表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
57/106

安井圭



  安には妹がいた。

 姉の安とは3歳差。明るくて外遊びが好きな子だった。


 始まりは、公園で自殺遺体を見つけた事だった。


 いつものように、姉妹一緒に公園で遊んでいた。

 普段は砂場やブランコで遊んでいたが、この日は混雑していたので奥のフェンスまで来ていた。

 フェンスの奥は山で、鬱蒼とツタや木が茂り、じめっとした場所だった。

 よい風景でもないので子供は近づかず、人が少なかった。

 姉妹は地面にお絵かきしたり、絡まった植物を見たり、花を探して遊んでいた。

 

 最初、それに気がついたのは圭だった。

「ねぇね、あれ何?」

 妹が指差す方向を見ると、何かが木の下で揺れていた。

 薄暗くて見えなかったのでよく目を凝らすと、人の靴のようだった。

 当日九歳だった安は、それが人の足で、木に括り付けられ揺れていると理解できた。

 すると一気に視界に黒い影が貼り付いてきたので、驚いて叫び声を上げた。

 圭もその声に驚いて飛び上がった。

 二人はその場から逃げるように家に帰った。


 帰宅して母親に話すと、すぐに様子を見に行ってくれた。

 それから数時間、母が帰って来なかった。

 二人が半べそになったいた所、ようやく帰宅した母から、

 「警察からお話がある」

 と言われた。

 私服の警察官に見たままを話し、その日は終わった。


 次の日から、変化があった。

 圭がおかしなことを言い出したのだ。

「黒い影が夢に出てくる」

 あの公園で見た光景を、繰り返し見るのだと言う。

 一人で公園にいると、いつの間にかあのフェンスの前に立っている。

 見たくないのに気になり、目が木の下に吸い寄せられると、揺れる靴が見える。

 怖くなり姉を探すがどこにもいない。

 不安になり帰ろうとすると、黒い影が追ってくるのだという。

 それ以降、圭は夜になると一人でいる事を怖がり、安の布団に入るようになった。

 当時は心細いのだろうと思っていた。

 だが今から思えば、安の霊力で悪夢を見なくて済むからだと分った。

 

 悪夢を見るようなって、圭の周りでは不幸な事が続いた。

 最初は一家団欒でテレビを観ていた時。

 窓ガラスに鳥が激突して死んだ。

 滅多にないことに驚いたが、「極たまに起こるんだ」と、父は庭の一角に墓を作り埋めてくれた。

 しかし、それが三日連続で起こった。

 さすがの両親も不吉に感じ、窓には網が張られるようになった。

 

 次に、外出先で猫が車に引かれるのを見た。

 買い物に出た時で、安も一緒にいた。

 猫好きな圭は大層ショックを受け、数日幼稚園を休んだ。

 そして一ヶ月に数回、それが起こった。

 その頃から安には霊が見えていたので、気がついた。

 猫が引かれる時、いつも黒い影が近くにいると。

 この影がなんなのか、安には分からなかった。

 しかし良くないものだとは理解できた。


 更に一ヶ月もすると、外出の度に動物が車に引かれるのを目撃するようになっていた。

 最初は偶然だと言っていた両親も、この頃になると顔色を変えた。

 目撃する時は必ず圭がいる時だったので、心配になった両親は圭をお祓いに連れて行った。

 しかし効果はなく、やがて圭は外に出なくなった。

 外遊びが好きだったのに公園にも行かず、楽しく通っていた幼稚園にも行かなくなった。

 一日中家に引きこもり、部屋の隅で静かに絵を描く事が増えた。

 なにより笑わなくなった。

 安は心配し、たくさん圭と遊んであげた。

 遠足の話、合奏会の話。その日のほんの些細な話まで、出来るだけ面白おかしく話して聞かせた。

 その一瞬だけは微笑むので、安は一段と家の中ではお喋りになった。

 

