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クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
95/106

宗原の部屋


 翌日の連休初日。

 

 那津は一人、県北へと向かった。

 幸いにも雪は降っておらず、電車は定刻で出発した。

 一人揺られ車窓を見ていると、否が応でも知華のことが頭をよぎった。

 前回この電車内で話した他愛もない話。

 今度は春に来よう、他の県にも行ってみたい、安におすすめを聞こう。

 それが酷く遠い日に思えた。

 窓を過ぎ去っていく冬山の景色。色彩が薄れた灰色の世界を見ながら、那津はひたすらに早く着けと考える。(気持ちが体を追い越していければいいのにな……)

 早く何かしたくて、体がウズウズするのを堪える九十分だった。


 最寄り駅に着くと、そこからは徒歩だった。

 道のりは覚えていたので、到着するのに苦労はなかった。

 希薄で澄んだ冬の光が、参道を照らす。その光は冷えた心にわずかばかりの暖を与えた。

 椿の花が霜に焼け、地面に幾つも落ちている。椿の花達が咲く道の先に、下宿所が見えた。鍵は事前に安から預かっていたのでそれを使った。

 ガラガラと戸を開けると、しんと静まりかえった冷たい空気が流れてきた。

 下宿所には誰もいなかった。

 荷物を置くとダウンコートはそのままで、那津は早速書庫へと向かった。

 安と宇田からは、調べていない手記は百冊程と聞いていた。

 北向きの書庫は更に冷え冷えとして、吐く息が少し白く見えるほどだった。

(カイロでも持ってくりゃ良かった)

 そう思いつつ、部屋の左一番端。そこから手を出した。


 那津はひたすらに書庫にこもった。

 食事する時間も惜しかったので、片手で食べられる栄養補助食品と水を持ち込んで、ずっとあさっていた。トイレ、寝る時以外はそこにいた。

 

 夜になると安と電話をし、進捗具合を報告した。

「これと言って何も見つけてない。残りはあと五十冊くらいにはなったけど、期待せん方がええかもしれん」

 そう言うと安は驚いた。

『残り五十?!那津、もうそんなに確認出来たん?』

 いきなりの声にキーンと耳が鳴った。

「そうや?変か?」

『ちゃんと食事してないやろ?』

 ズバッと指摘され、数秒黙ってしまった。

「…しとるけど?」

『その間は何よ。那津はいっつもちゃんと作って食事しとるやん!簡易的に済ませとったら体壊すよ!』

「分かっとる。そうヤイヤイ言うなって。大丈夫やから」

 信用ないのか、安は

『佐藤さん、見張りに行ってくれる?……分かっとるよ。聞こえんでもええから、那津の生活状態見てあたしに報告して』

 と相談している。

「必要ないって。これから風呂入って寝る所やし、平気じゃ」

『……嘘。今も本を片手に持っとるやろ』

 言い当てられ、那津はひるんだ。それを察知し、安ため息をついた。

『肩の力が抜きって。気持ちは勿論分かるよ。あたしもそこにおった時はそんな感じやったし。何回も佐藤さんに注意された。でも焦ってもどうしょうもない。那津が体が壊したら本末転倒なんよ?……もう、佐藤さんちょっと黙って!人の事言えんって知っとるから!』

 那津には会話内容を推測するしかなかったが、似たような事を佐藤さんに言われていたことは分かった。

 しばらく揉めてた後、那津は安の状況を聞いた。

「そっちはどうなん?なんか変わりがあったか?」

『知華の点滴が一個減った。血圧が安定して、人工呼吸器の設定もどんどん落としていけてるみたい。あと数日で外れるかもって、説明があったらしい』

 これは朗報だった。

 少しずつ知華の容体は好転している。お祓いの効果は確実に出ていた。

「そうか……。ちょっとでもええニュースが聞けて良かったわ」

 那津の安堵した声に、安も電話の向こうで微笑んでいるのが分かった。

「まだ一日二回のお祓いは必要なんか?」

『人工呼吸器が外れるまではやるつもり』

「そうか……。安井も気をつけや」

 この日はこれで会話が終わった。

 

