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クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
82/106

おうちデート


 季節は二月に入った。


 学校ではようやく奈海と守安の質問攻撃がなくなり、平穏な毎日が続いていた。

 知華と那津の鉄なき登校に反応する者も減り、人目が気にならなくなったていた。

 

 知華はあれから、何校かのオープンキャンパスに行っていた。

 専門学校と大学の両方を見て実際の学生からも話を聞き、授業やカリキュラムの違い、獲得できる資格の違いなどを比較出来た。

 一校目のオープンキャンパスの出来事があったので、全てに那津はついてきた。

 看護科では男子学生は少数派のため、大分勧誘をされていたが、飽くまで「付き添いです」の姿勢を崩さない那津を

(ブレないなぁ)

 と知華は感心の目で見ていた。


「那津くんは、結局進学先はどうするん?」

 あるオープンキャンパスの帰り、知華が那津に尋ねた。なりたい職業については、まだ明確に聞いたことがなかった。

「んー、今は悩み中。実は、時々講習会に行っとってな。警察と救急隊のやつ」

 初耳の知華は、驚いた。

「そうだったん?」

 那津は頷き、少し苦笑いして言った。

「とは言っても、まだ一回なんじゃけど。知華の、ほら……初めてのオープンキャンパスに行った時。あの日が講習会だったんよ」

 知華は内心ではっとした。わいせつ未遂の事を思い出したからではない。那津が希望通り、講習を受けられなかったのではと危惧したのだ。

「……もしかして、ちゃんと受けられんかった?」

 少し気まずそうに言う知華を見て、彼は慌てて説明した。

「いや、大丈夫やで!全部内容聞けたし、質問も出来た。警察官と救急隊の人とも顔見知りになれたし」

 知華はそれを聞いてホッとした。

 表情からそれを読み取って、那津は笑って知華の頭を撫でた。

「ありがとうな、気ぃ使ってもろうて。警察官の人とは、たまに街で会うんよ。少し話をする間柄になったわ。補導されとるって勘違いした圭吾に、心配されたけどな」

 想像出来てしまい、知華は笑った。

「救急隊の人とは、流石に会わんな。次に講習会あって、来てくれればええんやけど」

 そう話す那津に、知華は尋ねた。

「那津くんは、どっちになりたいん?」

 那津は悩んだ顔をした。

 体格的にも行動力的にも、どちらでも合いそうだと知華は思った。

「まだよう分からん。憧れとったのは警察官なんやけど。安井の一件があってから、救急隊もええかなって。必要な知識じゃし、絶対役に立つやん。知華が怪我しても、診てやれるしな」

 そう言われ、知華も言った。

「あたしはナースになるから、自分で出来るよ」

「あっ、そうか。なら、警察官かな?」

 至極単純に言うので、知華は笑った。

「そんな簡単な理由でええの?」

 冗談ぽく那津も笑い、しばらく二人でクスクスした。

 そうすると、那津が突然何かを思い出し、あっと声を上げた。

「講習会で護身術習ったの、すっかり忘れとった。知華と安井も出来るやつ聞いたんよ。今度教えるわ」

 そう言われ、知華は頷いた。

「那津くんを飛ばせるように頑張るわ」

「そこ、俺なん?」

「那津くんを投げられれば、大抵の人は平気じゃろ?」

 そう言われ、少し苦笑いしながら「確かに」と納得していた。


 一週間は穏やかに過ぎた、ある日の平日。

 暖房の効いた教室で守安と話していた業間休み。

 

