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クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
53/106

佐藤さん



 和輝は一階のリビングで足をカタカタ動かしながら、落ち着かず座っていた。 

 今回の帰省は驚く事ばかりだ。

 

 妹がはっきりと自分を表に出せるようになった。

 以前よりも下を向くことなく、人の目を見て話せるようになった。

 それは良いことだ。自分の意見を言えるのは、どんな場面でも必要なのだから。

 

 しかし、男は別だ。

 香西という彼は、明らかに自分を見て動揺していた。

 きっと知華が出て来ると思ったからだろう。

 しかもポケットに何か隠した。知華に何かを渡そうとしたに違いない。

 極めつけは、知華が手を引いて二階に行ってしまった事だった。二人きりになるとは、知華はどういう事か分かっているのか。

 まだ高校生だ。

 手を繋ぐのはまだいい。

 しかしそれ以上の関係になるのはまだ早い。

  

 悶々としていると、玄関が開いた。

 両親が帰宅したらしい。

 気がつけば、あれから小一時間ほど経っていた。

 和輝はすくっと立ち上がり、両親のもとへ急ぐ。

 二人に報告しなければ。

 きっと動揺すると思ったが、二階から突然男が降りてくるほうが驚くだろう。

 そう考え、言いづらそうに口を開いた。

「父さん、実は知華を訪ねて香西とか言う男が来とるんじゃけど……」

 そう言うと、

「ああ、那津くんか」

 と返された。

 これも衝撃だった。

 知り合いな上に、名前呼び。

 親公認とは、考えてもみなかった。

「よく来るんよ。前はご飯一緒に食べたしね。那津くんのお父さん、里芋の煮付けが好きなんよ。また作ろかな、と思って」

 にこにこと母が言う。

 目眩がした。

 もう言葉が頭に入らなかった。

(自分がいない間に、こんなにも家族が変わるとは……)

 内心で頭を抱える。

 息子が固まっているのを見て、両親は少し間を置いて

「ああ、話してなかったか?」

 と言った。

「那津くんは知華の友達でな。那津くんの父親と父さんが同じ高校の先輩後輩関係なんよ」

「家もご近所よ」

 二人は嬉しそうだった。

 一人置いてけぼりを食らった和輝は思った。

 自分は思っていたよりもシスコンらしい。


 そんな話をしていると、二階から二人が降りてくる音がした。

 二人が姿を現し、リビングで話し合っている兄と両親を見つける。

 香西は「お邪魔してます」と両親に頭を下げた。

「いらっしゃい、那津くん。お茶でも飲む?」

 と母は上機嫌だ。

「いえ、もう帰るところなので。ありがとう御座います」

 丁寧に断ると、知華がズイッと和輝に近寄ってきた。

 何かと思ったら突然

「お兄ちゃん、心霊スポットとか行った?」

 と聞かれた。

「そこじゃなくても、旅行とかドライブか。兎に角、遠出をした?」

 何なんだいきなりと、和輝は一歩後退る。

「なに、急に?」

「いいから答えて」

 いきなり詰め寄る知華を見て、香西が肩を掴み制した。

「知華、そんな唐突に聞いてもびっくりするやろ?」

 知華は香西を振り返り、不服そうな顔をした。

「だって、他に何て聞くんよ?」

「いや、順序って物があるやろ」

 香西はやや呆れているようだ。

 和輝は意外にも、香西の方が論理的に話が出来そうだと思った。

 二人の言い合いを聞いていた母は

「二人で出掛ける相談?」と尋ねた。

 行き先で揉めていると思ったようだ。

 和輝はまた目眩がした。

「違うよ。ちょっと理由があって」

 話し出そうとする知華を、香西が止めた。

 知華に任せていたら、聞き出せそうに無いと思ったからだ。

「俺が話します」

 そう言うと、和輝に向き直る。

「香西那津といいます。さっきは挨拶出来ず、すいませんでした」

 頭を下げると、改めて和輝を見た。

「実は友人が最近、原付の免許を取りまして。県内は大方回ったから、県外でどこか良い所がないかと聞かれたんです。俺たちは免許持ってないので、大学生のお兄さんなら遠出をすることもあるかと思って、参考までに聞きたいなと」

