書庫探り
安の案内で、二人は下宿先へと向かった。
そこは境内の外、敷地内の山の中にある平屋の一軒家。
雪が薄っすらと積もった玄関に立つと鍵を開け、引き戸を開けた。中に入ると、安は着替えのため別室に行ってしまった。
知華と那津は居間で待っておくように言われた。
下宿所はごく一般的な民家で、築年数はあるが住むに不便は無さそうだった。
那津なや知華の祖母の家とも違い、障子や欄間、太い柱はないものの、畳や大きな窓、広い居間、六畳程の複数の部屋は落ち着いた雰囲気があり、とても居心地が良さそうだった。
知華達は居間の椅子に座ると、安を待つ事になった。
佐藤さんはここに残り、書庫について教えてくれた。
「あの書庫はな、紅野の師の一人である宗原っていう爺さんが書いたもんなんよ。お祓いが出来るけど、積極的にはやりたがらん性分でな。せっせと書き物をするのが好きで、得意じゃった」
それを聞いて、知華は素朴な疑問を投げかけた。
「除霊出来るのに、やらんの?」
佐藤さんは苦い顔をして続けた。
「もともと現場に出るタイプじゃないんよ。机に向かって書類仕事して、集まった情報をまとめたり報告書を書いたり。そういう事で力を発揮出来るタイプでな。自分の功績よりも兄や弟弟子の報告書を書いて過ごしとった。あとは噂になった怪異の事件や、未解決の不可思議な出来事をまとめたりな。つまり、情報だけはよーけ持っとった」
「つまり、それが全部残されとるのが、書庫?」
佐藤さんは頷く。
「宗原が何十年にも渡って書き残した情報の山や。ざっと見ても千冊は超えとる」
「……千冊」
小さい図書館を想像した知華は、思わず顔が引きつった。
安はそんな山に一人で挑もうとしたのかと、やや不無謀さを感じた。
「じゃから、人手が増えるのは助かるんよ。……一個問題があるとすれば、字の読みにくさじゃな」
千冊以上の数意外にも、まだ難点があるのかと知華は渋い顔をした。
「宗原の字は読みにくくてな。今と違って墨と筆で書かれとるから、潰れとる箇所もある。余計に時間がかかるんよ。安ちゃんは何度かキレとる」
その姿が想像でき、知華は笑ってしまった。
「分かった。とりあえず、書庫行って中身を読めばいいんやね」
知華と佐藤さんの会話が一段落したようなので、那津は知華に会話の内容を聞いた。
知華の説明を受けて、那津も嫌そうな顔をした。
「俺、図書館とか苦手なんよな……。文字見とると眠くなってくる」
「文字が読みにくいらしいけ、逆に頭が働くんじゃない?」
そう言われたが、那津はそんな訳ないやん、と否定した。
「知華は英語の本とか古文の本見て、目が覚めるか?」
「……覚めない」
「じゃろ?」
納得いく例を出され、知華は賛同した。
そんな会話をしていると、安が戻ってきた。
室内にも関わらず厚着をして、ダウンコートまで着ている。
その姿に二人が驚いていると、
「二人もそんな薄着じゃ風邪引くで。コート着てカイロ貼って、しっかり準備せんと。書庫は暖房ないし、北向きの部屋じゃから、むちゃくちゃ寒いよ?」
安に言われた通りの準備を済ますと、三人は書庫へと向かった。
書庫は一階の北の方角、六畳程の広さの部屋だった。
風通しが良くなるよう、窓が複数あり、直射日光が当たらない位置に本棚が置かれている。
一つの本棚には数百もの本がびっしりと納められている。きちんと立てかけられ、壁には湿度計と温度計もあった。
定期的な掃除をしている事もわかり、本棚にも本にも、ホコリは一つも付いていない。カビ防止のため除湿剤も複数置かれている。
佐藤さんの言う通り、千冊は軽く超えていそうだった。
圧巻の光景に、知華と那津はあんぐりとしてしまった。
「……これ、全部?」
知華が言うと、安は「そう」と軽く言葉を返した。
「一番端っこの棚二つは終わったんよ」
言われて指差す方向を見る。ざっと二百ほどに見えた。
「まだ半分にもなってない。結構、途方に暮れるやろ?」
聞かれて、無言で頷いた。
安の忍耐力に感心したが、そんな場合ではない。
二人は覚悟を決めると、本を一冊手にとって調べ始めた。
佐藤さんから聞いていた通り、宗原の手記は実際に行われた除霊依頼の報告書が大多数だった。時期はある程度、時系列であると思われた。詳しく場所が書かれているものも多く、内容としては端的に、要領よくまとめられていた。が、やはり文字が読みにくかった。
