土地神
知華達が山本家に行って五日後の朝。
安と片山がお祓いにやって来た。
お祓いは午前中から始めるのが通例らしく、二人は朝九時に山本家に入った。
穢が家の中に影響を及ぼしているので、子供の陽咲が被害を被る《こうむる》かもしれない。
クロガネと共に家の外で待機するよう、知華と香西は事前に指示されていた。
霊媒師が来るのを楽しみにしていた陽咲は、かなりご機嫌斜めになった。
「大好きなドーナツ屋に行っていいから。香兄ちゃんと知華姉ちゃんも一緒だよ」
と母親に説得され、何とか外に連れ出すことに成功した。
さらに知華と香西に幾ばくかの現金を手間渡し、
「この前迷惑かけたお詫びに、好き物を食べてきてな」
と陽咲を二人に預けた。
そんなわけで、三人と一匹はドーナツ屋へと向けて歩いていた。
お祓いが終わる頃に安から連絡が入る予定だ。
陽咲は知華と香西の間に入り手を繋ぎ、なぜか香西がクロガネのリードを持っていた。
ドーナツ屋は徒歩で行くと二十分はかかる。
奈海が通う塾の近くで、休日にはいつも行列ができ混雑する店だった。
そこで早目に出発し、開店するまで近くの公園で遊ぶ事になった。
陽咲は二人と遊べると知ると途端に上機嫌になった。
今も二人の間で「ブラブラして〜」とおねだりしている。
「ブラブラって何?」
知華が聞くと、
「このままぐいーんって、持ち上げるやつ!」
と言われた。
よく親子がしている、両親の間で子供を持ち上げる『あれ』かと二人は理解して、リクエスト通りにやってみた。
(うっ……重い)
二人とも顔が引きつった。
流石に小学三年生は重く、二人とも手がプルプルした。
陽咲はキャッキャとはしゃぎ、何度もリクエストを繰り返した。
しかも「もっと高く」、「今度は左右にブラブラ」なども加わり、高校生にして親の大変さを知ったのだった。
お陰で公園に着く頃には、二人とも
(明日は筋肉痛確定だ……)
と上がらなくなった腕を擦った。
公園に着くやいやな、元気一杯の陽咲はブランコに駆けていった。
楽しそうに漕ぐ姿を見ながら、すでに疲れ切った二人はベンチに座り休憩することにした。
クロガネはベンチの手すりにリードを固定する。
すると、やれやれと言う風に伏せ、昼寝を始めてしまった。
「子供って重いな」
香西はダルくなった右腕を揉みながら言った。
「小さい子供じゃなかったん?」
知華は左手を擦り、ニヤッとして言った。
「小さい、は身長のことじゃ。小学生にあのブラブラやるのはキツイで」
両親にねだっても普段やってくれないので、陽咲はリクエストしたのだろう。
その気持はよく分かる。
「まぁ陽咲の機嫌直ったし、よかったけどな」
元気にはしゃぐ陽咲を見守りながら、香西は公園を見渡した。
休日だけあって、親子連ればかりだ。
ベビーカーを押す人、三歳位の息子と砂遊びをする父、滑り台の横で我が子の背中を支える母親、自転車の練習をしている父娘。
香西は高校生には場違いな気がした。
そしてそんな場所に知華と一緒に座っている事にうろたえた。
流石に陽咲と親子には見られないだろが、意識すると鼓動が速くなり、変に緊張した。
横目でこっそり知華を見ると、平然としている。
動揺しているのが自分だけと分かり、どこか気落ちしている自分がいた。
香西も薄々気づき始めていた。
知華への特別な想いに。
知華を見ていると気持ちが和む。
一緒にいたいと思うし、別れ際には離れがたいと感じる。
取り留めのないメッセージのやり取りだけで、心が躍る。
知華との普段の些細なやり取りで、一喜一憂している自分がいた。
でも、それが楽しく嬉しい。
今でも隣に座っているだけで思ってしまう。
触れたいと。
こんな感情は今まで抱いことがなかった。
それに反して、知華は表情が変わりにくい。
自分ほど動揺する事があるのだろうかと考える。
よもや他に親しい男子がいるとは思えず(思いたくなく)、他の男にはないポジションいると自負はしている。
しかしそれだけだ。
奈海からも散々意味深な質問をされた。
森本や風早からも進展があったか、と聞かれる。
安からもたまに誂われる。
どれも香西が反応しているだけで、知華は顔色一つ変えない。
やはり男として意識されていないから、だろうか。
(いや、穢の事を思えば恋だの言ってる場合や無いんやろうな)
安も言っていた。
穢が濃すぎると植物人間のようになってしまうと。
そんな不安と戦っているうちは、余裕がないのかもしれない。
(俺が知華の立場やったら、きっとそうや)
不安がないはずが無い。