 那津はその後も書庫あさりを続け、就寝したのは日付が変わる前だった。

 体の芯から冷えた体に、湯船は相当に気持ちよかった。

 布団に入る頃には少し冷めてしまったが、それでも眠りに落ちるのに支障はなかった。


 

 翌日も早朝から起き出し、書庫へと向かった。

 昨日と同じ様に補助食品と水、それにスポーツドリンクを持って引きこもった。

 手記は残り僅かとなっていて、午前中には終わってしまいそうだった。

 内容は変わらず解決済みの案件の詳細ばかりで、歳を取らない青年の話、体の一部におかしな症状が出る事件などはなかった。

 

 読んでいるうちに、当時の霊媒師は大半が男である事が分かった。

 女はこぐ少数で、大半が結婚を期に辞めているようだった。どうやら当時の平均結婚年齢が若年である事が理由のようで、その才能を見出される前に嫁ぎ、埋もれてしまったようだ。

 しかしごく少数のうち、名前がたまに出てくる女がいた。西田としか記載がないが、文章から見ると女である事が伺えた。

 那津は少し興味を持ち、内容を読んでみた。

 どうやら西田は除霊やお祓いが出来ないようで、取り憑かれた者の正体を見ただけで見破れるという、かなり稀な才を持っているようだった。

『西田によると、男の中にいるのは狐らしい』

『西田は先日騒ぎになった自害した夫が、妻に憑いていると指摘した』

 などと書かれている。

(霊感いうても、色々種類があるんやな……)

 同じ『見る』でもパターンがあるのかと那津は驚いた。

 安は肉眼でしか見えず、知華は画面越しでも見える。紅野は肉眼、写真、画像でも見てる。そして、この西田という女は取り憑いた者だけ見える。

 少し勉強になったと思い、その内容は那津の頭の中に刻まれた。


 午後になると、那津の予想通り、書庫の本全てを見終わった。一種の達成感があったが、この中から探り当てた手掛かりは僅か二つであると思うと、どうにも割に合わなかった。

 

 一段落ついたので、昼食は一日ぶりにきちんと作った。

 紅野から冷蔵庫や棚の食品を使う許可はもらっていたが、やはり気が引けたので幾つか持参した材料で簡単に作った。

 パックご飯をチンすると、一人もそもそと食べ始める。

 食べる傍らで、安に

『書庫の本は調べ終わった。新しい収穫はなし』

 とメッセージを送った。

 すると程なくして返事が来た。

 安と奈海が知華の手のアップの写真だ。お互いが手を取り合っている。どうやら病室に家族以外も入室出来るようになったらしい。

 毎日少しずつ届く朗報に、那津は嬉しくなった。

 またピコンと受信音がして、

『ちゃんとご飯食べてるな!佐藤さんから聞いてる』

 と送られてきた。

 その文章にドキリとした。

 意味はないと分かっていたが、那津は部屋をキョロキョロ見回した。

 何も見えないし、感じない。

 詮索する事を諦めて、

『午後から宗原さんの部屋を調べる予定』

 とかだけ送った。既読はすぐに付き『了解』とスタンプが来た。

 スマホを置くと、那津は残りの食事を掻き込んだ。


 

 食後、気持ち新たに那津は宗原の部屋に向かった。

 ここは入室したことがなく、初めて足を踏み入れる。

  宗原の部屋は書庫の隣、西向きにある広い部屋だった。押し入れもあり、使い勝手も良さそうだ。

 部屋に家具はほとんどなく、押し入れに布団が一式、折り畳みの机が一個、壁にハンガーが数個置いてあるだけだった。

 窓からは西日が見え、冬の早い日の入りを知らせている。

 心許ない縁側もあり、かつては庭であったろう場所に出られるようになっていた。

 