報告書の他には、未解決の案件、町人が噂している程度の不思議な出来事、霊媒師が見聞きした怪異の事なども記されていた。
読んでいると面白かったが、悠長にしている時間はないので、何となく内容を把握しては見切りをつけて次へと移る。その繰り返しだった。
以前安がまとめたオマモリサマの情報を見ながら、それらしい記述があれば声を掛け合い、内容を検分した。
「これは?おかしな動きをしたって書いてあるよ?」
「うーん、取り憑かれてもこういう動きはするからな」
「じゃあ、こっちは?容姿が変わらんってある」
「これは怪異じゃからよ。すでに祓われとるし、オマモリサマじゃない」
こんな調子で、それらしい物を見つけても、ことごとく違った。
身体の一部が伸びる話。
年を取らない青年の話。
目が光る、または瞬きをしない青年の話。
おかしな動きをしても本人の自覚がない話。
どれもこれも、見つけては落胆する、を繰り返した。
気がつけば四時間ほど経っており、とうに昼を過ぎていた。
「そろそろ休憩したらどうや?」と佐藤さんに声をかけられるまで、全く気が付かないほどに集中していた。
三人は居間に戻ると昼ごはんを食べた。
簡単にラーメンを作って腹ごなしをすると、内側から体が温まった。暖かい部屋で食事すると、ようやく一息ついた。
休憩がてら、少しゆっくり話しをすることにした。
「なかなか大変じゃな。思っとった以上に疲れる……」
那津がぼやく。
「量も凄いし、本に表題も目次ないから、開いてみんと内容が分からんのがキツイね……。」
知華もぐったりとして言った。
「でも、二人のお陰でかなり捗った《はかどった》よ。一日で全体の半分はいけそうやもん」
明るく言う安は笑っていた。二人はその前向きな考え方に感心した。
「宗原も、こんなにも弟子たちに手記を見られるとは、思っても見なかったやろうな」
その言い方に不憫さが滲んでいたので、二人は「どういう事?」と聞き返した。
「宗原は、なんというか、孤独な奴でな。いつも一人やった。生涯独身で、弟子とい弟子もおらんかった」
それを聞き、安はきょとんとした。
「お師匠が弟子なんじゃないん?」
佐藤さんは首を振った。
「正確にはちゃう。紅野に実技的指導をしたのは他の人なんよ。宗原は情報を整理して判断する事に長けとったから、紅野がその考え方とやり方をしつこく聞いとった、ちゅー感じやな」
「お師匠が勝手に慕っとったって事?」
「周りからはそう見られとった。宗原にくっついてあれこれ聞くのは紅野だけやった。物好きな奴、としか思われて無かったやろうな」
紅野は確かに情報の分析や把握に長けている。生来の勘の良さを生かし、弟子達にする助言も的確だ。それが宗原の教えの賜物ならば、紅野が自分を弟子と考えるのも最もだと思えた。
「宗原の手記は生前の間、誰の興味も引かんかった。ホンマは死後、全部処分される予定やったんよ。それを紅野が止めてな。『お師匠の全てを受け継ぎたい』言うて」
佐藤さんはそう言うと、居間をぐるりと眺めた。
「この家もそうや。宗原が住んどった家でな。今、車庫になっとるあの部屋で、宗原は書き物をしとった。もっと南向きの明るい部屋でやればええのに、『この暗さが合っとる』言うて。昼間でも蝋燭炊いて、黙々と書きよった。死んだ後も神社の敷地内にありながら、放置されとったから、紅野がリフォームして弟子の下宿所にした。寂しい場所のままで終わらせとうなかったんやろな」
話を聞き、安と知華はやるせなさを感じた。宗原と紅野の気持ちを考えると心が痛んだ。
今、こうして安や他の弟子たちが重宝して使っている事で、少しは紅野の心が晴れていると思いたかった。
沈黙してしまった安と知華を見て佐藤さんは「なんや、しんみりさしてしもうたな」と優しく言った。
「二人がそんな顔そんでもええんやで。宗原は自分の手記がこんなにも注目されるとは思っとらんから、焦っとるわ。『もっと綺麗に書けば良かった』ってな」
笑って言う佐藤さんに、二人してクスリと頬を緩めた。
そこに、宇田がやって来た。
三人を手伝うと進言してくれたので、大喜びした。
休憩を終えると、また書庫に戻り手記をあさった。
先程の話を聞いた後だと、知華のページをめくる手は自然と丁寧になった。安から佐藤さんの話を聞いた那津も同様で、本の扱いに敬意が見て取れた。
宇田の参戦によりスピードは格段に上がり、夕方には全体の七割を見終わっていた。
しかし目ぼしい内容は見当たらず、全員の疲労は募るばかりだった。
