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クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
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説得


 河田からの説明後、両親は短時間の面会を許可され、知華の隣に座っていた。和輝はいつの間にか居なくなっていたが、それに構う精神的余裕はなかった。

 心電図の音が耳に残る。目を開けず話さず、二人が居ることも知らない知華は、ただ心臓を動かしているだけだった。

 

 面会の終了を告げられると、二人はとぼとぼと救命センターを出た。

 時間は夜八時を回っていたが、家に帰る気にはなれなかった。少しでも知華の近くにいたかった。

 薄暗い廊下に出て座る場所を探していると、奥に人影が見えた。

 和輝と那津と安がいた。とても神妙な顔をしている。

 三人の後ろには老人もいた。見たことがない人だった。

「こんな時にすいません」

 那津は頭を下げた。

「どうしてもお話したい事があります。ちょといいですか?」

 父は躊躇した。今は知華のそばにいてやりたかった。

断ろうとした時、老人が口を開いた。

「知華さんの状態に関わる話です。どうか、奥さんと共に聞いて頂きたい」

 那津の後ろにいる和輝を見ると、静かに頷いている。

 知華の事と言われては無視出来ない。

 父はふらつく妻を支えながら、誘われるまま別室に移った。

 

 先程、河田と話した部屋だった。

 部屋の明かりをつけると、両親の前に那津、安、老人、和輝が座った。

 父は和輝が向こう側に座ることに疑問をもった。しかし尋ねる前に、老人が口を開いた。

「私は紅野といいます。神社で宮司をして居る者です。以前、弟子の安の件で、お兄さんにはお世話になりました」

 和輝はそう言われ、軽く紅野に会釈をした。

 父は訝しんだ。

 なぜ、宮司がこんな所にいるのか。知華に関して、何の話があるのか。

 しかしとりあえず話を聞こうと、気持ちを抑えた。

「知華さんの状態は主治医からお聞きですか?」

「勿論」

「知華さんの病態。河田医師からの説明で、納得できましたか?」

 そう言われ、父の中で一気に疑問が膨らんだ。

 眉間のシワを深めると、父はややトゲのある声で尋ねた。

「なぜ、宮司のあなたが知華の容態のことを知っているんです?」

「知華さんの状態と宮司としての私の仕事に、関係があるからです。私はこう言った話の専門分野でして。この原因に心当たりがあります」

 紅野の言葉に両親は顔色を変えた。

「なんで、医者でもないあんたに?」

 父は思わず声を荒らげた。

 しかし紅野は顔色一つ変えず、言葉を続けた。

「単刀直入にお伝えする。ご両親、おばあさんの異様な状態を憶えておいでですね?あの時と同じことが知華さんに起こっている」

 両親はハッとした。その事を言われるとは思ってもみなかった。

「なんで、その事を…」

 真っ青になった父は口をぱくぱさせた。

「全てはそこから始まるからです。知華さんが倒れる前、その異様な行動を目にしたのでありませんか?」

 そう言われて絶句した。

 

