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クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
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告白



 兄妹で話し合ってから数時間後、両親が帰宅した。

 

 和輝は両親の前で霊感の話はおろか、安に関する話を一切しなかった。多少は話題にされると構えていた知華は、拍子抜けだった。


「何にも言わんのやね、お父さんとお母さんに」

 二人きりでリビングにいるタイミングに、知華は和輝にそう聞いた。

「ペラペラ喋るとでも思ったんか?」

 そう聞かれたので知華が頷くと、和輝は心外なという顔をした。

「仮にも兄やぞ。面白おかしく話すか」

 少しだけ怖い顔で怒られた。

「いずれ必要な時がきたら話せばええと思うけど。勿論、知華からな。俺からは何にも言わん」

 少し意外に思ったが、そっかと笑った。


 いざ話し合ってみれば、どうという事はない。

 自分が心配性なだけような気さえした。

(もっと前から、こんな風に話せば良かった)

 知華はこれまで空白だった兄妹の時間を思い返した。

(おばあちゃんの介護の事も、沢山言えば良かったんじゃろうな)

 それだけではなく友達の事、両親の事、霊感の事も。

 この四年間の時間が惜しく感じられた。

 

「それよりも」

 一人感じ入っていると、和輝が話題を切り替えた。

「香西、あいつとはホンマに付き合ってないんか?」

 またその話か、と知華は何度目かの質問に呆れ顔で答えた。

「だから、付き合ってないって」

「言っておくけどな、お前ら二人を見たら、全員が付き合っとる、と思うからな」

「そうなん?」

 きょとんとする妹を見て、危機管理がなさすぎると心配になった。

 良からぬ男が近づいてきても、気が付かないのではと妹を案じた。

「よく聞かれるんよな。クラスメイトとか奈海とか安ちゃんとか」

「そりゃ、そうだろ」

「那津くんは心配性で世話焼きなんよ。よく大丈夫かってメッセージくる。変な霊見てないかとか、体調どうだとか。実害なくてもほっとくなって五月蝿く言われる」

 それは知華が好きだからだろう、と和輝は思ったが、口には出さなかった。

 そこまで精神的距離が近いのに、何も思わないのかと訝しんだ。こんなに恋愛に鈍感な妹だったろうか。

「そういうのを、好意を持ってるって言うんだぞ」

 だんだんと那津の事が哀れになってきて、思わずそう言ってしまった。

「……そうなん?」

 いまいちピンと来ていなさそうな反応に、和輝は肩を竦めた。

(これは直接的にアプローチされないと、気が付かんな)

 和輝の言葉を受け、知華は思い出すように考え尋ねた。

「なら、抱きしめたり頭を撫でるのもそう?」

 首を傾げる知華の言葉に、和輝は「ハァ!?」と声を出してしまった。

 凄くアプローチされていた。

 それでも、知華の反応はこの程度。いよいよ心配が膨らみ、和輝は、

「知華。香西意外の男に、そういう事は許すなよ?」

 と言ってしまった。


  

 翌日、和輝は帰って行った。

 また近い内に帰る、と言い残していたので、春休みまでには会えるかなと知華は見送った。


  

 見送りを終えた午前。

 この日は冬休み最期の一日で、知華は安と電話する予定になっていた。

 まだ時間があるので、昨晩和輝から貰った紙を頼りに検索している所だった。

 

 時は遡り、昨晩の夕飯の時。

 和輝は知華に一枚の紙を渡した。

「何、これ?」

 見ると、専門学校や大学の名前が書いてある。

「知華は看護科を探しとるんじゃろ。ちょっと調べてみた」

 紙には五ヶ所ほどがピックアップされていた。県内も県外もあったが、どれも国立だ。

「全部国立じゃん。あたし頭良くないよ」

 そう言うと、おでこを弾かれた。

「それはお前次第じゃろ」

 弾かれた箇所を擦りながら渋い顔をしていると、両親が口を挟んできた。

「とりあえず、オープンキャンパス行ってみたら?」

「どんな学校かだけでも、見てくりゃいいやろ。国立か私立かは二の次でいい」


 知華がメモを頼りに学校名を検索していると、一つ名前が目が止まった。

(確かここって、奈海が目指してる学校?)

 何か情報を知っているかもと思い、電話をしてることにした。

 奈海は数コールで電話に出た。

「もしもし、奈海?ちょっと聞きたいんじゃけど、今ええ?」

『どしたん?』

 事の経緯を説明し、学校名を伝えると、

『そう。あたしが目指してる大学。確かに、看護科もあったかなぁ。薬学部あるから、ありそうではある』

「これからそこでオープンキャンパスあるか、調べる所なんよ」

『オープンキャンパスならもうじきあるよ。あたしも行く予定じゃから、一緒に行く?』

「えっ、ほんま?」

 朗報に知華の心は躍った。

 最近は奈海との外出がめっきり減っていた。安と那津と行動を共にする方が圧倒的に多かった。

『その前に、看護科あるか調べてな』

「分かっとるよ。また連絡するわ。明日、学校でも話そう」

 そう言って電話を切った。

 

