佐藤さんの見守り
翌朝、予定通り香西と知華は一緒に登校した。
直ぐ側に佐藤さんもいる。
家を出ると、あの悪霊は変わらず屋根の上にいた。
こちらを見ていたが、何もして来なかった。
知華は昨晩の安との電話内容を説明した。
安に兄が交通事故現場に遭遇した事を伝えると、やはりそこにいた者が兄に付いてきたのだろう、と推理した。
その現場で大分死霊を集めたので、もっと効率よく回収できる場所を求めて移動したらしい。
兄に付いてきたのはたまたまかもしれないが、兄にも多少の霊感があるのではないか、と言われた。
妹の知華が見える才能があるのだ。血縁の兄に霊感があってもおかしくはない。
目的を果たし移動できたので、次は獲物探しをするだろうと安は言った。
見渡しやすい屋根にいるのも、そのためだ。
適応者が少ないと分かれば、今後はもっと人が多い町中に移動するかもしれない。
「だから、早目に除霊するって。明日にはこっちに来るって言ってた。詳しくは今日中に連絡がくるよ」
そこまで話すと、ずっと聞いていた香西は気になった事を聞いた。
「その獲物は、どうやって見つけるん?何か選ばれる基準、みたいなのがあるんか?」
質問を受け、佐藤さんが答える。
「精神的に弱っとる奴とか、穢が多く憑い取る者じゃな。あとは適度に霊感あるけど、何にもできん奴」
そう伝えると、香西が知華を見た。
「知華やん」
「あたしやね」
二人は顔を見合わせた。
二人が同意見だったので、佐藤さんが訂正する。
「知華ちゃんはブレスレットしとるし、家に結界もあるから平気よ。外出する時はワシがおるから。ワシに気づかれんと知華ちゃんに寄ってくるのは、不可能やからな」
それなら安心だ。
「ただ、一人にはなったらアカン。家の中はええけど、外では絶対にアカン。きっとあの悪霊も知華ちゃんに目をつけて、一人になるタイミングを計っとるはずじゃけ。隙を見せたら一気に寄ってくるで」
佐藤さんからの忠告を受け、知華は頷いた。
「ワシもお祓いが出来るわけや無いから、そこは勘違いせんといてな。近づいてきたら分かるってだけよ。早目に逃げられるけど、それだけじゃからな」
学校でも佐藤さんはずっと知華といた。
授業中は教室内を浮遊し、移動教室にも付いてきた。トイレと更衣室の時は廊下で待ち、職員室にも入った。
佐藤さんはキョロキョロとあちこちを見回し、物珍しそうにしていた。
「いや、なんなくは覚えとるんじゃけど。やっぱり校舎は違うな。木造やないし、教室も音楽室もしっかりしとる。エアコンあるし!めっちゃ快適になったんやな」
安は学校に行っていないので、佐藤さんは学生生活を楽しんでいるようだった。
昼休み。
香西と知華はいつものように中庭でお昼ご飯を食べた。
冬になり寒さが増すと、他の生徒はこぞって教室内に居場所を求めたので、中庭はこっそり話をするにはもってこいだった。
出来るだけ風が吹けつけない場所に座ると、知華は佐藤さんとの半日を香西に教えた。
はしゃぐ姿は見ていて面白く、時々おかしなタイミングで笑っていたと思っていたが、香西からは「あれは怪しいから気をつけろ」と言われてしまった。
「那津くん、そいう時はコソッと教えてよ」
「いや、どうやって。知華と俺、席離れとるし」
「紙飛ばして教えてよ。よく森本くん達とやってるじゃん」
「投げられるわけ無いやん。何列離れとると思っとん」
二人は四列離れている。間の生徒に当たって終わるだろう。
知華は不服そうに頬を膨らませる。
「出来るだけ我慢する。耐えられん時もあるかも知れんけど。那津くん、そん時は助け舟出してな」
「時と場合による」
二人の会話を楽しそうに聞いている佐藤さんは、ニコニコしていた。
「二人はまだ出会って三カ月やろ?色々あったとはいえ、結構仲良しになったんやな」
そう言われ、知華はこの三カ月を振り返る。
確かに、その前はろくに話もしていなかった。
こんな関係性になるとは、思ってもみなかった。
「そうやね。那津くんとはまだ三カ月なんよな。そう考えると、不思議な感じ」
香西はじっと見つめられ、赤面しそうになる。
香西自身も思っていなかった。
まさかこんなにも恋い焦がれようになるとは。
そんな香西の心中はいざ知らず、知華は他の事を考えていた。
昨日の霊力の話だ。
もともと安は動画や写真などを介すると、霊が見えない。
