お隣さん
――1990年春――
女は大学生活を皮切りに、一人暮らしを始めた。
人生初の一人暮らしに、心が躍った。
やりくりが厳しいので、マンションは少し家賃を抑えた。贅沢は言っていられなかったが、住めば都。
その部屋を女はすぐに気に入った。
駅からも道路からも程よく離れた住宅街に建っているマンションからは、隣の一軒家が見えた。
さほど高さのないマンションなので、女の部屋と一軒家の二階は近い。お互いに気を使いたくなかったので、あまり見ないようにしていた。
ある日洗濯を干していると、ふと一軒家の窓に目が向いた。
見られている気がしたからだ。
視線を向けると、おばあさんがこちらを見ていた。
向こうもこちらの視線に気がついたのか、さっとカーテンを閉めてしまった。
なにやら申し訳なくなり、女はさっさと洗濯を済ますと部屋に入る戻った。
また別の日。
窓の近く電話をしていると、またあのおばあさんがこちらを見ていた。
女の視線に気がつくと、さっと物陰に隠れてしまう。
そんな事が数度続いた。
女はだんだんと気になり出した。
出来るだけ見ない様にしていたが、どうしても視線が気になった。
そこで女は調べてみた。
どうやら隣の一軒家には三人が暮らしているらしい。おばあさん、亡くした息子の嫁、孫の家族構成で、おばあさんはしがな一日、家にいるようだった。
きっと寂しさと暇を持て余して、窓からよく外を見ているのだろうと思った。
おばあさんとは目が合う事もあったので、会釈するようにしたが、パッと姿を隠してしまう。
最初は気にしなかったが、1日に何度もそういう事があった。
おばあちゃんは意図的にマンションの住人を見ているのではないか。
女はそう思うようになった。
そのうち、もう一つの現象に女は気が付いた。
女が大学やバイト先から帰ってくると、同じタイミングでおばあさんの部屋の電気が付く。
毎日、毎日、帰宅するとその部屋の電気がつく。
そして、カーテンの隙間から覗いてくる。
不気味に思い、姿を見かけたら注意しようと考えだが、家の外でおばあさんを見ることはなかった。
嫁は愛想がないので苦情を言う勇気もなかった。
女はだんだんとその生活がストレスになり、友人達に相談した。
「偶然だろう」「淋しいのだろう」と言われ、なかなか信じてもらえなかった。
勇気を出して警察にも相談したが、実害がないため取り合ってくれなかった。
「認知症でしょう、許してあげなさい」
ともいわれた。
しかなく帰路につき、マンションに向けて歩いていると、道端で初めておばあさんと会った。
家の外で見かけたことに驚いた。
女は声を掛けるか迷ったが、何も言わず通り過ぎようとした時。
「警察は何もしてくれなかったねぇ」
と言われた。
女が驚いて凝視をすると、意味ありげに
「見てるよ」
と目を細めて笑った。
女はカーテンを常に閉めて生活する。
バイトをたくさんして、早く引っ越したいと思っている。




