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クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
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 土曜日、知華は奈海と久々に映画館に来ていた。

 以前佐藤さんが観たと言っていた映画を奈海が見たいというので、一緒に観に来たのだ。

 本当は香西も誘ったのだが、家の用事があると断られたので、女子二人での外出となった。

 映画は佐藤さんの感想をあの時聞いていたので、少し内容が分かってしまったが、知華も十分楽しめた。

 奈海は映画の主演俳優のファンで、観終わった後は感想をしばらく話して止まらなかった。

 きっと全国模試が終わった反動もあるのだろう。


 季節はいよいよ十二月になったので、ショッピングモールはクリスマス一色だった。

 知華の家にもツリーはあるが、祖母の介護で忙しく、久しくほこりを被ったままだった。

(たまには出そうかな)

 と各店舗の前に飾られたツリーを見て考えていると、奈海は本屋で参考書を買いたいと言い出した。

 そこに足を向けながら、知華は安達と電車内で将来の話しをした事を思い出す。霊道騒ぎやら土地神の一件があったので、皆で県北に行っのが随分と昔に感じられた。

 あれから時間が経ったが、今だに知華は何も浮かばない。

(奈海はどうなんかな。そういえば、一回も聞いたことない)

 書店へ到着すると、見知った足取りでスイスイとお目当ての棚へ行き参考書を探している奈海に、知華は尋ねた。

「奈海って、将来の夢とか決まっとん?」

 塾に行っているのやはり志望校が決まっているからだろうか。

 奈海は参考書を探す手を止めて、教えてくれた。

「一応、薬剤師かな。調剤とか興味あるんよね。細かな作業って嫌いじゃないし、新薬のニュースあったら見ちゃう。具体的に病院か、地域の薬局かって言うのは分からんけど、今はそれが一番興味あるかな」