しかし付き合いが長ければ、霊力が分かるので見えると言っていた。
「そういえば、佐藤さんは安ちゃんとどれくらい長く一緒なん?昨日、長くおるから霊力が分かるって言っとったけど」
「年月はまだ二年やけど、ずっと一緒やからな。ほとんど二十四時間。今の知華ちゃんみたいな状況なや」
それなら、相当な時間になるだろう。
「だから、霊力が分かるようになった?」
佐藤さんは頷く。
「お互いに分かるようになった。知華ちゃんは安ちゃんの霊力、分かるか?」
「えっ?」
意識して見たことがないので、よく分からなかった。
そもそも、霊力は見える物なのか。
素直にそう聞くと、
「安ちゃんが除霊する時を思い出してみ。体から光が出とるやろ?」
と言われた。
おばさん悪霊を追い払った時。
オマモリサマと対峙した時。
霊道を封じた時。
思い返せば、何となく光を纏っている気がした。
「うーん、薄っすらと光ってたような?」
「もし、また除霊を見るタイミングかあれば、よく見とき。知華ちゃんなら分かるで。人によって光り方とか強さがちゃうからな。安ちゃんの特徴も分かるかもしれん」
「分かった」
そこで会話が一区切りすると、今度は香西が佐藤さんに聞きたい事があると言ってきた。
「ずっと気になったとんじゃけど、安井に佐藤さんが付いとる理由は何なん?安井が見習いやから?でも、佐藤さんは除霊できんのやろ。だったら、なんのために傍におるん?」
言われてみれば、確かに。
何かメリットがあるのだろうか。
「それはな、危険な霊とそうでない者の区別を教えるためよ」
見習いは最初は違いが分からず、やたらと話しかけたり近づいたりしやすい。
ニコニコ笑っていても悪霊だったり、恨めしく見ていても成仏を期待していたりと、霊によって様々だ。
何百、何千体もの霊を見て、その違いを肌で覚える。
その指導役らしい。
「ある程度の見極めができるようになったら、今度は実力に見合う相手か判断できんとアカン。オマモリサマの時を思い出してみ。安ちゃんは立ち向かおうとしたけど、ワシが止めたやろ。あれは安ちゃんよりも力が上やから。あのまま突っ込んだら、間違いなく返り討ちや」
経験を積むと、どうしても慢心する時期が来る。
今度はその諌め役となる訳だ。
「普通の霊、悪霊、それ以上の存在ってランク分けをするとしたら、オマモリサマは一番上や。多分、紅野でも苦戦する」
「そんなに?」
佐藤さんは頷く。
「せやから、滅多な事ができん。慎重に調べて相手を知らんと。下手すると全滅や」
なんとも恐ろしい存在であると、知華は再確認した。
確かに、人間に与える影響はおばさん悪霊や姿を変える悪霊の比ではない。
生きている人間から魂を抜ける。
重力を操り動きを封じる。
霊道を穿てる。
どれも他の霊では見たことがない力ばかりだ。
言葉を無くした知華を見て、どんな返答があったのか香西は説明を待った。
無言で状況を噛み締める知華を、佐藤さんは静かに見る。
きっと不安しかないだろう。
まだ十代の少女だ。
安や紅野が力を尽くしているとは言っても、進展がない。
心が弱い者なら、押しつぶされてもおかしくない。
(よう前を向いて、歩けとる)
そんな知華だから、佐藤さんも力を貸したいと思っている。
死んでいる自分に出来ることは限られているが。
少し時間をおいてから、知華は今の内容全てを話した。
香西も顔色を悪くした。
やはり、相当な力を持った怪異なのだと再確認する。
霊感がない自分には、きっと出来ることはほとんど無いだろう。
それでも知華のために、何か役に立ちたい。
(出来ることをする。安井の資料調べを手伝うことも出来るはずや)
今度安に会ったら、それが可能か確認しようと香西は考えた。
なんともドヨンとした空気で、昼休みは終わった。
午後はずっと教室で授業で、佐藤さんはずっと浮遊して他の生徒を見ていた。
昼の話のせいであまり授業に集中できず、知華は指されても答えられない事があった。
(あたしも、簡単なお祓いが出来たほうがええんかな)
短時間で習得出来るのか、それとも色々な過程を経る必要があるのか。
(安ちゃんに聞いてみよ)
一日が終わり、帰宅する頃。
安から二人に連絡が入った。
『明日、そっちに行く』
知華と香西はそれぞれメッセージを確認すると、顔を見合わせて頷いた。




