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クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
71/106

オープンキャンパス



 電車での移動は恋愛講座で終わった。

 奈海に話を聞いてもらい、アドバイスも受けたので、駅に到着する頃には心が随分と軽くなっていた。

 

 大学最寄りの駅に到着すると、そこからはバス移動をすることにした。

 オープンキャンパスに合わせてバスは増便され、料金も無料だった。

 知華達と同じ様な学生、その保護者で直ぐに満席になり、二人は立って乗車した。

 

 始めてくる大学は広く、何棟もの建物が建っていて、キャンパスごとに学科が分かれていた。

 薬学部と看護部は同じ医療系キャンパスにあったが棟は全く別で、見学するにも別行動が必要だった。

 しかし複数回参加したことがある奈海は、知華に合わせて看護部を中心に回ってくれた。

 広い実習部屋での採血練習人形の見学、AEDの講習、実習制服の展示、実習の様子のパネル展、聴診器を使った血圧測定のやり方を学ぶ、修得出来る資格の数々、就職先の紹介などなど。

 各ブースを回った知華の手は、資料やパンフレット、大学のマスコット人形やクリアファイル、ボールペンが入った重い袋でずっしりした。

「一年目の講義は一緒の科目も結構あるな。解剖生理とか、薬学とか。もし合格したら、こういう授業は一緒に受けられるよ」

 奈海の言葉に、知華の心は躍った。

 もし一緒に通えたら、どんなにいいだろうと思えた。


 大まかに見学すると、二人は学食で昼ごはんを食べた。値段は格安でボリュームもあり、美味しかった。

 その後、一人暮らしをしている現役学生から話を聞くチャンスもあった。

 実際の看護学生から話を聞き、実習開始後の生活や通学と実習先の距離、提出レポートの事など、赤裸々に教えてもらった。

 

 時間はあっという間に過ぎ、オープンキャンパスの時間の殆どを看護部に費やしてしまった。

「奈海ごめんな。薬学部、ほとんど回ってないよ」

 申し訳なさそうに言うと、

「大丈夫だって。あたしは何回も来とるから。知華は遠慮しすぎなんよ」

 そう言ってくれたが、わざわざ交通費を払って来ているので、奈海にも自分の見たい所を回って欲しかった。

「奈海も行きたい所、行っていいよ。あたしはさっきの所で妊婦体験とか、車椅子操作の体験コーナー行ってみたいし」

 奈海は「それなら……」と薬学部の講義を聞きに行った。どうやら、それが本日のお目当てだったようだ。

 


 暫く一人の時間になったので、知華は看護部の棟まで歩くことにした。キャンパス内を歩くだけでも足が疲れそうだ。

(入学出来たとしたら、最初は迷いそう…)

 多数の講義室に実習室、図書館に食堂、売店と、一日だけでは覚えられなかった。

(あたしもこんな大学で勉強出来るんかな)

 来年の春に私服でキャンパスを歩く自分の姿は想像できなかったが、期待と憧れで胸が躍った。

 

 体験コーナーが設置してある体育館まで歩いていると、人が少ない道に出た。

 棟と棟の間の細道だ。

 喫煙所なのか、ベンチと自動販売機、吸い殻を入れるゴミ箱があった。

 先ほどは通らなかったので、どうやら出口を間違えたらしい。

 引き返そうと踵を返した時、

「知華」

 と名前を呼ばれた。

 こんな所に知り合いが居ないはずなので、驚いて振り返った。

 

 先程までは誰もいなかったはずのベンチに、オマモリサマが足を組んで座っていた。 

 以前と服装が変わり、冬物になっている。

「久しいの。元気そうじゃな」

 オマモリサマは笑って、嬉しそうに言った。 

(なんでここに……!?)

