変化
翌日の登校は、気持ちも足取りも軽かった。
朝、両親の顔を見ても心が重くない。
それだけで、これまでの自分とは全てが違って感じた。
通学路を進んで行くと、香西と奈海が二人揃って知華を待っていた。
これまで無かったことに驚いて、挨拶もなく「どしたん、二人揃って」と言葉がついて出た。
すっかり寒くなったので二人もブレザーを着て、奈海はマフラーをしている。
二人は何か話していたようだが、知華を見て会話を止めた。
「知華の様子が早う知りたくて、待ち伏せしとった」
「あたしも同じ事考えてここに来たら、香西くんがおったんよ」
昨晩はその後の出来事をメッセージをしていなかった。
沢山泣いて話したので、ベットに入ると早々に寝てしまったのだ。
「ごめんな、メッセージせんかったから」
知華の謝罪に、友人の二人は笑った。
「いや、その顔見れば分かるから、大丈夫やで」
香西の言葉に奈海も頷く。
「うん。スッキリした顔しとる。話し合い、出来たんやね」
二人から言われ、(そんなにも分かりやすいんかな?)と自分の頬に触れた。
「そんじゃ、学校行こうか」
香西の言葉に三人とも歩き出した。
「皆のおかけで、沢山話せたよ。思ってた事全部言えたし、ちゃんとお父さんもお母さんも聞いてくれた。今は家の中が明るくなった気がする」
笑って話す姿を見みる前から、二人には分かっていた。
通学路を歩いてきた知華は、背筋を伸ばし前を向いていた。どことなく堂々としているような、清々しいような顔で、雰囲気が優しく明るくなった。
それを見た瞬間、上手くいったのだと察した。
「良かったな」
「知華、明るくなったよ。前と雰囲気が違う」
二人揃って頷かれ、知華は(そうなんかな?)と心中で首を傾げた。
自分では分からないが、いつも一緒にいる二人が言うのなら、そうなのだろうと思うことにした。
「あれから安井には知らせたん?」
「ううん。沢山話したら疲れちゃって、すぐに寝たから。今日、電話しとく」
心配はしていなくても、きっと報告を待っている。
あんなにも親身になって話を聞いてもらったのだ。
ちゃんと自分の声で伝えたかった。
「安井さんって、他校の友達?」
奈海が知華に尋ねた。
奈海の前では余り安の話はしなかった。
三人でいる時は奈海がのけ者になってしまうので、あえて避けていたからだ。
「そう。安井安ちゃん。同い年。奈海と友達になりたがっとるよ」
「そうなん?なんで?」
「俺らがよく猪俣の話をするからな。通信じゃから、同級生とあんまり顔を合わせんのんよ。猪俣とは気が合うと思うで」
「可愛い子なんよ。話してて楽しいし、いつか合わせてあげたいなぁ」
二人からオススメされ、興味が湧いたようだ。
奈海の顔がほころぶ。
「なら、あたしも会ってみたいな」
今度聞いてみる、と知華が答える。
きっと安も喜ぶだろうと思うと楽しくなり、
(四人で遊びに行けたらええなぁ)
と想像が膨らんだ。
初めて友達と登校する道のりはあっという間で、下駄箱で奈海と別れると、知華と香西は一緒に教室に入った。
すると「あーっ!やっぱり一緒に来た!」と葛原の声がした。
葛原は森本、風早とともに香西を待っていたようで、教室のドアが開くたびに目を向けていたようだ。
「なっ、なっ?俺が言った通りやろ?」
一人興奮している葛原に、森本も風早も冷静になれ、と制した。
「何朝から騒いどんや、彰人」
呆れたような声だ。
二人で教室に入って来たことで騒いでいるのだろうと状況を察した香西は、知華を背中で隠すように三人の前に立った。
「彰人からメッセージきた。『那津に彼女出来た。しかも二人!』ってゴシップみたいな内容で」
森本はスマホの画面を香西に見せた。
確かに「速報」だの「スクープ」だの「注目」だの、黄色や赤や青のスタンプが沢山送信させていた。
(まるで新聞や週刊雑誌みたい)
知華は派手な画面を見て思った。
「こんなスタンプ、どこで買うねん」
香西は締まりのない顔で画面を見た。
「今はそんな事どうでもええ!」
葛原は森本のスマホを取り上げると、知華を見た。
「羽原さん、那津と付き合っとん?」
その言葉に森本も風早も知華を見た。
男子三人に注目されたことがないので、知華は言いしれぬ圧を感じる。