 安と宇田により、この部屋も捜索済みと聞いていた。これといって変わったとこのない、ごく一般的な八畳一間。

 那津は足を踏み入れると襖を閉め、手掛かりを探し始めた。


 部屋の捜索は呆気ないほどに、すぐ終わった。

 家具がないのに加え、あまりにものっぺりとした部屋は探す場所自体が少なかった。安が畳まで剥がした、と言っていた理由も分かる気がした。それほどまでに探す場所がない。

 唯一怪しいのは押し入れで、下の段に作り置きの小さな棚があった。昔ながらの仕掛けがないかと、じっとみたが何も無さそうだった。また造りにも違和感はなく、よくある隠し引き出しの類も無さそうだった。

 那津は首の後ろをかいた。

 手詰まりだ。

 こんなにも早く宗原の部屋の捜索が終了したのは予想外だった。

 もし、かつての庭などに埋められていたらどうしようかと、頭をよぎる。スコップを持ち出して掘ってみようかと本気で考えたが、雨が降ってきたので断念した。

 

 那津は部屋の中心でドカッと胡座をかくと、難しい顔で思案した。

 この部屋では無いのだろうか。やはり書庫にまだ何かあるのか。あの部屋も本棚がギッシリとある以外、家具はなかった。壁に触って隠し扉があるのか確かめようか、もしかしたら本棚の下、床に仕掛けがあるのでは……そんなあろうはずもない可能性にすがる程になっていた。

 小一時間ほど悶々とすると頭が考えるのを放棄してしまい、何も浮かばなくなってしまった。

 大きく嘆息すると那津は畳の上に寝転がり、大の字になった。

 目を閉じて、ただ雨音を聞いた。

 この家にはテレビがない。

 辛うじてスマホの電波が届くので、何とか連絡手段があるだけだった。 

 知華が倒れて以降、初めての一人の時間。

 家では父が気遣い、那津を出来るだけ一人にしないよう配慮してくれた。珍しく親らしい一面を見た那津は、何やら幼い頃に戻った様な気がしていた。母が儚くなったあとも、今のように気を揉んでくれていたと、この歳になって気がつく事があった。

 思えば学校行事以外でこんなにも父と離れることがなかった那津は、ぼんやりと

(オヤジはちゃんと飯食っとるかな……)

 と考えた。

 畳の匂いは自室を思い出し、思いのほか居心地が良かった。それに加え雨音が耳に心地よく、那津は知らずのうちに眠っていた。


 

 ふと目が覚めると、日はとっぷりと暮れていた。布団も何もない状態で寝ていたので、体は凍え、あちこちが痛かった。

 思っていたよりも疲れていたのかと反省した。

 しかし、今日は何の成果も出せなかった。その焦りが那津を包んだ。

 もう一度部屋を見渡す。さほど意味はないと思いながらも、一番気になる押し入れに足を向けた。

 作り置き棚に手を伸ばす。三段ある引き出しの一番上を意味もなく開け、中を確認する。やはり何もない。

 中段を開ける。何もないと思い閉めようとした所、キラッと光るものを見た。

 那津は手を止めてよく目を凝らす。

 すると引き出しの側面が光っている。指で触れてみると、でこぼこしていた。どうやら貝殻が埋め込まれているらしい。

 何かある。

 そう思い、那津は懐中電灯を取りに台所へ走った。

 気持ちが高揚し、少し体が震えた。

 

 懐中電灯で引き出し内部を照らすと、貝細工が美しく光った。直接光を立てると、その光沢がよく分かった。もう一度指でなぞると、小さな突起に触れた。

 そこを指先を立て、爪でひっかくと『カコッ』という小さな音ともに開いた。

 側面の隠し板を外すと、中から文庫本よりも小さい本が出てきた。

 どうやらお手製のようで、歪な《いびつな》閉じ方をされ、表面の桔梗柄の表紙はでこぼことした手触りだった。桔梗柄は落ち着いた絵柄と色で、上品さを感じた。

 本の厚みはそれほど無く、簡単に読めてしましそうな薄さだった。

 那津そっと表紙をめくる。

 そこには『西田による、ある青年の考察』と記されていた。

 

 

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