 引き込もりになって三週間目の頃。

 自宅の部屋で飛び降りを目撃した。

 圭の目の前でそれは起こり、圭は酷く混乱した。

 警察にろくに話ができず、安にも会うことを嫌がった。

「あたし、のろわれた!ねぇねにもうつっちゃう!」

 叫び、涙を流していた妹を安は抱きしめたかった。 しかし圭は「うつっちゃうから、だめ!」と頑なに拒んだ。

 自殺の目撃は一週間に一回のペースで続いた。

 家のカーテンは常に閉められるようになり、家族から笑顔が消えた。


 そんな生活が一ヶ月続いた頃、圭の誕生日がきた。

 この日ばかりはお出かけしようと、安も両親も圭を説得して、近くの公園に行くことになった。

 公園と言っても噴水とベンチが数台あるだけの簡素な場所だ。

 五月の連休中だったので、人も車も多かった。

 久々に外に出て、眩しい太陽を見た妹の顔を、安は今でも覚えている。

 家族で手を繋ぎ、信号待ちをしていた時。

 公園まであと少しだった。

 車が突っ込んできた。

 圭だけを目掛けて。

 その瞬間を安は見ていた。

 運転手には、あの黒い影がついていた。 

 圭は即死だったが、両親と安はかすり傷程度で済んだ。

 圭の六歳の誕生日は、命日になった。

 


 事故後、警察の事情聴取が行われた。

 安が「圭を殺したのは黒い影だ、あの運転手じゃない」と言っても警察は信じてくれなかった。

 運転手の前方不注意だと説明を受けたが、黒い影が視界を遮ったせいだと安には分かっていた。

 両親との聞き取りに安がいつも割って入りそう主張するので、警察は困り果てた。

 何度か同じ聞き取りが続き、安はうんざりした。

 安が言っていることを、警察は信じていない。

 それが分かっていたので、安はイライラしていた。

 犯人が捕まっていても関係ない。

 安にとっとての犯人はあの黒い影なのだから。

 聞き取りが五回目になろうかという時、

 「今日を最後にする」

 と言った警察が連れてきたのが、紅野だった。


 紅野は安の言い分を聞いてくれた。

 そして信じてくれた。

 安は安堵して、公園で自殺者を目撃してからの一連の出来事を全て話した。

 紅野は遮ることなく話を聞いてくれ、最期に

「よく耐えた」

 と頭を撫でてくれた。

 やっと全てを信じてくれる人が現れた。

 その嬉しさと圭を奪われた悔しさが一気に押し寄せ、自然に涙が出た。

 その時、初めて安は泣いた。

 圭を亡くしてから流す、初めての涙だった。


 後日、紅野は安と両親を連れて、あの自殺者を見た公園に来た。

 そこで初めて、安が目撃した黒い影は悪霊だと教えてもらった。

「妹さんは最初にアレを見つけたから、魅入られた。ずっと付きまとわれ、向こうに連れて行かれてしまった」

 紅野は安に説明してくれた。

 安は悪霊を退治してほしいと紅野にお願いした。

 紅野は「そのつもりできたよ。見ておいで」と安の目の前で除霊をした。

 紅野の除霊は勇ましく、普段の好々爺とした風貌とは一変した。

 猛禽類の様な凄まじい目つきで黒い影を払う姿はとても格好良く、安は魅入ってしまった。

「これでおわりだ。どうだった?」

 紅野に感想を聞かれ、安ははしゃいで今見えたことを話した。夢中だった。

「娘さんには素質がある。妹さんも、そうだったのでしょう。だから目をつけられた」

 紅野が両親に説明する言葉を聞いて、安は「あたしにも出来る?」と聞いた。

「出来るだろうが、沢山修行しなくてはいけないよ」と言われた。

 安は「分かった」と返事をして、霊媒師になろうと決めた。

 

 それから、圭が事故死した場所に移動した。

 修行中の宇田が、圭の供養をしてくれた。

 悪霊によって命を落としたので、それをきちんと導くために必要な供養だと説明を受けた。

 宇田が手を合わせて御経を唱えると、綺麗な道が空から伸びた。 

 空の先はなにやら暖かく、光って見えた。

 道が地面まで伸びると、圭が姿を現した。

 安が覚えている、元気で活発な頃の圭だった。

 圭が綺麗な道に乗ると、すうっと上にのぼっていった。

 笑って、安と両親に手を振っていた。

 そして笑顔のまま、光る空に消えていった。 

 