 実はここ数日、両親が思っていた事だった。

 一緒に住んでいるのだ。気が付かないはずはない。 

 知華の動きがおかしかった。首を振ったり、目が光ったり、影がおかしな方向を向いていたこともあった。しかし知華本人は気がついていなかった。

 その全てが八重子と重なり、戦慄した。

 二人は夜な夜な、密かに話し合っていた。

 あの時のように、見て見ぬふりをしていた。夫婦だけの秘密にしていた。

 しかし、ここで見抜かれてしまった。

「なんでその事を……?」

 驚愕で目を見開いく父に、声が出ない母。

 両親の様子から、和輝は二人が知華の異常行動を知っていたと確信した。

「父さんも母さんも、見たことあるんじゃな?」

 和輝の声に、二人はハッとした。

「知っとったんじゃな」

 質問ではなく確認する言い方に、両親は悟った。

 和輝は知っている。全てを知っているのだと。

「……和輝、いつの間に母の事を?」

 父はまだ冷静だったが、強く取り乱したのは母の真知子だった。

「和輝!どこで聞いたの?!この人達なん?!この人達から聞いたの?」

 母は目の前に座る三人を睨みつけた。憎悪がこもった強い目だった。

「忘れなさい!今すぐ!!こんな話、聞いちゃダメ!!」

 母は机に体を乗り出し、手を伸ばして和輝の服を引っ張ると、息子を椅子から立たせようとした。

 強く袖を掴まれた和輝は少し動揺した。こんな母を見たことが無かった。

 母はすすり泣きながら何とか和輝をこの話から遠ざけようとした。

「今すぐ……部屋から出て……。聞いちゃダメ……。…あんたにまで何かあったら……母さんは…!」

 そう言うと泣き崩れ、机に顔を埋めてしまった。

「真知子……!」

 父は母の名前を呼ぶと、肩を抱いた。震える妻を痛々しい目で見ると、か細い声で言った。

「……妻はずっと危惧していた。知華の様子がおかしくなってから、ずっと……。私たちが知華に話したせいで、こんな事になったんじゃないかと……」

 和輝は泣き続ける母を見た。痛々しく、その姿を直視するのが憚られた。

 

 両親はずっと自分たちのせいだと思っていた。知華に話してしまったそのせいで、まるで呪いのように知華に同じ事が起こったと。

 だから、誰にも話さなかった。これ以上、誰かを巻き込んではいけないと。和輝にさえ話せなかった。

 大きな不安と恐怖を抱きながらの時間は、夫婦を酷く消耗させていた。

 取り乱した両親に、紅野は静かな声で制した。

「知華さんの異様な行動は、お二人が話をしたせいではない」

 低い声はよく耳に届いた。泣いている母の耳にもその言葉は入ってきて、ピクリと肩が動いた。

「話したせいじゃないなら、なぜ……!」

 詰め寄る父に、紅野は説明を始めた。 

「はっきりとしたきっかけがあります。知華さんも、おばあさんの葬儀の後、あの青年に会っているんです」

 父は息を呑んだ。母は顔を上げて、目に涙をためたまま見開いた。

「私は、弟子の安からずっと相談を受けていました。青年に出会ってから、知華さんは色々と巻き込まれている。今回知華さんが倒れたのも、その青年せいです」

 紅野は一度言葉を切ると、腹に力を入れて説明を始めた。

「恐らく、青年は知華さんに『何か』した。その『何か』はハッキリとは分かりません。しかし、確実に知華さんの体調を蝕む『何か』です。今まで密かに、その対策をしてきました。ずっと安が心を砕いてきた。知華さんを守り、助けるために。しかし、ここにきて状況が一変した。恐らく、知華さんが自分の異常さに気が付いたからでしょう」

 父は小さく息を呑んだ。

「異常さ……知華が……気がついた……?」

 紅野は頷いた。両親が顔を見合わせる。

「知華さんは家の外でも症状が出ていた。それは香西くんが目撃している。知華さんが倒れる前、いつもと様子が違ったのでしょう?香西くんと暗い顔をして会っていたと和輝さんから聞いています」

 母は那津を見た。

「あなたも知っとったん?知華の行動の事を?」

 那津は頷いた。

「知華から、全部教えてくれって電話があったんです。それで家に行きました」

 両親は言葉を無くした。まさか知華本人が気づいていたとは、思いもしなかった。

「お二人が何を見たのか、教えて下さいますか?」

 少し沈黙があった。話そうか迷っているようだった。

 和輝は二人に促した。

「話してくれ、二人とも。俺ももう全部知っとる。ここにいる全員が知っとる。二人がおかしな事を言っとるなんて思わんから」

 息子にそう言われ、二人はまた顔を見合わせた。

 そして、父はおずおずと口を開いた。

「最近、知華の目が光る。影がおかしな動きをする」

 母も話し出した。

「首の、動きが…小刻みで。壊れたおもちゃみたいに動いとった時があって。知華は気がついてなかったけど……」

 やはり、症状は日常的に見られていた。

 紅野はゆっくりと頷いた。

「知華さんは香西くんや安の様子から、自分が無自覚に起こしている行動があると知った。きっと一人で抱え込めなかった。香西くんも安も、青年と知華さんの関係性を知っていたので、全部話して欲しかったんだと思います。だから、香西くんに連絡した。そして話を聞いた。無自覚が自覚になった瞬間、知華さんの内側に溜まっていたものが弾けた。それは体を蝕み、危篤にさせる程に影響をもたらした」

