表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
45/49

羽原家



 外はすっかり日が落ちて、街灯が光っていた。

 結局、三時間あまり山本家にいた。

 今日は少し様子を見ようと考えていた程度だったが、思いもよらず長時間の作業になってしまった。


 羽原家では夕食の準備が始まっていた。

 知華がただいまと声をかけるのと同じタイミングで、香西は「夜分に突然すいません」と台所に顔を出した。

 母は驚いていが、思いもよらぬお客に嫌な顔はせず、

「あら、香西くん、だっけ?知華を送ってきてくれたん?」

 と上機嫌だった。

「それもあるんですが、ちょっと用事が出来まして。お邪魔させてもらいます」

 ペコリと頭を下げる。

 知華は

「あたしの部屋で電話せんとおえんから、上行くな」

 と言うと、部屋へ香西を連れて行った。


 自室に入ると、早速電話を掛けた。

 香西の充電は切れる寸前なので、知華のスマホから掛ける。

 ワンコールも待たず、安が電話に出た。

『知華のスマホから掛けてきたんか?』

 開口一番、機嫌が悪かった。

「香西くんのスマホ、充電切れそうでさ。あたしので掛けることにしたんよ」

 知華が事情を説明する。

 そしてカメラに切り替え、二人揃ってスマホの前で正座した。

「今日は迷惑かけてすいませんでした」

 揃っての謝罪に、安は不貞腐れていた。

『ホンマよ。いきなり掛けてきたと思ったら、仕事依頼とか!しかも依頼人の前で!めちゃくちゃ焦ったじゃん!!』

 怒っている所、佐藤さんが割り込んできた。

『いや〜、びっくりしたけど見事な説明をしたんじゃな、香西の兄ちゃん』

 佐藤さんの顔がアップになった。

 香西の目には、安が不自然に体を傾けて窮屈そうしている様に映った。

『あの依頼人、結構不信感もっとったじゃろ。電話開始した時の顔と言ったら。親の敵!ってくらい酷かったで』


 確かに、今まで知華が見たことがない形相で香西と話をしていた。

「ホンマに。凄い迫力で、あたし一言も喋れんかったもん。笑っとった顔が凄い形相になったりして。でも香西くんが上手く説得してくれてな。あれが無かったら、もっと酷い事になっとったよ」

『そりゃそうよ。あのお母さん、穢に当たられとったもん』

「えっ?」

 知華と香西、二人とも同時に驚いた声が出た。


 安が説明してくれる。

『穢がすでに住人に影響及ぼしとる。顔が普通じゃなかったし、雰囲気も目つきも異様に禍々しかった。画面越しでも、それくらいは分かるよ』

 あの異様に感情が昂った言動や、娘を気遣っていない様子は穢の影響なのかと、恐ろしさを覚えた。

『電話を繋ぐまでの話し合いで、殺伐とした空気になったやろ?』

 言われた香西は頷いた。

「めっちゃなった。普段はあんなにキツイ口調じゃないし、陽咲の意見にも同調しとったはずやのに、影の話を始めた途端、表情変わってな。気のせいやったとか、あんたらに関係ないとか、真逆のこと言い出したんよ」 

『それは穢で気が狂わされたからよ。祓われるのを感じて、それが出来る状況から遠ざけようとしたんじゃろ』

 そこまで言うと、安は不機嫌な表情から心配顔になった。

『結構危なかったで。もっと穢に入られとったら、包丁で脅されとったかもしれん』

 そんな状況だったとは。

 二人とも今更ながらに、無謀な事をしていたと分かり背筋が冷えた。


 青い顔になったので、やっと事の重大さが理解できたかと、安は深くため息をついた。

『これで分かったやろ?怪異に無闇に近づかん方がええって。二人とも下手したらあの場で刺されとったかもしれんのよ?陽咲って子も巻き込まれたかもしれん。無事に丸く収まって、依頼を受ける流れになったから良かったものの……』