 安は泣いた。

 久々に見た圭の笑顔に心が締め付けられた。

「これで、妹さんはご先祖の所にいけました」

 宇田はそう言った。

 そして泣いている安に「どんな風に見えた?」

 と聞いた。

 安が見た通りのことを話すと、両親も泣いた。

 泣いて、安を抱きしめた。


 安は宇田に強く感謝している。

 妹を救ってくれただけでなく、安も両親も救ってくれたからだ。



 妹の姿は、あの頃と変わらなかった。

 ピンクのスニーカー。

 柔らかそうなジーパンに、星柄の長袖シャツ。

 肩まで伸びた黒い髪。

 お気に入りだったうさぎのヘアピンを付けている。


 違ったのは、目だ。

 血走った両目は、恨みがましく安を見ていた。

「なんで……あたしだけ……」

 悪霊はそう言った。

「みんな、あたしが悪いの?ねぇねにも一緒に見たのに、なんであたしだけ……」

 ユラユラと体を揺らし、安に近づいてくる。

「お父さんも、お母さんも、キライ。ねぇねにもキライ。ねぇねが、変わりに行けばよかったのに」

 安は絶句した。

 体が動かなかった。


 

 知華と香西は、動かない安を見て動揺した。

 悪霊の力はここにきて増していた。除霊されまいと必死なのだ。

 その力は嵐の様に吹き荒れ、知華達の髪をなびかせていた。

 風は黒い墨のよう見え、『この空間は支配している』と主張しているようだった。厳重な結界内にいてもなお、姿を変えられるほどの力を見せたのが、その証拠だ。

「安ちゃん!そいつは悪霊や!圭ちゃんやない!!」

 佐藤さんは叫んだ。

 必死に声を出しているのを初めて見た。

「圭ちゃんって誰?!」

 知華が安から目を外さずに、佐藤さんに尋ねた。

「安ちゃんの亡くなった妹や。悪霊に連れて行かれた」

 二人は絶句した。

 安が除霊を躊躇する姿に、妹を選んだということか。

「もしかして、あの悪霊に安井の妹が連れて行かれたってことか!?」

 香西が佐藤さんに聞いた。

「いや、ちゃう!元凶の悪霊は紅野がすでに除霊しとる。圭ちゃんの魂も、うだっちゃんが供養して、天にかえっとる!」

「なら、あれは……」

「安ちゃんの記憶を探って、一番怯みそうな人物を選んだんやろ」

 三人は吹き荒れる風で目も開けられなかったが、必死に安を見ようとした。

 黒い風が邪魔で、安の背中が薄っすらとしか見えない。

 このまま惑わされてはいけない。

 安の身も危ない。

 何とかして安に近づこうと知華と香西がじりじりと進んでいると、突然、安の霊力が爆発した。


 

 妹の姿。

 あの頃と変わらないお気に入りの服とヘアピン。

 安と色違いだったスニーカー。

  

 圭は言っていた。

 ねぇねにもうつっちゃう、と。

 自分が苦しんで辛かった時も、姉の心配をして近づいては駄目だと言っていた、優しい妹。

 大好きだった妹。

 最期は笑っていた。

 安と両親に向かって、最後まで笑って手を振っていたのだ。


 そんな妹が。


「そんな妹が!!そんな事言うわけないだろう!!!」

 安は絶叫しながら両手で印を結んだ。

 安の薄青い霊力の色が、紺碧に変化した。

「私の妹を!!!侮辱するな!!!」 

 御経を唱え、懐から取り出した護符を抜き取り、あらん限りの力で組んだ印を切ると同時に、悪霊に放つ。

 その瞬間、辺りは安の紺碧の色一色に染まった。

 眩しいほどの空の色に。

 悪霊は絶叫した。

 断末魔の咆哮が辺りに響く。

 そして眩い光と共に散り散りになって消え去った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