報告
翌日の朝。
知華は学校へ登校した。
家を出ると那津が待っており、どちらが言うわけでもなく、手を繋いで登校した。
昨晩のうちに奈海には電話で話しており、男の末路を伝えた上で、気持ちが浮上しなかった事を説明した。
奈海は驚きショックを受けていたが、知華の状況に同情してくれ、慰めてくれた。
また、那津との事も話した。これにはとても喜んでくれ、祝福してくれた。電話が終わる頃には笑い声も聞け、
「明日は必ず学校で会おうな」
と言ってくれた。
登校中、那津にはその事を話した。
「朝から早速、猪俣ん所いかんとな」
二人で教室に入ると、いち早く二人の手繋ぎに気がついた葛原が声を掛けてきた。
「お前ら……もしかして……!」
言いながら、体を震わせている。
(やっぱりわなわなしとる……)
知華が思った所で、葛原が何か言おうとした。
しかしその前に那津が「まぁ、落ち着け」とたしなめたが、逆効果だった。
「落ち着いていられるかー!」
その声にクラス中が注目したので、流石の葛原もバツが悪そうにしていた。
森本と風早も登校すると、知華はまた四人に囲まれる事になった。
「やっとまとまったんか」
「これで那津も落ち着くな」
この感想は森本と風早だ。
「昨日までそわっそわして、ぜーんぜん落ち着き無かったからな」
その言葉に知華は申し訳なくなった。少し俯く知華に、
「気にせんでええよ」
と那津は声を掛けた。
森本達は当然、知華のわいせつ未遂のことは知らない。
知っているのは那津を除けば奈海だけだ。
一連の事を説明するのは憚れるので、那津が告白の返事にやきもきしていた、という事になった。
クラスで一通り那津いじりが終わると、奈海のクラスに行った。
廊下で二人の姿を見つけると、奈海は駆け寄ってきて知華に抱きついた。
「やっと来た!」
強く抱きしめられ、知華は心がグッと握りしめられるようだった。
「ごめんな、奈海。心配かけて。もう元気になったけ」
奈海の肩に縋るようにして、知華はおでこを付けた。
努めて明るく飛びついてきたが、知華にしか聞こえない距離で「ほんまに心配したんよ……」と震え声で行った。
「……うん」
数秒そうしていると朝からなんだ、と多数の視線を感じた。が、全く気にならなかった。
奈海は知華を解放すると、
「昼休みに詳しく二人のこと教えてな」
と笑って戻っていった。
とりあえずの報告が終わり、二人は自分たちの教室に戻った。
「今日は一日、騒がれるんかな」
早くも疲れた顔をした那津に、知華は笑った。
この日は一日を通して、とても晴れやかな気分だった。
知華は気持ち一つで世界がこんなにも明るく、眩しく感じる事を知らなかった。
昨日まで塞ぎ込み、ベットの中で疼くなっていた自分が嘘のようだった。
(今なら、進路も志望校も考えられる)
あんなにも自分からほど遠いと思っていた『未来』が、今は手の届く位置にある様に思えた。
昼休み。
三人は中庭で過ごした。
奈海は昨日の事をかなり事細かく聞きたがった。特に知華の告白シーンはしつこく、奈海に与えた情報で短編映画が出来るのでは、と思ったほどだ。
しかし知華にはあの辺りの記憶が曖昧だった。特にお祓いを受けている最中のことは殆ど覚えていない。
奈海にその辺りのことを話す必要が無かったので割愛できたが、また安と那津に聞こう、と思った。
「香西くんはどうやった?知華の言葉聞いて、どう思った?」
奈海の弾丸質問はもちろん那津も対象だった。
こういった事に慣れない那津は、終始しどろもどろだった。
「えっ、いやー」とか「それはー、あー」ばかりで奈海は納得できず、昼休みの殆どを質問に費やした。
「予鈴鳴ってくれて助かった……」
やっと解放される頃には、那津はぐったりしていた。
「なんか、報道で囲まれる芸能人の気分が少し分かったわ……」
と呟いていたので、知華は吹き出してしまった。
「今日は激しめじゃったからね」
なんとも言えず戸惑いと疲労の顔をした那津はなかなか見られるものではないので、知華は申し訳なく思いながらも楽しかった。
教室に着くと、
「あっ、戻ってきた!那津ー、羽原さーん!ちょっとおいでー!」
窓から顔を出した守安が、二人に満面の笑みを浮かべて手を振っていた。
「……嫌な予感しかせん……」
那津はうんざりした声を出した。
放課後。
つい先程まで居残って詳細を聞かれた二人は、揃って帰宅している所だった。
守安の質問攻撃は奈海とはまた違い、弾丸というよりは淡々としていた。しかし数の多さは同じくらいで、二人は喉がカラカラになった。
「インタビューの報酬に、飲み物奢らせれば良かった……」
那津がそうこぼすので、知華は家に寄ろうと誘った。
「ゆっくりお茶でも飲もうよ」
帰宅すると、早速台所に行った。鞄はリビングに置いて湯飲みやコップの準備をする。
「俺も手伝うわ」
何度かここでお茶を飲んでいる那津は少し物の配置を把握していたので、知華を手伝った。
知華がお湯を沸かすためヤカンに水を入れる間、那津が急須に茶葉を入れてコップを出す。
「知華のって、これよな?」
「そう。那津くんはそっちの使って」
「分かった」
そんなやり取りは新婚のようで、知華は何だか照れくさかった。