 そこまで言うと、安は口を閉じた。

 二人の顔から深い反省と恐怖を見て取ったからだ。

 むやにやたらに攻め立てたい訳ではないので、小言を言うのはここまでにした。


『兎に角、二人が無事に家に付けて良かったわ。後の事はあたしらに任せとって』

「分かった」

 しょげたままの二人の姿に、佐藤さんは流石に気の毒に思い、一つ気持が明るくなる提案をした。

『安ちゃんが近くに行く依頼も出来たことやし、久々に皆で会ったらええやん?知華ちゃんには渡す物もあるしな』

 知華はパッと顔を上げた。

「渡す物?」

 安はカメラに新しいブレスレットを映した。

『お師匠に作ってもらった、新しいブレスレット。厄よけとか穢を祓うことに特化した天然石でできとる。今の物よりは強力やから、浄化作業も減ると思うし』

 安がもつブレスレットは、全体的に黒や茶色いの色味に見えた。

「ほんと?ありがとう!」

 やっと笑顔になった友人を見て、安も笑った。

『山本家に行く日が決まったら連絡するわ。そんなに日にち空けずに行くと思うから』


 電話が終わり、二人ともどっと疲れが出た。

 安から窮地だった事を知らされなければ、今後も似たような事をしていたかもしれない。

「安井にあの場で電話して、良かったな」

 香西がまだ青い顔で言った。

 安への報告を先延ばしにしていたら、事態はもっと悪くなっていただろう。

 しかし二人とも危機だっことを思えば、安易に喜べなかった。

「これからは事前に安ちゃんに相談してからにしような」


 恐怖心が薄れると今度は安堵し、二人ともお腹が鳴った。

 その音に顔を見合わせて笑う。

 時間もかなり遅くなってしまったので、香西はさっさと帰り支度をすると、一階におりた。

 帰りの挨拶をしようと再び台所を覗くと、父も帰って来た所だった。

 挨拶をすると、会釈を返された。

「お邪魔しました。これから帰ります」

 そう伝えて玄関に向かおうとすると、母から

「ご飯食べていく?」

 と聞かれた。

「知華からお父さんと二人暮らしって聞いてるの。良かったらお父さんの分は持って帰って」

 思いもよらぬ提案に、香西は慌てた。

「いや、そんな。ご迷惑になります」

「ええんよ。知華がお世話になってるし、これくらいはさせて」

 母は茶わんに香西の分の白米を盛り付け始めた。

 父は何も言わず、テーブルに座り新聞を読んでいる。

 どうしたものかとそわそわしていると、知華がやって来た。

 台所で何やらおかしな動きをしている香西を見て、「なにしょん?」と訝しんだ。

「ああ、いや…」

 言う淀んでいると、母が「香西くんも一緒に食べたらええと思ってな」と笑顔で伝えた。

 知華は目をぱちくりさせたが、「そっか」と言うだけだった。

(それでええんか!?)

 と香西は大変に動揺したが、知華は母の手伝いをしに行ってしまった。


 母娘で喋りながら香西の分を準備し始めたので、仕方なく椅子に座る。

 父は変わらず反応なしだった。

(こんな空気、どうすりゃええんや……)

 内心で冷や汗をかいた。

 知華は自分の事を両親にどう話しているのか知らない。

 仲が良い同級生だとしても、男が娘の自宅で家族と一緒に食事するなど、父親が歓迎するとは思えなかった。

 見るからに硬派そうな父親だ。

 どう言葉をかけても、会話が続きそうにないと思えた。


 しどろもどろしていると、父は新聞を畳んだ。

 そして香西をまじまじ見ると、

「香西くん、下の名前はなんていうんだ?」

 いきなり名前を聞かれた。

「那津です」

 答えると、「山本さん家が近くの?」と聞かれた。

「はい。そうです」

「と言うことは、ひさしの息子か?」

「オヤジを知っとるんですか?」

 これには驚いた。

 香西は父親から何も聞いたことが無かった。最も知華との付き合いがある事は話していないが、近所に知り合いがいるとも聞いたことが無かった。

「同じ高校でな。央が一個下だ」

 世間は狭い。香西はつくづくそう感じた。

「知らんかったです。近くに知り合いが住んどる、とも聞いたことが無かったんで」

「あいつは横柄で口数が少ないからな。昔からそうだ。よく説明が足らずに揉めとった」

 容易に想像がついて、香西は苦笑いした。

「そうでしょうね。想像つきます」

 その反応を見て、家庭での様子に察しがついたのだろう。父は頷いた。

 そして、目を細めると懐かしそうに

「真奈香さんと話しとる時は、唯一違ったがな」

と言った。

「……母のことも?」

 それだけ言うと、「ああ、知っとる」と香西の目を見た。

「彼女とも同級生でな。バレー部で、よく活躍しとった。明るく活発で、男子からは結構人気があったよ。央と付き合い始めたと知った時は、かなり驚いた」

 昔話をする姿は酷く穏やかで、感慨深そうだった。

「他の男子から央はやっかまれてな。もともとの性格もあったが、嫉妬心も重なって、毎日のように絡まれとった。勿論、全く気にしていなかったが。真奈香さんのほうが堪忍袋の尾が切れて『いい加減にしろ』とやっかむ男子を黙らせとった。それからは誰も何もして来なかったな」

 両親の知らない過去のエピソードに、香西は頬を緩めた。

 父親からは絶対に聞けない話だ。

「風の噂で結婚したとは聞いとったよ。……亡くなったとも」

 知華の父は声を低くした。

「よく笑う、明るい人だった。面倒見がいいから、子供ができたらきっといい母親になるだろうと思っとった」

 故人を偲ぶ様に目を細める。

「央がいつ今の家に引っ越してきたかは、知らん。和輝…知華の兄だが、あれが生まれた頃はまだ空き家じゃったから、その後なんじゃろうな」

「……いつ、オヤジが住んでいると気がついたんです?」

「十年ほど前か。こことは地区が違うからな。会合も別だ。たまたま見かけて、話かけた。お互い口数が多い方じゃないから、すぐに別れたが。……その頃には真奈香さんはもう?」

 香西は頷く。

 それを見て知華の父は「……そうか」と下を向いて、目頭を押さえた。

 母親を偲んでくれていると分かり、香西は感謝した。


 母親が他界してもう十二年にる。

 線香をあげに来る人も、お墓参りに来る人もいなかった。

「ありがとうございます。偲んでくれて」

「今度、線香をあげにいってもいいかい?」

「勿論。母も喜ぶと思います」

 

 そこまで話すと、知華と母がやって来た。

 テーブルに夕食を並べる。

 頂きますと手を合わせると、母娘はお喋りしながら楽しげに食事を始めた。香西にも色々と会話を振ってくる。

 知華の父はそっと目元を拭うと、何も無かった様な顔で食事を始めた。


 男だけで何を話していたのか。

 知華が知るのは、もっと後のことだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