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クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
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那津の焦り



 那津は高校の体育館にいた。

 この日は現役の救急隊や警察官による講演会が開かれていた。地元の人や保護者など、多数の人が集まっている。

 高校生は那津くらいだった。

 以前、宇田と話をしてから護身術を学びたいと思っていた那津は、この知らせを見ると直ぐに参加申し込みをした。

 内容は警察官による護身術と、救急隊による救命処置法の実技講習だ。

 安の搬送の一件以来、ああいった緊急時のためにやり方を身につけておく重要性を痛感したので、那津にとっては好機だった。

 

 午前中から始まった講習は昼休憩を挟み、午後まで続いた。

 昼食には非常職が使われ、意外にも美味しい味に那津は驚いた。

 

 予定通りの行程を終了した今は、雑談の時間だ。

 現役の警察官や救急隊から直接話を聞ける機会は滅多にないので、那津はそれぞれに質問をした。

 知華や安のため、女性が出来る護身術も聞いた。

 

 あまりにも熱心な姿に講師の警察官から「こういう仕事に興味があるん?」と声をかけられた。

 那津は友人が意識不明になり、救命搬送した経験をかいつまんで話した。

「そりゃ、そんな事があれば熱心にもなるわな」と那津の気持ちを汲んでくれた。


 警察官は岡といい、三十代半ばの男だった。

 体型はやや細身だが、自然な直立姿勢と安定した体幹から、普段から鍛えていると分かった。

「普段からAEDが何処にあるか把握しとくだけでも、随分と冷静に動けるもんや。家や学校の周りを今度探してみ」

 こう教えてくれたのは救急隊員の青井だった。

 彼もまた体格が良く、凛々しい顔つきは頼もしさを感じさせた。

 真剣な目で素直に頷く那津を見て、青井は更に言った。 

「あとな、そういう緊急時に一番必要なんは冷静さを取り戻す事なんよ。焦ると思考が鈍るし、動きも鈍る。これは新人の頃の実体験な。説得力あるやろ?」

 軽い口調でいいつつも、青井は真面目な目で那津を見ている。

「どうやって冷静さをとり戻すんですか?」

 真摯な姿勢を見せる那津に、青井は

「深呼吸や。鼻から3秒で吸って、口から6秒ゆっくりと吐く。この腹式呼吸を数回繰り返す」

 と実践しながら教えてくれた。

 あまりにも単純なことに、那津は目を点にした。

 その顔を見た青井は笑う。

「単純で拍子抜けやろ?じゃけどな、これが効果覿面なんよ。今度やってみ。ビックリするくらい、気持ちが変わるけ」

 二人のやり取りを見ていた岡は、やや熱を込めて言った。 

「また良かったらおいで。こういう講習会は定期的にやっとるから。他にも困った事あったら、警察署に来ればええよ。俺の名前を出せば繋いでもらえるから」

 岡は自分が勤務している警察署の名前と部署を教えてくれた。

「最も、そんな事なく平穏無事に過ごせのが一番近いええけどな」

 くったくなく笑う岡に、那津は好印象を持った。

 警察官はもう少し威圧的なものと思っていたので、少し気が楽になった。

「ありがとうございます。岡さん、いい人ですね」

 素直にそう言うと、一瞬きょとんした後、岡は白い歯を見せて笑った。

「そりゃ、警察官じゃからな。でも、有能そうな若者を勧誘する悪い警察官かも知れんで?」

「そうやで。この警官には注意しろ」

 仲がいいのか、二人は冗談を言い合い笑っていた。

「あと、救急隊の講習も定期的にやっとるからな。こっちにも来てくれよ、勇敢な若者は大歓迎じゃけ!」

 二人を見て那津は口角の端をつり上げて笑った。



 充実した一日に満足し、会場を後にして帰路につこうと門を出た。


 その時、スマホが鳴った。

 画面を見ると安からで、那津は直ぐに電話に出た。

『今どこにおる?!』

 那津が何か言う前に、安の焦った声が耳に飛び込んできた。

 思わぬ声量と勢いに体がびくっとひくついたが、直ぐに調子を取り戻した。

「高校の体育館。どした?」

 焦りようから、何か緊急と察して声色に緊張が走る。

『知華の所にオマモリサマが現れた!』

 その言葉に那津は歩みを止めた。

『知華、今隣町のオープンキャンパスに行っとって、そこで遭遇したらしい。しかも大学敷地内で何かされた!印を付けた人間一人を、五時までに見つけんといけん!!』

 安の言葉を咀嚼するのに時間がかかった。

 那津は腕時計を見る。今は午後三時二十分。

 あと二時間を切っている。

『那津が居る場所から、大学までどれくらいかかる?!』

「その大学、どこや?」

 大学名を聞いて、那津も焦った。

 どう考えても間に合わなかった。しかも電車移動となると、更に時間がかかる。

「五時までに到着するのは無理やな。どう考えても間に合わん!」

 那津は焦り、髪をグシャッと握り締めた。

 今すぐにでも駆けていきたい気持ちと、冷静に考えて間に合わないという気持ちが対立した。二つの感情が衝突し、那津は地団駄を踏んだ。

『那津はきっと間に合わんから、知華は佐藤さんと二人でなんとかしようとしとる。でも、あんたはそう言う訳にはイカンやろ?焦らせるとは思ったけど、伝えんとって思って』

 那津は焦燥感に襲われながらも、安に感謝した。

 きっと全てが解決した後に聞かされていたら、もっと気持ちが荒んだかもしれない。

(落ち着け、俺……)

 ついさっき岡から聴いた方法を実践する。

(鼻から吸って、口から吐く……)

 目を閉じ、新鮮で新しい空気を身体に送り込むイメージを作った。

 すると、尖っていた気持がなだらかになり、余分な力が抜けるのを感じた。

 すると思考が回り出した。

(今から駅に走るのは現実的やない。今日は幸いにもオヤジが休みや。車を出してもろうて、移動する。大学近くに行ったら安井に連絡する。どうやって知華と合流すかは、その後考える)

 行動が決まると、那津は目を開けた。


「これからオヤジに頼んで車回してもらうわ。なんか代わりがあったら、また連絡くれ」

 電話越しでも安が唖然としているのが分かった。

 どうして急に冷静に判断を下したのか分からず、困惑したのだろう。 

 しかしすぐに自分を取り戻し、

『分かった。気いつけてな』

 と電話を切った。

 そこから那津は自宅に向けて走り出した。

 


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