表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
39/49

残り香


 家族と話し合ってから一週間後。

 

 知華と香西は安と会う約束をしていた。

 直接会うのは秋祭り以来で、知華の心は躍った。

 準備をしながら安との電話でのやり取りを思い出す。

 出来れば話し合いの結果は直接会い、顔を見て伝えたかったが、多忙な安にはそれが難しかった。

 

 電話ではカメラを通して何度か話をした。

 一回目の電話は両親との蟠り《わだかまり》が無くなった事を伝え、今後も上手く話が出来そうだと報告した。

 安はとても喜んでくれ、佐藤さんも娘を見るように笑ってくれた。


 二回目の電話では普段の様子を伝えた。

 両親とも挨拶以外の日常会話が増えた事、クラスでも話をする人が出来た事を報告した。この時会う日にちを決める予定だったが、お互いの都合が合わなかった。 


 三回目の電話をする頃には、電話越しでなくどうしても直接会いたい気持ちが募った。安の修行は以前より忙しいようで、何とか工面してもらい、仕事の合間になら会えそうと返事が来た。

 そしてようやく今日に至り、知華と香西は繁華街に来ていた。

 

 両親は知華が出かけるのを快く見送った。

 髪型は朝、母がセットしてくれた。

 あの秋祭り以降、時々やってくれる様になったのだ。

 

「仕事の合間って、安井ホンマに忙しいんやな」

 香西と駅近くの喫茶店で寛ぎながら、安の到着を待っていた。

 安を見つけやすいので、室内ではなく外のテーブル席を選んだ。

 秋風が吹く中、色づいた落ち葉が風に流されている様を見ながら、流れていく人々を見るともなく目で追った。

 二人とも飲み物を頼み、オーダー品を前にして話をしている所だ。

 

「県内なら一人で行く事も増えたらしいよ。県外一人派遣は成人になってからなんだって」

 アイスコーヒーを飲みながら、知華がメッセージや電話でのやり取り内容を香西に伝えた。

「本格的な独り立ちは、もう少し先か」

「これからはあんまり会えんのかな。今日も約束取り付けるの、結構大変やったし。最初は一ヶ月後、とか言われたもん」

 流石にそれは…と知華が渋ると、安は師匠と交渉し、日程と予定を調整してくれた。

「まぁ、俺らも来年受験やし。お互いに忙しくなったら、電話の方が増えるかもな」

 これまで定期的に会えていたのが、珍しかったのかもしれない。

 急に頻度が減ると寂しさが募った。ぽっかりと穴が空いたように感じた。知華はやっと出来た霊感友達だと、最初に会った時言っていた。安も同じように思っているだろうかと考える。


 すると、テーブルに置いていたスマホからピコンとメ受信音が響いた。

 見ると安からで、

『駅着いた!どこにおる?』

 と焦ったメッセージが届いていた。すぐに喫茶店の名前と場所を送る。

 既読はすぐに付き、『急ぐ!』のスタンプがポンと送られる。

「安ちゃん、着いたみたい」

 そう香西に言うと、二人でキョロキョロ見回して安を探した。

 

