デートの約束
三人は泣いて話して喉がカラカラになったので、病院の売店に飲み物を買いに行った。
戻る途中、安の主治医に出会い、退院は明後日だと告げられた。
「その様子だと、すっかり良くなった見たいだね」
医師は知華の父よりも少し年上に見えた。
目元に笑いジワのある、優しい風貌の医者だった。
『内科 河田』とネームプレートに書いてある。
「はい、お陰様で」
笑って言う安を満足そうに見て、頷いた。
「退院の手続きのやり方は、あとで事務の人に聞いて」
そう言うと、河田は踵を返して行ってしまった。
病室に戻ると佐藤さんが、
「立派になったなぁ、河田」
としみじみ言った。
これには二人ともきょとんとした。
「佐藤さん、知り合い?」
「まさか、元主治医とか?」
安と知華がそれぞれ尋ねる。
「ワシよりずっと年下やで、河田。知り合いなんは確かやけどな。一方的にワシが知っとるだけじゃけど。河田には霊感ないから」
その言葉に、さらに二人とも首を傾げた。
「河田はな、紅野と知り合いなんよ」
そう言うことか、と二人は納得した。
佐藤さんは簡単に説明するわ、と話し出した。
「河田がまだ若かった頃に紅野と知り合ってな。河田の仕事上の成り行きだったんじゃけど。霊に取り憑かれた患者を河田が担当して、どうにもならんかったから、紅野が呼ばれた。それ以降、親交ができてな。たまに霊の影響で依頼人が体調崩したり、弟子が倒れたら、こうして世話になるんじゃ」
医師との繋がりもあると、安も初めて知ったらしく、驚いていた。
確かに、霊障で体調不良を訴える依頼人も多いので、何も知らない人は病院にいくだろう。どうしても医療で解決出来ない症例にぶつかる事もあるのかもしれない。
「何?どしたん?」
一人話が分からない香西が、知華と安を交互に見ている。
安が今し方の会話を説明しすると、佐藤さんが続けた。
「詳しくは紅野から聞けばええけど、安ちゃんが倒れた後、うだっちゃんが河田に連絡してここに運ばれたっちゅーわけや」
あの日、宇田がどこかに連絡していたが、それが河田だったのかと知華には分かった。
「なんでそれ、もっと早くに教えてくれんかったん?知っとったら、先生に詳しく話聞けたかも知れんのに」
安が不満顔で詰め寄った。
「今まで知華ちゃん所におったワシに、分かるわけ無いやん」
佐藤さんはあれから、ずっと知華の家にいた。
知華のブレスレットがお祓いとお清めのため、手元に無かったからだ。
あの女悪霊の影響で穢をまとってしまったので、手厚く浄化をされている。
そんな訳で、佐藤さんと知華はこの一週間ですっかり仲良くなった。
「まぁ、今日からはまた安ちゃんとおるけどな」
「そうなん?」
初耳の知華は、少し驚いて佐藤さんを見た。
「安ちゃんの体調戻って退院許可も出たけど、霊力はまだ回復しきってないからな。こんな状態で外に出たら、色んなもんに狙わてしまう」
霊力の高い人間は『あちら』の者からよく分かる。
幼い時や弱っている時に狙われ、邪魔になる前に連れて行かれる事もある。
「今の安ちゃんは格好の餌やから。霊力ある人間は『あちら』のモンから大人気よ」
それを聞いて、安は何とも言えない顔をした。
「人気者、みたいな言い方やけど、ちゃうからな」
霊力が高い人間の魂はエネルギーが強い。
霊感のない人間一人と比較すると、何倍もの力を得られる。そのため狙われやすい。
「そう言う訳やから、今までお世話になったな、知華ちゃん」
佐藤さんが知華を見て、お礼を言った。
やっと慣れた小動物が飼い主の元に帰ってしまう感覚だったが、それは口にしないようにした。
「寂しくなるね」
二人のやり取りを見ていた安が
「そうだ!これ渡さなきゃ」
急に思い出し、床頭台の引き出しを開けた。
そこから出てきたのは知華のブレスレット二本と、香西の母親の指輪、御守りだった。
全て丁寧に和紙と布に包まれている。
「二人に返してって、お師匠から預かっとったんよ」
知華はブレスレットを受け取ると、早速腕に二本ともはめた。
ひんやりとした天然石の冷たさが心地よい。
「ヒビが入ったブレスレットは、もうお祓いして処分したからな」
そう教えてくれた。
