泣いて泣いて泣き晴らした後に②
那津は知華が倒れた直前の状況を話して聞かせた。
学校から帰宅すると、程なくして知華から電話があった事。激しく動揺していて、「無意識に自分がやっている事を話して欲しい」と強く望んでいた事。
那津は知華が気づいたと思い、家に行った事。そこでここ数日の出来事、那津が見て感じた事すべてを話した事。
すると知華が急に苦しみだし、叫び出したこと。
両目が回り、那津に助けを求めるように手を伸ばすと、腕ごと異様に伸びたこと。
「知華はそれに酷く動揺しとった……。俺も急なことに頭が追いつかんで、知華に手を伸ばせんかった……。それに、怖いものを見るような目で知華を見とったんじゃと思う……。――知華は俺の顔を見て絶望しとった……」
その時の顔を思い出し、那津は悔しそうにぐっと唇を噛んだ。
「その後…知華のブレスレットが弾け飛んだ……。知華はさらに絶叫しとった……俺はあの叫び声を一生忘れん……そんで…叫んだ後…知華は倒れた……」
三人は無言で話を聞いた。
知華の状況を聞くと、安はまた涙が溢れそうになっが、我慢した。
今は霊媒師として、知華に何が起こったか考える時だ。
握り拳に力を入れて気持ちを強くすると、安は那津に尋ねた。
「ブレスレットが弾け飛んだんやね?ヒビが入ったり、壊れたりしたんじゃなくて?」
那津は頷いた。
「ああ。急に弾かれたみたいに……。救急車呼んだり応急処置したりで記憶が曖昧じゃけど、今も知華の部屋に転がっとるはず」
安は眉間にシワを寄せ考えた。
「……弾け飛んだってことは、外側からの攻撃じゃない。内側からの衝撃……。知華の中に溜まった穢が一気に外に出た……?知華が自分の異様な状態を自覚したせいかもしれん……」
ブツブツと言う安の言葉の一つ一つを聞き逃さないよう、那津も和輝も耳を傾けた。
「あたしが数日前に張った結界。あれは外から入ってくる穢から、知華を守るものなんよ。でもそれが破られた。那津の話を聞く限り、知華自身から出た穢のせいで、結界が内側から破綻したんじゃろうな……。内側からの攻撃には弱い仕組みじゃから」
和輝は今の話を端的にまとめた。
「つまり、霊感のせいで穢?が中に溜まって、知華の行動がおかしくなった。本人がそれを自覚したけ、一気に穢が吐き出されて、知華の肉体に影響を及ぼした?」
安は頷いた。
「知華が溜め込んどった穢は尋常じゃなかった……。あれが一気に知華の体を蝕んだとなると……想像を絶する痛みやろうな……息が止まってもおかしくない……」
那津は握った拳に更に力を入れた。
「安井…それは…俺が知華に全部話したせいか?」
怖かったが、聞かずにはいられなかった。
安は首を振った。
「違う。知華は那津に電話をした時点でほぼ気がついとった。それを言葉に出したせいで、言霊の力が働いた。那津が話そうが話さまいが、いずれはこうなったんよ。那津がおる場で事が起こったから、こうして詳細が分かったし、知華の応急処置も出来た。那津のせいじゃない」
安の言葉はただの慰めではないと、那津には分かった。
それでも心は痛んだ。
「質問ええか?」
和輝が安に言った。
「一人置いてけぼりなんやけど、一個一個聞かせてくれ」
大きく嘆息すると、和輝は話し出した。
「まず、穢ってなんや?」
「生きてる人なら多かれ少なかれ、皆が持ってるものです。怪異とか霊が見える人には寄ってきやすくて、溜まりすぎると精神や肉体に影響が出るんです」
「前の週末、安井さんがうちに来とったのは、それを祓うためか?」
安は頷く。
「知華は他の人よりも穢を多く溜め込みやすかった。祓っても祓っても、すごいスピードで溜まっていく……。理由が分からんから、調べとる途中でした。ブレスレットとか家を対策して、なんとかお祓い以外でも浄化するして何とか持ち堪えとった……」
「なんで知華だけ、そんな事になる?」
それまでスラスラ回答していた安は、黙った。ここからはオマモリサマの事が絡んでくる。
「先週末もこの話をしたな。『お祓いが必要になるのは霊感があるヤツに共通すことなんか』って聞いたら、『稀にある』って言葉だけで、そこから先は答えてくれんかった。今は教えてくれるやろ。その『稀』の部分を話してくれ」
和輝の目は真っすぐだった。真摯に妹の事を全て知りたいと言っていた。
今なら、話しても良いだろうと安は思った。そうでなければ、家族として納得出来ないに違いない。
「全ての始まりは、おばさんの葬儀の日」
話し始めた安に、全員の視線が集まる。
「自分のことをオマモリサマという青年と、知華は会ってる。おばさんとも知り合いだった青年です」
「ばあさんと?それはどういう……!」
驚いた和輝はしかし、その先の言葉を呑み込んだ。
「っ……いや、まずは聞くわ。続けてくれ」
頷くと、話を続けた。
「オマモリサマは人ではない。怪異です。異様な強さと力を持った怪異。人の魂を主食にしている奴で、知華の魂を飛び切り気に入ったようです。オマモリサマは他の怪異や霊が知華の魂を取らないように、知華に『何か』した。その『何か』は分かりません。でも、そのせいで知華は異様に穢を引き寄せるようになった。悪霊に襲われていた所をあたしが見つけて、祓ったのが出会いです。それから知華から相談を受けるようになった」
安の頭の中で、これまで知華と過ごした日々が蘇った。
鮮やかなその光景は、遠くの出来事に思えた。