湯が沸くまでの間、二人で静かに台所に立ったまま待つ。
急に手持ち無沙汰になり、会話もとまった。
「……なんか、落ち着いたね」
沈黙が気まずく感じられ、知華は話しかけた。
「そうやな。今日一日、質問の嵐やったからな。……明日もこんな感じなんやろか……」
「それはないんじゃない?」
「いや、あの二人が納得したようには思えん」
言い切る那津に、知華も(確かに…)と内心怯えた。
「知華も疲れたやろ。昨日まであんまり寝てないんやろ?」
確かに、オープンキャンパス以降、頭が一杯で眠りが浅かった。
しかし、昨日はぐっすりと安眠できて、体も軽かった。
「今日は平気。言いたいこと言った後じゃからかな。よく寝られたよ」
「そうか」
そう言うと、知華は昼間に那津に聞こうと思った事があると思い出した。
「那津くん、あたしがお祓い受け取った時の様子、教えてくれん?」
那津は知華を見た。
「あたし、あの時記憶あんまりなくて……。なんとなくしか憶えてないんよ。二人と話しだした所は憶えとるけど」
オマモリサマの穢の影響か、自分の言葉で話した気がしない。勝手に体が話していた、という感覚だった。
「それはええけど……。あんまり覚えとく必要もないんと違う?いい記憶では無いわけやし……」
那津は遠慮気味に言ったが、知華にとっては大事な事だった。
「そうなんやけど……。今度県北にいくらじゃろ?その時、紅野さんにしっかり話しが出来たほうがいいかなって……」
二人はこの週末、紅野の神社を訪ねる予定だった。
昨日のお祓い後、安と相談して決めた事だった。
直接、紅野に知華からオマモリサマの事を伝える。
安では答えられない事が多いからだ。直接会って会話した者の方が、情報提供には一番いい。
「あの神社に行くのも、久々やな」
「うん。もう凄く昔の事に思える……」
まだ三カ月程しか経っていないが、とてもそうとは思えなかった。
「雪、降っとるかな?着込んでいこうな」
少しワクワクした調子で那津が言うので、知華は少し笑った。
「遊びに行くんじゃないよ?」
「知華と二人で電車旅やろ?九十分じゃけど。ちょっと楽しみなんよ」
そう言われ、少しくすぐったい気持ちになった。
どう言葉を交わす返そうか迷っていると、
「二人でお出掛けか?」
とリビングの方から声がした。
誰かいるとは思わなかったので、二人とも弾かれた様に振り返った。
和輝が二人を見ていた。
少し機嫌が悪そうだ。
「お兄ちゃん?!なんでおるん?」
その言葉に和輝はムッとした。
「実家に帰ったらおかしいか?」
和輝は椅子を引くと、どかっと座った。
どうやら、今まで二階の自室にいたらしい。
下階で物音と話し声がしたので、降りてきたようだった。
「だって、帰るなんて連絡、無かったじゃん」
「冬物を取りにな。夏物と入れ替えに来たんよ。ついでに幾らか処分しようと思って」
ちょっとした用事がなので、連絡無しで帰省したようだ。
「最近、よく帰ってくるね」
「悪いか?」
「別に……」
当たり障りのない会話をし後、和輝の表情がグッと変わり、引き締まった。
じっと知華を見て、
「……もう落ち着いたんか?」
とだけ尋ねた。
すぐにオープンキャンパスの時の事を言っていると分かった。両親からは何も聞いていなかったが、知らせていたのだろう。
知華は頷いた。
「もう大丈夫」
とだけ言った。
和輝は少しの間知華を見たが、本当だと判断したようで、「そうか」とだけ返した。
「もうその大学は進学希望せんのんか?」
「まだ分かんない。他の大学も専門学校も見てないし」
「なら、週末に出掛けとる場合ちゃうやろ。もっと見学に行かんと」
「行くよ。でも今週は外せないの」
「そんな事言よったら、オープンキャンパス終わるで」
何やら雲行きの怪しい話になってきた。
いつもの小言が始まる、と思った矢先、和輝は那津の方をキッと見た。
「香西くん、知華と家族の話し合いをしたいから、部外者は外してくれるか?」
やや剣がある言い方だった。
那津は明らかに警戒と威嚇を感じとったので、素直に従おうとした。
「分かりまし……」
そこまで言いかけると、知華が割って入ってきた。
「お兄ちゃん、那津くんは全部知っとるから、いいよ」
そう言われ、和輝は目を点にした。
「……全部?」
うん、と頷く。
「オープンキャンパスであった事も、あたしの進路の事も。昨日も動けなくなったあたしを助けてくれたし。だから、いいの」
言われて、那津をじっと見た。那津は見分されているようで落ち着かなかった。
「県北に行くのも、紅野さんと会わなきゃいけない用事があるからだもん。それに、那津くんとは付き合ってるし」
最後の一言で、和輝の表情はまたもや一変した。
「はぁ!?付き合ってないって、先月言ったじゃろ!」
「うん。先月はね。付き合い始めたのは昨日だもん」
妹の言葉に絶句し、和輝は暫し放心した。
そして机に両肘を付き頭を抱えると、一言。
「……マジか」
「マジ」
気まずい沈黙が続いた後、
「もう那津くんと二階行っていい?」
と聞かれ和輝は無言で頷いた。
知華は「行こ」と那津の手を取ったが、本当に行っていいのかと心配になり、
「……あの、よろしくお願いします」
とだけ声を掛けた。




