雷雨と老犬①
翌日の放課後、制服姿のまま二人は小屋まで一緒に歩いていた。
学校ではいつも通りだった香西だが、放課後になると校門を出た所で追いかけてきた。
香西は知華が思っていたよりも世話焼きで、道中色々と質問を投げかけてきた。
まだ知らない事の方が多いので、拙い説明になると言葉を前置き、簡単にオマモリサマとの出会いを話す。
祖母と知り合いだったらしいことも改めて伝えた。
「ずっと家におったおばあさんと、いつ知り合ったん?そいつ」
「分からん。まだ聞いとらん」
「昨日探しとった祠って?何の用事なん?あそこにあるん?」
「さぁ……」
「あいつの名前は?」
「オマモリサマっていっとった」
「……それ、名前じゃなかろう。本名は?」
「知らん」
全てこんな調子なので、香西は呆れていた。
その顔を見て
(だから、あんまり説明出来ないっていったじゃん)
と内心渋い顔をした。
「何にも知らんやん。それやのに、ついて行ったんか?」
うっ、と言葉に詰まる。
人ではない存在で怖かった、とは打ち明けられない。
返事がないので、図星と判断した香西は一言。
「お前、アホやろ」
すっかり呆れ果てた様子だ。
「そっ、んな……ことは、あるかもじゃけど……」
どこまでもはっきりしたい知華を見て、彼ははぁ、とため息をついた。
「羽原さん、思った以上に不用心じゃな」
すっかり信用が無くなったようだ。
仕方がない事だったが、知華としては大層不服だった。
真実を話すわけにもいかないので、香西の言葉をあまんじて飲み込む。
「それにしても、変な話じゃろ。祠に何の用事があるん?格好といい、怪しすぎ。今時あんな奴にホイホイついていって、事件に巻き込まれたらどうするん?ちゃんと両親に、アイツのこと話したんか?」
くどくどと香西の話が続いた。
中には知華への説教も含まれている。
まるで兄のようだ、と思いながら黙って聞いた。
話ながら二人は昨日と同じ道順で歩いてゆき、待ち合わせ場所の小屋に着いた。
小屋の中では今日も老犬が昼寝をしている。
その頭を撫でながら香西は言う。
「なんかあったら、すぐ警察に連絡しよ。今後はああいう奴についていくなよ」
オマモリサマの事を不審者と認定したようだ。
「色々あるんよ。香西くんこそ、こんなに世話焼きとは思わんかったわ」
そう言われた香西は「世話焼き?」と聞き返した。
その自覚はないようだ。
「そうよ。お兄ちゃんみたいな小言ばっかりだった」
知華はぼやいた。
実際、小学生の頃に中学生だった兄からやいのやいのと言われた。持ち物だの宿題の事だの、テストの事だの、母親よりも五月蝿かった。
最後には参観日にまで来ようとしたので、全力で断った。
「羽原さんは兄弟おるんじゃ。俺は一人っ子やから、羨ましいわ。仲はいいん?」
「今はそんな話しない。香西くんの言動がお兄ちゃんみたい、って話をしたんよ」
話が逸れそうだったので、知華は話の舵を切った。
香西は知華の勢いに少し驚いたようで、目を丸くした。
学校ではそんなにも自分の意見を言う印象は無かったので、意外だった。
「そんな事、初めて言われたわ。でも最近、近所の小さい女の子の相手しとるな。適当にあしらったらしつこくつきまとってきてな。仕方ないから少し話をしよったら、懐かれたんよ。そのせいかもな?」
悪気なく言っているようだが、知華は聞き捨てならないと言い返した。
「それって、あたしはその小さい子と同レベルってこと?」
「そうやろ。世間知らずっつーか、今時怪しい奴にホイホイ付いてく人おらんで」
遠慮なしに言ってくる香西に少し渋い顔を見せると、彼は笑った。
「今まであんま話した事なかったけど、結構喋るよな、羽原。もっと大人しいタイプかと思っとった」
「あたしは、ちょっと乱暴な性格かと思っとったよ。よくサボってるし」
思っていた事を言い返す。
気がつけば、お互いに遠慮のない言葉遣いになっていた。
香西はいつの間にか「さん」も抜けている。
「結構意外じゃな。良い意味でな」
知華をまじまじと見ながら、面白そうに笑っている。
「お互い、いい発見じゃね」
少し和んだ空気に、知華は肩の力が抜けた。
一対一で話してみれば、香西を怖がる要素はないと思えた。
小さな言い争いが終わり静けさが戻ると、今度は遠くから雷鳴が聞こえた。
いつの間にか空は曇天で、もう少しで雨が降りそうだった。吹く風も冷たい。
「雨、きそうじゃな」
空を目上げた知華が心配そうに言った。
「降る前に帰れればええけど。傘持ってないわ」
「俺も無いな。ここにも、そんな物ないし。降り始めたら濡れるしかないな」
二人で空を見上げていると、
「なんでガキまでおるんじゃ」
と不快そうな声がした。