 即答できることに感心した。

 やはり塾に頑張って通っているだけあり、ちゃんと目標があるのだ。

「やっぱり、行きたい大学も決まっとるんじゃ。凄いなぁ」

 普段話さない内容に、奈海は知華を振り返る。

「どしたん、急に」

「いや、前に香西くんと将来の話をしてさ。香西くんもなりたいものがあるらしくって。憧れる仕事とか興味あるものって、あたしは無いなって思ったんよ」

「ああ、なる程」

 奈海は一冊の本を棚から取り出すと、レジに向かいながら考えた。

「人それぞれじゃし、今決めんでもええとは思うけど。来年受験やもんね。そりゃ考えるわな。ちなみに香西くんは何になりたいん?」

「はっきりと言ってなくってさ。憧れというか、カッコいいと思ってる仕事があるみたい」

「ふーん。カッコいいも憧れに入ると思うけどな」

 会計を済ませ本屋を出ると、珈琲屋に入った。

 休日の午後なので長い行列ができ、店の外まで伸びている。

 二人は最後尾に並び、会話の続きをする。

「知華の両親って、医療事務と造船業だっけ」

「うん」

 母がクリニックの医療事務で働き、父は造船をしていた。

「その仕事はいまいちピンこなくてさ。昔、両親の仕事を調べるって宿題あったけど、興味は沸かんかったな」

 確か中学一年の最期。

 職業体験の前だった。

 身近な人の仕事から調べた時の話だ。

「あたしも、両親の仕事には興味無かったな。姉もパティシエで全然違う仕事しとるし」

 そう言うと、奈海はしばし考えると口を開いた。

「身近な仕事といえば、知華は介護士さんとかナースとか近くで見てるじゃん。ああいう仕事には興味無いん?」

 言われて思い出す。

 両方の仕事を見たが、薬や病気を扱う看護師の方が興味はあったかもしれない。

 病気と薬、体調の関連を知ってケアを考えるのは凄いと思ったし、医療知識はあって困るものではない。

 むしろ、知らなくて困る方が多いだろう。

 今後、自分の穢のせいで香西や安が怪我をするかもしれない。そういった時、手当が出来ればいいと思った。

「看護師になら、興味あるかも」

「ああ、知華に合っとるかもね。なんかイメージわくもん」

 メニュー表を店員から渡される。

 奈海はそれを受け取り、どれにしようか決めると知華に渡した。

「知華って血とか平気じゃん?前に医療系のドラマ観てたし、おばあさんの介護で排泄系の事もやっとったし」

 確かに、どちらもそこまで苦痛に感じなかった。

「そっち方面でオープンキャンパスとか行ってみたら?冬休みにもあるしさ」

 具体的な目標が、漠然とだが決まった。

「うん、そうしてみる」


 珈琲とフラペチーノを注文し、奈海とゆっくりテーブル席でくつろいでいると、スマホが鳴った。

 

 珍しく、兄からだった。

『今日、帰る。夕食はそっちで食べるから』

 いつも唐突な兄だったが、休日に帰って来るのは珍しい。

「誰から?」

 知華がじっとスマホを見ているので、奈海は訝しんだ。

「お兄ちゃん。今日帰ってくるって」

「へー。お葬式以来?」

 知華は頷く。

 それにしても、時期が中途半端だ。十二月上旬の帰省とは。これまでは連休が多かったので意外な気がした。

 大学の年間スケジュールが分からないが、そう言うものなのだろうか。

「大学って、もう冬休み?」

 知華は奈海に問うが、首を傾げれた。

「大体、高校と同じじゃないん?専攻によって違うかも知れんけど」

 兄は知華と三つ違いで、隣の県の大学で経済学を専攻していた。

 中学の頃に家を出て以降、あまり顔を合わせていない。

 葬儀の時もほとんど話さなかった。元々父親に似て話好きではないが、妹の知華の世話は焼きだがる人だった。

 一人暮らしを始めてからは年に数回も帰ってこないので、普段の生活はおろか、大学の話はほとんど聞いたことがない。

「知華が両親と和解したの、知っとん?」

「あたしは言ってない」

 秘密にしてはいないが、まだ話していなかった。わざわざ電話で報告するほど、こまめに連絡も取り合っていない。

「じゃ、今日はその話じゃね」

 知華は温かくほろ苦い珈琲を飲む。

 苦みがじわっと口腔内に広がった。 

 兄と話すのは、両親と話す事とまた別の緊張があった。

 仲が悪いわけではなかったが、思春期に入ってからあまり話すとこもなく、そのまま別居になったので機会も減った。 

 しかし、幸いにも今日は両親がいる。

 兄妹二人きりになる事はないだろう。

 そう思うと気持ちがほぐれ、どこから兄に話そうかと考えながら、残りの珈琲を飲んだ。


 

 夕方に帰宅すると、兄はまだ帰っていなかった。

 母は張り切って夕食を作っており、ご機嫌だった。

「おかえり」

 父に言われ、ただいまと返す。

「お兄ちゃん、何時に帰ってくるん?」

「さぁ。時間までは連絡なかったぞ」

 いつも通り新聞を読んでいる父が、知華を見て答えた。

 とりあえず荷物を置くために二階へ上がる。

 コートを脱ぎ鞄の中身を出していると、一階で「ただいま」と聞こえた。

 兄の声だ。


 片付けを終えてリビングに戻ると、兄が上着を脱いでいる所だった。

 兄は知華に気が付き、

「三ヶ月ぶり」

 とだけ言った。

 口数が少ない所は父とそっくりだと思う。

「和輝、今回はどれくらいこっちにいれるん?」

 母がご飯をつぎながら聞いた。

「一週間位」

「けっこう長いんね」

「年末年始にバイトしたいから、ここで帰って来たんよ」

「そんなにお金必要?」

 訝しむ母は、食事の準備を続けながら表情を曇らせた。

 話を聞きながら、知華はおかずを運ぶ。

 傍にあった急須から、兄はお茶を注いでいた。

「学費じゃなくて、研修費。来年の夏、大学で有志の人が参加できる海外研修があってさ。それに参加したいんよ。自分で稼ぎたいからさ」

「ほー、どこの国にいくんなら?」

「選べるけど、俺はアメリカ」

 何とも行動力のある兄だと、知華は思う。

 こういう所は自分と大違いだと実感する。

 有言実行は昔からなので、きっと行ってしまうのだろうと思った。

 

