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クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
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泣いて泣いて泣き晴らした後に①


 両親と和輝が病院に到着すると、救命センターに通された。

 広いセンター内にはベットが十ほど並んでいた。

 知華のベットは中心にあり、どこにいるスタッフの目にも入る位置だった。

 

 知華は口から管を入れられ、眠っていた。

 身体からは何十本もの管が伸びていて、それぞれが機械に繋がっている。この部屋の誰よりも多くの機械に囲まれていた。よくドラマで見るような心電図が付けられ、ピッピッと音がしている。

「まだ状態が極めて不安定なので、面会は十五分です」

 看護師からそう言われた。

 三人は腕から伸びる沢山の管をかき分け、知華の手に触れた。

 冷たかった。

 色をなくした顔は眠っているようには見えなかった。生気がなく、今にも消え入りそうだった。

 黙って手を握っていると、すぐに面会は終了した。

 時間がくると看護師から声をかけられ、切り上げさせられた。

 

 そのまま別室にて、家族への説明が主治医の河田から行われた。看護師が一人付き添ってきた。

 河田は知華の状態の説明をした。

 極めて不安定な状態で、風邪を引いただけでも肺炎になり、命を落としてしまうかもしれない状況だと言われた。

 三人は絶句した。

「何か病気なんですか?!」

 河田は首を振った。

「これといった病気は何もありません。検査もしましたが、臓器も正常です。ただ全身状態が良くない」

 そう言って採血データを見せた。

 黒と赤で印字された数字がズラッと並んでいる。

 データ一を一つ一つを説明してくれたが、半分も分からなかった。

 また、CTやレントゲンの画像も見せてもらった。

「臓器に異常はありませんが、全体の数値が極めて悪い。しかし白血病とも敗血症とも違う。まるで、長年生きてきた高齢者のような状態です」

 両親は訳が分からないという顔をした。

 当然だ。医師でさえ説明は上手く出来ない。

「今はなんとか一命を取り留めています。救急搬送される前に、応急処置がされたのが功をなしました。あれがなければ手遅れだったでしょう」

 そうは言われたが、両親は状況が飲み込めていなかった。

「病気じゃないのに、どうしてですか?知華はすこぶる健康な子でした!風邪も滅多に引かないし、今までだって一度も入院した事ないんですよ?!」

 母が混乱して言った。

 河田は気の毒そうな顔をしたが、首を振った。

「はっきりとは分かりません。ただ、今は人工呼吸器がないと息が出来ないし、心臓の動きをサポートする強い薬を使わないと血圧の安定が取れない。自分で食べることができないので、点滴が必須です。いつ急変してもおかしくない状態です。……最善は尽くしますが、覚悟をしておいて下さい」

 三人は言葉をなくした。

 

 今朝まで元気だった。朝食を食べて、いつも通り学校にも行った。いつも通り帰宅した。

 それなのに。

 母は泣き崩れた。父も放心していた。

 和輝だけが一人、別の事を考えていた。

 

 病気ではない。はっきりとした原因が医者でも分からない。

 健康だった知華が急に倒れた。集中治療室でなければ手に負えないほどの全身状態。しかも、危篤。

 普通ではない。

 そして、知華が普通の人にはない力を持っている事を、和輝は知っている。

(可能性があるとすれば、一つしかない……)

 和輝は拳を握りしめた。

 


 病院の会計待合室。

 外来が終了した今、椅子はガラガラだった。

 電気も最小限にされ、薄暗くなっている。売店は閉まり、自動販売機の光がてらてらと辺りを照らしていた。

 広い待合室の隅の席に、那津は一人座っていた。

 

 安が宇田の運転でやっと病院に到着したのが搬送から一時間半ほど経った頃だった。

 那津の姿を見つけると、安は駆けていった。

「那津!」

 力なく頭を垂れる那津は、安の声を聞くとノロノロと頭を上げた。

「……安井」

 生気がなく虚ろな目をした那津を見て、安は顔をくしゃくしゃにした。

「――那津……!ごめん、一人にして!あたし来たよ?もう一人じゃないから!」

 絶望と放心が混ざった顔は色がなかった。そんな友人を見ていられず、安は堪らず涙が溢れた。

 那津は自分の足元で泣き崩れる安を見て、口を開いた。

「……ごめんな、安井。お前が頑張って知華を守ろうとしてくれたのに……おれが……全部ダメにした……」

 抑揚のない声は、那津の今の心そのものを表していた。表情は変えず、那津の目から涙が静かに流れた。

「……俺が知華を……あんな風に……ごめん……知華……安井……ごめんな――」

 自責の思いから、那津は自分を攻める言葉を連ねた。その姿が痛々しく見ていられず、安は思わず叫んだ。

「そんな事……言わんでよ!那津は悪くない!那津のせいじゃない!」

 しかし、那津の耳に安の声は届いていないようだった。

 宇田も佐藤さんも、激しく心を揺さぶられた。見ていられないほどに、那津は心身ともに疲弊していた。

「香西くん、そんなに自分を責めたらいけん!知華さんの傍におったのは君だけなんで!君が助けたんよ!知華さんを!」

 那津の肩に手を添えて言葉に力を乗せて言ったが、それでも那津の心には届かなかった。ただひたすらに、那津の目からは涙がこぼれ続けた。

(あかん……。香西兄ちゃんは心が引きずられとる……。このままやと闇に呑まれてしまう……。けど……)

 佐藤さんは安と宇田を見た。

 二人とも激しく動揺している。

 本来なら心を整えるため印の一つでも切るか、平安の呪いでもかける所だ。しかし術者までもが呑まれつつある。

 これでは全員が浮上出来なくなる。

 何か策はないかと、佐藤さんは考える。紅野は先に河田の所へ行ってしまった。

(帰ってくるのを待つしかないか……!)

