オマモリサマの思案
まだ夜が明け切らない薄暗い時間帯。
冬の朝焼けの空が広がり始めた時刻。
河川敷の横に立てられたテントの中から、ごぞごそと物音がした。
継ぎ接ぎを何度も繰り返されたと見られるその粗末なテントには、寒さと雨を凌ぐためブルーシートが巻かれている。
床に敷くためだろうか、段ボールもすぐ脇に置かれていた。
キャンプ用の椅子、持ち手が欠けたヤカン、カップル麺の空容器、発泡スチロールの箱。
家主がせっせと集めたであろう品々がまとめて置かれている。
いつもなら朝の体操をするため起き出し、洗面をしている時間だが、当の家主の姿はない。
テントの中でまたガサガサと音がする。
家主とは別の男が、大きな袋の中を漁っていた。
くたびれた冬物服を物色しているようだ。
コート、セーター、毛糸の帽子、靴下、靴。
分厚そうな物から薄手の長袖シャツに至るまで、テント内に散乱させている。どうやらお目当ての物が見つからないらしい。
男は疲れたのか物色する手を止めた。
そして自分で散らかした服をの数々を見てため息をつく。
「どれがええんか、よう分からん。まぁ、適当に選ぶか」
独り言を言うと、今着ている服を脱ぎ始めた。
長袖シャツにジーパン、靴紐が左右で違うスニーカー。それをポイッと投げ捨て、新しく長袖シャツ、セーター、ジーパンを履く。
靴下も替え、靴も黒いスニーカーにした。
靴紐の色は揃っている。
新しいと言っても、着古された服だ。所々にシミやほつれが見える。
本人はそんな事は気にしておらず、腕を伸ばしたり裾を引っ張ったりして、着心地を確かめていた。
納得したのか、今度は食べ物が置いてある引き出しに手を伸ばした。
しかし、転がった身体にぶつかる。
面倒そうに足で蹴り、お目当ての引き出しに改めて手を伸ばす。
中には酒のツマミになりそうなジャーキーやサキイカ、あたりめ、チーズなどが入っている。
どれにしようか手が悩み、ジャーキーを掴んだ。
傍にあったキャンプ用の椅子を引き寄せ、ドサッと腰を下ろす。
しかし座り心地が悪いのか、暫く体をモソモソと動かす。それでも納まりが良くないらしい。
男は先ほど蹴った体を引き寄せると、その上に自身の足をどかっと乗せた。
やっと納得し、男がジャーキーの袋を豪快に開けて中身を食べ始めた。
テント内にジャーキーの匂いと咀嚼音が響く。
(味が濃い。硬さはあるが、これはまぁまぁじゃな)
気にいったのか、二つ目に手を伸ばした。
狭いテント内を見渡す。ごちゃごちゃになった服や、積み重ねられた未開封のカップ麺が目に入る。
しかし、オマモリサマはそのどれにも興味は無かった。遠くを見るような目つきで、手だけを機械的に動かし思案していた。
ここ一ヶ月ほど、知華の感情の揺らぎが大きい。
不安定とまではいかないが、喜と哀と楽の間で大きく変化するのを感じていた。
(今のところ魂を取られる状況にはないが、面白くはない。前に会ったガキとヒヨッコ霊媒師が何かしとるな)
知華の匂いは覚えている。後の二人の人間も。
どこにいるかは大体検討はついていた。匂いと肌で感じるので、位置を特定する事は容易い《たやすい》。
あの二人の人間を消すのもまた容易な事だ。瞬き一つの時間も要さない。
しかしそれをしては知華の魂に響く。
折角のご馳走を自ら汚す様なことはしたくない。
どうしたものかと考えていたが、オマモリサマの鼻に、転がった男の臭いがまとわり付き集中出来なかった。
オマモリサマは鼻を押さえる。ここは異臭が強い。
色々な匂いが混ざっていたが、とりわけ男の体が臭かった。
(鋭すぎるのも、時には考えものじゃな)
憎々しげに転がった男の体を蹴り飛ばした。
反動でゴロンと転がると、瞳孔が開いた目で悲しげにオマモリサマを見返した。
(ちょっとした腹ごなしにもなりゃーせん)
男を冷たく見下す。
ジャーキーを食べる事に飽き、テントの外に出る。
だいぶ明るくなった。
赤々とした太陽にテントが照らされていく。
冬はいい。
寒くなるので人間は窓を閉める。声が外に漏れにくい。
日の出が遅く、日の入りが早いから閉じ籠もる時間が長くなる。
好都合なことばかりだ。
知華の魂は、オマモリサマが見てきたどの魂よりも輝いていた。
オマモリサマにとっては、綺麗な宝石を見つけた気分だった。綺麗な物はずっと見ていたい。無事だと分かっていても時々様子を伺って、眺めていたい。
外に出て新鮮な空気を吸っていると、多少考えがまとまった。
(一度知華の様子を見に行くか……?)
どうやら知華は遠出をするらしい。
ガキもヒヨッコ霊媒師もなく。
オマモリサマはニヤついた。
たまには話をするのもいいかもしれない。
他に都合の良い人間を見つけられる、いい機会にもなる。
その考えが気に入り、その場を後にしようとした。
すると、隣のテントから人が出てくる気配がした。
高齢の男性は、のっそりとテントから出て来ると伸びをした。
そしていつもの様にお隣さんに挨拶をしようと、こちらを見る。
オマモリサマと目があった。
いつも居ない存在に訝しんだ表情を向ける。
「お前、誰ならぁ?」
声をかけるが、その言葉を無視しオマモリサマは歩き出した。
どうやって知華との接触を図るか、何を話し、何をするか。
その事で頭が一杯だった。
高齢男性はオマモリサマを追った。
「おい、お前に言っとるんぞ!!」
威勢よく声を張り上げた所、急にオマモリサマが振り返った。
ギラッと両目が光る。
その目を見た途端、高齢男性は硬直した。
顔が青白くなり両膝ががだがた震え出し、やがて立っていられなくなった。
霜が降りる冷たい地面に膝を付く。そのまま前に倒れると、すでに事切れていた。
オマモリサマは見下すような怒った顔で男に近づく。
すると、男の体から光る玉が一つ、出てきた。丸く淡く光った綺麗な玉だ。
オマモリサマは自身の目の前にくると、パクっと口に入れた。
「……まず」
不満そうにそう言うと、スタスタと立ち去った。