 上手く話しを作ったなと、佐藤さんは横で聞いていた。

 考えていた以上に話術に長けているようだ。

 これなら、穢に惑わされた人間を説得することも出来ただろうと思った。

 


 和輝は香西を見やる。

 やましい事は無さそうだと思ったが、簡単に教えるのが癪だった。

 どう答えようか思案していると、母から

「和輝、どうなん?那津くん返事を待っとるよ?」

 と催促された。

「和輝はよく旅行に行くんか?大学生じゃし、自由な時間も多いじゃろ」

 父も参戦してきた。

(くそっ、すっかり家族の懐に入り込んでいる)

 と心の中で毒づいた。

 両親がそちら側についてるとなると、流石に分が悪い。


 観念して和輝は口を開いた。

「いや、あんまりいかんよ。先週、山には行ったけど。ちょっとしたロッジに泊まった。先輩の車で六人くらい。途中、バイト仲間も一緒なったけ、最終的には十人くらいになった」

 不本意だったが、仕方なく答えた。

「それで、そこで何かした?山の中に入ったとか、何か持ち帰ったとか、動かしたとか」

 おかしな質問だと思った。

 登山のマナーで気にしているのかと思った。

 しかし問われた和輝は、一つ気がかりな事を思い出した。

 道中、交通事故現場に遭遇したのだ。

 山道だったので前方がよく見えなかったのかも知れないが、カーブも緩やかな場所だった。

「後から有名な事故スポットって聞いた。そういえば、標識にビックリマークがあったわ。教習所で習って以来、実物初めて見たわ」

 香西と知華は顔を見合わせた。

 これだ。 

 何やら以心伝心している妹達が面白くなく、和輝は少しムッとした。

「こんなんでええんか?香西くん?」

 大人気なく、ややトゲトゲしい口調になってしまった。

「はい。ありがとうございました。そこには行かないよう、友人には言っときます」

 気にすることなく、香西は丁寧に会釈した。

 知華は香西を真剣に見ている。 

「那津くん、明日一緒に学校行こう。安ちゃんには伝えとくから」

「分かった」

 登校も一緒なのかと、和輝の心はピリついた。

 相談を終えると、二人が玄関に向かって歩き出したので、母は

「那津くん、もう帰る?」

 と見送ろうと一緒に進みだした。

 父は

「央に、年末の予定を聞いておいてもらえるか?」

 と香西に頼み事をしている。

「分かりました。知華に言付けますね」

「いや、次に来た時で構わんよ」

 和輝は(すっかり彼氏じゃないか)と見て取った。 


 佐藤さんは終始このやり取りを見ていた。

 客観的に考えて、和輝一人がこの空気感について行けていないと思った。

 一人暮らしの兄からしてみれば、急に現れた妹の彼氏候補にいい顔はできんわな、と同情した。

 気配を感じるはずも無いと分かっていたが、佐藤さんは和輝の肩をそっと叩いて慰めてやった。

 


 知華は香西を見送ると、早速二階に上がった。

 夕食の支度は母に任せる。

 部屋に戻ると、佐藤さんに向き合い話し出した。

「やっぱり、交通事故現場から連れてきたんかな?」

「十中八九、そうやろうな。なんで兄ちゃんに付いて移動してきたんかは、分からんけど」

 悪霊の目的は様々だが、移動してきたという事は、より沢山の力を得ようとしているのだろう。

 そして自分の糧にする。

 下僕が増えれば、より効率的に力が手に入る。

「ここいらで除霊しとかんと、もっと被害が増えるで。このまま街に居座られたら、急激に力を増すかもしれん。早いとこ手を打ったほうが良さそうや」

 佐藤さんは真剣に考えている。

 

 知華は下僕にされた霊たちの事が気に掛かった。

 否応なく従わされ、使われる。

 そのボス悪霊が除霊された場合、霊たちも一緒に除霊されてしまうのだろうか。

 その末路は、あまりにも哀れな気がした。

 質問してみると、佐藤さんはうーんと考える。

「ボスが消えると同時に、成仏したがっとる霊は天に帰るやろうな。従わされとる霊は、操り人形と一緒や。自分の意志はない。糸が切れたら自由になって、行きたい所に行くと思うで」

