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クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
97/106

オマモリサマの過去


 ――百五十年前――


 ある小さな集落の野山の中に、その祠はあった。

 瓦と石で組まれた、両手程の大きさしかないその祠は、たまに訪れる村人から捧げ物をされていた。

 ほそぼそと自給自足をする農民の、平凡で細やかな願い。

 それを聞くだけの存在だった。さして力はなく、小さな願いを叶える事も出来ない存在だった。

 

 やがて人々の移住で人口が増えると、祠は社となり、やがて神社となった。

 その神社では穀物・在福の神を祀っていたが、祠の大きさであった頃から他の『者』が住み着いていた。

 村人たちはそんな事は露知らず、長きにわたり、せっせと捧げ物をし続けていた。

 

 『その者』は住処が神社となってから、少し力をつけた。

 神社に勝手に入り、盗みをする人間の影に取り憑いて、その行動を見張った。時に体も操った。その人間の悪行が過ぎると自死に追いやり、また神社に戻っては、次の人間を待っていた。

 それは長くこの地にいた『その者』の小さな成敗であった。特に面白く感じることは無く、住処が荒らされるのが嫌な故の行いだった。

 

 ある日の事、神社の管理を手伝っていた捨て子が、『その者』が人間の影に取り憑くところを見た。

 『その者』はいい気はしなかった。

 捨て子が神社の管理者に何か話せば、祓われるからだ。

 

 しかし捨て子は何も言わなかった。

 それどころか他の村人と違い、『その者』になんの願いもしなかった。

 多くの者たちから永く「願い」をされてきた『その者』にとって、そんな人間は初めてであったので、『その者』は捨て子に興味が湧いた。

 

 お互いの存在を認識したが、互いに干渉することはない日々が十年続いた。

 その年月で、捨て子は男へ成長した。

 

 男は神社の管理者から「飯田」と名乗る事を許された。

 飯田は『その者』の事を神社の神様だと思っていたので、『その者』の事を「オマモリサマ」と呼んでいた。

 

 オマモリサマという名がつけられてから、『その者』の力は更に増していった。

 神社の敷地内に留まらずとも、自由に動けるまでに力をつけていった。

 飯田と少し話をすることもあった。

 

 飯田とオマモリサマが時折会話をするようになって一年が過ぎる頃。

 飯田は勝手に親しい仲になったと思い、村のことや自分のことをあれやこれやと、話して聞かせた。


 ある日、飯田はこっそりとオマモリサマに秘密を打ち明けた。

「実は、恋慕している娘がおる」

 顔を赤らめて言う飯田に、オマモリサマは「それがなんだ」と冷めた返事をした。

 飯田は酷く傷ついた。

「そんなに興味なく言わなくても良いやろう。人間にとっては一大事なんやぞ」

 指して興味がなかったので、「そうか」とオマモリサマは返した。

 

 飯田は聞いてもいないのに、相手の女の事を話した。

 その女は元武士の家柄の娘で、捨て子の自分には、到底手の届かない存在であること。

 自分はこの神社に生涯使い走りにされるだけの存在であること。

 到底叶わぬ想いである事。

 

「オマモリサマは神様じゃけ、人間のしがらみには興味ないじゃろうけどな。血を繋いで残すのは大事なんじゃ。どんなにちっぽけな生まれでも、大層な生まれでも、等しく人は死ぬ。産まれて死ぬまでに何をするか、何を残せるかが大事なんよ」

 飯田はそう話したが、オマモリサマには全く理解できなかった。

 しかし、それは飯田が初めて口にした「願い」であったので、

「手を貸してやろうか?」

 と気まぐれに言った。

 飯田は驚いたが「神様のオマモリサマがやってくれるなら」と大層喜んだ。

 オマモリサマは

「取り憑いた所を目撃したが、他言しなかった礼だ」

と述べた。 

 まぁ、たまの暇つぶしだと、軽い気持ちで引き受けた。

 

 飯田に憑依すると、飯田の思考を読み体を動かし、女の元へ想いを伝えに行った。

 しかし飯田には恋愛経験がなく、知識がなかった。

 オマモリサマも愛も人間の作法も知らないので、上手くいかず、結局逃げるように帰ってきてしまった。

 その場には、女と飯田の二人だけしいなかった。

 恋慕が他の者にバレることはないと、飯田は思っていた。

 

 しかしどこから聞きつけたのか、神社の管理者の息子が話を広めてしまった。

 娘へ恋慕したと女の父は大層怒り、飯田は村八分になった。

 元々捨て子である飯田は、こうなっては村に居場所はなく、日々に絶望した。

 