 暫く海外研修の話で盛り上がる。父とアメリカの経済について小難しい話をしていたので、知華はほとんど理解できず右から左へ聞き流していた。

 それがいけなかったのだろう。急に兄から頭を小突かれた。

「聞いとるんの、知華」

 小突かれた所を撫でながら、何?と返すと、呆れた顔で迎えされた。

「来年高三じゃろ。受験どうするん?もう志望校は絞り込んどんか?」

 たま小言が始まったと思った。

 小学生の頃から母よりも五月蝿かった兄だ。

 受験となれば必ず口を出してくるだろうと思っていた。

 タイミングよく、今日奈海に相談しておいて良かったと知華は胸を撫で下ろした。この兄のことだ。何も答えられなかったら、また長々とお説教が始まるだろう。

「なんとなく、看護師かなって思っとる」

 この返事には両親も驚いたようで、「そうなん?」と聞かれた。

 無理もない。考えたのは今日の午後なのだから。

「今日奈海と映画見た後、またまたそんな話をしてな。何となく、興味があるなって。おばあちゃんの介護しとる時、病気と薬と体調を考えて、沢山アドバイスしてくれたんよ。ああいう風に仕事できたら凄いなって思った」

 そう言うと、兄は箸を止めてポカンとした。

 そんなに変なことを言っただろうかと、知華も兄を見た。

「知華、めっちゃ喋るな」

(そこ?)

 と心の中で突っ込んだが、顔には出さないようにした。

「三カ月見ん間に、何があったん?前はそこまで自分の意見言ったりせんかったやん」

(そう思うのも当然か…)

 知華自身も思っている。

 最近、自分の意見や考えを言葉にしていると。

 

 オマモリサマに出会って以降、香西や安、佐藤さんと色々な事があった。

 皆自分の考えや気持ちがあって、それを言葉にしているのを見てきた。

 何より、両親と腹を割った話をしたからだと思う。

 口に出さないと分からないし、伝わらない。

 だから、どんなに小さな事でもちゃんと伝えようと思うようになった。

 

「言わんと分からんし、伝わらんから。今更じゃけど、そう気付いたんよ。じゃけ、ちゃんと言うよ」

 目を逸らさない知華に、兄は思わず見入った。

 両親は小さくほほ笑んでいる。

「あたし、なりたい職業とか憧れとる仕事ってなかった。でも四年間おばあちゃんを看て、やってきた。血も平気じゃし、病気の事知っとって損はないじゃろ?役に立つことばっかりじゃん。あたしにも出来るかなって初めて思えたけ」

 兄は暫く呆然としていたが、目を丸くしながらも

「そうか」

 と妹を見た。

「知華はナースになりたいんね。オープンキャンパスには行ったん?」

 母が知華に尋ねた。

「まだ。冬休みにあるってき聞いたかけ、これから調べようかなって思っとる。奈海は薬剤師目指すんだって。二人とも夢かなったら、一緒に病院とかで働けるとええな、って思った」

「そうやね」

 母娘で楽しげに話しているので、さらに兄の目が見開かれた。

 こんなにも仲良く話しているのを見たことがなかったからだ。

「知華、変わったろ」

 父がおかずをつつきながら兄に言った。

「この間、三人で色々と話してな。知華が介護をしとった時の気持ちを、初めて話してくれた。沢山泣かしてしもうたけど、いい話が出来たと思っとる」

 満足気にしている父を見て、兄は「……そうなんや」と呟いた。

 思ってもいない変化に戸惑いつつも、何だか心の中の蟠りがほどけた気がした。




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