宗原の手記
年が明け、新年が始まった。
雪景色となった神社はいつもと様相を変え、厳かで神聖な雰囲気を強くした。雪の白さ、南天の実の赤さと葉の濃緑は美しく映え、より一層に自然と調波した清々しさを呼んだ。
その空気感の中、地元人が初詣でに訪れる。人の気配と新年独特の熱気が、敷地内を包み込んでいた。
この時期はいつもより御守りや御祈祷依頼が増えるので、安も神社の手伝いに駆り出されるのが通例だった。
しかし今年は退院後だったので免除され、霊力回復と養生のため下宿先で静かに過ごしていた。
今この下宿先にいるのは安だけだ。
最も、夜になれば他の兄姉弟子たちが帰ってくる。きっと疲れ果てて直ぐに風呂に行き、寝てしまうだろう。
安はしっかりと着込んだ姿で書庫にいた。
電気ストーブを持ち込み暖をとっていたが、それも心もとないと思える程に冷えていた。白い息が、呼吸のたびに浮き上がる。
「安ちゃん、あんまり根を詰めん方がええで。まだ体力も戻ってないのに。また風邪でも引いたら事やで」
佐藤さんが隣で心配そうに声をかけたが、安は「うん……」と生返事をしただけだった。
退院して数日は実家で過ごした。
佐藤さんも勿論ついてきて、実家の近くをウロウロと見回ってくれた。
その後は県北へ移動し、霊力が回復するのを神社の敷地内で待っていた。
神社内は普通の場所と違い霊力が高いので、今の安の養生にはぴったりなのだ。
しかし養生期間ものんびりとはしていられない。
紅野からの仕事が入ってこないからこそ、出来ることがあった。
それが書庫の手記あさりだ。
以前、紅野から書庫への入室許可を得てから早くも一ヶ月半が経った。
土地神、悪霊騒ぎの合間にも、事あるごとに訪れてはずっと調べていた。
目ぼしそうな箇所を見つけ「次の機会に読もう」と考えていた矢先、悪霊騒ぎとなった。
退院後この下宿先に戻ってくるや否や、早速足を踏み入れようとしたのだが、体調がそれを許さなかった。
県北に移動すると、寒さで体調を崩したのだ。何とか病床で読みたかったが、宇田が許してくれなかった。何度か懇願してみたが、全く相手にされなかった。
これには佐藤さんも同意見で、安に賛同してくれる者はおらず、渋々折れたのだった。
「知華ちゃんのためになる事したいんなら、ますば自分を万端にせなアカン」
佐藤さん何度も注意された。
なので、しっかり着込んでストーブも準備した。
(そういう意味やないんやけど……)
きちんと布団の中で養生して欲しかったのだが、安の暖の取り方は些か斜め上だった。佐藤さんは突っ込もうか悩んだが、結局何も言えなかった。
佐藤さんも、安の焦りはよく分かった。
今や知華の穢は増していた。
ブレスレットが一時的に手元になかったのも、良くなかったらしい。目に見えて穢が増しており、更に強力なお祓いをブレスレットに施して知華に返した。
勿論、知華はそんな事は知らない。今も正月休みを家族と過ごしているだろう。
安は知華と那津に助けてもらってから、より穢の原因探求の気持ちが高まっていた。
何とかしてお返ししたい。命の恩人に、友人に。
その思いだけが募っていた。
今も一心不乱に手記を見ている。
紅野が言っていた通り、紅野の師、宗原は独特な書体を書いた。今と違い和紙と墨で書かれた文字は判別が難しく、苦戦を強いられた。
佐藤さんは何度か安の舌打ちを聞いたが、きっと気のせいでは無いだろう。
(あの宗原の字やからなぁ…。そりゃイラッともするわ)
佐藤さんはほんの少しだけ、宗原と面識がある。
紅野の師として何度か顔を合わせた事があるので、多少の人となりは分かっていた。
「またや……。はぁ……」
本日何度目か分からないため息をついた。
また解読不明な文字があるらしい。
疲労の色が強くなってきたので、
「少し休憩しよや」
と提案したが、安はいい顔をしなかった。
本人は気づいていないが、顔が少し青い。これで再び熱を出そうものなら、流石に紅野から小言を言われそうだ。きっと穏やかに笑いながらも、お気に入りの数珠を鳴らしてくるだろう。
それだけで祓われることはないが、笑顔で何度も数珠を擦り合わせて迫ってくる様はなかなかに恐ろしい。
佐藤さんは試しに、安が興味を持ちそうな話題を振ってみることにした。
「休憩がてら、宗原の話でもしたろか?少しは手記を読むのに役立つかもしれん」
その言葉に安はパッと顔を上げた。
目の色を変えている。
「良し。なら上に行こう!」
何とも分かりやすい反応に、佐藤さんは苦笑した。
一階の居間に行くと、安は早速話を聞きたがった。
「安ちゃん、何のために養生しとるか思い出しや」
ますば温かいお茶を用意させ、部屋に暖房を付けるよう指示した。
ささっと動いて準備を済ませると、コートを脱ぎ、安はワクワクと佐藤さんの話し始めを待った。
やれやれと肩を竦めると、安の向かい側に移動して椅子の前に立った。
「ほな、話そか」
宗原は小さな村の生まれで、幼少の頃から見える才能があった。しかし元来の臆病な性格もあり、人様に言うことは無かった。
その才能を見出されたのは十代の頃で、当時の霊媒師は「ぜひに」と宗原を神社に招き、修行をさせた。
弟子となったものの、それは宗原の本意ではなく、除霊の才能がありながらも現場に出ることを嫌がった。突発的な依頼や事象への対応も苦手で、積極的にお祓いはしたがらなかった。そのため、他の弟子からは『臆病宗』と揶揄された。