 二人は言葉が出てこなかった。

「主治医から説明があったはずです。臓器に異常はないが、全身が衰弱している状態だと。ずっと健康で、いつも通りに過ごしていた知華さんが急に倒れ、危篤にまでなったのは、そのせいです」

 説明を聞いた父は、ちらっと那津を見た。非難がましい目つきだった。

 その視線に気がついた紅野は、先に告げた。

「言っておきますが、香西くんが知華さんに話したからではありません。知華さんは薄々気がついていた。香西くんが話さなくても、きっと近いうちに同じ事になっていた」

 心を見透かされた様な言葉に父は紅野を見たが、それだけだった。

「香西くんがいたから、知華さんが倒れた状況が詳細に分かった。香西くんがいたから、救命処置が出来た。彼がいなかったら知華さんの命は今頃無かった」

 その言葉に二人は何も言えなかった。

「知華さんが倒れたのは青年が施した『何か』のせいです。それは医学的処置だけではどうにもできない。このままでは知華さんは向こうに連れて行かれてしまう」

 そう言われ、母また泣き出した。

 声は出していなかったが、涙がひたすらに頬を伝い流れた。

 その隣で父は一人、紅野の言葉を反芻した。

 ――医学的処置だけでは。

 そこが引っかかった。

 

「……貴方がたに、出来ることがあると?」

 静かに尋ねる父は、紅野をじっと見ていた。

 娘が助かるかもしれない、という希望の目では無かった。

 猜疑心の眼差しだった。

「知華が助かるために、我々に何をしろと?宮司がわざわざこんな話をするために来たんか!息子までそっちの味方につけて!そっちの魂胆は分かっとる!お祓いだの御札だのと、胡散臭い事を言い出すんじゃろ?」

 唾を撒き散らしながら強い剣幕でそう言うと、父は和輝を見た。

「和輝!お前がいつこの話を聞いたか知らんが、信じとるんか?こんな怪異的な話を?」

 鋭く突き刺す様な目と言葉に、和輝はこの上なく違和感を感じた。

 娘が危篤にあるとはいえ、こんな形相で人様を見る父を一度も見たことがなかった。

 父は言葉を続けた。

「はっきり言うと、詐欺なんじゃないかとさえ思っとる。こんなにも立て続けに色んな事が起こって、話を聞かされた。全て現実とは思えん。皆、頭がどうかしとるんじゃないかと思っとる!」

 部屋の中に声が響く。

 全員がその剣幕に圧倒された。普段の様子を知っている那津と安も言葉が出なかった。

 母も呆然と夫を見ていたが、止めることはしなかった。むしろ賛同しそうな目つきだった。

 和輝は嫌な方向に両親の心が傾きつつあると思った。

 ここは何とか自分が説得しなくては。そのために同席したのだ。

 和輝は父の威勢に押されないよう、ぐっと拳を握った。

「父さん。少しいいか?」

 息子に言われ、強い眼差しのままキッと和輝を見た。

「俺が話を聞いたのは、一ヶ月前なんよ。知華から聞いた」

 息子の告白に、両親は驚いた。

「知華から?」

「そうや。年末帰省した時、話してくれた。香西と安井さんと一緒におるのは、霊とか怪異が見えるようになったのがキッカケって教えてくれた」

「…………は?」

 あんぐりと口を開けたその顔は、それまで一度も拝んだことがない表情だった。

 ここに来て息子まで霊感だのと言い出した事に、言葉が出ないようだった。

 和輝はそんな両親の気持ちが分かって、少し笑えてきた。あの時の自分も、きっとこんな顔をしていたんだろうと思った。

 口を歪めて笑い「分かるで」と父を見た。

「父さんの気持ち、よう分かる。俺も同じじゃった。妹が急に霊感目覚めたって告白してくるんじゃから。ろくに話をしてこんかった四年間で、妹は変わってしもうたんかと、俺も最初は思った」