 突然に守安から聞かれた。

「羽原さん、那津との次のデート先は決まった?」

 知華はポカンとした。

 そんな約束はしていなかった。

 強いて言えば、数回一緒に行ったオープンキャンパスがデートの様な気がしていた。

 何の反応もないので、守安はジトっと目を細めて知華を見た。

「……まさか、忘れてない?」

 そう言われても心当たりがく、知華は首を傾げた。

「何を?」

 守安は机を指でトントンと叩き、イライラした。

「前に!約束したじゃん!質問を終わらせる変わりに二回目のデートする日にち、決めたやろ!」

 言われてあっ、と思い出した。

 そういえば、かなり適当な日付を答えた気がした。

「……あー、あれねぇ」

 目を泳がせる知華を見て、守安は少し冷たい声で言った。

「今日中に那津と話し合って行き先決めてきて」

 その迫力に、知華は「はい」としか言えなかった。


 放課後、那津と合流すると知華は早速守安から言われた事を伝えた。

 那津も忘れており、

「そういえばそんなこと言われなぁ」

 と遠い目をした。

「知華と出かけるのは嬉しいんじゃけど、その後のインタビューがなぁ……」

 またあれを受けるのか、と顔に書いてある。

 そこは知華も同意見だった。

「でも、どっか行かんと二人からの報復が来るよ?」

 その言い方に不穏なものを感じたが、確かにありそうな気がした。

 那津も頭を抱えた。

 そもそもデートはお互いが行きたい時には行くもので、誰かに強制されるものではない気がしたが、あの二人が相手ではそんな言葉は通じないと分かっていた。

「知華は、どっか行きたい所、あるんか?」

 隣を歩く知華に尋ねるが、首を傾けるだけだった。

「特には……。オープンキャンパスで散々週末外出したし」

 声色は変えず、スッと知華の表情だけが変わった。

 

 急に真顔になり全ての表情が消える、そんな顔だ。

(あっ、またや……)

 目の端でそれを見た那津は思う。

 時々、知華の感情や表情が急に乏しくなる瞬間がある。

 その変化は不自然さを感じるほどだ。今までも時折見たことがあったが、付き合うようになってから、より一層そう感じる事が増えていた。

(これも穢の影響なんやろか……)

 那津は目線を落として考える。

 安や宇田から、感情の起伏と穢の関係について聞いたことはなかったが、『その人本来の性格ではなくなる』という点においては、共通である気がしていた。

 何も知らなければ、急に不機嫌になったと勘違いするだろう。

 

 那津は不穏な気持ちが知華にバレないよう、気をつけて口を開いた。

「最近は色々と出掛けとったし、たまには家でのんびりはどうや?」

 提案すると、表情を変えず「いいよ」と返ってきた。

「なら、那津くんの家にする?」

 そう言われ、動揺したのは那津だった。

「えっ、俺の家?」

 コクリと頷く知華を見て、那津は少し考えた。

 結界がある事を考えれば、知華の家が最適だった。少しでも穢の浄化が出来るなら、それに越したことはない。

「一回しか言った事ないし」

 そう言われ確かに、とは思う。

 しかし浄化のことが頭から離れない那津は、返事が出来なかった。知華はそんな那津を見て、困っていると思ったのか、

「迷惑?」

 と聞いてきた。慌てて、

「そんな事はないで?」

 と否定する。

「知華は出来るだけ結界の中におったほうがええと思って。知華の家がええかなって思ったんじゃけど」

 素直にそう言うと、知華は

「でも、あたしは那津くんの部屋に行きたい」

 と返される。

 これには別の意味で動揺した。

「えっ、俺の部屋?!」

 良からぬ事を考えてしまいそうで、那津は迷った。

 すると知華は、首を傾けて「だめ?」と上目遣いで尋ねてきた。

 これが那津には相当堪えた。

 思わず顔も耳も真っ赤にして、

「……ああ、いや。だめ……ではないけど……」

 としどろもどろになった。

 知華は口元を嬉しそうに歪めると、

「じゃ、決定ね」

 と返した。

 そのままスタスタ行ってしまう。

 その姿を見ながら、那津は一人、気持ちが取り残された。

 思わぬ誘惑的な目に、別れ際まで那津の鼓動は早いままだった。

(……なんか、情けない……)

 

 

 週末になり、知華は香西家に足を運んだ。

 徒歩では十分程の距離なのだが、呪物探し以来、訪問してはいなかった。

 

 チャイムを押すと那津はすぐに玄関から出てきた。

「よう。迎えに行かんで、悪かったな」

 そう言いつつ、家の中に招いた。

 

 知華が中に入ると、居間には父親の央がいた。

 初対面の知華だったが、動じることなく

「こんにちは。お邪魔します」

 と挨拶をした。

 新聞を読んでいた手を止めると、央は身体の向きを変えてお辞儀をした。

「羽原先輩の娘さんやね」

 そう言うと目を細めた。

「先輩の目とよう似とるな」

 ぎこちなく笑うと、 

「男所帯のむさ苦しい所に、わざわざすまんね。ゆっくりしていってくれ」

 そう言った。

 その後、表情を引き締めて那津に

「おかしな事はするなよ」

 と釘を刺した。

 那津は「何にもせん!」と言い返し、居間をあとにした。

 

