特別な友人①
次の登校日は、幸いにも連休明けだった。
おかげで、知華はオマモリサマと香西の事を繰り返し考えることが出来た。
今思い返しても、心臓が鼓動を早くし体が強張った。
あれは間違いなく命の危機だった。
あのままオマモリサマに目を見つめ続けられていたら、どうなっていたのか。
香西が泥を投げつけたことで視界がそれ、事なきを得たのだろう。
香西は知華にとって授業をサボり、教師に楯突く不良生徒という印象だった。
しかしオマモリサマに立ち向かった事、苦しみながらも泥を投げつけ助けてくれた事を思うと感謝したし、お礼も言いたかった。
彼と話したい気持ちが強くなっていったが、連絡先は勿論、家も知らない。
連休後半は早く学校に行きい気持ちが高まりウズウズして、意味もなく部屋を片付ける始末だった。
オマモリサマとの一件を考える以外にも、知華には気になることがあった。
それはチラチラと視界に映る『何か』だった。
はっきりと姿は見えない。
しかし不意に視界の隅に、影のような物がフッと通り過ぎる事があった。
これまでそういった類のものを見たことがないので、あまりに気にしないようにした。
他には『音』だ。
それは天井だったり夜の庭からだったり、ボソボソと聞こえた。
気のせいかと思えるほどの音量だったが、じっと耳を澄ませば確かに聞こえた。最初はラジオの音か、近所の人かと思っていた。しかし時間帯も声の性別も違うので、他の人には見えない『何か』であるのだろうと考えていた。
これらがオマモリサマと関係あるのか、そとも恐怖体験をした故の結果なのか、知華には判別がつかなかった。
ようやく平日となり、はやる気持ちを抑えながら登校した。
そわそわ気分のせいで、いつもより早く家を出た。
時間が違うせいか、普段すれ違うサラリーマンや犬の散歩をしているお爺さんとも出会わなかった。
(ちょっと時間ずらしただけで、人少なくなるんじゃな)
歩き慣れた道を進んでいると、前に真冬のコートを着たおばさんが立っているのが見えた。
黒いツバの大きな帽子を被っているので、その顔は見えない。
一見すると高級そうな身なりで、ロングコードの下からブーツが少しだけ見えている。
九月下旬とは言え、まだまだ暑い日が続いていたので、真冬の格好に違和感を覚え、足を止めた。
(凄い寒がりなんかなぁ)
進むか躊躇したが、迂回する道もないため、おばさんの横を通り過ぎるしかない。
再び足を動かし始めた時、小学生が数人が賑やかに横を通り過ぎた。
おばさんを一切気にしていない。
おばさんの頭が小学生の動きを追って動いたが、それだけだった。
(何も怯えることないか)
そう思い足を進める。
おばさんの横に来て、通り過ぎた。
先程と同様に、知華の動きに合わせておばさんの頭が動き、見られているのを感じた。
しかし話しかけられるわけでもなかった。
(気のせいか)
安堵して先に進もうとした時、急に耳元で声がした。
「気のせいじゃないからな」
まるで顔のすぐ横で呟かれたような近さに、思わず振り返った。
おばさんは知華を見ていた。
体は正面のまま、首だけ百八十度ぐるりと後ろを向いて。
そして今度は耳元ではなく、直接頭に響くように声がした。
「気のせいじゃないよぉ」
ニタニタ笑っているような、楽しげな声。
知華の心臓が早鐘を打った。
指先は冷たく冷えていく。
知華は叫び声を上げることもできず、学校まで全力で走った。
校門に着く頃にはろくに呼吸が出来ないくらい息が上がり、脇腹が痛いくらいだった。
遅刻する時間でもないのに激走してきた知華を見て、他の生徒達が不思議な目で見てくる。
何とか息を整え気持ちを落ち着かせ、正面玄関に向かった。
教室に入ると知華はすぐに香西を見つけた。
彼もすぐに知華を見つけたようで、目が合った。
いつもの友達の輪から抜けて、香西はスタスタと近づいてくる。
「あれから大丈夫やったか?」
挨拶もなく開口一番、そう聞いてきた。
香西の方も早く話をしたかった様子が伺え、知華はくすぐったい気持ちになった。
彼の友人は意外な人物に話しかけている事に驚き、会話を止めた。珍しそうに二人の事を見ている。
知華はその視線を感じつつも、話しかけた。
「おはよ。うん、平気やったよ」
「なら、良かったけど」
香西を見ると、顔や腕に絆創膏を貼っている。
「なんか、巻き込んでごめん…。怪我とか大丈夫なん?帰り道のこと、あんまり覚えてなくて」
「擦り傷とかだけじゃけ、平気」
そこまで会話するとさすがに視線が痛くなってきたので、二人は教室の外で話すことにした。
教室が並ぶ一番奥の非常階段には誰もいなかった。
ここならホームルームが始まるまでゆっくり話ができそうだ。
少し落ち着いた環境になったので、改めて知華は香西を見た。
半袖制服の彼の腕には、絆創膏があちこちに貼られている。
ズボンには泥汚れが少し残っており、特に裾に汚れが目立つ。
「体調、大丈夫じゃった?帰る時寒かったし、風邪とかひかんかった?」
知華の視線が絆創膏を見ていることに気が付き、香西は軽く言った。
「平気。羽原こそ、家族に色々と言われんかったか?かなり酷い格好で帰ったじゃろ」
「大丈夫。二人とも遅くに帰ってきたけ」
そうか、と安堵した表情で笑った。
「あいつ、何じゃったん?オマモリサマとか言うてたけど……」
恐怖心からか、小声になって香西が問うてきた。
あの出来事で、二人ともオマモリサマに恐怖を植え付けられたのは確かだ。
「わからん。でも、人間じゃないって、知っとったんよ」
そこで知華は改めて、オマモリサマと出会った時のことを全て話した。
香西は静かに話を聞き
「普通なら到底話せんわな。辻褄合わんのにあいつについていったのも、化け物って知っとったからか」
と納得したようだった。
知華はうん、と頷く。
香西はごめんな、と謝罪した。
「危機感なさすぎ、とか言うたけど訂正するわ。事情知っとったら、納得やな」
その言葉に安堵感を覚えた。
あんな体験をしたとは言え、全てを話して香西がどう受け止めるか分からず、不安があった。
しかし彼は素直に事実を受け入れてくれた。
二人の間に、共通の体験をした者同士特有の絆ができていた。
オマモリサマの事を話せられる相手が出来て安心した知華は、心の荷が軽くなったのを感じた。
それと同時に、今朝見た光景を話したい衝動に駆られる。
「あんな、実はちょっと聞いてもらいたいことがあるんよ。色々と気になることがあって」
「オマモリサマの事、以外でか?」
うん、と頷く。
「あの日以来、なんかチラチラ見えるんよ。家の中とか、外を歩いとる時とか。たぶん、オマモリサマと似たような存在のもの」
「……幽霊とか、化け物ってこと?」
「たぶん。他の人は気にしてないみたいじゃけ、見えないんかなって思っとる。あとは音。ボソボソ喋ってるみたいな。香西くんはどう?なんか変わった事ある?」
彼は顔を横に振った。
「そっか。もしかしたら同じかもって思ったんじゃけど」
そこでちょうど予鈴が鳴った。
(まだ話したいことあったのに……)
その気持ちが顔に出ていたのだろう、香西は「昼休み、中庭でゆっくり話そ」と誘ってくれた。
「またあとで、詳しく話してや」