「他の場所で生きればいいだろう」

 オマモリサマは飯田にそう言ったが、彼は首を横に振った。

「……駄目だ。今のご時世、他の所で生活は出来ない。野盗か盗賊になるのが関の山だ」

 飯田は生きる気力をなくし、自害しようとしていた。

 そこで、オマモリサマは飯田に提案した。

「その体、いらないのならくれ」

 飯田はきょとんとした。

「俺が使ってやろう。いい加減、この地には飽いた。他の場所に行ってみたい。その体があれば自由にできる」

 飯田はこれ以上生きる希望もないと言い、オマモリサマの提案を承諾した。

 

 そこから、オマモリサマは飯田の体に入り、日々を過ごした。

 飯田の肉体は生きていたので、飯田の魂もそのまま体の中に留まっていた。

 いつもなら魂が邪魔で、自由に動けない事が多かったが、飯田に生きる気力がなかったため、オマモリサマは自由に体を動かせ、感情も思いのままに出来た。

 これは今までにない体験で、思うがままどこへでも行ける事が嬉しく、唯一飯田が望んだ「彼女の余生を見る」という願いを、オマモリサマは叶えることにした。


 

 それから三十年の月日。

 オマモリサマはその農村に残り、女の余生を見守り続けた。

 飯田の体はオマモリサマが入った事で、歳を取ることを辞めた。

 これは少々厄介で、女の余生を見守ろうにも、他の人間に怪異だと気づかれた。何度か祓われそうになったが何とか返り討ちにし、ひたすらに山にこもり、女が死ぬのを待った。


 やがて女が死ぬと、オマモリサマは山を下りた。

 いい加減、他の場所に行きたかったので、町や村を転々して、十年を過ごした。

 そして、転機は急に訪れた。

 

 夜。

 みすぼらしい家に入り、休憩しようとした時だった。

 運悪く野党に襲われた。

 飯田は普通体型だが、骨ばった輪郭のせいで痩せて見えた。それで狙われたのだろう。

 勿論、オマモリサマの敵ではない。

 夜盗を反撃した際、肌に直接触れた。するとそれを境に、夜盗の考えが頭に伝わってくるようになった。

 野党は「貧困で生きるのがしんどい」「いつまでこんな生活を続けるんだ」「生きるのが辛い」と繰り返し考えており、オマモリサマはそれが大層煩わしかった。

 そこで自死するよう野党に思考を送ると、翌日、その通りに死体が見つかった。

 

 そこから直接人間の肌に触れると、分身の“影”を飛ばせることを知った。これは暇を持て余したオマモリサマにとって、とても面白い事だった。

 

 それから幾度か影を飛ばして遊んだ。

 “影”を飛ばせる条件、取り憑いた人間の思考の読み方、思考を読むと行動を操れる事、“影”を飛ばした人間の体が変化する事を知った。

 また“影”を飛ばした者達の魂を、最終的に喰えるのも良かった。暇潰しの上、食事にもあり付けるのは至極楽しかった。

 

 一度、同時に何人に“影”を飛ばせるか実験した時は、酷い目にあった。

 親子三人を操った時の事で、三人それぞれの思考がごちゃごちゃと入ってきて、酷く混乱した。

 生活苦の悩み、恋慕する男への想い、隣人への不満……あまりにも五月蝿く煩わしかったので、半日で飽いて自害させた。


 それから一人ずつで実験を繰り返した。

 オマモリサマは思考は読めても感情までは操れないと知った。

 また魂の持ち主の意志に大きく反した行動を取ると、魂の味が頗る《すこぶる》落ちる事も分かった。

 本人の感情に大きく逸れずオマモリサマが体を操り、話をし、表情を動かし、選択していく。

 すると本人はそれに気が付かない。自分で選択を繰り返し、自分の人生を生きていると感じる。

 その様に導けば、魂の形も味も落とすことなく喰えた。


 ようやっと“影”の飛ばし方が分かり、やり方を掴んだ頃、国が不安定となった。

 どこかと戦が始まり、あちこちを転々とすると羽目になった。

 そんな時でも遊びと実験を続け、楽しく過ごした。

 

 ある時は男の体がどこまで耐えられ、変化するの科実験した。

 高々数メートルしか飛び上がられず、結局天井に頭が刺さって死んだ。案外、体の丈夫さはでないのだと思った。

 

