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クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
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男三人



 水族館デートから二週間。

 

 学校では期末テストが終わり、いよいよ冬休みが開始となる直前。


 香西家に来客があった。知華の父だ。

 約束通り香西の母、真奈香に線香をあげに来ていた。

 香西の父は今は不在だが、直に帰ってくる予定だ。


 知華の父、茂は仏前で手を合わせ、長く黙とうをしていた。

 聞けば、高校卒業以来、会ってはいないのだと言う。親密な関係ではなく、ただのクラスメイトだったので結婚も訃報も、風の噂でしか聞いていなかったらしい。

 それでもこうしてわざわざ会いに来てくれたのは嬉しかった。

(こういう所は、さすが親子やな)

 発想が知華と似ていると、香西は思った。


 茂が頭を上げて目を開くと、香西に向き直った。

「今日はありがとうな、那津くん」

 手首にはめた数珠をポケットに入れ、改めてお礼を言った。

「やっと真奈香さんに挨拶出来たわ。少し気持ちが晴れた」

 茂は仏前の写真立てを見た。

「央がここに越してきて、ずっと挨拶したいと思っとった。大人になるとどうしても腰が重くなって、こんなに時が経ってしもうた」

 視線を那津に移し「那津くんは真奈香さんと鼻がよく似てる」と目を細めた。

 知華と同じ事を言われたので、思わず笑ってしまった。

 その声に茂が「ん?」と反応したので、

「あっ、いえ。知華からも同じ事を言われたので」

 と言葉を返した。

 すると茂はすこし驚き、

 「知華は真奈香さんを知っとるんか?」

 と目を見開いた。

「少し前、用事があってここに来ました。その時、お袋の写真を見て」

「そうか……」となにやら考えていた。


 その時、玄関の戸が開く音がし、父親の央が帰宅した。

 玄関にある靴を見て、すでに来客がある事が分かったのだろう。いつもより静かな足取りで部屋に入ってきた。

「ただいま」

 そう言うなり、茂の姿を目にした。

 そして頭を下げた。

「お久しぶりです、先輩」

 茂は「もう先輩じゃない」と笑って言った。

「卒業して何年経たと思ってる。社会人になったら、年の差一つなんて、あってないようなもんだろう」

 央は頭を上げると「確かに」と苦笑した。


 二人の雰囲気があまり年月を感じさせず、香西は少し安堵した。

 あまり重苦しい雰囲気になるのは苦手だ。

 二人で積もる話もあるだろうと思い、お茶を入れてくると退室した。


 台所で茶葉をいじりながら、少し指輪の事を考えた。

 央には、指輪を持ち出したことはバレていない。

 その前に仏壇の中に戻すことができた。

 きっと、ずっと大切にしてきたのだろう。

 無口な央の事だ。聞いても決して本心は言わないだろうが。

 香西は茂から母の話を聞きたいと思っていた。央からはあまり多くの事を教えてもらっていない。

 写真はあっても、母の人となりや性格は教えてはくれない。


 熱いお茶を入れてお盆に乗せ、居間に戻った。

 二人は楽しそうに談笑していた。

 央が人と話す姿はあまり見たことがない。しかも友人という立ち位置の人は。央は自宅に人を呼ばないたちなので、来客次第が珍しい事だった。

 香西がお茶を置くと、ありがとうと茂は湯呑みを手に取った。

「あの、お袋のこと聞かせて貰えませんか?」

 香西は切り出した。

「オヤジはあんまり話してくれないんで。今だに性格とか好きだったものとか、知らないんです」

 そう言うと、央はバツが悪そうな顔をした。

「それくらい、話しやりゃあいいのに」と央を見た。

「那津くんの中で、母親像ができんじゃないか」

 やはり昔の先輩後輩関係の立ち位置は抜け切らないようで、「はぁ」と反論することもなく頭をかいている。

 この光景も珍しいので、香西は目を丸くした。


 茂は語ってくれた。

 高校時代しか付き合いがなく、それも同じクラスメイトとでしかないが、と前置いて。

 母の真奈香は一年の頃から活発で、運動はすこぶる得意だったそうだ。運動部からの勧誘がひっきりなしだったが、最初はどの部にも所属していなかったらしい。

 しかしバレーの先輩から猛烈な勧誘を受け付け、あまりの熱意に真奈香が折れた。当時は有名なエピソードで、真奈香が入部してから全国大会にも出場出来たそうだ。