香西も御守りを首から下げると、指輪の包みをそっと開けて、状態を確認した。
指輪は観音開きの戸から出した時と変わらず、綺麗だった。
その状態を見て香西は安堵した。
傷が入っても欠けてもいいと言ったが、やはり無事な状態を見ると安心した。
(めっちゃ助かったで、お袋。ありがとうな)
そう心の中でお礼を言うと、一瞬いい香りがした。
ほんのりと香る程度だったが、心地の良い香りだった。
気のせいかと思い、指輪を丁寧に包み直してポケットに入れた。
ちゃんと仏壇に返して、改めて手を合わせて線香をあげようと思った。
香西の一連の仕草を見ていた安と知華は、彼の後ろに女性を見た。
優しく微笑んで嬉しそうに香西を見る目は慈愛に溢れ、綺麗だった。
その姿は一瞬で消え、気配も残らなかった。
二人がそれに魅入っていると、顔を上げた香西が驚いた。
女子二人に見つめられているので「何?おかしなことしたか?」と不思議そうに見返した。
知華と安は何でもないと首を振った。
きっと香西には何か分かったはずだと思えたからだ。
それからは楽しく雑談した。
知華は佐藤さんとの生活を話して聞かせた。
学校ではしゃいでいた事、教室にエアコンを見つけて感動していた事、お気に入りのドラマを一緒に観た事、和輝がゲームをすると必ず覗いていた事、最近のゲームのストーリーの良さに涙していた事。
香西も知らない出来事があったので、安と二人で楽しく聞き入っていた。
佐藤さんは照れながらも、羽原家での生活を楽しく語り、安はずっと笑っていた。
香西はゲームをするので、最近面白かったソフトの話をすると佐藤さんはくいつき、今度遊びに行きたいと安にねだった。
面会時間ギリギリまで語り合い、すっかり疲れた安は満足そうに
「来てくれてありがとうな。次は病院の外で会おうな」
と笑顔で言った。
二人をエレベーター前まで見送ってくれるまで、ずっと笑っていた。
外はすっかり日が落ちて、辺りは街頭がついていた。
街の木やビルの壁にはイルミネーションが輝いており、キラキラと夜道を彩っている。
「ここって、こんな飾り付けされるんじゃな」
知華が煌めく光を見て、顔を輝かせた。
「ここ数年でこうなったんよ。買い物に来たらこの道通るから、毎年見とった。だんだんと派手になっとるで」
規模も拡大しており、駅までこのイルミネーションは続いてる。
去年は何とも派手派手しいなと感じていたが、今は綺麗だと思えた。
隣に知華がいるだけで、感じ方がこうも違うのかと驚く。
二人はイルミネーションの中を歩いた。
香西は手を繋ぎたい衝動に駆られたが、我慢してコートのポケットの中から出さないようにした。
悪霊退治の時、何度か知華を抱きしめた。
あの時はごく自然に行動出来た。
状況が状況だった事もあるが、知華は嫌がらなかった。
その時の嬉しさが、ずっと香西の中にある。
知華の温かさ。匂い。髪の柔らかさ。
その全てが愛おしかった。
隣で歩みを揃えて歩く知華を見る。
イルミネーションの光が知華の目の中で反射し、輝いていた。
もうじきクリスマスがやってくる。
そう考えていると、以前もらった水族館のチケットの事を思い出した。
悪霊退治ですっかり忘れていたが、知華にそれを手渡したのだ。
(誘うなら、今しかない)
そう決意を固めた香西は、口を開いた。
喉がカラカラだった。
「あんさ、前に渡したチケットのこと、覚えとる?」
知華の視線が香西に向けられる。
きっと顔が赤くなっている。そう自覚したが、寒さのせいだと勘違いして欲しいと願った。
「そうえば、貰ったね。随分昔のことに感じる」
「まぁ、あれから色々あったからな」
平然として話していたが、心臓はどくどくと脈打ち、うるさいくらいだった。
「今度の休み、行くか?」
知華はぱちくり瞬きをした。
「安井の状態も落ち着いたし、無事な顔も見れたからな。……どうやろ?」
返事が来るまで、緊張して息をするのも忘れていた。
知華は少し考え「いいよ」と返した。
「いつにする?今度の日曜日がいいかな?予定無かったと思うから」
「大丈夫やで」
香西は静かにガッツポーズをした。
やっと二人きりで出かけられる。
その事実だけで、今なら何でも出来る気がした。




