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クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
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和輝と安


 安のお泊りが決定すると、知華は俄然元気になった。

「夜寝る時は、布団ここに持ってこよう。来客用のがあるから。あっ、お母さんにメッセージしとかんと!寝る時の服はあたしのでいい?サイズ合うよな?」

 自分の体型と見比べている知華に、安は思わず笑った。

「知華、めっちゃテンション高いな」

 この日初めて声を出して笑った安を見て、知華は

「やっと笑ったな、安ちゃん」

 と言った。

 不思議そうにしている安の顔を見て、那津が続けた。

「ずっと難しい顔しとったからな。安井、自覚なかったろうけど。今、やっと笑ったで」

 そう言われ、安も初めて自覚した。思った以上に力が入っていたらしい。

「……ちょっと、肩に力入りすぎとったかもしれん」

 そう言うと不思議なもので、疲労を感じた。

 気だるさと目眩を感じて、安はその場に座りこんだ。

「ほらな?安ちゃんは知らずのうちに力入れすぎなんよ。余計な霊力使ってへばってしまうで?」

 佐藤さんが心配顔で近くに浮遊してきた。

 気まずそうに力なく笑う。

 その顔が青い気がして、知華と那津は「少し休んどって」と、片付けをしてくれた。


 そこからはお泊りの準備でバタバタした。

 客室から布団を運ぶのは那津が担当し、知華は安に合う服を準備してくれた。布団にシーツをはめ、毛布と掛け布団も持ってきて、わざわざ布団乾燥機に掛けてくれた。

 安はベットの上で頭からすっぽりと布団を掛けられ、ただ見ていた。少しでも手伝おうか、と言ったが全員から反対されてしまった。

 


 部屋の準備が整うと、今度はトイレとお風呂の場所を案内された。

 一階の案内中、  

「あっ、そうだ」

 前に歩いてい知華が、廊下で足を止めた。

「今日はお兄ちゃんが帰ってくんるだった」

 知華は踵を返し、リビングを覗いた。

「お兄ちゃん、もう帰っとる?」

 そう話しかけると、男性が一人顔を出した。

 安にとっては初対面の人間だった。

「さっき帰った」

「今日は安ちゃんが泊まるから、よろしく」

 そう言われた和輝は安の顔を見るなり、

「ああ、あの時の」

 と意味深なことを言った。

 心当たりがない安は「お会いしたことありますか?」と尋ねた。

 一瞬きょとんとした知華は「ああ、そっか」と合点がいった顔をした。

「安ちゃんは意識無かったから知らんよね。あたしのお兄ちゃんの和輝。救急搬送の時、紅野さん達と会っとるよ」

 そう言われ、やっと思い至った。

 知華に兄がいて、安が霊媒師だと知っている事を。

「始めまして。安井安です。あの時はありがとうございました。ご迷惑おかけしました」

 安は丁寧に挨拶し、お辞儀をした。

「そんなに畏ま《かしこま》らんでもええよ。安ちゃんやろ?」

 和輝は知華と目が同じだった。眼差しがよく似ていると安は思った。

「知華から話を聞いとる。霊媒師なんやろ?これから御札とか塩とか持って仕事か?それとも友達として遊びに来たんか?」

 やや揶揄している言い方な気がして、知華は

「お兄ちゃん」

 と語気を強めた。

 安は別にいいよ、と窘めた。


 よくある事だった。特に懐疑的な人達からは、皮肉を言われたり馬鹿にされたり、からかわれる。

 和輝の発言は安にとってまだまだ序の口だった。

 安は和輝に向かって、

「両方、ですかね。知華のお祓いに来ました」

 と素直に答えた。

「お祓い?」

 良いニュアンスで使われない言葉に、和輝は怪訝な顔をした。

「知華に何かあるんか?」

 尋ねられ、安はほんの数秒揺れた。

 真実か嘘か。

 知華からは、オマモリサマ以外の事を全て話してあると聞いている。ならば、真実の方が良いと判断した。

「知華には霊感があるので、良くない者が寄って来やすいんです。時々、こうしてお祓いしてます。家の方も寄り付きにくいよう、対策してます」

 そう言われ、和輝は少し驚きリビングをキョロキョロした。

「あとで玄関とか水回りを見てみて下さい。先程言われてた御札以外にも小さい石とかインテリアを崩さない物を置いているので。間違っても捨てたり剥がしたりしないで下さいね。知華の生活と精神に障るので」