 和輝はあの時の知華を思い出す。

 兄妹としての会話がなかった時間。

 知華が何を思い、感じたのか和輝は知らない。知ろうとしたが、その機会は失われた。

 きっと揚げ足ばかりとるこんな兄を説得するのは、気が進まなかったろと思った。

 しかし知華は打ち明けてくれた。

 本当の事だから信じてと。

 

 今の和輝もそう思う。

「本当の事じゃから、信じて欲しい。知華には霊感がある。ばあさんの葬儀の後、青年に会ってから知華の世界は変わった。俺たちには見えん者が見えて、声が聞こえる。最初それを聞いて胡散さいと、俺も思った。でも、知華は真剣に話すんよ。俺が次々にする質問にもポンポン答えてな。嘘を言っとるようには見えんかった」

 和輝の話に父は憤慨した。

「そんな馬鹿げた話、何で信じた?知華が騙されとると思わんかったんか!」

「思った。確かに馬鹿げとる。普通は信じない。でも知華は言うんよ。騙されとるなんて絶対ない。それだけは、絶対にないって言い切った」

「そんな言葉だけで、お前も信じたって言うんか?」

 凄んで言う父に、和輝ははっきり言った。

「そうじゃ。目を見れば分かる。知華は俺の妹やから。嘘をついとる目じゃなかった。真剣に話しとる姿見とったら、本当の事話しとるって分かるよ。家族やから」

 その言葉に、両親はハッとした。

 三人で話し合った時の知華の言葉が思い出された。

 

――お父さん達が話しとる姿見とったら、本当の事話しとるって分かるよ。家族やもん


 あの時の知華と、今見の前にいる和輝の姿が重なった。

 あの時、知華は信じてくれた。全てを打ち明けた両親を責めることもしなかった。

 今の自分と違って。

 

 知華を思うと胸が一杯になって、痛いくらいだった。

 心の中にあった猜疑心がボロボロと崩れると、父の目から自然に涙が出た。

 和輝は父の表情から、疑いが消えていくのを見た。

 ただ黙って涙する今の顔は、穏やかに知華を思っている。

「俺は知華を信じた。じゃから、知華が信じとるこの人達を信じる。知華を助けるためには、この人達の協力がいる」

 母は黙って泣く夫を見て、オロオロしていた。

 その顔にはまだ少なからずの不信感と警戒心が残っていた。自分が何とかこの人達を遠ざけねば、と考えているのが分かった。

 紅野はどう説得したものかと、頭の中で言葉を選んでいた。

 すると、ずっと黙っていた安が「いいですか」と声を発した。

 紅野は納得させられるか気がかりだった。ここで失敗は出来ない。知華には時間がない。

 だが安の顔を見るとその不安はほどけ、無駄な心配だった思った。

(――ここは安に任せよう)

 そう決めると、静かに椅子の背もたれに身を預けた。そして頬を緩ませ、安の言葉を待った。

(さて、安の声と思いを聞こうか……)


  

 安は全員に顔を向けた。和輝の話を聞いているうちに、思いを伝えたい衝動に駆られていた。

 うまく話さなくていい。素直な気持ちが一番ごまかしがなく、力を持っている。

「時々お邪魔してました。安井です。あたし、知華の友達なんですけど、霊媒師でもあるんです」

 安の告白に両親は少し目を見張った。

「こんな事を言うと酷く滑稽と思うけど、霊感があります。あたしは小さい頃から色んな物を見て、聞いてきました。でも誰にも言えなかった。普通はそんな話、信じないから。だから本当の意味で友達はいなかった。みんなが過ごす友達との『普通』は、あたしにとっては遠かった」