「佐藤さん、前に『宗原なら何かに気がついて情報をまとめてくれとるかもしれん』って言ったよな」
電気をつけても暗くなってきた室内で、安が尋ねた。 佐藤さんはその言葉に頷いた。
「そうやな」
「それって、この本たちと同じ場所にあるかな?」
安が本棚を見渡す。ここまで調べても、一冊にまとめられた本は見当たらなかった。
「もっと別のにあるとは思わん?ここにあるのは報告書や怪異の情報だけ。宗原さん自身の見分とか考察をまとめた物じゃないやん」
そう言われ、佐藤さんは唸った。
「……確かにな。宗原はあんまり自分の意見を表立って言う性格やなかったから……。聞かれたら答える、っちゅー性分やからな」
そう考えると、ここに同じ様に置いておくのは違う気がした。
「もともと、この手記はここにあったん?」
二人の会話を聞いていた知華が、佐藤さんに尋ねた。
「まぁ、そうやな。この部屋で書き物しとったから。保管するために一旦外に出して、棚入れてたりはしたけど」
それを聞き、安は手を顔に添えて考えた。
自分の意見を表立って言わない性格なら、考察をまとめた本は、もっと人目につかない場所に隠すのではないか、と思った。
「佐藤さん、宗原さんが私室として使っとったのは、どこ?」
聞かれて、「一番西の部屋や」と教えてくれた。
そこは家の中でも一番広く、収納もある部屋だった。もっぱら神社に入って経験を積んだ人が使うことを許される、先輩用の部屋だ。そして、今は弟子の一人が使用中だ。
「あそこか……。今は滞在中じゃけ、勝手には入れんな」
惜しみ顔で言う安に、宇田が朗報をくれた。
「片山さんなら、今週末には移るやろ。東北まで行く案件が出来たからな」
片山は以前、土地神一軒でお世話になったので、知華達も顔が分かった。
「東北の仕事が終わったら名古屋に戻るみたいじゃけ、しばらくは空室になるで」
そうなると、早ければ週末には部屋の捜索が出来る。何とか今後の動きが決まり、安は前に進めるかもしれないという期待感が湧いた。
「まだ手記は残っとるけど、宗原さんの部屋の捜索もしてみるわ」
安が知華言ったところで、手記を見ていた那津が急に声を上げた。
「なぁここ、ちょっと見てくれ」
そう言われ、安と知華が那津のもとへ寄った。
「この未解決の事件、どう思う?」
そう言って見せてきたのは、一つの事件の記録だった。一家三人の人間が突如として狂ったという内容だ。
「狂ったりするのは悪霊とか穢のせい多いで。あんまり関係無いと思うけどな」
安が言うと
「違うって。これは多分、オマモリサマ関連やと思う」と返された。
宇田を含めて三人が、那津の手元にある手記を読み始めた。
『三人の家族が住む家。
隣の者から「何とかしてくれ」と泣きつかれた。様子を見に行くと、親と子、それぞれが発狂していた。
夫は大声で喚き散らして折角収穫した米をぶちまけている。
妻は柱に頭を強く打ち付けており、多量の出血をしていた。しかし動じていない。
娘は思いの丈を大声で叫びながら男の下へ走っていった。
各々の異常なで行動は半日続いた後、自害によって治まった。
霊媒師に出来ることなく、担当した鈴木は「目が独楽の様に回っており異様だった」と震えていた。
しかし当の三人は身の回りに頓着せず動き続けていたらしい。
子細……不明のまま終了』
全員が読み終わると、皆が顔を見合わせた。
「目が独楽の様に回った?」
「それってお父さんが言ってた、おばあちゃんの目が左右でちぐはぐに動いてたっていう、あれ?」
那津は頷いた。
「しかも『身の回りに頓着せず』って所も、同じやろ?本人は気付いてないってことやんな?」
三人は目を合わせると、頷いた。
安はにっこりと知華と那津、宇田を見た。
「また一つ見つけたな!」
一番作業に苦戦してきた安が言った。
宇田はもう一度手記の記述を見たが、
「詳しい場所は……書いて無いなあ」
とこぼした。
「じゃけど、こうやってオマモリサマの事が埋もれとるのは確かやな。香西くん、お手柄やね」
那津は照れる様に笑った。
この日の手記探りはここまでとなった。
知華と那津の帰りの電車の時間が迫っていたからだ。
安は車に同乗し、二人を駅までま見送った。
「宗原さんの部屋、捜索しとくわ!あと、お祓い行く日も連絡するな!」
電車に乗り込み席に座った二人にそう言った。
安は電車が見えなくなるまで手を振っていた。




