決めたこと
片山はそのまま帰路につき、知華達は三人でお昼ご飯を食べに行った。
近くのファミレスに入り、それぞれが注文を終えると、香西が早速本日の真相を聞きたがった。
「今日のお祓い、どうやったん?もう土地神は歩き回ったりせんのんか?」
安は水を飲んで渇きを癒すと、話し始めた。
「うん、もう大丈夫。片山さんがしっかりと穢を祓ってくれた。家の中はあたしが知華の時みたいに、お祓いセットを設置したし」
穢の原因によってお祓いセットの内容が違うらしい。知華の時とは少し異なると教えてくれた。
「結局、山本家の穢の原因はなんやったん?」
守護する土地が穢たので、土地神が変わりにそれを吸収している、ということだった。
では、そもそも土地の穢とは何だったのか。
「オマモリサマが穿った霊道の影響があったんよ」
二人は動揺した。まだあの一件が関係あるのかと驚く。
二人の表情を見て、安は慌てて訂正した。
「もちろん、今は霊道はないで!あの騒ぎがきっかけって事」
ほっとして胸を撫で下ろす。そういう意味か。
改めて安が説明した。
「霊道騒ぎは大体一ヶ月位い前やろ?山本家の影が見え始めたのもその時期で、合致する。霊道閉じるまでに一週間は掛かったけ、その間に穢を吸収したんじゃろ。お陰でっていうのも変やけど、他の家や人に影響が無かったんよ。あれだけの大きさの霊道だったら、家の中に小さい霊道出来て変な音聞いたり、姿を見たり、霊の目撃が増えたりもする。じゃけどそんな被害も報告も無かった。土地神がこの辺りを守ってくれたんよ」
身代わりになってくれた、という事らしい。
しかし土地神は自身の穢により苦しみ、祓うこともできず今回の結果になった。
自己を顧みないその結果に、二人は言葉を無くした。
「身代りになってくれたんじゃ。土地神って大事なんじゃな。感謝せなね」
しみじみと言うと、佐藤さんは続ける。
「そう思うなら、ちゃんと神棚にお供えとお祈りせんとな。与えてもらう側の役割って事や」
氏神様は地域の守り神。
明日から神棚に日々の感謝をしようと思えた。
真面目な話が終わると、ちょうど食事が運ばれてきた。
そこからは、食事をしながら他愛もない話をした。
学校の事、安の出張先での出来事、佐藤さんの失敗談、知華の家族の話。
途中から佐藤さんも話題に入り、お祓い中に面白い番組を見たこと、こっそり行った映画館の話、久々に目が合い会話出来た人間がいた事などを教えてくれた。
映画館に行った事は安も知らなかった様で、驚いていた。しかも最近の話題作だったので、感想を事細かく聞かれていた。
またスマホの顔認証は怖いとも言っていた。
「最初は認知されてなかったのに、急に認証枠が出てくるんやで!えっ、バレとる!?ってドキッとするやろ?」
とAIとメカニックの技術力の高さに本気で怯えていた。
三人は幽霊側が怖がるのかと吹き出したが、佐藤さんは至って本気だった。
楽しく食事を済ませた後、安は約束通り知華にブレスレットを渡すと言い、羽原家に寄った。
もちろん、香西も付いてきた。
両親は家で寛いていたが、ふたりとは数回顔を合わせた事があるので、簡単な挨拶をしてから二階に上がった。
「はい、これ」
神社の紙袋に納められたブレスレットを渡される。
今までつけていた二本とは異なり、天然石の大きさが違う。以前画面越しで見た時よりも、黒は漆黒に近かった。
「ありがとう」
知華はまじまじと見て、今つけている物と交換してみた。
黒と茶色、白の組み合わせで、落ち着いた色合いだった。
「色味が変わったね」
「浄化とか穢を祓うことに重点を置いた組み合わせなんよ。今のブレスレットを浄化しとる時の、交換用があったほうがええから」
うんと頷く。
気に入ったのか、角度を変えて魅入っている。
「あれからブレスレットの濁りはどう?」
一番始めに貰ったブレスレットの事だ。
「少しずつ濁りが濃くなって、今は白っぽくなった。教えてもらった浄化方法を試したけど、白っぽさは変わらんかったわ」
「そっか。一度濁ってしもうたから、効果が少ないんやろな。全体的に石が白くなったら教えて。石の限界やから、お祓いして処分せんと」
「分かった」
二人のやり取りを見ていた香西は、知華の穢の原因について進展があったのか聞いてみた。
