後始末
激しい閃光はだんだんと消え、やがて目を開けられる様になった。
知華と香西はゆっくりと目を開けた。
先ほどの悪霊は塵となって消えていた。
安が纏う色は紺碧からゆっくりと天色、空色へと変わり、最期は神々しいまでの光になった。
暖かく、見ていて心が洗われるような光だった。
それに魅入っていると、安がゆっくり振り返った。
泣いていた。
涙で頬が光っている。
知華と香西はたまらず、安に駆け寄った。
「安ちゃん!」
知華が安に飛びついた。
強く安の体を抱きしめる。
「圭ちゃん……」
それだけ言うと、安は知華に泣きついた。
大粒の涙を流し、声を上げて泣いた。
知華もずっと泣きながら、その背中をさすった。
二人を傍で見ていた香西は、目の前を光の玉が昇っていくのを見た。
光の玉は無数にあり、三人が立つその場からふわふわと天に昇っていく。
色も様々で、どれも美しく煌めき、儚く見えた。
「解放された霊たちじゃ」
佐藤さんが教えてくれた。
その玉は安にふわっと寄り添う。
まるでお礼を言っているようだった。
安と知華も、その光の玉を見た。
最期の一つが空に溶けてい頃。
安は泣きやんでいた。
「ありがとうな、二人とも」
泣き腫らした目で、安が笑った。
「無事に終わったわ」
二人は頷いた。
佐藤さんも安堵した顔をしている。
「良かったわ。ひとまず安心やな」
そういう佐藤さんに香西が尋ねた。
「ひとまず?」
「問題はこっからなんよ」
そういった時、知華が気がついた。
香西が佐藤さんに話しかけている。
驚いた知華は目を丸くした。
「那津くん、佐藤さんの事、見えるん?」
そう聞かれて、香西は初めてハッとした。
改めて佐藤さんを見る。
はっきりと見えている。
「今は霊力の中におるからな。結界内で安ちゃんの霊力が渦巻いとる。そんな中やから、一時的に見えとるんよ」
「一時的、なんか?」
佐藤さんは頷いた。
「結界が解かれたら、また見えんくなる」
香西は少し残念そうな顔をした。
「でも、直接話が出来て良かったわ。初めまして、佐藤さん」
佐藤さんは笑った。
「初めまして、香西兄ちゃん。ずっと見とったよ」
知華はなんだか不思議な気分になった。
こうして二人が話しているのは、今だけ。
きっと香西にとっては、かけがえのない時間になるのだろう。
「そんで、さっき言っとった『問題』って?」
そう尋ねた時。
安の体がグラッと揺れ、倒れそうになった。
慌てて二人で支える。
「安ちゃん?!」
知華が何とか安の顔を覗く。
完全に意識が落ちている。
「やっぱりな」
佐藤さんが安を覗いて、心配そうに頭を撫でた。
「知華ちゃん。言った通り、頼めるか?」
そう言われ、知華は頷くと安のスマホを探すため袴を探った。が、ポケットがなかった。
「那津くん、安ちゃんの荷物、どこ?」
言われると、すぐに荷物を取りに行った。
バックパックを持ってくると、二人で荷物をいじりスマホを探す。
外ポケットから見つけ、知華は通話履歴をいじりだした。
それを見ていた香西は、状況を把握できず
「どういう事なん?」
と佐藤さんに聞く。
「今回の除霊方法は、安ちゃんの霊力と体力を消耗する。じゃけど、思った以上に消費してもうた。激昂しとったからな。必要以上の霊力を放ってしもうた。暫くは目を覚まさんはずや」
目を丸くした香西は、安を見た。
顔色が白い。唇の色も悪そうに見えた。
「暫くって、どれくらい?」
「よくて二、三日。この状態を見ると、もう少し長いかもしれん」
香西は息をのんだ。
「今、紅野に、安ちゃんのお師匠な。連絡をしてもろうとる。悪いけど、安ちゃんを背負って知華ちゃん家まで運んでくれるか?」
頷くと、香西はすぐに動き出し、除霊に使った物を片付けはじめた。
知華は安を支えたまま、紅野に電話をする所だった。
呼出音がすると、紅野はすぐに電話に出た。
「あの、羽原です」
言うと、紅野はすぐに『安は倒れたかい?』と聞いた。
やはり、予想していたらしい。
「はい。これから私の家に運びます」
『分かった。宇田くんと一緒に向かおう。家に着いたら安を横にして、体をしっかりと温めておくれ。上にブレスレットと香西くんの御守りを乗せてな。四十分で着くから、それまで頼んだよ』
そう言うと、電話は切れた。
知華はスマホを自分のポケットに入れると、香西を手伝った。
二人で手分けして安の道具をまとめる。
香西は指輪をハンカチで慎重に包んだ。
知華は四方にあった杭のような物を外す。すると、結界が解けた。
それと同時に、香西の目から佐藤さんの姿がだんだんと消え始めた。
「香西兄ちゃん、ここまでや。話せて嬉しかったで」
微笑んだ顔を、香西は忘れないように焼き付けようとした。
「俺もです」