「この半年、色んな事があった。何度も知華は除霊とお祓いを受けてる。それでもずっと頑張ってた。今日までずっと……。オマモリサマの事は、お父さんもご存じですよ」
そのセリフに、和輝はまた驚愕した。両親まで絡んで来るとは考えもしなかったのだろう。
「父さんも?なんで?」
「おばあさんです。お父さんが小さい頃から数回、オマモリサマとおばあさんが話している所を見ています。お父さんは人間でないと気がついてる」
和輝はだんだんと頭の整理が追いつかなくなっていた。
ただでさえ情報が怪奇的で、呑み込むのに難儀しているというのに。
今度は父親が出てくるとは。
「お父さんは、おばあさんが青年と会って以降、おかしくなったと言ってます。異様な行動を何度も見ている。お母さんもそうです。お嫁に来てから、おばあさんがおかしな動きを自覚無く繰り返していたことに恐怖を覚えた。だから、ご両親はおばあさんの介護ができなかった。その時の姿がトラウマになっていたから。知華はご両親からその話を直接聞いてる」
和樹はその時ハッとした。
父が三人で色々話したと言っていた。知華の介護苦労や思いの丈を話し合っただけと思っていた。しかし、それだけではなかった。
それに気がつくと、和樹はドサッと椅子に座り込んだ。両手で頭を抱えた。
生まれて初めて、頭に無理やり情報を叩き込もうとしていた。信じられない思いを無視して、小さい引き出しに何とか布団を詰め込もうとするように、躍起になった。
「昔、ばあさんがオマモリサマと会っていて、父さんはそれを見てた……。ばあさんはだんだん行動がおかしくなって、その姿に父さんも母さんも恐怖してトラウマになった……。病気になって介護が必要になっても、トラウマのせいで手が出せれんで、知華がする羽目になった……。ばあさんが死んで、葬式の時、知華とオマモリサマが出会った。オマモリサマは知華の魂を気に入って『何か』した。それ以降、知華は悪霊とかに狙われるようになって、穢も引き寄せる様になった……。だから霊媒師と繋がりができた。今回も穢が原因で危篤になった……?」
声に出すことで何とか話をまとめた。
自分でも言っている内容は信じ難かったが、その気持ちは無視した。
和樹が混乱の中に居ながらも、必死にパニックを起こさないよう自分を制している姿を三人は見守った。
和樹は何度も頭を掻きむしった。
「クソっ!こんな話……!どうやって呑み込んだらええんじゃ……!」
吐き捨てるように言う姿に、安は「受け入れるのは難しいかもしれんけど……」と言葉を挟もうとした。
しかし
「当たり前やろ!すんなり入ってくるか!!」
と興奮して叱るような激しい物言いで返された。その勢いに思わず口を閉じた。
宇田は「落ち着いて下さい」と冷静な声で言った。
「今、そうなろうとしとる!少し時間をくれ!」
和樹は頭を抱えたまま、ただ床の一点を見つめた。
口に出して説明をまとめたが、内容を真っ直ぐに受け入れる事は困難を極めた。絡まった細い糸を解くほうが、よっぽど簡単に思えた。
知華は穢のせいで危篤になっている。
なら、いくら治療を施しても意味がないのではないか?根本の穢を何とかしなくては、解決されない。
知華は目覚めない。命の保証はない。
しかも、今の和輝に出来る事はない。
輸血や臓器提供であれば、何とか出来た。しかし臓器に異常がないのなら、治療に役立てるわけはない。
怪異的な事が原因であっても同じだ。お祓いも除霊も出来ない自分では、何の力添えも出来ない。
(俺は知華の役には立てんのんか……?妹が死の間際にいながらも、何も……?)
週末、知華とファミレスに行こうと約束した事を思い出した。
和輝は知華と話したかった。四年間のことを謝りたかった。
知華もきっと、何か話したい事があったのだろう。誘っても断わらなかった。
(知華、お前は何を話そうとしてくた……?)
訪れる事がなくなった約束のことを思うと、胸がいっぱいになった。
渋らず、あの時言えば良かった――
その想いが和樹の中で深い後悔となって垂れ込めた。
(悔やんでも嘆いても、現実は変わらん……。今の俺が出来ること――。知華ともう一度話すために、出来ること。何かあるはず……!)
和樹は顔を上げた。
黙って見守ってくれた三人の事をしっかりと見た。
「教えてくれ。知華を助けるためには、何が必要なん?医療的処置だけじゃ、ダメなんやろ?根本の穢を何とかせんと、知華は助からんのじゃろ?」
混乱と焦燥の中にありながらも、冷静に解決策を聞く和樹に、宇田は答えた。
「一番は知華さんのお祓いをする事。病室を移ってお祓いが出来る環境にしないと、治療も薬も効かない」
その言葉に和輝は渋面を作った。
それは医者の領分だ。和輝に出来る事はない。
しかし、宇田はさらに続けた。
「今、お師匠の紅野が知華さんの主治医と話している。河田という医師です」
それに息を呑んだ。
「知華の主治医を何で知っとる?」
「紅野と河田は旧知の仲です。こう言った事案の時、よく世話になる。安が倒れた時もそうだった。こちら側の事情を汲んで治療してくれる。きっと多方面から配慮してくれるはず」
その言葉に、和輝の中で小さな光が灯った。
命を繋ぐ道が見えた。
「残すは、ご両親の説得です。未成年で危篤の知華さんの治療には、ご家族の同意が必須です。これから紅野から、話があるでしょう」
その言葉に、和輝はぐっと心を決めた。
自分にも出来る事があった。
自分にしか出来ないことが。
和輝は立ち上がると、三人を見た。
「俺が説得する。絶対に知華を助ける」