すると香西が、すっと知華の前に腕を出し庇った。
「あんまり詰め寄るなって。男三人に見下されたら、怖いやろ」
香西は冷静な表情に見えた。
その動作を見た森本と風早は引っかかるものがあった。
誰かを庇うなど、喧嘩の時でもあまりなかった。
香西がわざわざそんな気遣いを見せる、という時点で特別な感情があることが伺える。
しかし、そんな事は表情に出さず、
「いや、俺らは何にも言ってないで?」
「彰人が一人で盛り上がっとるだけよ」
と、誤解されて心外だという顔で言葉を返した。
「無言で注目される方が威圧感あるやろ」
三人それぞれを見ながら香西は「とにかく教室の中に入れろ」と、しっしっと手を振った。
「そんで、当の羽原さんは何も答えんけど、どうなん?」
諦めない葛原が知華をじっと見ている。
知華は昨日のコンビニでの事を思い返した。
(昨日もそんな事言ってたし、彼女がおる、おらんは葛原くんにとって重要なんかな)
「付き合ってないよ。昨日もそう言ったじゃん」
知華は香西の腕に触れ、下へさげる。
「香西くんも庇ってくれて、ありがとな。最近よく言われるけど、共通の友達がおるから一緒におることが多いんよ」
知華は教室に入ろうとしたが、葛原は更に問いただしてきた。
「それって安井さん?昨日二人と一緒におった」
「そうよ」
「あの子かぁ。両手に花で、秋祭り行くとか…。那津は別人になってしもうた……」
何かに絶望したように、葛原は両手で顔を覆った。
不思議そうに彼を見ていると、森本が知華に説明した。
「彰人、彼女欲しゅうて躍起なんよ」
風早が森本の言葉を繋げる。
「初彼女と夏休み過ごすって、高二になってからずっと宣言しとったからな。それが叶わんかったから、『今度はクリスマスや!』って今必死なんよ」
森本と風早は、どこか憐れみのような目で葛原を見ている。
「同じ彼女なしと思っとった那津までも…遂にそっち側に入るんか!」
焦りと絶望の声で天を仰いでいる。
昨日の場面に遭遇し、葛原一人でやきもきとする思いを抱えきれなくなり、メッセージを大量に送ってきたという経緯のようだ。
すでに彼女がいる二人は巻き込まれたらしい。
はぁ、と香西はため息をつくと、葛原にもう一度説明した、
「昨日、コンビニでも言ったやん。それに両手に花って、安井の俺への態度見て、ようそんな事言えるな」
『盾にする』という時点で、そう言った雰囲気の相手ではないと分かりそうなものだ。
「どんな状況でも、女子と遊びに行ける時点でもう仲間やないんや!」
悲観的な葛原には、飽くまで女子に囲まれてお出かけ、と映るらしい。
「勝手に仲間意識持っとったの、彰人やろ」
再びため息をついた香西は、ぼやくように言った。
そして知華を見て
「安井、今頃寒気でも感じとるんやないか」
と話しかける。
「俺とそんな噂にされとるの知ったら、呪われるで。俺がな」
確かに嫌がるかも、と知華も容易に想像がついた。
しかしそこまで嫌悪を抱くとも思えない。
「呪いはせんじゃろ、安ちゃん」
香西は知華の言葉に首を振った。
「いや、するやろ。メッセージであんな写真送ってくるんやで。こんな噂されとる事知ったら、今度こそヤバい写真になるで」
「またあたしが見てあげるから、大丈夫よ」
前の写真であんなにも怖がっていたのだ。
本物が映っていなくても、それとない文章と共に写真が送られてきたら、きっとさらにビクつくのだろう。
それが容易に想像でき、体格のいい香西が一人怯えている姿を思い浮かべ、知華は笑った。
「いや、笑い事やないんで。深夜に送られてきてみ?鳥肌立つで」
苦笑いで知華を見ている香西は、本気で怖がっている。
それが分かり、知華は更に込み上げてくる笑いを抑えた。
二人のやり取りを見ていた三人は、(確かに仲がいいな)と顔を見合わせた。
知華は否定していたが、香西の方はやはりまんざらでも無いように見えた。
葛原は無言で二人に(なっ、言ったやろ?)と目配りした。
「ちょっと、香西〜。デカい体が邪魔〜」
振り返ると困り顔の守安が、香西の背中を鞄で突いた。
守安は知華と席が近い女子で、文化祭を期に少し話すようになった。
知華と香西が振り返ると、守安の後ろにはちょっとした渋滞ができていた。
二人が教室の入り口を塞いでいるせいだ。