安は首を振った。
表情が強張っている。
「お師匠からも手がかりは聞いてない。あたしは下宿先の書庫を探してみようと思っとる。お師匠のさらにお師匠が書き留めた物でな。古い時代の記録が多いから、何か見つけられるかもしれん」
安が仕事の合間にも調べてくれていると分かり、知華は心配になった。
以前より痩せた事も気にかかる。
「安ちゃん、調べてくれるのは嬉しいんじゃけど、ちゃんとご飯食べとる?また痩せたよな?」
不安そうな目線を向けられ、安は自身の母親を思い出した。
最近帰省したので、同じ事を言われたのだ。
そんなにも体重は変わっていなと思ったが、周りから見れば変化が大きようだと反省する。
「大丈夫。ちゃんと食べとるよ。でも睡眠時間が少なかったから、気をつけるわ」
相手を心配させない。不安にさせない。
霊道封鎖の一件以来、霊媒師を続ける上で心掛けようと誓った事だ。
(もっと健康管理をしっかりせんと。体重にも気をつけよ)
安は心の中で決めた。
その後、少し話が逸れて雑談していると、あっという間に夜になった。
休日に長居するのも家族団欒の邪魔になるので、香西と安は帰り支度をし階段を降りた。
帰り際、香西はリビングに寄り、知華の母に紙袋を差し出した。
以前貰ったおかずのタッパーだった。
「これ、お返しします。美味しかったってオヤジも喜んでました」
香西がそう言うと、
「お粗末様でした。那津くん、またご飯食べにおいでな」
「那津くん、央にもよろしくな」
と笑顔で見送られた。
それを見た佐藤さんは、
「やるなぁ、香兄ちゃん!外堀から埋めにかかっとるやん!」
と喜んだ。
安は小声で
「あんた、いつの間に知華の両親から下の名前で呼ばれる仲になったん?」
と驚いている。
「オヤジ同士が先輩後輩関係なんよ」
と説明した。
そこに、あとから来た知華が「何コソコソ話しとん?」と二人を訝しんだ。
「大したことないで。この間のおかずのお礼を言っただけ」と返した。
知華は納得し、そのまま玄関まで二人を見送った。
羽原家を後にすると、安と香西は分かれ道まで一緒に歩いた。
安は先程の様子から、香西が知華の一家と親密になっいる事を見て取った。
しかし二人の仲が接近していないことも分かった。
知華からは何も聞いていないし、香西への態度も変わらない。
香西は自覚がないのかもしれないが、知華への態度は傍から見ると分かりやすい。
しかしそれを表に出さず、影から見守ろうとする姿はいじらいく思えた。
安は煮えきらない思いでウズウズしたので、思い切って聞いてみた。
「知華の家族と一緒に食事したん?さっき知華のお母さんが言っとったけど」
「まぁ、成り行きでな。一回だけじゃ」
あっさりと返す顔を見て、安はさらに踏み込んだ質問を続けた。
二人きりになる事がないので、これがチャンスだと思った。
「那津は知華が好きなんじゃろ?」
香西は足を止める。
「気持ちを伝えんのん?」
無言だった。
珍しく慌てた様子も反撃もない。
「傍から見とって、やきもきするんよ。明らかに気持があるのに、静かに見守っとる感じが分かって。自分でも気づいとるんやろ?」
香西は安を見た。
少しの間の後、
「気づいとる。俺は知華が好きや。でも、今は伝えん」
と答えた。
悩んでいるのではない、落ち着いた静かな顔だった。
「今は知華の穢を何とかしたい。知華が一番そう思っとるはずじゃ。安井も安井のお師匠も、必死に調べてくれとる。そんな時に俺一人の気持ちで横やりを入れとうない。知華の迷惑になるのは嫌じゃし、状況が落ち着くのを待とうと思っとる。俺が勝手にそう決めた」
言い切る香西は迷いがなかった。
きっと葛藤して出した結論なのだろうと思えた。
(那津は決めたことは曲げんやろうな)
安は香西の性格をそれなり理解しているつもりだ。
だから、目を見れば分かる。
「那津が決めたことなら、ええよ。分かった。友人として見守るわ。ただし、あんまりため込み過ぎんでな。気持ちは伝えられる時に言わんと、永遠に機会を逃す事になるで」
安の意味深な助言に、香西は素直を頷いた。
「分かっとる。そこは理解しとる」
「なら、ええわ」
二人は会話を終えると、黙って分かれ道まで歩いた。




