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クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
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紅野の考察


 ひとしきり那津がパニックになり、落ち着いた後、改めて霊媒師三人と知華、那津で向き合った。


 知華の話を聞いた紅野の考察はこうだ。

 

 オマモリサマは人間の魂を喰って生きている。

 とびきり気に入ったのが知華の綺麗な魂で、強く執着している。他の怪異に取られないように知華を『見て』おり、他の者も見ているが興味はない。

 知華の魂を守るため、知華が呼べば答える。また他者を傷つけることに躊躇はない。

 魂を奪われないために知華を助けるが、最終的には知華の魂はオマモリサマに喰われる。

 穢が纏わりついているのは、オマモリサマがあえてそうしているのかもしれない。印をつけて、これは自分のものだと『あちら』の者たちに示している。


「つまり、いつかは魂を抜かれて死ぬって事ですか?」

 聞いた知華に、紅野は静かに頷いた。

「このまま何もしなければ、ね。あと、穢もつきすぎるとこの間の様に取り憑かれる。あの状態になれば無抵抗じゃけ、簡単に魂は抜けじゃろう。いずれにしろ、知華さんの魂欲しさにやっとる事じゃな」

 知華は俯いた。何もしなければ、オマモリサマに直接魂を抜かれるか、穢で心を病んで乗っ取られ、引き抜かれるか。

 それに大差はないと思われた。

 沈んだ顔をした知華に、紅野は言った。

「もちろん、じっとは待たんよ。そのために我々がおる。出来るだけ知華さんの浄化に努める。これまで通り、ブレスレットの装着や家の対策、お風呂の入り方を続けておくれ。あとは追加措置として、定期的なお祓いを受けてもらう。少しは穢の溜まりが違うじゃろうし、神聖な場所に身を置く事そのものが浄化行為になる。もしかしたら、神社の敷地内におるだけで、オマモリサマからは見えんくなる可能性もある」

 その言葉に、知華の心が上向いた。

「ほんとですか?見えてない?」

「すりガラス程度かもしれんが。それでもはっきり見られよりはいいやろう」

 少し笑顔が見えた知華に、紅野は頷いた。

「あとな、お祓いは安が担当する。場所は知華さんの家がいいやろう。家の守りも定期的にせんと、綻びが出来るからな。そちらの対処と合わせてお祓いをすればええ」

 知華が安を見ると、笑って頷いた。

 つまり、定期的に安に会えるということだ。

 その事実に知華はさらににっこりした。

「まだまだ分からん事は多い。安が手記から手がかりを探しているのは知っとるね?」

 聞かれて二人は頷いた。

「あれも手伝って欲しい。なんせ、量が凄いんでな」

 紅野から書庫立ち入りの許可も出て、二人は出来る事が増えたと喜んだ。

 これで少しは安の負担が減るし、自分達も直接動ける。じっと報告を待つだけではないと、そう思った。

「あと一つ。先日の知華さんの件。オマモリサマの気配が知華さんの中にあったのは、やはり穢を飛ばしとるのがオマモリサマ本人じゃからだと思う。自分の気配がある所に移動するのは、簡単じゃからな。襲われたショックと、犯人の自殺の件で弱った心に付け込まれ、入られたんじゃろうと思う。幸いにも那津くんの精神力の賜物で、穢を小さく出来た」

 そう言われ、那津は目をしばたたかせた。

 以前にも宇田に言われたことだ。女子学生の悪霊に乗っ取られても抵抗できたのは、那津の精神力が強かったからだと。

「それってどういう事ですか?前に宇田さんにも言われましたけど、よう分からんくて」

 紅野はにこやかに笑った。

「那津くんが生来から持っとるたくましい気力と勇ましい力強さ、これに怪異や霊は弱い、という意味じゃよ。きっと自覚するのは難しいじゃろ。我々が持つ霊力とは別の物じゃから。那津くんの精神力があれば、霊は寄りつけんし、攻撃も出来ん。この間のように退けることも出来る。非常に稀で素晴らしい才能じゃ」

 そこまで言われても、やはり那津にはピンとこなかった。皆が出来ることではないらしい、とだけ理解できた。

「これからも安の手助けになるかもしれん。その時は、よろしく頼むよ」

 安も頷いているのを見て、那津は

「何かお役に立てるなら」

 と答えた。


 それから、知華と那津は紅野のお祓いを受けた。

 定期的なお祓いは月に一回が良いらしい。時と場合によっては回数も増やした方が良いが、それは安が判断すると言われた。

 また、知華と那津が持っていた木珠も返却した。

 オマモリサマの穢の影響で、二つともひび割れてしまったからだ。

 