 休日なので人が多く、大分目を凝らしていると、走ってくる姿が見えた。

 頭一つ分高い位置に佐藤さんの半透明な体が見えるので、間違いない。

 知華は椅子から立ち上がり、両手を振った。

 安は背中に大きなバックパックを背負っている。

 姿がだんだんと大きるなると、ハァハァと息を切らしいるのが分かった。

 二人の元に到着すると、

「ごめん……おく…れた……」

 と呼吸の合間に絶え絶えな言葉を絞り出した。

 見るからに呼吸が苦しそうで、見ているこっちまで焼けるような喉の痛みを感じた。

 見かねた香西が、まずは荷物を降ろせとバックパックを持ち上げると、安は軽くなった体を二つ折りにして両手を膝についた。

「落ち着いてからでええで。水飲むか?」

 三人分の水を貰っていたので、その一つを安に差し出すと、一気に飲み干した。

「そんなにダッシュせんでも良かったのに。毎日仕事で、安ちゃん疲れとるやろ」

 気遣って安に言うと、佐藤さんが変わりに教えてくれた。

「二人に会えるから、少しでも時間長くとるって聞かんでな。駅についてからダッシュしたんよ」 

 肩で呼吸する安は、何とか呼吸をおさめようと深呼吸をしている。

 椅子に座ることもせず、テーブルに寄りかかったままだ。

 佐藤さんも気遣わしげに安を見ている。

「電車では仮眠しとったからな。降りる駅間違わんで良かったけど。最近あっちこっち行かされるけ、ちょっと睡眠時間がバラバラでな。疲れも溜まっとるんよ。学校のテストも近いから、勉強もせなあかんし」

 言われてみれば、少し痩せた気もした。

 知華は仕事と学業を両立させている安の多忙さを、改めて思い知った。

 ここまでして霊媒師の仕事を望んだのは、やはり相当な覚悟あっての事だろうと思えた。

 

 安が心配になり、知華は顔をのぞき込む。

 少しずつ呼吸が落ち着いてきた安はそれに気がつき、視線を上げた。

 水も飲んだので、喉の渇きも少し落ち着いている。

 これなら話せそうだと、安は口を開いた。

「久しぶり。画面越しでは会っとったけど、元気……」

 そこまで言うと、笑顔だった安の表情が強張った。 

 知華を凝視している目が陰り、固まった。  

「安ちゃん?」

 知華は首を傾げ、安を見つめる。

「安井、どうしたん?」

 香西もフリーズした安を見ている。 

 知華が佐藤さんに目を向けると、痛々しそうな、哀れむような目で安を見ていた。こんな表情は見たことがなく、知華の心がざわついた。

「知華、穢が……」

 やっと安の声が出た。

 

 震えている。

 

 安は佐藤さんに訴えるような眼差しを向けた。

 しかし彼は首を振っただけだった。

 それを見て、安は失望がのしかかったように肩を落とした。

 その落込みようから、知華に良くないことが起こっていると分かる。

  

 知華の心のざわつきが、黒い雲がかかるように広がる。

(だって、お父さんともお母さんさんとも話し合った。気持ちも変わったし、毎日が楽しくなった。なのに……駄目だった?)

 息がしづらい気がして、胸を抑えた。

 知華も暗い表情になり、体が強張る。

 

 知華の様子に気が付いた香西は、思わず語気を強めて安に尋ねた。

「安井、ちゃんと説明せい。知華の穢がどうしたんや?」 

 安はゆっくり顔を上げ、香西を見る。

 その目は少し潤んでいるように見えた。

「穢が、薄くなってない」

 そう言うとしゃがみ込み、髪をグシャと掴んで頭を抱えた。

「なんで!?原因は他にあった?生まれつき…な分けないし。絶対それやと思ったのに!」

 ちょうど注文を取りに来た店員が、安の声にびっくりして立ち止まる。

 三人を見て、タイミングが悪い所に来てしまったと分かったのだろう。持ってきたメニュー表を渡そうか、オロオロしている。

 香西はメニューを受け取ると、

「すいません、また後で呼びます」

 と声を掛けて、下がらせた。

 

 安の言葉を聞いて香西は自身の気持ちも落ち着かなかったが、自分まで取り乱してはいけないと思い、何とか気持ちを静めようと、深呼吸した。

 数呼吸の後、安に「とりあえず落ち着いて、席付けや」と椅子を勧めた。

 安は言われるがまま座ると、背もたれに背中を預けて、先ほど飲み干した水のコップを見つめた。しかし、その目は遠くを見ているように焦点が合わない。

 

 二人も椅子に戻る。

 知華は飲みかけのコーヒーを意味もなく見つめた。

(穢、良くならなかった……?)

 そう認めると、急に不安がのしかかってきた。

 このままであれば、どうなるのか。

 秋祭りの時、安は喋れず動けず、病院からも出られなくなると言ってた。

 植物人間みたいになるという事だろうか?