 そう思った時。 

「なんで通夜みたいに泣いとんや」

 急に声を掛けられた。これには全員が驚き、振り返った。

 

 和輝だった。 

 スタスタと三人の所に歩いて来ると、真っ先に那津の元へ向かった。そして呆けた顔に一発ビンタを入れた。

 パン!と乾いた音が待合室に響いた。

「これは両親の絶望の分や。グーでないことに感謝しろ」

 和輝は痛そうに自分の手をひらひらさせた。

「人をぶったの初めてや。結構痛いんやな」

 そう言うと、那津を見た。

「母さんから聞いとる。知華はお前とおったって。全部知っとるのはお前だけじゃ。全部話してもらうで!」

 和輝の剣幕に、安は慌てて言った。

「やめて!そんな……!那津は後悔しとるんよ!自責の念で心が壊れそうなのに!」

「その後悔が何かを知りたいんじゃ!」

 安に怒鳴ると、すぐに那津に視線を戻した。

「お前は知華が倒れた時、傍におった。救急車を呼んで、心臓マッサージして、AED持ってこいって母さんに言ったんやろ?!そんでちゃんと処置した!あれがなかったら知華は助かってないって医者に言われた!それなのに、何をそんなに後悔しとんじゃ?知華を助けたのはお前じゃろ?!」

 胸ぐらを掴まれた那津は、和輝を見ていた。

 先程と違い、目に僅かな光が宿っていた。

「……知華は、まだ生きてる……?」

「当たり前やろ!今も頑張って生きようとしとる!勝手にメソメソ泣くな!」

 そう言われ、那津は顔をくしゃくしゃにした。声を出してむせび泣いた。

 安堵の涙だった。

 知華が搬送されてから、容体は不明のままだった。

 もしかしたら、と最悪の考えがずっと心の中にあった。頭から知華の最後の顔が離れず、苦しかった。

 安も和輝の言葉を聞いて泣いた。

「知華……良かった……知華……」

 二人が安堵で泣き崩れるのを見て、和輝は少し声を柔らかくした。

「心配してくれてありがとな」


  

 それから暫く、二人の泣き声が響いた。

 佐藤さんは安の背中を撫で、宇田は那津の肩に手を乗せていた。

 泣いて泣いて泣き晴らすと、心がほんの僅かに落ち着いた。

 涙を拭う様子を見ると、和輝は安に顔を向けた。

「落ち着いたか?」

 そう言って安が立ち上がれるように手を貸した。

 安は頷くとその手を取り、那津の傍の椅子に腰掛けた。

「知華とは会えるんですか?」

 尋ねたが、和輝は少し表情を暗くして首を横に振った。

「いや。家族でも十五分しか面会出来ん。極めて不安定な状態らしい……。人工呼吸器に繋がれとった。いつ急変してもおかしくないって言われとる……」

 ハッと息をのむと、安は苦悶の表情をした。

 穢が残っているから、状態が安定しないんだと悟った。

 一刻も早く、知華のお祓いをしなくては。

 しかし、病院内で勝手は出来ない。ましてや知華がいるのは救命センター。とても素人が入れる場所ではなかった。

 

 和輝は安の表情から、何かを察した。

 二人がここに来たのは、友人としてだけではない。

 そう直感した。

「知華に何が起こっとる?」

 和輝は先程と違い、落ち着いた声で静かに問うた。

「さっき医者から言われた。臓器に何も問題はない。ただ、体がすこぶる弱っとるって。まるで高齢者みたいに」

 那津と安はぐっと唇を噛んだ。

「そんなはず無いやろ?知華は今朝まで普通に生活しとった。学校に行って、いつも通り帰ってきた。今まで入院なんてしたこともない。風邪だって滅多に引かん丈夫な子や。それが急にこんな……」

 和輝は悔しそうに顔を歪めてた。

「知華は学校から帰って来た時、様子がおかしかった。いつものただいまもなく二階に上がった。そんで、しばらくしてお前が来た。二人して暗い顔して二階に行ったて、母さんから聞いとる」

 和輝は那津を見た。悔し顔のまま、那津をじっと見ていた。

「何があった?お前だけが知っとることを話してくれ。知華に霊感があることと関係しとるんか?お祓い受けんといけん子なんやろ?そう言うオカルトめいた事じゃないと、説明がつかん。あんなにも元気だった知華が、一人で呼吸出来んくらい弱ってるのはなんでや?今にも心臓が止まりそうになっとるのはなんでや?教えてくれや……!」

 半分泣きそうな声だった。

 その有り様は酷く那津の心をえぐった。

 那津は自責の念をぐっと堪えた。

 今は謝罪したり後悔を口にする時ではない。きちんと説明する時だ。

 那津は覚悟を決めて、和輝の顔を見た。

「全部話すので、聞いて下さい」

 安と宇田にも向き直り、続けた。

「二人にも、もう一回聞いて貰いたい。さっきみたいに取り乱したりせんから……」


 

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