 二階に上がると、部屋に案内された。

 那津の部屋は南向きにあり、陽の光がよく入る暖かい部屋だった。和室で机、ベット、本棚、タンスというシンプルな家具しかない。

 本棚には漫画が多く、隅っこに参考書がいくつか見える。

 壁にはポスターもなく、ハンガーに制服が丁寧に掛けられているだけだった。

「好きな所、座っていいで」

 そう言われ、知華はベット横の床に腰を下ろした。

 どちらかと言うと殺風景な部屋に、意外性を感じた。

「意外か?」

 そう聞かれ、素直に頷いた。

「俺の部屋初めて来たやつ、みんなそう言うんよな。『もっとゴチャゴチャしとると思った』って。俺はあんまり物が多いの好きじゃないから。色もカラフルなもん選ばんし」

 言われてみてれば、これまでの私服もグレーや黒、白など、モノトーンが多いことに気がついた。

「服装もそうやね。モノトーンが多い」

「たまには青とかも着るけど、滅多にないな」

 那津は知華の前のベットに腰掛けた。

 知華は部屋を見回し、スンと鼻を動かす。

「那津くんの匂いがするね」

 と言った。

「えっ、そうか?」

 慌てたのは那津で、「嫌なら窓開けるで?」と鍵を開けようとしとた。

 知華は

「なんで?落ち着くからこのままがいい」

 とはっきり言った。

 相変わらず表情変えずケロッという知華に、那津は

「ああ……そうなん?」

 とぎこちなく言葉を返す。

 そんな那津の反応を気にすることなく、少し部屋を見回したあとで、知華はあっと小さく声を上げた。

 後ろに置いた紙袋を掴み

「あとな、これ」

 と手渡した。

 茶系の落ち着いた色合いの格子模様の紙袋で、美味しそうな匂いがした。見ると、中にはマドレーヌとクッキーが入っていた。 

「バレンタインが近いから、作ってきた。お母さんも手伝ってくれたけど」

 

 数日前、週末那津の部屋に行くと伝えると母は「なら作らきゃ!」と張り切った。

 お菓子の料理をあまりしない知華は「必要?」と言ったが、母は断固として必要と主張した。

 そして紙袋とラッピングを買ってきて、詰めたのが今朝のことだ。

 那津ははにかみながら受け取ると、お礼を言った。

「せっかくやし、二人で食べるか?」

 紅茶が準備され、二人でもぐもぐ食べた。知華は味見で何度か食べていたので、ほとんどを那津にあげた。

 手作のお菓子は甘すぎない味で食べやすかった。

 

 それからしばらく話した後、部屋にある漫画やゲームの話をした。佐藤さんが気に入りそうなゲームがあったので、今度伝えてみようとも話した。

 終始、会話は那津が振り、知華はそれに答えるという一方的な流れであった。

 那津は少し違和感を感じた。

 

 昼近くになると、二人で外へ出た。

 以前行った水族館の近くのカフェでランチをし、いくつか店も覗いた。

 途中、那津がノートやシャーペンの芯が足りないことを思い出し、本屋にも寄った。

 公園や池のほとりも歩き、ただ散歩のようにうろうろした。普段行かないような道も歩いた。

 目的はなかったが、二人でただのんびりとするのは初めてで、とても穏やかな時間だった。あえて遊園地や映画にしなくて良かったと、那津は思った。

 

 ここまで知華と一緒にいて、那津は所々であれっと思い、目を瞬く《しばたたく》時があった。

 それは言葉にするのが困難な、小さな違和感。

 例えば言葉のチョイス、微妙な表情の変化、指の動かし方、目の動かし方。

 そう言った雰囲気という曖昧な要素が、知華ではない。

 これは無視するには難しく、気にし過ぎと言われればそれまでの些細なのものだったが、指に刺さった小さなトゲの様に、その違和感は那津の心に残った。

 