 考えると恐ろしく、ゴクリとツバを飲み込んだ。 

 せっかくクラスに馴染み、両親とも会話が増えた。

 奈海や香西とも楽しく過ごせるようになった。

 これからクリスマスもお正月もある。

 イベントを友達や家族で迎えるのを楽しみにしていた。

 

 安を見ると、まだ考えにふけっているのかコップを見ている。

 知華は喉に言葉がつっかえていたが、不安が勝り堪らず

「あたし、良くなってない?」

 と聞いた。

 

 安はコップから知華に視線を変える。その目は困惑とと苦痛が混ざったようだった。 

「……穢は変わっとらん。前と同じ」

 そう言うと視線を下げた。

「何度もカメラで通話したけど、あたし画面越しだと見えないんよ。動画とか写真も駄目。肉眼で直接じゃないと、見えん体質で……」

 眉間にシワを寄せ、悔しそうに言った。

「今のあたしには、原因が分からん」

 その言葉が波紋を広げるように、その場に静寂をもたらした。

 

 知華も香西も、何も言えなかった。

 安が力なく頭を垂れているのが全てを物語っていた。

「お師匠さんでも、駄目なんか?」

 香西が尋ねた。以前神社で会った時、穢があると言われたが、原因については話していなかった。

「見て分かるもんじゃないんか?」

「穢はな、『ある』としか分からん」

 安が険しい顔つきのまま話し出した。

「なんで穢がついとるかは、人によって原因が違う。前に話した通り、病気とか精神的ストレスとか、色々あるんよ。知華は家族と和解できたけど、穢は変わらんかった。なら、原因は他にある」

「思い当たる事、ないか?」

 最期の佐藤さんの言葉に、知華の視線が佐藤さんに移る。

「穢の原因で、家族以外に思いたること……」

 他の可能性を、知華も考えていなかった。


 ずっと心の中のしこりだった両親の事。今

 は溶けてかなり小さくなり直に霧散するだろうと思えた。

  

 他に大きな変化といえば、オマモリサマと出会っことくらいである気がした。

 これまでの二ヶ月、色々なことがあった。

 霊感を自覚したのはオマモリサマと出会ってからだ。

 雷雨の日、香西と対峙して、全てはあの日を境に変わった。 

「一番変化したとしたら、霊感が出たことかな」

 知華はポツリと言った。

「オマモリサマと会ってから、全部変わった。あたしの見えてる世界が」

 普通の人より雑音と目に映るものが多い世界。

 嫌ではないが、慣れるまでに時間が必要だった。

 

「知華、前に二人で話したよな?霊感が知華だけに現れたのは、オマモリサマに触れられた事が関係しとるんかな?って」

 香西が言った。

 いつかの昼休みにそんな話をした。

 香西と知華の違いを考えていた時、そういった結論になったのを思い出す。

「どういう事?」

 安が問い返す。

 霊感の発現につて、具体的なことは安には話していなかったと思い出す。 

「俺と知華は、オマモリサマに会うまで霊感なんてなかった。けどオマモリサマに襲われた翌日から、知華だけに霊感が現れた。この違いがなんなんか、二人で考察した事があってな。話し合った結果、知華だけ手首を掴まれたって気がついたんよ。これって関係あるか?」

 安と佐藤さんは顔を見合わせる。

 お互いにそんな事象は聞いたことがない、と言った様子だった。

 安が思案顔で唸った。

「うん……どう……じゃろ?あの怪異は確かに強力やけど、そこまで影響を残せるもんなんかな…?触っただけで……残り香って奴やろ?」

 安の言葉を受けて、佐藤さんも腕組みして首を傾げる。 

「可能性は低いけんど…。あの怪異は型にはめて考えん方が良さそうやからなぁ」

 はっきりとは言えないようだ。

「飽くまで可能性の一つにはなる、っつーことじゃな?」

 香西が安に確認した。

「まぁ、な。でもかなり低いと思った方がええよ」

「低くてもええ。絶対無いって言い切れんなら、残しとくべきや」

 言い切る香西を、安は見た。

 その目には闘志にも近い、強い感情が見て取れた。

 知華が困っているなら、手を貸したい。助けたい。

 その想いが目に表れている。 

 