 知華は硬直した。

 自分の目が信じられなかった。

 今日はオープンキャンパスだ。これまで会ってきた市内ではない。なぜ知華の場所を知っているのか。一体どうやって入り込んだのか。

 混乱していると、

「まぁ、そう驚くな。今日はゆっくり話をしに来た。知華、ここに座れ」 

 と、自分の横のスペースをトントンと叩いた。

 知華は何をするつもりかと、ゴクリとツバを飲んだ。

 そうやすやすと近づける訳が無い。

 以前に会った時と同じく、バクバクと心臓が跳ね、呼吸が速くなっていた。かなり緊張している。

  

 知華が何も言わず警戒心をあらわにしているので、オマモリサマはもう一度言った。

「今日は話をしに来ただけじゃ。前はガキとヒヨッコがおったけーな。ちっともゆっくり出来なんだ」

 まるで拗ねたように口を尖らせている。

(何か言わんと。ここで何かされたら……)

 そう思い、震える声で話しかけた。

「あなたのことは、信用してない。近くにはいかない」

 知華の警戒心がこもった言葉を気にもせず、やっと喋ったとばかりに、オマモリサマは口元を緩めた。

「前たい焼きを奢ってくれた時は、そんなに警戒してなかったじゃろ。あん時も何もせんかったぞ?」 

 確かに、あの時はまだオマモリサマの本性を知らなかった。

 しかし今は違う。

 知華は首を振った。

「もうあの時とは違う。あたしはあなたが怖い。だから、近くにはいかない」

 はっきりとは言うと、オマモリサマは諦めたかのように肩を竦めた。

「まぁ、無理強いはせん」

 そう言うと足を組み直す。

 今度はムスッとした顔になった。

「お前、最近感情の波が激しいな。あまり面白くない」

 知華は目を見開いた。予期せぬ言葉に呆然とした。

 訳が分からなかった。

 確かに、最近は色々な事があって泣くことが多かった。悲しかったり、切なかったり、嬉しかったりで沢山泣いた。那津からの告白でも動揺した。

(それを全部知ってる?でも、なんで……)

 混乱して言葉が出ない知華には気が付かず、オマモリサマは続ける。

「基本的に干渉はせんが、あまりにも動きがでかいと五月蝿い。なんとかならんか?」

 その言葉の意味が分からず、知華は混乱した。

「どういう……意味?五月蝿い?」 

「あのガキとヒヨッコ霊媒師と、よく一緒におるじゃろう。最近は中級悪霊ともやりあったようじゃしな。あまりああいうのとは関わるなよ。穢が増えるぞ」

 全て把握されていることに愕然とした。

 安と那津と一緒にいる事も、悪霊と対峙した事も。

「なんで、そんな事知っとるん?あたしを監視しとるん?」

「監視とは違う。ただ『見とる』だけじゃ」

「『見とる』?」

 混乱してただ言葉を繰り返す知華に、オマモリサマは頷く。

「知華はお気に入りの魂じゃ。見とかんと他の者に取られるかもしれん。それは絶対に避けたい。この間の悪霊の時は、危なそうなら出ていこうかと思ったがな。ヒヨッコがなんとか対処したから、そうはならんかった」

 そう言うと、立ち上がって知華を凝視した。

 いや、知華の『中』を見ている。

 足を進めて歩み寄ってくるので思わず逃げようとしたら、「動くな。何もせん」と体を固定された。

 金縛りにあったように指の一本も動かせない。

 オマモリサマは知華のそばに来ると、胸元に顔を近づけた。

 知華は恐怖した。『中』を見られている感覚がして、寒気がした。

 オマモリサマはうっとりと目を細め

「綺麗な魂じゃなぁ」

 と呟いた。

 唇の端をつり上げた不気味な笑い顔に、魂が恐怖で震えた。

「これはワシのじゃ。他には渡さん」

 そう言うと上目遣いで知華を見た。

「この魂はワシが守る。危なかったら助けてやる」

 言葉と裏腹に、その目は束縛的で独占的だった。

 胸元から目を離し顔を上げると、知華と目を合わせる。

「困ったら呼べ。いつでも助けてやるぞ」

 そこで金縛りが解けた。

 急に身体が動くようになり、知華は拍子抜けした。

 

 しかし動ける様になった安堵よりも、オマモリサマの言葉の方が心配で、頭が一杯だった。

(見てるって言った。ずっとあたしを見てた?安ちゃんと那津くんも、あたしを通して見られてる?)

 そう思うと冷汗が出た。

 今、安がオマモリサマの事を調べている。

 もしこの先、オマモリサマへの対抗策が見つかったとしたら?

(あたしを通して、全部バレる?)