告白しても、受け入れて貰える訳が無い。
知華の状況に区切りがつかなくては、そんな気持ちになれないと思えた。
一人思い悩む香西は、気持ちを切り替える。
今は安が必死に除霊中だ。
恋だの告白だの言っていては叱られそうだと思った。
腕をまだ擦っている知華を見て話かける。
「お互い、明日には筋肉痛になっとるな」
「絶対にそう。今も腕がだるいもん」
「風呂でマッサージしたら少し良くなるで」
「じゃぁ、やってみる」
差し障りない話をした。
すると、知華は周りを見回して、急に心配そうな顔をする。
「ここ、小さい子供連ればっかりやね」
確かに小学校に入る前の年代の子供が多い。
陽咲はその中だと身長も体格もあるので、何処にいるカすぐに分かった。
「ボールとか縄跳びとか、持ってくれば良かったんかな?滑り台もあるけど、小さい子が遊んどるし。木登りは違うだろうし、鬼ごっこ?小三って鬼ごっこするかな?」
陽咲の肩身が狭いのではないかと、知華は心配したようだ。
小学生が遊びそうな事を考え列挙するが、どれもピンと来ないらしい。
年下と遊んだことがないので、どう接すればいいか分からないのだろう。
頑張って考えている姿に微笑み、香西は
「陽咲がやりたいって言ったことを一緒にすればええと思うで。したいことははっきりと言う子じゃから」
と日頃の付き合いを思い出して言った。
「香西くん、お父さんみたいじゃな」
と言われる。
「いや、そこはお兄さんじゃろ」
そう言われ、それもそうかと知華が笑う。
こんな些細なやり取りでさえ楽しかった。
陽咲は公園を満喫した。
小学校に入学して以降ここへは来ていなかったようで、保育園時代を思い出し、楽しんでいた。
流石に同級生はおらず、年下の中に混ざるには気が引けた。
かと言って遊具を独占するわけにもいかず、高い鉄棒やジップラインなど、小さな子があまり使っていない遊具で遊んだ。
一時間半もすると喉が渇き、「お茶欲しい」と香西にねだった。
その頃にはドーナツ屋が開店していたので、店に行くことになった。
知華も香西も、ここに入るのは初めてだ。
常連の陽咲からオススメを聞き、三人で外のベンチでドリンクとドーナツを食べた。
クロガネの水も忘れずに準備する。
陽咲は両親がいないので、いつもより一個多くドーナツを食べることができ、ご満悦だった。
「絶対にお母さんには言わんでよ!」
と二人に釘を差し、「三人の秘密ね」と指切りをさせた。
食べ終わる頃には行列がずらりと長くなっていたので、席を空けるため移動する事にした。
クロガネの散歩も兼ねているので、今度は住宅街へ向けて歩き出す。
この日も秋晴れで、ススキ野原が綺麗に見える道を歩いた。
クロガネのいつもの散歩コースを教えてもらい、知華が知らない道も案内された。
香西は裏道や細道に詳しく、ここを抜けるとあの道に出る、こっちはあの店への近道だなど教えてくれ、道中は楽しかった。
そんな事をしていると探検は長くなり、気がつけば十四時になろうとしていた。
そろそろ終わらないかなと、陽咲が空腹を訴えだした頃、やっと安から連絡が来た。
三人は家路に付き、帰宅する頃には歩き疲れた陽咲が香西の背中でウトウトしていた。
それを見た母親はごめんねと娘を預かり、二人に娘を世話してくれたお礼を言った。
「ほんまにありがとう。お陰で家も無事にお祓いしてもらえたわ。なんもかんもお世話になって。これ、良かったら使ってな」
そう言って差し出されたのは、市内の水族館のペアチケットだった。
「職場で貰ったんよ。そろそろクリスマスの飾り付けがされるから、楽しめると思うわ」
香西にチケットを渡す時、小声で
「頑張って誘うんよ」
と言われた。
香西は受け取りながら、
(そんなにも俺は分かりやすいんかな)
と不安になった。
知華にだけ伝わっていないなら、それもどうなのだろうと感じだ。
そんなやり取りをしていると、陽咲が目を覚ました。
知華達が帰り支度を終えた様子を見て、自宅を振り返る。
何か見えたのか悟ったのか、にっこりした。
全て終わったと分かったようだ。
そして皆もう帰るタイミングと知り、全員に手を振って「ありがとう」と満面の笑みでお礼を言った。
ほっこりした気持ちで山本家を後にしようと背中を向けたると、陽咲が言った。
「知華姉ちゃんの影とも、お話できるといいね」
全員がその意味が分からず、きょとんとした。
知華の影を見るが、何の変哲もないようだった。
何やらもやっとしたが、やるべき事は終わったので、挨拶をして帰った。