 午後を過ぎ、歩き疲れ喫茶店で休憩しようと店を探していた時の事。

「那津くん」

 と声を掛けられた。

 振り返ると、そこにいたのは岡だった。巡回中なのかパトカーに乗っている。

 那津が手を挙げて応えると、道路脇にパトカーを停車させた。周囲の安全を確認した後、小走りで那津の元へやってくる。

「よう」

 爽やかに歯を見せて笑うと、隣の知華を見た。

「デートだったか?」

 手を繋いでいるので、彼女と察したようだ。

「ええ。当てもなくブラブラしてます」

 そういうと、知華に「この間話した岡さん」と紹介した。

 岡は軽く会釈すると、

「今度公園で講習会やるぞ。消火器の実施訓練じゃけど。良かったら顔を覗かせてや」

 と誘ってきた。

 那津が頷いて日程などを聞いていると、知華は無言でじっと岡を凝視していた。

 岡はその視線に気がつくと「ん?」と顔を向け、

「何かあるかな?」

 と笑顔で聞いてきた。

 知華はじっと胸元を見つめ、

「それ、綺麗ですね」

 と呟いた。

 岡はなんの事かと自分の胸に視線を下げる。

 冬制服の左胸には、階級章が光っていた。

「ああ、これか?」

 岡は指でピンと弾くと笑った。

「まだまだペーペーな階級章だぞ」

 と知華に言った。

 知華は口だけを歪め、「そうなんですか」と返した。

 口は笑顔の形になっているが、目が笑っていない。

 

 その表情に、那津はこの日一番の違和感を覚えた。

 その目は、いつかの憑依された知華を思い起こさせた。

 心が一つの嫌な可能性に傾き、どんどんと傾斜をつけていく。 

 那津は知華の瞳を覗き込んだ。

「知華、大丈夫か?」

 不思議そうに那津を見返すその瞳は、いつもの知華のものだった。

 那津は胸を撫で下ろした。ここで何かあっても、対処出来ない。

「那津の彼女はミステリアスじゃな」

 知華の不思議な目線にそう言う。いちゃついてるように見えたのか、岡は茶化すように笑っていた。

 その後、もう少し講習会の話や救急隊員の青井の話をした後、岡とは別れた。

 

 岡の背中を見送った二人は、そのまま道を歩いた。何となく那津は喫茶店に寄る気になれず、帰路に着くことにした。

 知華の様子は相変わらずで、一日を通して感情の波が小さく思えた。

 那津はだんだんと不安になり、念の為、後で安に報告しておこうと考えた。 

「知華、疲れたか?」

 そう声をかけると、

「別に」

 と淡白な答えが返ってきた。やはりいつもの知華と違う気がして、那津は知華の前に回り込むとその歩みを止めさせた。

「今日の知華、少し変やぞ」

 と心配顔で伝えた。

「何というか……いつもの知華じゃない」

 言われた知華は分からない、という顔をしていた。

「そうかな?」

 いつもの様に首を傾けると、

「那津くんの部屋行って、少し緊張したかも。オープンキャンパスとか学校とか、安ちゃんなしでずっと二人きりって、初めてじゃったし」

 と伏し目がちに話した。

「バレンタインのお菓子の料理練習もしてたし、ちょっと疲れたんかな」

 この日一番長く言葉を喋った知華を見て、那津は「そうか……」とだけ言った。

 知華は那津を追い越して、先を歩き始めた。

 

 その後ろ姿を見ながら、那津は考える。

 気のせいにしては心がざわついた。

 とりあえず、知華を送って安に伝えようと顔を上げた時。

 知華の影がおかしい事に気がついた。

 

 知華の向きと影の向きが合っていない。

 知華は今正面を向いているのに、影は右を向いている。

 

 那津は恐怖を覚えた。

 知華の異様さにではない。知華の身を案じての恐怖だ。

 何度か確認したが、間違いない。

 そう分かると走り寄って知華の肩を掴もうとした。

 

 しかし、すんでの所で何かが那津の腕を止めた。

 知華の不安な顔が頭をよぎった。

 

 ……ここに来ちゃダメだよーー

 

 そう言って泣いていた時の顔だ。

 あの顔は那津にとって忘れられる物ではなかった。

 二度と見たくない辛い顔。 

(これを話せば、知華は絶対に不安になる――)

 そう思うと、肩を掴もうとした手は空を斬った。


 一日を通して分かったのは、知華に自覚がないこと。

 いつもと違う目線の使い方、話し方、仕草。

 そして今も、影の動きがちぐはぐ無ことに気がついていない。 

 それはオマモリサマの影響を受けた知華の祖母の症状を彷彿とさせた。


 那津は拳を強く握った。

(安井に報告して、相談せんと――)

 那津は出来るだけ平静を装った顔を作った。

(落ち着きたい時は、深呼吸……)

 数回、目を閉じて静かに呼吸を繰り返す。

 そっと目を開けると、一人前方を歩く知華の姿が見えた。

 もう、影に異常はなかった。

(知華は絶対に助ける……)

 那津は知華の隣まで走った。

 そしてその手を握り、

「とにかく、早う家に帰ろう」

 とだけ言った。

  

 

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