香西も何とか笑った。
やっと出会えたうれしさと寂しさが、複雑に心に渦巻いた。
「これからも安ちゃんと仲良くしたってな」
そう言うと、彼の目から佐藤さんは消えた。
暫くその場を見ていたが、ぐっと唇を結ぶと片付けに戻る。
ものの五分ほどで、荷物を全てバックパックに詰めた。
香西が上着を脱いだ。
安を背負った後、上着で自分と安を巻きつけるよう知華に頼む。これなら暖を取れるし、安の体も固定される。
安は目を覚ます様子はない。むしろ先ほどよりも顔色が白い。
力なく垂れる頭は香西の動きに合わせて揺れた。
まるで人形のようだった。
知華はきつく上着を巻きつけると鞄を持ち、走り出した。
急いで羽原家に向かわなくては。
和輝が帰宅すると、知華は不在だった。
また香西とどこかに行っているのかと考えていると、ガタガタと玄関から音がした。
一人の足音ではない。
何事かと思い見に行くと、香西が見知らぬ女子を背負い、知華が大荷物を背負っている。
しかも三人とも服は薄汚れ髪は乱れて、見るからにボロボロだった。
「どしたん?!」
驚いていると、知華から「どいて!」と叱られた。
その勢いに思わず体が動き、さっと廊下の端に寄る。
背負われている女子はぐったりしており、明らかに意識がない。
これには慌てた。
「知華、まずは病院やろ!」
そう言ったが
「ここじゃないと駄目なんよ!」
と返される。
「兎に角、救急車は呼ばんでええから。分かる人が来てくれるから、ちゃんと家に入れてあげてな」
意味が分からず、思わず知華の腕をとった。
「どういう事や?」
「お願いだから、信じて」
それ以上の言葉は無かったが、目が必死に訴えていた。
数秒、妹の目を見つめた。
そこに揺らぎはなかった。
和輝は知華の腕を離す。
解放されると、「ありがと」と短くお礼を言った。
二人は靴を脱ぐと、脱兎のごとく二階へ上がっていった。
知華が上着の結び目を外すと、香西が安をベットに乗せる。
力なく横たわる安の体を整えて、布団を掛ける。
知華は香西に預けていたブレスレット二本を上着のポケットから取り出すと、布団の上に置いた。
「那津くんの御守りも」
そう言うと香西は何も聞かず、服の中に手を突っ込み御守りを取り出した。
これも布団の上に置いたが、直接触れた方がよい気がして、ブレスレットは腕に付け、御守りは手に握らせた。
そして首元まで布団をしっかりと掛けた。
「これからどうすりゃええんや?」
知華は電話で聞いた内容を伝えた。
聞いた対応はここまでだ。
あとは二人が到着するのを待つしかない。
恐ろしく時間が長く感じた。
安は蒼白で、唇の色も紫だった。
呼吸も浅く、眠っていると言うよりは、床に臥せった患者のようだった。
その顔色は否応なく祖母の最期を思い起こさせた。
このままだったらどうしようと、不安で胸が一杯になる。
最期に見た安の笑顔が、知華の中で眩しく思い出された。
もしこのまま二度と目覚めなかったらと、最悪の考えが頭をよぎる。
恐怖で知華の目が潤んだ。
香西は知華の肩を引き寄せて、頭を抱いた。
「大丈夫や。これからお師匠さんも宇田さんも来る。そんなに不安になるな」
そう言葉をかける香西自身も、不安そうに安を見た。
知華は香西の腕に顔を埋めて、ただ頷いた。
二人は震えながら抱き合い、紅野と宇田の到着をじっと待つこと、三十分。
玄関のチャイムが鳴った。
一階で話し声が短く聞こえると、階段を上がってくる音がした。
部屋の前で足音が止まる。
ドアが開くと、宇田と紅野の姿があった。
二人は部屋に入るなり、安の状態を確かめた。
知華と香西は邪魔にならないよう、部屋の隅で見守る。
なにやら少し会話をし宇田が頷くと、どこかに電話をし始めた。
紅野は安の首に木珠を三重に巻くと、短く御経らしきものを唱える。
次に小さなボトルを取り出し、中身を指につけると、安の額、首、手、足にそれを付けて、また読経した。
それが終わるとようやく、知華と香西に向き直った。
「ありがとうな、二人とも。安をここまで運んでくれて」
そう言うと、深く頭を下げた。
「今は衰弱しとるから、これから病院に連れて行く。きちんと治療を受ければ元気になるから、そんな顔せんでもええよ」
知華の赤くなった目を見て、紅野は優しく言った。
「二人とも、これを」
そう言って、紅野は抱き合ったままの二人の首にそれぞれ、木珠を掛けた。
「いつも私が使っとるものじゃから、霊力が宿っとる。落ち着くまでかけていなさい」
木珠はお香のようないい香りがした。
落ち着く香りで、嗅いでいると心が安らいだ。
そうしていると電話を終えた宇田が
「直に来ます」
と紅野に報告した。
「なら、家人に知らせてこよう」