 少しずつ自分の進路が進んでいることに、知華はどきどきした。これまで真っ白だった将来の道が見えてきた。それが嬉しく、思わず笑顔になった。

 早速、看護科があるか確認しようとした所、ピコンと受信音が鳴った。

 安からだった。

 

『突然だけど、知華に知らせたい事ができた。那津にも聞いて欲しいんじゃけど、三人で電話出来そう?』

 

 文面を読んで訝しんだ。報告とは何だろう。

 元々は新年の挨拶をして、近況を話し合う程度の予定だった。

『とりあえず、那津くんに聞いてみる』

 そう返信すると、那津に電話してみた。

 彼も数コールで繋がり、『なんかあった?』と開口一番に聞いてきた。

「もしもし?緊急じゃないよ。実は安ちゃんからメッセージきて。あたし達に話したいことがあるんだって。今日これから会える?」

『大丈夫やで。知華の家でいいん?』

「うん。お願い」

『分かった。準備したら行くわ』

 そう言って電話が切れた。


 知華は部屋を少し片付けて、スマホの充電残量も確認した。

 一応、飲み物も持って来ようと台所で準備をしていた所、チャイムが鳴った。

 玄関の戸を開けると、那津が立っている。しかも何やら荷物もある。

「いらっしゃい。この荷物、何?」

「ああ、これな、オヤジが持って行けって…」

 気まずそうに言う那津に、知華は首を傾げた。

 差し出された袋を見ると、何とも豪華そうなお菓子だった。

「どしたん、これ?」

「羽原先輩の家に行くなら、失礼のないようにしろって、手渡された」

 いつものことなのに、なぜ急に手土産を準備されたのか。

 説明を聞いても知華には意味が分からなかった。

「まぁ、兎に角、正月の挨拶と思って受け取ってや。……受け取ってもらわんと困る」

 そう言うので、知華は紙袋を手に取った。

「よく分かんないけど、分かった」

 おかしな返事をして、二人は家に上がる。

 

 とりあえず紙袋はリビングに置き、早速二階へと上がった。

 いつもの様に部屋に入り、床に座ろうとしたところで、那津が「あっ」と声を出した。

「どしたん?」

 そう言うと、

「忘れとった。知華、明けましておめでとう。今年もよろしくな」

 と屈託なく笑って挨拶をされた。

 そういえばメッセージでもこのやり取りをしていないことに気がつき、知華も「おめでとう。こちらこそ、よろしく」と返した。

 那津は何やらはにかみ、少し顔を赤らめ視線を逸らした。

 その顔を見た知華は、昨晩和輝から言われたことを思い出した。

ーーそういうのを、好意を持ってるって言うんだぞ

 

(こういう反応も、そうなんかな) 

 集めていた恋愛漫画の知識に当てはめると、確かにそういった反応のような気がした。

(漫画だと分かりやすく描かれるけど、現実には分かりにくい…)

 そう思って、

「那津くんって、あたしのこと好き?」

 思わず聞いてしまった。深く考えてはいなかった。

 那津は急な事に言葉が出ず、目を点にして一瞬固まった。

 その後、急激に体温が上がり顔も耳も真っ赤になった。

「えっ…、その……!なんで、急に……!」

 目をうろうろさせて随分動揺している。こんなにも狼狽した那津を見たことがなかった。

 ここまで混乱させるつもりはなかったので、知華は申し訳なくなり、

「ごめん。そんなにも慌てるとは思わんくて」

 と謝った。

 

 もじもじとしたぎごちない沈黙が暫くそこに続いた。

 那津は赤い顔のまま、知華を見ている。

 そして頭の後ろをかきながら

「……俺ってそんなに分かりやすいか?」

 と知華に聞いてきた。

 照れたようなその顔は何だがかわいく思え、知華はしばらく見てしまった。

 無言でいることにハッと気づき、一転、慌てて言葉を続けた。

「いや、あたしは気がついてなかったんよ。でもお兄ちゃんからそう言われて…。那津くん以外の男に触らせるなって」

「んんっ?!!」

 どういう意味だと、那津は更にパニックになった。

 これは兄公認、という事なのか。

 しかしあの剣のある目で自分を見てきた兄が、そんな事を言うだろうかと、訝しんだ。

 那津の頭がフル回転している中、知華は

「なんか、困らせてごめん……」

 と再び謝った。下を向き、落ち込んでいる。

 なぜ、気持ちを見抜かれたほうが謝られているのか。

 