「悪い」
そう言って横にどけた香西に習い、知華も入り口を開けようとしたが、守安に両肩を掴まれた。
「羽原さんっ、おはよ」
そのまま教室の中、森本達の方へ誘われる。
急なことで驚いた知華は「えっ、えっ」と言いつつ、押されるがまま香西から引き離された。
「圭吾、おはっ」
元気に挨拶する守安を見ながら、森本はその頭にチョップを食らわした。
「加菜、羽原さん困っとるで。那津んとこ、返したり」
「返すも何も、香西のもんじゃないやん。羽原さん囲ってる悪い男から救出しただけやもん」
「何にもしてないって」
「男四人に女の子一人やで?絵面的に怖いわ」
なぁ?と知華の顔を見て同意を求めてくる。
呆れているが、森本が守安を見る目は優しく、(この二人が付き合ってるんだ)と知華は察した。
「いや、怖くはなかったけど…」
「ほらー、怖かったって。さっさとと席着こ」
守安はそう言って、知華を席へと連れて行った。
知華はチラッと香西を見たが、変わらず三人と話していた。
「葛原、今彼女欲しくて必死やからさ、殺伐としてんのよ。女子は近づかん方がええよ」
知華の後ろの席に着くと、こそっと教えてくれた。
バイト先が葛原と同じで、最近女子にやたら話しかけ、店長に怒られたばかりたらしい。
「そうなんや。そんなに彼女欲しいんや」
笑ってしまいそうになり顔が緩んだが、彼は本気なので悪い気がして、顔を引き締めた。
そんな知華を見た守安は、
「あれ、今日はなんか雰囲気いいな」
とジロジロと観察した。
「なんやろ、化粧しとる訳でも、髪型変えたわけでも無いのに…。なんか明るくなった?」
何も知らない守安から言われ、(そんなにも分かるんかな?)と知華は思う。
「羽原さん、話しかけ易くなったよな。下を向いてる事が減ったっていうか、目を合わせてくれるようになった」
以前はそんな印象だったのかと思い出そうとするが、無意識なので思い当たらなかった。
「そんなだった?ごめん…」
「いや、謝って欲しいわけじゃないんよ。なんかいい感じに変わったって、知って欲しくて。なぁ、知っとる?最近さぁ……」
雑談を初めた守安に、知華は相槌を打ちつつ楽しく話を聞いた。
香西は友人三人の中に残されたまま、知華を見ていた。
やはり笑顔が増えたし、以前よりも目が合うようになった。
クラスメイトともあまり会話していなかったが、今は普通に席が近い者同士で話している。
(いい変化やな。両親と話し合えたことも大きいやろうし、これからはもっと楽しい事が待っているとええな)
香西は知華の笑顔が好きだった。
そのために出来ることがあるならしてやりたいと、思うようになっていた。
「那津、ホンマの所どうなん?」
森本に言われ、香西の思考は引き戻された。
三人が香西の方を見ている。
何か質問を聞き逃したらしい。
「何が?」
きょとんとして返すと、森本はもう一度尋ねた。
「じゃから、羽原さんの事どう思っとん?」
「いや、今の顔見たら分かるじゃろ」
風早がすかさず返した。
どんな顔をしていたのか分からないが、締まりのないない表情だったのだろう。
三人は察した顔で香西を見ている。
「はぁ、遂に俺一人か…」
葛原はいじけて椅子に座ると脱力し、机に伏せってしまった。
「まぁ。落ち込むなって」
ポンポンと背中を叩かれ励まさせるが、葛原は頭を上げなかった。
「家帰ってユキにモフモフしたい……」
ユキとは葛原が飼っている犬だ。
嫌なことや落ち込む事があると、いつも葛原はペットに抱きついて顔を埋めていた。
ユキからすると嫌そうで、逃げられるのだが。
「重症やな」
風早が葛原を見下ろす。
「まぁ、仕方ないわ。那津は気にせず成就に努めろよ。応援しとるで」
何か言葉を返す前に、本鈴が鳴った。
それぞれ自席に行き、教科書や筆箱を出して一限目の準備を始める。
香西はこれが恋なのか、分からなかった。
ただ、知華の笑顔を見ると心が温かくなったし、嬉しくなる。
困った事があるなら手を貸したいし、助けたいとも思えた。
(こんなのが恋なんか?友人としては普通な気もする…)
ハッキリと心は答えない。
しかし、結論は出さなくていいと思えた。
今は知華が大きな壁を乗り越えたことを、喜びたいと思った。




