安からの報告
安は知華からの返事を待っていた。
那津と連絡がつかないのか、三十分たっても連絡は無い。
下宿先の居間でじっとスマホを見つめて待っていると、やっとピコンと受信音がした。
サッとスマホをとって確認すると、
『那津くん来たよ』
との返事だった。
それを見て直ぐに電話を掛けた。
知華は直ぐに電話に出て、いつもの様にカメラに二人の姿が映る。知華の部屋にいるようだと分かった。
「ごめんな、急に呼び出して」
『大丈夫やで。なんかあったん?』
那津に聞かれ、安は頷いた。
「実はな、紅野師匠のお師匠、宗原って人の手記の中から、オマモリサマの手がかりを見つけた」
これには二人もと目を丸くした。
『ホンマに!?』
再び頷き、
「凄く短くて、小さい文書なんじゃけど」
と、書庫で見つけた内容を説明した。
知華と、知華の父から聞いたオマモリサマの特徴を抽出した事。
姿が変わらないという共通の話を見つけたこと。
それは宗原の祖父が、山に姿が変わらない男がいるので注意しろというものだった事。
説明し終わると、三人はうーんと考え込んだ。
『その部分って、どれくらい昔の記録なんじゃろ?』
那津から聞かれるが、記されていないので分からないと答えた。
「ただ、宗原さんが1985年に八十五歳で亡くなったらしいけ、その祖父となると……。大体百三十年くらい前? 」
安が答えると、二人とも思案顔になった。
『百年は生きとるって言うオマモリサマの発言と、一致するわけか……』
『その村も気になるな。どの辺にあるか分かればええけど』
知華が言うと佐藤さんが「それは紅野なら知っとるかもしれん」と返した。
「最も、自分のことはあんまり語らんタイプやったから、知らん可能性もあるけどな。あいつは無口やったから」
その口ぶりから面識があると分かり、
『佐藤さんも知っとる人なん?』
と知華が聞いた。
「そうやで。とはいっても、ほんまに無口でずーっと書き物しとる変わり者やったからな。紅野のお師匠っていっても、実技指導は他の人やってん。宗原は怪異の特徴とか、どうやって情報を集めてまとめるか、みたいなことを教えとったから」
座卓教師のようなもので、実技の事実上の師とはまた違うそうだ。
『ふーん、色々あるんやね』
「出身の村については、あたしが聞いてみるわ。兎に角、ピックアップしたオマモリサマの特徴と一致する文書を、今後も探してみるから」
「そうは言ってもな、安ちゃん。あの大量の手記全部は無理やって。一人じゃ何年も掛かってしまうで」
「でも、やるしかないの!」
言い切る安に呆れ、佐藤さんは知華を見た。
「知華ちゃん、もし時間出来ることあったら、こっち来て手伝って欲しい。安ちゃん一人じゃ手におえんのよ」
那津にその言葉を伝えると、二人は頷いた。
『あっ、そうだ』
急に知華が声を出した。
『安ちゃん、佐藤さん。明けましておめでとう。今年もよろしくな』
急な新年の挨拶に一瞬きょとんとしたが、直ぐに笑って「こちらこそ、よろしく」と返した。
重要な話は終わった。
ここからは元から予定していた話に切り替わった。
『安ちゃんの体調はどう?無理してない?そっちは寒いやろ?』
気遣う知華に、佐藤さんはすかさず返した。
「もう一回風邪引いたで。手記がある書庫も寒いけぇな。また風邪引くんじゃないかって、ワシは心配なんよ」
『そうだったん?安ちゃん、調べてくれるのは嬉しいけど、ホンマに無理はせんでよ?』
『俺等もそっちに行ければええけど……。今日で冬休み終わりじゃしな』
心配する二人に、
「ホンマに無理はせんから、信じてよ」
と苦い顔をした。
「仕事も今は入らんし、時間あるけ。夜も早く寝とるし、ちゃんとご飯も食べとるから」
『ちゃんと暖かくして寝てよ?』
『調べ物する時も、ちゃんと着込むんやで』
そんな事を言われるので、まるで実家と話しているような気がしてきた。
「……なんか、両親と話しとる気分になってきたわ」
そう言うと、知華が固まった。
『夫婦やないよ、あたしら!』
なにやら焦っているようなので、安は「知っとるよ?」と返した。
「二人がお父さんとお母さん見たいな事言うからさ」
『ああ、そういう事…』
安堵した知華に、今度は那津が振る。