彼が得意としたのは、今で言うデスクワークだった。
兄弟子や弟弟子達の解決した事案を記録に残したり、師に提出する報告書などを引き受ける事務的作業を好んだ。
細かい作業をコツコツとし、長時間同じ姿勢ていても集中出来る人だった。そのため、沢山の記録を残せた。
落ち着いた環境での情報処理能力、判断力には長けており、現場が苦渋する怪異に対して的確な助言をするため、上の物からは重宝された。
しかしその一方で、一部の現場主義な物からはやっかまれた。
「そんな性格やったから、晩年はほとんど神社から出てこんかった。確か、紅野が宗原に昔の事を色々と聞いたことがあったな。『詳しくは手記を見ろ』て、口頭では教えてくれんかったけど」
安はこれまで見た手記の内容を思い返した。
確かに、自分の功績よりも依頼内容や噂程度の話が多かった。未解決な内容も含まれていたので、怪異と関係あると思われる事案を書き残したのだろう。
「でも、情報量が多すぎ。書庫の中の本、全部やろ?何年かかるんよ」
書庫は六畳程の広さしか無かったが、本棚で埋め尽くされ、棚にはびっしりと本が納められている。
千冊は軽く超えていそうだった。全てに目を通すには極めて時間がかかる。
「今まで読んだ内容で、それらしいのは無かったんか?」
「それらしいっていっても…。オマモリサマって名前が出てくる訳じゃないし、どれが関係しとるかなんて分からんよ」
眉間にシワを寄せ、安が不満そうに言った。
それもそうだ。
「なら、ちょっとオマモリサマの情報を整理しようや」
佐藤さんはそう言い、紙とペンを持ってくるように言った。
「まずはワシらが知っとる事やな」
安がこれまで聞いたことを書き留めて行く。
知華達と顔見知り。
容姿は青年。
知華の祖母の代からの知り合い。
知華の父親と、二回接触がある。
人ではなく、霊感のない者にもその姿は見える。
少なくとも百年は生きている。
霊道を穿ったり、魂を抜いたりする力がある。
重力を操り動きを封じる。
術者の力量を見抜く。
穢で霊媒師を弱体化させられる。
お師匠が作ったブレスレットを穢で壊せる妖力がある。
書き連ねると安は「なにこれ…怖っ」とこぼした。
確かに、改めて見ても末恐ろしい。
「あとは知華ちゃんのおとんが言っとった身体的な変化やな。『おばあちゃんの体が変に動いて怖かった』って理由でトラウマになったんやろ?それも加えようや」
言われて安は思い出す。
頭を上下に動かす。
首を不自然に傾ける。
片目だけそっぽを向く。
本人にその自覚がない。
どうやら、オマモリサマの影響で人体に異常が出るらしい。
「あと知華ちゃんのおとんと、知華ちゃんが直接オマモリサマを見て気が付いた所」
青年の目が光っていた。
瞬きをしない。
目が左右で違う動きをする。
年齢も姿も変わらない。
腕を伸ばせる。
そこまで記入し、安の手が止まった。
確か、手記に似た内容の記録があった。
安は立ち上がる。
「もう一回、見に行こ。一致する内容の記録があった」
二人でもう一度書庫に戻った。
先ほどまで見ていた本棚の辺りをゴソゴソ探り、一冊を取り出す。
「確か……この辺に……」
パラパラとページをめくり、その動きが止まる。
「あった。ここ」
『昔、祖父から聞いた話。
幼少の頃から祖父には「山に入るな」と言われていた。子供が一人で入るには危険だからだと、幼い頃は思っていたが、どうやら違うらしい。
山そのものへの入山は禁止されていなかった。
正確には「山にいる奴に近づくな」であった。
祖父が健在の頃、理由を聞いた。昔から山の中に男が現れるらしい。ここ三十年ほど住み着いている。
その姿は老けることはなく、人々からは恐れられている』
「年を取らない男……。」
オマモリサマの容姿の特徴と一致する。
短い記録であったが、重要な内容だ。
「外見が変わらん怪異って、よくおるんかな?」
自分よりも多くの霊を見聞きしてきた佐藤さんに、安は尋ねた。
「いや、多くはない。大体が怪異と気がつれて除霊されとるし。これがオマモリサマの可能性も高いで」
宗原の祖父ということは、相当な昔。それこそ百年以上前だろうと思われた。
時期も一致する。
安はやっと一つ見つけたと思えた。
少し安心すると、くしゃみが出た。コートを脱いだままだった事を思い出す。
佐藤さんは慌てて安を居間に帰した。
少し冷めたお茶を啜り一息着くと、安は「一個だけ掴んだな」と佐藤さんを見て言った。
「この調子で体の一部がおかしくなったとか、おかしな動きをしたって記録を絞り込めば、情報が増えるかもしれん」
希望が見えてきてので、安の目が輝いた。
意欲を見せる安とは別で、佐藤さんは引き続き何やら考えている。
「あの宗原のことや。もしかしたら、何かに気がついて情報をまとめてくれとるかもしれん。記録をひたすら書いとったし、頭もキレる奴やったからな」
確かに、一通りの情報が集まる場であったのなら、何か気がついた事があったかもしれない。
もう少し探ってみなくては。
安は休憩は終わりとばかりに、再びコートを来た。
それを見た佐藤さんは、無駄と思いつつも助言する。
「もうすぐ日暮れや。より冷え込むで。無理しすぎなや」
「分かってる」
部屋を出て、三度書庫に向かいながら安はボヤいた。
「せめて一冊にまとめてくれとったら、読みやすいんやけど。あと、字が綺麗やったらもっと助かった」
佐藤さんは苦笑いした。