 それを聞いて、少し安心した。

 解き放たれるなら、良かった。

「安ちゃんにとっての危険性はどれくらいなん?姿を変えるんやろ?除霊される時、安ちゃんが躊躇する姿になるって事もあるんよな?」

「勿論な。安ちゃんもそれはお見通しやから、大丈夫よ。動揺したり、心を揺さぶられんよう、精神的にも紅野に鍛えられとるから」

 一瞬、紅野の名前がピンと来なかった。

 それを表情から読み取り、佐藤さんは「安ちゃんのお師匠のことや」と訂正した。

「けっこう厳しい修行をさせられとるからな、安ちゃん。紅野も高齢やから、そろそろ現場に出るのは引退なんよ。今は安ちゃんに付き合って県外にも行っとるけど、安ちゃんが独り立ちしたら本格的に身を引くつもりじゃからな。実質、安ちゃんが最後の弟子っちゅーわけや」

 口ぶりからして紅野とは親しいのだろうと思えた。

 


 思えば、知華は佐藤さんの事をあまり知らない。

 今まで当然のように一緒に過ごして来たが、いつから安についているのだろう。

 なぜ霊媒師と一緒にいるのか。

 自分から選んでこの世に残ったのだろうか。

 ここまで会話ができる霊を、知華は他に知らない。

 何か特別な人だったのだろうか。

「佐藤さん、お師匠さんと長い付き合いなん?」

「そうやね。紅野のお師匠も知っとるよ」

「そうなん?」

 思った以上に長かった。

 紅野の師ということは、どれくらい昔なのだろう。

「佐藤さんって、どれくらい幽霊しとるん?」

 その言い方に、苦笑いした。

「別に好きでなったわけやないけど。人間皆、いつか命は尽きるからな。ワシは生きとった頃と同じくらい幽霊しとる。多分、五十年くらいかな?」

「疑問形なん?」

「死ぬと、生前の記憶が薄れるんよ。あんまし覚えとらん。最初に会った時、安ちゃんがワシに奥さんおるって言ったやろ?あれも多分、なんよ。紅野がワシを霊視して、死因や家族の事を教えくれたけどな。ワシ自身はピンときてないんよ」

「……そうなん」

 それはとても切ない事のように思えた。

 家族や友人、大切だった人たちとの思い出も、何も覚えていないのはあまりにも淋しい。

「死んでからの事の方が覚えとる。紅野と会ったのは、まだあれが修行しよった頃じゃけ」

「霊媒師についてるのは、その頃から?」

「まぁ、そうやな。付とるというか、知り合いについて行ったらまたまたこうなっただけなんよ。成り行きじゃ」

 成り行きで、生前の記憶もなく五十年以上を過ごす。

 先も果ても見えない中過ごす方が、よっぽど大変に思えた。

「……終わりがないって、しんどくないん?」

「そりゃ、しんどくなる。もう死んどるから、これの終わらせ方も分からん。ワシは紅野や安ちゃんに頼めば除霊してもらえるけどな。他の霊はどうするんか、知らん」


 死者がこの世に残るとしたら、何ためなのか。

 どうすれば、終わりを迎えられるのか。

 知華が暗い表情になったので、佐藤さんは寄り添う様に隣に移動した。

「ワシは好きでここにいる。じゃから、そんな顔せんでや。生きとった頃の好きな物とか、頑張った事は覚えとるよ。悔しかった事も、やり残した事もな。きっと次の人生があるなら、それを糧にしてやれっちゅー事なんやと思うで」

 知華ににこりと微笑みかける。

「死んだ者に心を残し過ぎたら、おえんよ。弔ってくれるのも、忘れんでいてくれるのも嬉しい。でも、それに囚われて生きとる者が前に進めんくなるのは嫌なんよ。せっかくある命なんやから、精一杯、好きな事しや。沢山泣いて、笑って、楽しみ。挫けそうでも折れそうになっても、諦めたらあかん。生きとるんやから、きっと挽回出来る。自分から投げ出して、生きることをやめたらいけんで」

 佐藤さんの言葉は、知華の心に沁み入った。

 すでに命をなくした佐藤さんだからの説得力があった。

 知華は今の気持ちを忘れないよう、心に刻むように深く頷いた。




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