 その言葉に和輝は

「そんな事するか」

 と顔をしかめた。

 その表情が知華とそっくりで、思わず笑ってしまった。

 おかしなタイミングでの笑みに、和輝は「何がおかしい?」と少し気分を害したようだった。

「ああ、すいません。今の顔があまりにも知華と同じだったんで。兄妹だな、と思いまして」

 その言葉に、和輝は以外そうな顔をした。

「そんな事、初めて言われた」

「そうですか?結構そっくりですよ、二人」

 和輝はなんとも言えない顔をしていた。

 そのやり取りを我慢して見ていた知華は

「お兄ちゃん、安ちゃんをいじめんで」

 とても冷めたい声で言った。

「前に言ったよな?蔑んだり、見下したり、軽蔑したりせんでって」

 妹に言われ、和輝は反論した。

「どこがいじめとんや」

「さっきの言動、全部!」

 妹が本気で怒っていると分かり、和輝は少し反省したようだった。

 確かに、霊媒師という稀な職業にやっかみをかけたのは事実だった。

「……すまない。ちょっと言葉が過ぎた」 

 安は軽く受け流すように言った。

「いえ、もっと色々と言われることもあるので。私はこの年齢ですし、慣れてます」

 知華と同い年にしては会話に瞬発力があり、経験を重ねていることが伺えた。また、外見年齢から今の和輝の様に揶揄されたり疎まれるとこも多いと分かった。

 和輝は安が霊媒師なんて仕事を選んだ理由を知らないが、知華と同い年であることを考えれば、相当の覚悟がある様に思えた。

 その考えに至り、さらに良心の呵責を感じた。

「いや、本当に悪かった。霊媒師なんて職業の人に会うのは初めてなんでな。色々と苦労もあるんだろう」

 和輝の心からの謝罪を感じ、安はまた笑った。

「そう言う所も、知華とそっくり」

 なぜ笑っているのだろう。今反省する所があると思ったばかりなのに。

「素直に自分の心のうちを教えてくれる所。よく似てます」

 和輝は安に少し興味を持った。今までに会ったことのない種類の人であるように感じた。

 

 何やら兄と安が不思議な通じ方をしているので、知華は戸惑った。佐藤さんも同様な様子で、二人をチラチラ見ている。

「とにかく、安ちゃんは今、あたしのお祓いを終えたばっかりで疲れとるの。ゆっくり泊まるんだから、これ以上変な事言わんでよ」

 そう言うと、知華は安への家案内を続けた。


 二階に戻ると、那津が「遅かったな」と二人を待っていた。

 知華は今し方の和輝の態度をプリプリしながら伝えた。

 那津は何となく和輝の態度が思い浮かんだので、少し安に同情した。

 しかし当の安は全く平気、という感じだった。

「あれくらい、かわいいもんよ」

 安の精神力の強さが伺え、こういう所も修行で鍛えられたのかと、学生の二人は感心した。



 お泊り準備が終わると、那津は帰って行った。

 安は知華と一緒に夕食準備を手伝った。

 おしゃべりしながらの、ただの友人としての時間は楽しく、ずっと笑っていた。

 この日は父の帰宅が遅く、母と和輝の四人で夕食をとった。

 安は知華の母とゆっくり話すのは初めてだったが、とても話しやすい人だと思った。

 

 食後。

「片付けはいいからゆっくりしてて」と言われ、安はリビングでゆっくりとお茶を啜っていた。

 久々に家族のぬくもりを感じる食事だった。知華達家族の一員になれたような気分で、とても温まった。

 そんな安の元に和輝がやってきてた。

「母さんは安井さんの仕事のことは知らんのか?」

 先程の会話から、安の事情は知らないのではと踏んだのだろう。

「はい、知りません」

「そうか……なら、知華を除けば俺だけが知っとるってことか」

 そう言うと、自席に掛けた。

「さっき、知華には色んな者が寄りやすいって言ったな?あれは霊感あるやつには共通なんか?あんまり聞かん話やけど」

 安は表情を変えないよう努めて、心中で

(なかなか鋭い所を突いてくる)  