そう言うと紅野は部屋を出ていった。和輝に何か伝えるらしい。
その背中を見送ると、宇田は二人を見た。
「ありがとうな、二人とも。安をここまで運んで、ずっと見守ってくれて」
知華達の前で正座をすると、深く頭を下げた。
「妹弟子が心配と迷惑を掛けた。ここまでようやってくれた。本当に、ありがとう」
これには二人とも慌てた。
「そんな恐縮せんでください」
香西は宇田に頭を上げるよう言った。
「俺等は見守っただけです。特に俺は、何にも出来んかった。頑張ったのは安井と知華です」
「那津くんだって頑張ったよ。あたしは走っただけで」
お互いに言い合う二人に宇田は
「そんな事ないよ」
と声を掛けた。
宇田は頭を上げると、もう一度繰り返した。
「そんな事、ないよ。二人がおらんかったら、安は無事やなかった。二人がおったから出来た事なんよ。大変やったやろ」
宇田は抱き合った二人を丸ごと包み込むように、抱きしめた。
「妹が無事で、本当に嬉しい。勿論、二人もな。ようやってくれた」
その言葉に、はじめて体の力が抜けた。
一度抜けると、どれだけ緊張していたかが分かった。
二人とも顔をくしゃくしゃにした。
涙が滲んだ。
「不安やったやろ?まだ高校生やもんな。意識無くなった安を見て、どうなるかと思ったやろ?大丈夫。これから元気になるから」
意識を失った安は動かず、喋らず、見たこともない顔色だった。息をしているのか不安になるほどに青白く、もうこのまま目を覚まさないのではないかと、二人とも心配で不安で、どうしようもなく怖かった。
とにかく必死に、出来ることをした。
宇田の腕にしがみついて声を押し殺して泣く二人を、宇田はじっと見守った。
二人の気持ちが落ち着くまで、そうしていた。
ひとしきり泣くと、ようやっと心が落ち着いた。
二人が涙を拭っていると、救急車の音が聞こえてきた。
その音はだんだんと大きくなると、知華の家の前で止まった。
やがてドタドタ音がして、救急隊員が入って来た。
手際よく安をストレッチャーに乗せると、あっという間に運んでいった。
三人は救急隊員の後ろからそっとついていき、救急車に乗せられる安を見守った。
紅野は二人に、
「私は同乗して行く。入院先は宇田くんに聞くとええ。今日はホンマにありがとうな」
そう言うと救急車に乗り込む。
ドアが閉められ、再びサイレンを鳴らして出発した車を、三人は見えなくなるまで見送った。
サイレンが完全に聞こえなくなると、
「さて、残すは後始末だ」
宇田が二人に言った。
「器に使った呪物をみせてくれる?」
再び部屋に戻ると、香西はバックパックから指輪が包まれたハンカチを取り出した。
宇田は開いて確認すると、再び丁寧に包み直した。
「これは清めてお祓いするから、持って行く。終わったら連絡するな。これには直接触ってない?」
二人は頷いた。
安からも佐藤さんからも、事前にきつく『触るな』と言われていた。
「荷物も預かるよ」
大きなバックパックを背負うと、宇田は玄関に向かった。
和輝に一言「ご迷惑おかけしました」と挨拶する。
宇田は玄関先で二人を振り返り、
「佐藤さんは暫くここにおるから。安が落ち着いたら連絡するけ、お見舞いに来てな」
そう言い残し、帰っていった。
残された二人は、呆然とした。
余りにも多くの事があり、すべてに現実味が無かった。
暫く放心状態で外に立っていたが、
「お二人さん、家に入ったら?」
と和輝に声をかけられ、言われるがまま戻った。
和輝は二人にホットココアを出した。
リビングに甘い香りが立ち昇る。
冷え切っていた体が、今更震え出した。
コップを握りしめ暖を取りつつ、ココアを啜った。
何も言わない二人を、和輝は静かに見た。
目を見ればわかる。
二人とも泣き腫らしたのだろう。瞼まで腫れている。
流石にこんな状態の二人から、あれこれ聞き出そうとは思わなかった。
「今は何も聞かん」
和輝はそう宣言した。
「色々あったんやろ?紅野って人から聞いてはいる。今日はもう、ゆっくり休め」
それだけ言うと、和輝は部屋を出て自室に戻った。
知華と香西は静かにココアを飲み干した。
それからも暫く無言で、時計の秒針だけが耳に聞こえた。
時計が午後六時の時報を鳴らすと、香西は立ち上がった。
「今日は疲れたな。宇田さんから連絡入ったら、知らせるわ」
力なくそう言い残すと、玄関まで歩いた。
靴を履いていると、和輝から声をかけられた。
「知華を送ってくれて、ありがとうな。香西くんもゆっくり休みや」
お辞儀を返し、香西は帰宅して行った。
この後の事は、知華の記憶にあまりない。
疲労困憊で、とにかく眠かった。
佐藤さんから、
「後のことは気にせず、今日はもう寝てしまい」
そう言われた事だけ覚えている。