 安はその顔を見て、自分が随分と悲観的になってきた事を知った。

 知華の穢の可能性を一つと決めつけ、当てが外れたら絶望してしまった。

 他の可能性を全く考えていなかった自分の落ち度だというのに。 

 那津は諦めてない。知華のために必死に考えて、可能性を探ろうとしとる。

(……霊感ないくせに、ホンマ熱意だけはある奴。霊媒師の自分が、先に諦めてどうする)

 そう思うと、安の中で気持ちが立ち上がった。

 まだ出来ることはある。

 お師匠に相談して、原因の可能性を絞り込む。

 知華の穢がこれ以上広がらないようにブレスレットを強化する。

 ブレスレットと本人の浄化方法を教える。

 自宅の結界の確認と張り直しをする。

 

 気持ちが立ち直ると、次々とやれることが浮かんできた。

(あたしにしか出来ない事がある)

 安は拳をぐっと握り締めた。

 まるで、高まったやる気を固定するように。

 

 香西と話していると、心の熱が湧いてくる。

 人のやる気を沸き立たせるのが上手いやつだ、と心中だけで感心し、感謝した。


 安は香西を見た。

 その瞳には力強さが見て取れた。

「オマモリサマの事は、お師匠にもう一回聞いてみるわ。知華の穢が取りきれてない事も相談せんと。昔の資料とか蔵にあるけ、そこも探ってみる」

 知華達に伝えると言うよりも、自身に今後やる事を確認するような口調だった。

 

 安は知華を見やる。

 不安そうに表情が曇っている。

(霊媒師は、依頼者を不安から解放してあげるのも仕事。あたしが最初に心折れてどうする!)

 喝を入れるために、安は頬をパンと叩いた。

 

 乾いた音が辺りに響く。

 

 佐藤さんはそれで安の気持ちが切り替わった事が分かり、呆れたような、しかし安心したような顔をした。

(そうよな。安ちゃんは諦めんよな)

 ずっと安を見てきた佐藤さんは知っている。

 一度走り出すと、どんな道であっても足を進めて、がむしゃらに向かって行ってしまうと。

 わずか十五歳で霊媒師に志願し、紅野と両親を説得した時もそうだった。

 安の強みだが、欠点とも言える所だ。

 密かに嘆息しすると、口元を緩めて笑った。

(これから無茶するな、きっと)

 

「これから更に忙しゅうなるで。大丈夫なんか?」

 安の近くにふわ~っと近づき、隣に立つ。

「修行の量はお師匠と相談する。テストもあるし、無理はせんようにする」

 知華と香西に改めて目をやり、

「不安にさせてごめんな」と頭を下げた。

「もう一回、考えてみるわ。知華は思い当たる節ないか、考えてみて。那津は知華とおって、おかしな事とか気がついた事あったら連絡して」

 いつもの霊媒師らしい顔になったので、少し安心した知華は頷いた。

 香西も普段の安の顔に「分かった」と返した。

「安井はこれからどうする?すぐに次の仕事なんか?」

「いいや。こっから近い現場やから、十分もあれば着くんよ。まだ二時間はある」

 そう言ってメニュー表に手を伸ばし、広げる。

「お昼まだなんよ。お腹すいた。パフェも頼んじゃおうかな」

 メニューを見始めた安を見て、香西は水滴が着いたコップを手に取り、ジュースを飲んだ。

 冷えたレモンの味が炭酸とともに口に広がり、弾ける。

 その刺激は、今し方の安を見ているようだった。

 安の言葉とやる気は香西にも伝染していた。 

(俺も、見えん事をいつまでも言い訳にしたらアカンな)

 穢について、知るべきことがある。

 自分から動かなくては。

 受動的では起こる変化も起きない。

「じゃあ、注文しよ。那津、店員さん呼んで」


 相変わらず安からは使いっ走りの様に扱われる関係性だが、それも心地よく感じ始めていた。


 秋が深まり遠くなった空の下、午後の日差しが長く三人の影を伸ばす。

 これから本格的な冬が来る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