『そういや知華、あの事、安井に伝えた方がええんと違う?』
そう言われると、
『え!?!さっきの事?言うの?!』
珍しく知華が慌てた。
安と佐藤さんは違和感を持った。
なんだか知華の様子がおかしい。
那津は冷静に
『お兄さんに話した内容、二人にも伝えとかんと。安井が倒れた経緯、説明したんやろ?』
と指摘した。
『ああ、なんだ。そっちか……』
明らかに勘違いをした様子だが、何と間違ったのか分からないので、安と佐藤さんは首を傾げた。
「お兄さんに何を言ったん?」
気を取り直した知華は、二人に話して聞かせた。
『あんな、お兄ちゃんから安ちゃんの救急搬送について色々と聞かれて、全部話したんよ。あたしの霊感の事とか、霊媒師の事とか。オマモリサマのことは伝えてないけど』
その告白に、二人は驚くと同時に心配になった。
こう言ったスピリチュアルな話は家族といえど、反応が様々だ。
揶揄われたり、気のせいだと言われるならいい。
場合に寄っては異質な者をみる目で見られたり、否定されたり、拒絶されることもある。
知華の兄は両親から祖母の奇行の件を聞かされていないと聞いている。
ならば、話の受け入れはあまり良くないのではと不安になった。
「……どんな反応やった?」
『信じてくれたよ。最終的にはね』
その言葉に二人は肩の力が抜け、安堵した。
両親とやっと和解した後に、新たに兄との関係が悪くったのではと懸念したが、無用な心配だったようだ。
「良かった。また家族関係にヒビが入るかと思った」
心から安堵しているのが分かり、知華は
『心配してくれて、ありがとうな』
とお礼を言った。
『今後何かあっても、お兄ちゃんは相談に乗ってくれると思うから。聞きたい事が出来たらあたしに言って』
「分かった」
そこまで話して、安はあの事をちゃんと二人に伝えようと思った。
本当はお見舞いに来てくれた時に話そうと考えていたが、泣いたり、河田医師の話しが出たりで、結局出来ず仕舞いだった。
「あんな、あたしも二人に聞いて欲しい話があるんよ」
安の表情が変わったので、二人は何事かと画面を見つめた。
「……圭ちゃんのこと」
名前を聞いて、知華と那津の表情がハッとした。
『妹さんなんじゃろ?佐藤さんから聞いた。……悪霊のせいで亡くなったって』
安は頷いた。
「この話しをする前に、まずは二人に改めてお礼を言わせて。あの時は助けてくれて、ありがとう。あと圭ちゃんのことも、あたしが話しを切り出すのを待ってくれて、ありがとう」
穏やかに笑ってお礼を言った。
「……長くなるし、たぶん泣いてしまうけど、聞いてくれる?」
二人は頷いた。
安は話して聞かせた。妹の圭のことを。
自殺者を見たことがきっかけで、悪霊に魅入られたこと。
当時から霊感があった安には、黒い影が見えていたこと。
何度も何度も、あらゆる死を目撃し、圭の気持ちが病んでいったこと。
それでも姉を気遣い、泣いてくれたこと。
車に轢かれたこと。
紅野と出会い、悪霊を退治してもらったこと。
宇田が圭を供養してくれたこと。
泣きながら話しをした。
ずっと涙がこぼれ続け、鼻を啜っていた。
それでも言葉を切らすことなく話し続けた。
「あたしはずっと悪霊に復讐したかった。だから霊媒師になった。修行を始めてからも、ずっとその思いがあって、憎しみすら抱いて除霊しとった。両親はそんなあたしが心配だったんよ。復讐心から解放されてほしかったんじゃと思う」
そこで一度深呼吸して、気持ちを整えた。
安が二人に言いたいのは、この先にある。
「今は、そこまでの感情はない。復讐よりも、助けたいって気持ちがある。知華と那津のおかげで、そう思えるようになった。二人と会って、話しを聞いてもらって、霊媒師の事も霊感の事も全部受け入れてもらった。それでもあたしを信じてくれた。だから、あたしは救われた。きっと、ずっと誰かに聞いて、受け入れて、信用してもらいたかったんだと思う」
安は顔をくしゃくしゃにして、それでも笑って言った。
「二人とも、あたしと出会ってれてありがとう」
全てを話し終え、伝えたかった全てを言った。
安の心はとても晴やかだった。
お礼を言われた二人は泣いて、笑っていた。
『圭ちゃんのこと、話してくれてありがと』
安は頷いた。
「これからもよろしくな」