 那津は混乱しながらも、必死に情報を整理しようとした。

 知華は説明をするとなると、極端に下手になる。

 以前、和輝から悪霊と遭遇した件を聞いた時も思ったが、どうにも直球というか、順序を飛ばす癖がある。

「知華、順番に聞いてええか?」

 下を向いていた顔を上げ、那津と目を合わせる。

「まず、なんでお兄さんとそんな話になったん?」

 知華は数回瞬きした後、話し出した。

「昨日、お兄ちゃんに全部話したんよ。安ちゃんの救急搬送の件を聞かれたから。誤魔化したり、嘘は通じん人じゃから、素直に話した。あたしの霊感のことも、霊媒師の事も」

 なる程。しかし、それもまた重要な報告だ。

 家族の中で唯一、安の事情を知る人ができたという訳だ。

「オマモリサマの事も?」

 知華は首を振る。

「そこまでは話してない」

「そんじゃ、安井が倒れた理由は納得したん?」

「うん。難しいかと思ったけど、『分かった』って信じてくれた」

 納得するだけの説明が出来たのかと思ったが、知華が真剣に話せば通じる気がした。

 あの兄はなかなかにシスコンだろう、と那津は踏んでいた。

「それで、全部話した後あたしと那津くんの話になって。付き合ってるんだろって言うから、否定した。そしたら、絶対に周りからそう思われとるぞって言われて…。色々話したら、それは好意を向けられてるんだって……」

「……なる程」

 色々話した、の部分が気になったが、それを聞いてあの兄は、那津の想いに気が付いたというわけか。

「あのー、聞きにくいんやけど、そこからなんで俺以外の男に触らせるなって発言になったん?」

 やや聞きにくそうにモゴモゴ言うと、知華は手を顔に添えて考え、

「那津くんが抱きしめたり、頭撫でてくれるって話したから?」

 と返ってきた。

 これには思わず吹きそうになった。

(そんな事を、実の兄に言うか?普通!?)

 兄の心理として、不特定多数の男が近寄ってこないように予防線を張ったのではと、那津は考えた。

 それが一番しっくりくる。

 自分にもし妹がいるなら、分からなくはないとも思えた。何せ、こんな話を兄とするくらいだ。

 妹の恋愛観に不安があったのだろうと推測した。

 

 考え込むように腕組みをし、難しい顔をした那津は、暫く沈黙した。

 その姿を見て考えをまとめていると思った知華は、じっと言葉を待った。

 数分すると、那津は小さくため息をついたあと言った。

「……とりあえず、経緯は分かったわ。お兄さんの意図も何となく……」

 そう言うと那津は気持ちを改め、知華を見た。

「正直言うと、こんな形で伝える事になるとは思わんかったけど……」

 そう切り出した。

「いや、そもそも知華に伝えるつもりは無かったんよな。穢の事が解決してない今、知華は恋愛する余裕がないかと思って」

 そこまで言うと、那津は一旦言葉を切った。

 顔も耳も赤いままだが、覚悟を決め、しっかりと知華だけを見た。

「俺は知華が好きなんよ。ずっと、好きだった」

 それは、大切にしている胸の内をそっと打ち明けるかのようだった。

 その言葉と目は知華の心に残った。

 那津の澄んだ真っ直ぐな目から、知華は瞳を逸らさなかった。 

「返事をしてほしいとは思っとらんよ。さっきも言ったけど穢の件があるけ」

 真剣に耳を傾ける知華に、那津は笑って言った。

「知華は、それどころじゃないやろ?」

 辛いさと苦しさが混ざったような、痛々しい笑顔だった。

 その顔は知華の心をぎゅっと締め付けた。

「……待ってくれるってこと?」

 那津は頷いた。

「最初からそのつもりだったんよ。告白が早くなっただけ。知華のせいじゃないから、気にせんでええよ」

 どこまでも知華を優先してくれる思いに、さらに心が締め付けられた。

 その思いは深く、深く知華の中に浸透した。

 知華は思わず胸元をぐっと握った。

 何か言わなくてはと思った。

「ありがとうな、気持ちを教えてくれて。嬉しいけど、今はあたしにもよく分からん。那津くんをどう思っとるか……」

 困ったような、悩んでいるような知華の表情に那津は言った。

「ええって。答えを出さんでも」

 それでも知華の表情が冴えないので、那津は思わず言った。

「迷惑じゃなかったか?」

 その言葉に知華ぶんぶんと頭を振った。

「そんな事ない。迷惑とか、全然ないよ!ただ…何にも返せんのが悪いと思って……」

 これ以上の言葉が浮かんでこず、知華は歯がゆく思った。

 那津からの告白は嬉しくもあり、心がポカポカもした。

 しかし、一番しっくりくるのは困惑だった。

「言葉足らずで、ごめん。上手く言えん……」

「困らせてごめんな」

 那津は知華の頭をポンポンと撫でた。

「できれば、これからも変わらず接してくれると嬉しい」

 うんと知華は頷いた。

「……あと、たまにこうして触れるのも許して欲しい。我慢出来んことがあるから」

 

 知華は那津が触れる温かさを感じた。

 心地よかった。

 気持ちよかった。

 触られると安心した。

「――那津くんに触られるのは、嫌じゃない」

 そう伝えた。

 那津は少し驚いたが、嬉しそうに「そうか」と言った。

 


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