戸惑い
知華は時計を見た。
午後三時十分。
オープンキャンパス終了は五時の予定だ。
パニックで思考がうまく働かず、とにかく安に知らせようとスマホを探した。
ごぞごそとカバンを探り、指が固く四角い物に触れるとぎゅうと握って取り出した。
逆さまになっているスマホの向きをあたふたと変え、画面を起動させる。
緊張と焦りでスマホを操作する指が震えた。
それでも何とか画面をタップし、電話を掛ける。
呼出音を聞きながら、知華は
(お願い……!出て、安ちゃん……!!)
と無意味にスマホを握りしめた。
幸いにも数コールで安の声がした。
『知華?なんかあった?』
「安ちゃん、助けて!」
開口一番、知華は叫んだ。
「オマモリサマが……、また何かした!早くこの中から見つけんと!時間がない!!」
明らかに動揺し焦っているので、安も困惑した。
『ちょっと待って!オマモリサマ?!』
ガタン、と電話の向こうで何か固い物が落ちた音がした。同時に『痛っ!』と安の声もする。
『知華、落ち着いて!ゆっくり状況を教えて。今どこにおるん?』
「オープンキャンパス。隣町の大学でやってる」
知華は説明しようとスマホを握りしめた。
何かを掴んでいないと、気持ちが落ち着かなかった。
「友達の奈海と来てて。たまたま一人になった所に、急にオマモリサマが現れて……。色々話しとったけど、余興に遊ぼうって言い出した。『鬼ごっこ』だって。たぶん、大学敷地内におる一人に、何かした」
『何か……』
安は数秒沈黙し、直ぐに
『具体的にどんな動きをした?』
と詳細を求めた。
知華は先ほど見た光景を出来るだけ思い出そうとした。
「えっと……つま先で地面をトンとついたら、寒気がした。それが波みたいに広がって、大学敷地内に一気に拡散したと思う。そしたら、一気に寒気が消えた」
『動きはそれだけ?』
「うん」
安は再び沈黙する。電話の向こうで難しい顔で思案する安が見えるようだった。
『他に、何か言っとった?』
「鬼ごっこをしようって。あたしが分かりやすいように、印をつけたって言ってた。鬼は一人。安ちゃんに協力してもらってもいいから、楽しめって」
『鬼ごっこ……印……』
知華の言葉を繰り返す。知識を総動員して考えているのが分かった。
しかし、知華にはその時間も惜しい。
「オープンキャンパスはあと二時間くらいで終わっちゃう!ここにいる人がみんな帰ったら、もう探し出せんよ!」
悲痛に叫ぶ知華に、安は静かな、しかししっかりと力ある声で言った。
『分かった。オープンキャンパスは何時までの予定?』
「五時。あと二時間もない」
それを聞くと、安は『佐藤さん』とだけ言った。
スマホが少し熱くなった気がして、知華が耳を離すと、佐藤さんが画面からぬっと出てきた。
「知華ちゃん、一緒におるで。安ちゃんは紅野に知らせに行った」
知華が再びスマホに耳を当てると、安が尋ねた。
『知華、那津は今日何しとる?』
走っているのか、安の声が不安定に振動している。
息遣いも荒い。
「知らん。今日は全然連絡取ってない。でも、ここ電車で一時間はかかるけ、知らせても間に合わんよ!」
そう言われ、安は小さく舌打ちした。
苛立ちが見て取れる。
『なら、知華と佐藤さんでどうにかするしかない。あたしはお師匠に何か手がないか聞いてみる。いつでも電話に出られるようにしとって!』
そう言われると、返事を返す間もなく切れた。
知華は佐藤さんを見る。
佐藤さんは二人の電話のやり取りを聞いていて、知華のすぐ横に浮いていた。
「どうやって探す!?かなり広いし、人も多い。あたしここは初めてじゃから、場所も何にも分からんよ!」
まくし立てるように喋ると、佐藤さんは落ち着いて
「急がば回れ、じゃ。まずは全体を見てくる」
そう言ってかなり高くまで上がっていった。
地上の知華から見ると、親指の先ほどに姿が小さくなる。
周辺を確かめている間、知華は何とか知恵を絞ろうと考えた。
今まではそばに安も那津もいた。
一人ではなかったし、霊媒師として専門家の安がいたので、自分から怪異を探したことはない。
そもそも、どうやって探すのか?
印を付けたとオマモリサマは言うが、印とは何かも分からない。『あちら』の者からすれば、すぐに分かる表現なのだろうか?それとも、本当に分かりやすく印がついているのか。
知華はまずは落ち着こうと、目を閉じて深呼吸をした。数回深く呼吸を繰り返し、握った手から力を抜く。出来るだけリラックスする様に肩の力も抜いた。
そのままオマモリサマの言葉をよく思い出す。
(オマモリサマは『遊び』って言っとった。鬼ごっことか影踏みとか木登りって。全部子供の遊びだ。本当に小さな子供が遊ぶような感覚なんかな?)
そう考えると、目印は至極分かりやすい物なのかもしれない。
子供が簡単に見つけられるように付けられた、目印。
(あたしが分かりやすいように、目印を付けた。親切心で)
知華は目を開ける。
オマモリサマの言うことが本当で、嘘がないのなら、きっと目印を見つけるのは簡単なはず。
問題はこの広範囲の中を、どうやって見つけるか。
奮起して考えていると、佐藤さんが戻ってきた。
腕組みをして、難しい顔をしている。
「こりゃ、かなり広いな。オマモリサマの穢がどこまで広がったんか、その場におらんかったワシには分からん。せめてその場に居れば、範囲を絞れたんじゃけど……」
知華は今しがたの考察を佐藤さんに述べた。
少しでも手がかりになればいい。
「あたし、考えたんじゃけど。オマモリサマは『遊び』って言ってた。鬼ごっこか、木登りか、影踏みか、どれがいいって。これって全部小さい子供がやる遊びよな?」
佐藤さんは静かに頷いて先を促す。
「だったら、印って凄く分かりやすいんかもしれん。あたしが見つけられように、親切心で目印を付けたって言っとった。小さい子供が見てもすぐに分かるようにしたって意味じゃない?」
知華の言葉を受け、佐藤さんはうーんと頭を捻る。
「オマモリサマの言うとる事が本当なら、そうかもしれん。じゃけど、怪異は人を欺くもんじゃ。正直に言うとは限らん」
唇を噛んで悔しそうに続けた。
「じゃけど、時間がない。体を動かした方が早いかもしれんな。知華ちゃん、印が具体的に何か、分かるか?」
知華は首を振った。何も思い当たらない。
「そうか……。もしかしたら、知華ちゃんとオマモリサマにとって共通の『何か』かと思ったけど」
そう言われても、オマモリサマとは四回会っただけ。まともに話をしたのは二回。何も知らずに話した最初の二回が一番長く時を過ごした。
しかし、共通と言われても、ピンと来るものは何もなかった。
「この広い敷地内から、どうやって探せばいい?手当たり次第に移動しても無理よな?皆移動しとるし、無駄足になるよ」
聞かれた佐藤さんは知華に教えてくれた。
「それなら、手掛かりがある。ワシがオマモリサマの穢の気配を覚えとるから、それを辿っていく」
言うと意識を集中させるように、佐藤さんが辺りをじっと見た。
数秒の沈黙の後、
「……微かじゃけど、気配がある。細い糸みたいな。ここからは遠いな」
と目を細めて下の棟を見た。
「向こうの方から漂ってくる。とにかく、行ってみよ」