 と思った。

 以前、知華が和輝には誤魔化しは通じないと言っていたことを思い出す。確かに、紅野と同じで頭の回転が速いのだろうと思えた。

「多くはないです。稀に、そういう人がいます」

 曖昧な回答に、和輝は表情を変えず眉だけを動かした。

「知華はなんで『稀』に入るんや?」

 これにはどう答えようか悩んだ。

 そこを説明するには、オマモリサマの事を話さなくてはいけない。 

 しかし知華が口を噤ん《つぐん》だのだ。勝手に話すのは意思に反していると思った。

「……そこは、知華から聞いて下さい。知華があなたに話さないなら、勝手な事は出来ない」

 その言い方に、妹が何かを隠しているのだと確信した。

「妹のことなのに、か?」

「妹のことだから、です。家族だからこそ言えない事もあるでしょう」

 安は和輝の真っすぐな目を見た。

「知華が本当の意味であなたに話さない理由を、あたしは知らない。でも、予想はつきます。今までの両親との関係性、おばあさんの介護の事を思えば」

 そこを知っているのか、と和輝は思った。

「誰だって家は暖かく、居心地がいいほうがいい。話して今の関係性が崩れるなら、話したくないでしょう」

「……関係性が崩れるような内容、という意味か?」

「そこを、知華に聞いて下さい。兄妹の絆と信頼があるなら、話すはずです」

 痛い所を突かれたと、和輝は渋い顔をした。

 安は知っているのだ。祖母の介護に介入せず、知華に一人で背負わせていたことを。

 そして、和輝に心に負い目がある事も。

「知華のご両親は、すでに話し合ってます。次はあなたの番です」

 心にある鉛から目を逸らすな。

 それを除かない限り、進展はしない。

 安の目がそう言っている気がした。

 

 和輝は心のうちを暴かれたようで、力が抜けてしまった。

 兄として妹の友人と話しているつもりだったが、今は一対一の人間として話しがしたかった。

「霊媒師とはよく言ったもんやな。それもあんたの見通しの力か?」

 そういわれ、安は「まさか」と笑った。

「あたしにそんな力はないんよ。知華と仲良くなったから、話してくれただけ」

 急に年相応の話し方になり、和輝は思わず笑った。

「知華がなんで友人として付き合っとるか、分かった気がするわ」

「それは、どうも」


 

 お風呂を済ませると、知華と安は就寝準備のため二階に上がった。

 それぞれが布団に入ると、小さな電気を灯した。

 薄暗くなった部屋で天井を見あげていると、どちらともなく話をし出した。

「さっき、お兄ちゃんと何を話しとったん?」

「大したことじゃないよ。嫌なことも言われてないから、気にせんで」

「ホンマ?」

 安は頷いた。

「いじめられたら、あたしに言ってな。やっつけるから」

 その言い方が小さな子供の成敗のようで、安は笑った。

「分かった」

 知華はゆっくり寝返りを打ち、安が横になっている方に向き直った。

「……あたしの穢、濃くなっとった?」

 静かに尋ねられ、安は口を噤んだ。

 急な訪問とお祓い。しかも昨日は那津とデートした後。

 知華が勘付かないはずはないと、安も思っていた。

「……少し、な」

「……そっか」

 沈黙が部屋を包む。

「今日は月が綺麗やね。ブレスレット、窓際に置いとき。月光浴させて浄化しとこ」

 安が言うと、知華は素直に従った。

 窓の近くにガラス皿を置き、その上にブレスレットを載せる。

 再び布団に潜り込むと、知華は手を出してきた。

 安は何も言わず、その手をとった。

「お祓いして、少しはよくなった?あたし……」

 小さな呟きは、安の心に波紋を広げた。

 これ以上、知華の不安が大きくならないよう、知華の手を握った。

「なったよ。今日は一晩あたしとおるから、守ってあげられる。霊媒師とおると、穢は寄って来れんから」

 知華は握られた手に力を込め返した。

「……うん。おやすみ、安ちゃん」

 

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