 ある時は体の一部だけを変化させられるのか実験した。

 普段からよく笑っている都合の良さそうな女がいたので、それに“影”を飛ばした。

 結局、耳まで口を裂けさせる事は出来なかった。

 その前に女が気がついて絶望し、勝手に自害してまった。


 ある時は老婆に“影”を飛ばした。

 老婆の家の隣に、よく若者が越して来ていたので、“影”からさらに“影”を飛ばせるか実験した。

 しょっちゅう視線を送ったが、やはり直接皮膚に触れないと発動しないようだった。

 “影”からさらに“影”を飛ばすことは不可能と分かった。


 なかなか面白かったのは、中年の女に“影”を飛ばした時だ。

 夫に恨みを待ち、殺したいと願っていたので、叶えてやった。女は酷く満足していたが、殺人行為は酷く女の魂を傷つけ、ズタズタにしてしまった。

 最終的に喰うことも出来ないほどになったので、殺人は良くないんだなと思った。


 八重子を見つけたのは偶然だった。

 ひと目見た時、半世紀以上何も反応しなかった飯田の魂が震えたのをオマモリサマは感じた。

 八重子は飯田が恋慕した女と、姿形が瓜二つだった。八重子は女の子孫だった。

 オマモリサマは大した感情も感慨も沸かなかったが、飯田が嫌にそわそわするので、その煩わしさから解放されたい思いで、八重子に“影”を飛ばした。

 そこから時々、八重子の様子を見に行った。

 それが飯田の魂の、小さく細やかな望みだったからだ。

 勿論、無視することも出来た。しかし飯田の魂がざわめくと体の動きに支障があった。もう相当の年月、オマモリサマがこの体を操っているのに、何ともしぶといとイライラした。

 仕方なく五年〜十年間隔で八重子に会い続けた。その度、飯田の魂は反応した。長年の取り憑きで、すでにボロボロなっているはずの飯田の魂から僅かの喜びを感じ、オマモリサマはそれが不快だった。

 そのうち、その息子に正体を気づかれた。しかしオマモリサマにとっては取るに足らないことだったので、放っておいた。

 

 八重子が死ぬとオマモリサマはその魂を喰いに行った。

 その時、知華を見た。

 

 オマモリサマにとって、最近で一番の胸躍る出来事が、知華の魂を見つけたことだった。

 ここ百年は見たくことのない、美しく輝く魂だった。最初は何やら穢がついていたので祓ってやると、中から宝石のような美しい魂が出てきたので嬉しくなった。

 他に取られるにはあまりにも惜しかったので、“影”を飛ばして見張れるようにした。

 

 なにやら小うるさいガキとヒヨッコの祓い屋が近くにいたが、なんの問題もないので静観した。

 出来るだけ魂の味を損ねないよう、知華の意思に大きく背く行動はしないようにした。

 時々、邪魔なガキを遠ざけようと知華を操ってもみたが、大した効果はしなかった。

 知華の近くにいるヒヨッコ祓い屋はからかい甲斐があり、霊道を穿って遊んでやった。

 たまに知華をお祓いしたり穢が付かぬよう何かあげていたが、逆に知華の魂を守る事に繋がりそうだったので、静観した。

 霊媒師が近くにいるせいか、知華は悪霊と遭遇することがあったが、オマモリサマが直々に手を下すことなく、事なきを得た。

 

 頂けなかったのは知華と会って、鬼ごっこをした時だ。

 綺麗な魂を見ていたくて、基本的に知華の場所を把握していたが、印を付けた男が、あろうことが知華を襲ったのだ。殺人、虐待、強姦は酷く魂の味を下げる。

 知華が願った事もあり、オマモリサマは力を貸して返り討ちにした。

 結果的に男は自害したようだが、あまり遊び過ぎるのは良くないと思い直した。


 その後、強姦にあいそうになった知華の魂は、すこぶる輝きを落とした。

 これはオマモリサマにとって計算外で、酷く落ち込んだ。せっかくあんなにも輝いていたのに、と残念だった。

 それなら一層のこと、ここで喰ってしまおうと知華の中に飛ばした“影”を強くした。

 するとあのヒヨッコ霊媒師とガキが動いた。しかも以外だったのは、ガキの方が“影”を強く萎ませた事だった。霊感も霊力も持ち合わせないガキの芸当としては面白かった。

 稀にこういう力を持った人間がいることは知っていたが、まさか自分が遭遇するとは思っていなかったので、気分が良かった。

 その面白さに免じて、その時は引っ込む事にした。


 

 そして、ここ数日。

 知華の気配はすこぶる小さく、弱くなった。

 知華の存在を肌で感じるし匂いもするので、死んでいる訳では無いと分かった。しかし極めてそれに近い状態であるので、オマモリサマは思案した。 

 死後だと魂の味は落ちる。

 せっかくここまで見守り、他の者に取られぬよう労力をかけたのだ。

「そろそろ喰い時か?」 

 そう思うと、かなり気分が良かった。いよいよご馳走にありつける。

 だが、一番の楽しみの前に喰っておきたいものがあった。

 その方が愉しみの余韻を長く楽しめる。


「その後に会いに行こうか、知華」


 

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