 それでは意味がない。

 何のために養生中の安が床につかず、調べているのか。 

 知華は口がカラカラになった。

「安ちゃんと那津くんの事も見とるの?」

 知華が聞くと「間接的に分かるだけじゃ」と答えた。

「彼奴等に興味はない。何をしようが、何を知ろうが、なんの興味もない」

 オマモリサマはスタスタとベンチに戻り、再び腰を下ろした。

 足を組んで知華を見る。

「あの二人が心配か?言っておくが、ワシが興味を持っとるのは知華だけじゃ。基本的に干渉はせんが、あまりにもあの二人に揺さぶられるのは、気に食わん。ワシの物に勝手に触られとる気がして、気分が悪い」 

 不機嫌そうにそう言うと、しばし思案する様に腕組みをし、沈黙した。

「いっその事、あの二人を消してもいいが」

 冷たい声と視線で言われ、知華の心が激しくざわついた。

 表情が強張り、心が凍った。

 それを見て、オマモリサマはニヤッと笑う。

「ほれ、嫌じゃろ」

 いとも簡単に気持ちを見抜かれ、知華は動揺する。

「そこまで知華が拘る《ごたわる》か……。それも面白くない……」

 少しムスッとすると、オマモリサマはふと思いついたように言った。

「少しワシと遊ぶか?」

 急な言葉に、知華は肩透かしを食らった。

「……遊ぶ?」

「ちょっとした余興みたいなもんじゃ」

 この考えが気に入ったようで、オマモリサマは立ち上がって辺りの気配を探るように目を細めた。

「ここは若い者が多いな。楽しめそうじゃ」

 くるっと知華に向き直り、楽しそうに提案する。

「ここにおるもんで遊ぶか。なにがいい?穴は前に開けたしな。鬼ごっこか?影踏みか?木登りか?かくれんぼか?」

 知華は意味が分からず、当惑した。

「ここにおるって……」

 ハッと気が付き、慌てて言う。

「大学にいる人ってこと……?!止めて!そんな事しないで!」

「知らん奴は巻き込みたくないか?なら、今日一緒に来とる奴にするか。知り合いじゃろ?」

 奈海のことを言っていると分かり、知華は血相を変えた。

「止めて!!」

 知華が強く動揺したので、オマモリサマは「仕方ない、なら適当な奴じゃな」と言ってキョロキョロと辺りを見回した。

 そして不適な笑みを浮かべる。

 知華が止める隙もなく、ニヤッと笑うとつま先をトンと打ち付けた。

 

 軽く見えたその動きは寒気を呼んだ。

 寒気は波紋となり、やがてさざ波の様に瞬く間に広がって、次第にうねりとなって大学敷地内に広がった。

「何をしたん?!」

 知華は焦った。

 広がり切った寒気は嘘のように霧散したが、絶対に良くない事が起こったと分かった。

「言ったじゃろ。ちょっとした遊びじゃ」

 まるで小さな悪戯をした、という言い方だった。

「鬼ごっこにしたぞ。知華が分かりやすいように、印をつけてやった。親切じゃろう?」

 悪びれる事なく笑うと、オマモリサマは続けて言った。

「印を付けた者は一人。あのヒヨッコの力を借りてもええぞ。この人数じゃ。知華一人だと苦戦するじゃろ」

 そう言うと、軽く膝を曲げて助走をつける。まるで体重感じさせない動きで高く飛び上がると、十階建ての壁面を二回で登りきった。

 あっという間に屋上にたどり着くと「楽しめ」と言い残し、姿を消した。

 

 

 知華は困惑で思考が停止した。

 暫く呆然とオマモリサマが消えた屋上を見ていたが、やがてパニックにも似た焦燥感に襲われた。

 

 一体何をしたのか、全く分からなかった。

 以前の霊道のように、目に見えた変化が一つもない。

 感じた寒気も今は嘘のように消えている。

 

 意味もなくあたふたと辺りを見回した。

 オープンキャンパスの終了まで、あと二時間もない。

 大学にいる人たちは皆帰ってしまう。

 今日は外部からの人が多いので、帰られてしまうと探し出すのは非常に困難だ。

 何としても、あと二時間以内に対象者を見け出し、オマモリサマの「遊び」を解決しなければ。

 


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