 一年目は部活であっという間に過ぎ、二年になる頃には学校のアイドル的存在になっていた。どの学年の男子からも人気があり、珍しく女子からの評判も良かったそうだ。

「さっぱりとした性格でね。男女ともに好かれ人だったんよ。二年の冬だったかな?央と付き合い出したのは」

 そう言われると央の顔が赤くなった。

「息子の前でそんな話はせんでいいですよ」と慌てていた。

 これも珍しい表情だったので、香西は目に焼き付けておくことにした。

「夫婦なんだから、別にいいだろう。相変わらずシャイだな」

 そう言われて頭をかいている。それがおかしくて、思わず吹き出してしまった。

 央からは渋い顔で見られたが、もう遅い。

「こっちに引っ越してきたのは、何か理由が?」

 そう聞かれ、央は「真奈香の墓が近いので」と答えた。

 それも香西にとっては初耳だった。わざわざ墓を移動させず、転居したのかと驚いた。

 茂も少し驚いたようだったが、

「相変わらず一途だな」

 と笑っていた。

 思った以上に愛妻家だったと知り、香西は嬉しかった。

 あの指輪のことも聞いてみたいと思った。

「結婚指輪、ずっとはめとるよな」

 息子にそう言われ、央は視線を向けた。

「最近仏壇の掃除しとったら、観音開きの奥からおんなじ物見つけた。あれ、お袋のじゃろ?」

 聞かれ、央は自分の指輪をじっと見た。

「あれと唯一同じものが、これしか無かった」

 そうボソリと言った。

「俺は不器用じゃから、ペアルックとかは好かん。じゃけど指輪だけは……別じゃ」

 指輪を見る目は温かで、慈愛に満ちていた。慈しむような目を初めて見た。

「どうしても残しておきたかった」

 短い言葉だったが、十分に伝わった。

 香西は嬉しく、誇らしく、尊敬した。

 父とこんな話をしたことが無かったので、心が震えた。

 そして、指輪がちゃんと返ってきて本当に良かったと思った。

 息子が無言でいるので、央は顔を上げた。

 そして驚いた。

 那津が泣いていた。静かに涙を流していた。

 自分でもその自覚がなかったのだろう。父親が驚いている顔を見て、始めて頬に伝うものに気がついていた。

「あれっ……なんでやろ……ごめん」

 そう言い慌てて涙を拭っていたが、なかなか止まらなかった。

 央は息子がこんなにも母を愛しく思っていると、始めた目にした。放置して育ててきたわけではなかったが、あまりにも話を聞かせていなかった、と後悔した。

 那津が母と別れたのは五才だった。記憶にも薄っすらとしか残っていないだろう。

「すまなかったな、那津。真奈香の事をあんまり話してやれんで」

 息子に頭を下げた。

「正直に言えば、あれの話をすると俺が言葉に詰まる。あまりにも早く……逝っしまった。那津も小さかったし、聞かせると泣いて寂しがるだろうと思った。そのまま、時が経ってしもうた……今日までずっと」

 央は言葉を切ると、小さく嘆息した。那津を見て言ってくれた。

「また、話をしよう」

 那津は黙って頷いた。何度も頷いた。


 茂は親子のやり取りを見て、今日ここへ来てよかったと思った。

 那津に真奈香の事を話したのは偶然だった。それが、こんな結果になるとは。

(きっと真奈香さんが引き合わせたんだろうな)

 そう思い、仏壇の写真を見た。

「『言わんと分からんし、伝わらん』か……」

 しみじみとその言葉を噛み締めた。

 央は茂の独り言のような呟きに首を傾げた。

 それに気が付き、茂は知華との事を話して聞かせた。

「実はな、ウチも最近娘と話しをした。ずっと心残りだったことを話し合った。その時娘に言われたんよ。『言わんと分からんし伝わらんから、ちゃんと話そう』と。この年になっても、子供に教えられることがまだまだある」

 那津はすぐに、あの時の話し合いの件だと分かった。

「那津くんはよくうちに遊びに来とるからな。和輝とも会ったし、家族ぐるみで付き合っとるよ」

 笑って言われ、なんだかむず痒くなった。

 その事は央には言ってなかったので、驚いていた。

「先輩の所の娘さんと?」

「ああ、知華という。先日、この家にも来たらしいぞ」

 そこまで言われ、那津は赤い目のまま慌てた。

「用事があったから、またまた来ただけですって」

「まぁ、そうかもしれんけど。水族館にも行ったんじやろ?二人で」

 そこまで知っているとは思わず、那津は言葉を失った。

「あれは…そのー。たまたまペアチケットを貰ったからで……」

 泣いた後にこんな話をされ、那津はバツが悪かった。

 茂は笑って「そんなに気まずそうにせんでもええよ」と言ってくれた。

「これからも知華をよろしくな」

 


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