自然と力がこもる。

「和輝さんは、オマモリサマが来た時は知らせてくれってあたしにお願いした。ご両親がここに来んように足止めしてくれる。外回りの役目をするって言ってくれた」

 つまり那津に全てを託した、ということだ。

 和輝の信頼と期待は大きな重みとして、しっかりと

那津の心を定めた。

 恐怖で震えていた体は止まった。

 もう怖くない。


 それを見て取った紅野は、懐からブレスレットを取り出した。

「那津くん、これを」

 差し出されたブレスレットは、知華が使っていた天然石が数個使われていた。

「一部、知華さんの天然石を貰って、君のために設えた」

 言いながら那津の手首にはめる。

「あと、こっちは知華さんに」

 知華の左手首にブレスレットをはめる。点滴がされていない方の手だった。

「二人には何よりの守りになるじゃろう」

 那津はブレスレットをじっと見た。

 熱く硬い決意が心中にあった。

「ありがとうございます。……必ず決着をつけましょう」


 

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