 紅野との対面はこれで終わりだった。

 引き続き、オマモリサマの情報や知華の穢について、他の霊媒師からも話を聞いておくと言われた。


 知華達は本堂を出ると、神社の前で話し合った。

 佐藤さんも加わり、いつもの四人になると自然と肩の力が抜けて笑顔になった。

「色々話しが聞けて良かった」

 知華が言うと、「わざわざ来てくれて、ありがとうな」と安が礼を言った。

「疲れたやろ。電車移動の後、すぐこんな長い話をさせて」

「そんな事無いよ。自分のことなんじゃし、これくらいは平気」

「あれから体調はどう?何ともない?」

 知華は頷いた。

 あれ以降、夜も寝れているし、食事もきちんと食べていた。

「なら、良かった」

 嬉しそうに笑う安は、少し寒そうだった。

 神職の正装は薄着に見え、雪化粧の背景の中に立つと、見ているこっちまでも寒々しくなっている。

「安ちゃん、今日はなんでその服なん?お師匠さんも宇田さんも袴じゃったけど」

 知華が指摘すると、安は少しだけバツの悪そうな顔をした。

「念の為ね。正月明けでもあるけ、色々と神社としての仕事があるんよ。この服装のほうが都合が良くって。でも寒いけ、そろそろ着替えるわ」

 両腕を擦りながら言うと、安は二人に提案した。

「お師匠から書庫入室の許可も出たし、二人とも下宿所においでや」

 その言葉に、声を揃えて「下宿所?」と聞く。

「あたしら弟子が使ってる下宿所。今は何人か住んどるけど、仕事いっておらんよ。書庫もそこにあるけ、一緒に行こ」


 

 安に誘われ、知華達が神社から下宿先に向かう様子を伺っていた紅野と宇田は、人知れず安堵の息を漏らした。

「……なんとか暴走や乗っ取りはありませんでしたね」

 紅野の隣で険しい表情を見せる宇田に、紅野は頷いた。

「そこまで干渉してこんか。あるいは、結界で上手く動けんかったか、……見逃されたか」

「見逃されたっていうのは、なんとも情けない考え方ですね」

 師に対して随分な物言いだが、この二人の関係なら許される言葉だった。

 二人は座布団の上に座ると、神妙な面持ちで膝を突き合わせた。

 

 今日、知華と会うにあたり、二人は最大限の警戒をしていた。

 知華の中にオマモリサマの穢がある。

 安からそう聞き、神社に招くことで表に出てくるのではと警戒していたのだ。念の為、全員が正装をし、いつでもお祓いが出来る状態を整えた。また本堂も神前幕で結界を張り、魔除けの意味をこめた。

 実は後ろに他の弟子たちも控えていたのだが、これは安にも秘密だった。オマモリサマが本気にしろ遊びにしろ、何か仕掛けてるならば全力で迎え撃つつもりだった。

 しかし、それは杞憂に終わった。

 知華は結界内に入っても平然としており、何の変化も見せなかった。

 また、途中で差し出した水も神聖なもので、体内に入れる事で何か反応があるかと思ったが、何も変わらなかった。

「これは、すでに知華さんの中に溶け込みすぎているのか、我慢して表に出てこなかっただけなのか……」

 宇田が眉間にシワを寄せ言った。

「それに、あの穢の量。安と佐藤さんから聞いてはいましたが、あれ程とは……」

 結界内にいてもなお、知華の穢の濃さは凄まじかった。黒いレースのカーテンを引いたように、知華の姿はぼんやりとしか見えず、複数も重なることで濃さを増していた。

 取り憑かれた人でも、そこまでの状態にはならない。

 

 知華を見た時、二人とも絶句してしまった。顔に出さないよう務めたが、安にはバレていた。

「……やっぱり、尋常じゃないですよね」

 三人で一度奥に引き上げた時、安は悔しそうにそう言った。

「ブレスレットの浄化をしても、結界を張った家にいたも、どんどん濃くなってる……。いつ動けなくなるのかって……怖くて……」

 薄っすらと涙を滲ませた安を、二人は慰めることしか出来なかった。

「やるだけの事はやっとる。あとは原因じゃ。恐らく、根本のとなっとるオマモリサマを祓わんと、解決出来んとは思うが……」

 紅野が苦い顔で言うと、安は声を震わせた。

「もしかしたら今日、全部解決してあげられるかもって、思ってました……。そんなに甘くないですね……」

 万全の体勢を敷いた。紅野も宇田もいる中でなら、あるいはと思ったのだ。

 

 しかし、見通しは甘すぎた。

 オマモリサマは嘲笑うかのように何もしてこなかった。

 知華に強制的にお祓いをすることもできたが、それでは知華の精神が壊れるかもしれない。オマモリサマが奥深くに隠れてしまっては意味がない。そのため、少しでも神前幕や神社そのものの聖域の結界で、なんとか炙り出せないかと考えていた。

「安があそこまで焦るのも分かる。……あれじゃあ先に穢に飲まれてしまう」

 ブレスレットも家の結界も、一時凌ぎでしかなくなっていた。とても抑えられないほど、穢が濃い。

 知華が倒れるのも、時間の問題……。それ程に濃い穢。

 先ほど、那津と寄り添う二人を見た時、紅野と宇田の心は締め付けられた。

 何としても知華を助けたい。

 何よりも、心を砕いている安のために。

 

「宇田くん、これから安と一緒に手記の手がかり探しをしてくれるか?あそこが唯一残された可能性じゃ」

 言われ、宇田は訝しんだ。

「いつもの勘ですか?」

 紅野は先読みが得意だ。最も秀でているのは直感。一般的に考えれば、ただの偶然としか捉えられないが、宇田はその精密さを知っている。

 紅野はゆっくりと頷いた。

「あそこに必ず手掛かりがある。あのお師匠の事だ。きっと何か残しとる」

 確信にも似た眼光の鋭さに、宇田は深々とお辞儀をすると、部屋を出ていった。

 

 一人になった部屋で、紅野は思う。

 今、こんなにも宗原に会いたいと思ったことはない。会えば必ず答えを教えてくれるだろう。

「……どうか、愛弟子のために手を貸して頂きたい。不出来な弟子で、すいません、お師匠……」



 

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