 知華と安の関係を皆に聞いて欲しかった。

 安にとって知華がどんなに大きい存在か、知ってほしかった。

「知華と出会ったのは偶然でした。悪霊に襲われてた知華をたまたま見つけて、助けた。それがきっかけで、あたし達は友達になった。初めて霊感と霊媒師の事を知ってる友達で、嬉しかった。見えるもの、聞こえるものを分かち合えて、話し合えることが、こんなにも心の支えになるなんて知らなかった。そこから、あたしの中で知華は光になった。守りたい友達。傍にいてほしい大切な友人。この感情をなんて言うのか、あたしには分からんけど、それだけ知華の存在はあたしの中で大きい」

 安は心の中で知華の顔を浮かべた。

 目を閉じれば、いつもの笑顔の知華がいる。

 それがどんなに支えになっているか、知華本人も知らないだろう。

「それに……知華には感謝もしとる。両親やお師匠や宇田さんの心も救ってくれたから。あたしは妹を悪霊に殺されてから、ずっと復讐心を持っとった。とにかく、全部の悪霊を祓ってやるって、そう思っとった。それは悪いことじゃないかもしれんけど、その想いに囚われ続けとる事を、両親やお師匠達はずっと心配してくれとった。でも、知華との出会いがあたしを変えた。復讐心しかなかった所に、誰かを守りたい、助けたいって気持ちを灯してくれた。それを知った皆は涙して喜んでくれた。あたしの心が戻ってきたって……」

 そこまで言うと涙声になり、声が震え出した。涙が頬を伝った。

 知華の存在がどんなものか。きっとこの世の言葉では表せないと安は思った。

「あたしは知華に沢山助けられてきた。だから知華を助けたかった。今まで、出来る限りの事をしてきた。色んな人を頼って、力を借りて、やれるだけの事をしてきた……でも……知華は今の死の淵いる。あたしは……全然守れてなかった。凄く大事な友達なのに、肝心な時に傍におらんかった!何も出来んかった!助けてあげられんかった……!」

 喉にこみ上げる嗚咽を何とか呑み込み、言葉を続けた。

「悔しい……!凄く悔しい……!知華ともう一度話したい。ごめんって謝りたい。今度こそ、知華を助けたい……!知華を助けられるなら……そのためだったら、何でもする。あたしに出来ること、全部、全部……!あたしは、そのために心を砕く」

 真綿の守りの時と同じ気持ちが安の中に巡った。

 強く強く願う想いは大きく膨らんで、安の心を一杯にした。

「どうか…どうか…知華を助けせて下さい……!知華を助ける機会を、あたしに下さい……!」 

 安は両親を見た。その目には揺るぎない強い意志が燃えていた。

 強い願いと意志は温かな風になって部屋全体を包み込んだ。

 知華の穢の影響を受けて荒んできた両親の心は、その風に流され霧散した。まるで春風に溶ける雪のように。

 

 紅野は呪文も読経もなく発動させた無意識の術に、心を綻ばせた。

 ここまで人を思いやれる心になったことが、本当に嬉しかった。

 

 両親はすっかり猜疑心が無くなり、疑惑の眼差しは消えていた。

 二人は顔を歪めて泣いていた。

 きっと、二人で抱え込まず、誰かに相談すればよかったのだ。母の時も知華の時も。

 守りたいなら尚の事。

 そうすれば、こうして差し伸べてくれる手があったかもしれない―。

 そうと思うと、どうしようもないやるせなさを感じた。

 今度は手を取ろう。ここまで言ってくれる友人がいるのなら――

 潤んで涙を流すその目には、安への強い信頼と信用が見えた。

「安井さん、ありがとう。知華を思ってくれて……」

 父は震える声で言った。

 母も涙声で何とか言葉を紡いだ。

「今度は、ちゃんと手を借ります。知華を守りたいから……」

 手を取る勇気をくれた安に感謝した。

 そして、二人は揃って深々と頭を下げた。

「――知華を助けて下さい。どうか、よろしくお願いします……」

  

 

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