知華と奈海
寒空の下、三人は奈海の家に向けて歩いた。
奈海の自宅は知華の家からは十分ほど歩いた所にあるので、例の公園跡地まで一緒に行くことになった。
「その奈海って子、機会があったら紹介してよ。きっといい子なんやろな。知華がそこまで信用しとるんやし」
安だけ奈海に会ったことが無いので、色々と聞かれた。
中学からの友人で、香西とも最近知り合い、三人でお昼ご飯を食べている事、ホラー好きなこと、以前話したパティシエの姉がいる事などを伝える。
「安ちゃんのこと知ったら、きっと質問攻めにあうよ。本物の霊媒師なんやもん」
楽しそうに知華は想像する。
香西もその姿が思い浮かぶので、苦笑いした。
「確かにな。弾丸の様に質問が飛んでくるで、きっと」
二人の反応から、仕事の事を打ち明けても良さそうかと考えていると、佐藤さんが嬉しそうに会話に入ってきた。
「良かったな、安ちゃん。もう一人理解者、増えそうやな」
うん、と頷く。
香西がホラー映画に誘われた時のことを話し出した。
そして、聞かれそうな内容を予測して教えてくれた。
話す隙を与えてくれない勢いでくるぞ、ホラー描写を詳しく聞かれるで、幽霊と悪霊の違いにも興味もつやろな、霊感についても開花する方法をしつこく迫られるで、などなど。
聞いていると、なんだか不安になってきた。
霊媒師である事は伏せた方がいいかもしれない。
そんな話をわいわいとしていると、公園跡地まで来ていた。
「ここからは一人で行くよ」
知華は三人に向けて、改めてお礼を言った。
「今日はほんまにありがとう。奈海の家行ったあと、家族で話すわ」
決意が決まった顔をしているので、三人は揃って頷いた。
「今の知華ちゃんなら、大丈夫や」
「またメッセージしてな」
「頑張れ」
それぞれから激励の言葉をもらい、知華は奈海の家に向けて歩き出した。
家の近くまでくると、奈海にメッセージをした。
『大事な話があるから、これから家に行っていい?』
送信ボタンを押す。
今日は塾もないので、この時間は家にいるはずだ。
知華の思った通り、すぐに既読がついて返事が返ってきた。
『ええよ。今どこ?』
『もう近くにおる』
そう返すと、奈海の部屋のカーテンが開いて、外を覗く姿が見えた。
知華を見つけると、下におりる、というジェスチャーをして姿が消える。
部屋の電気が消えると、数秒後には玄関の明かりがついた。
ガチャガチャと鍵を開ける音がして、ドアが開く。
紺のワンピースを着た奈海が出てきた。外に出るには寒そうな格好だ。
「どしたん?今日、秋祭り行く日じゃなかった?」
「うん。今帰り」
奈海は知華の服装を見て、いつもよりオシャレをしていることに気がついた。
「そっか。とりあえず、中入る?」
奈海が寒いと思い、玄関の中に入る。
昔から幾度も来たことがある家。
玄関の家族写真が増えている以外、変わりはない。
両親がいるのか、リビングの方でテレビの音がする。
「日曜日じゃし、お父さんとお母さん、おるよね。ごめんな。急に来て」
「それは別にええんじゃけど…。お祭りで何かあったん?急にうち来るなんて、珍しいやん」
「うん。実はな、奈海の誕生日プレゼント持ってきた」
そう言って袋を渡す。
ピンクと黄色のストライプの袋に、ブルーのリボンが付いた袋だ。少し派手だが、急いで準備したので仕方ない。
予想していなかったのか、驚いてそれを受け取る。
「わざわざ届けてくれたん?明日、学校でくれても良かったのに」
「うん。でもな、どうしても直接伝えたい事があったけ」
真っ直ぐに目を向けてくる知華を見て、奈海は何か特別な話だと察した。
「今日、香西くんともう一人の友達に家族の事、聞いてもらった。沢山泣いちゃったけど、今はスッキリしとる。二人とも、奈海と同じで『きちんと話し合え』って言ってくれた。……今なら、ちゃんと向き合えると思うから、これから話し合おうと思っとる」
落ち着いた表情の知華は、そこまで一気に話した。
思いも寄らない話だったが、見れば知華の目が赤い。泣き腫らした後だと察しが付いた。
そして、その力強い眼差しで感じた。
知華は心が決まっている。
ここまではっきりと自分の意思を見せたのは初めてだ。
「そっか」
親友の大きな変化に喜びと感動を感じ、ぎゅっと締め付けられるような感覚に溢れた。
思わず目頭が熱くなる。
「……そっか。良かったな、知華」
震える声を何とか抑えようと、深呼吸をした。
「あたしな、ずっとずっと心配だった。おばあさんの件が落ち着いてから、知華と一緒におれる時間も、自由な時間も増えけど、全然そんな風に見えん時があったから。ずっとモヤモヤしとる物を奥に抱えとる気がして……」
我慢しようと思っていた涙が、頬を伝う。
「でも、あたしは知華の家族を取り持ったりできんから。見とる事しか出来ん、話を聞くことしか出来んって、悔しかった。……やから、今は凄く嬉しい」
やっと暗い場所から知華の心が解放される。
そう思うと震えた。
ここに来るまで長かったが、やっと昔のように笑った顔が見られるのだと、安堵した。
自分より泣いている奈海を見て、知華は「ありがとう」と手を握った。
「ずっと、ずうっと、ありがとうな。話を聞いてくれたのは奈海だけじゃった。奈海がおらんかったら、あたしは潰れとったと思うから」
温かな手をぎゅっと包んだ。
このぬくもりが支えだった。
きっと、どんな言葉でも本当の感謝は表せないだろうと思えた。
奈海は知華の手をグッと自分の方に引き寄せると、知華を抱きしめた。
「沢山、話しておいで。知華の思っとること、全部。何も隠したりせんで、全部よ?」
親友の涙に濡れた頬が、知華の顔に触れる。
「うん。また詳しく聞いてな?」
「当たり前じゃん!」
知華の頬も静かに濡れた。
先ほどとはまた違う、感謝の涙だ。
そして、先ほどと同じ友人のぬくもりだ。
「あたし、奈海と友達で良かった」
うん、と奈海は声に出さず頷いた。
しばらく玄関で抱き合う。
今日は泣いてばかりだ。
人生でこんなにも何回も泣く日があるなんて、思ってもみなかった。
そうしていると、リビングから娘を呼ぶ母親の声がした。
しばらく帰ってこないので、様子が気になったのだろう。
二人は体を離すと、お互いに泣いた顔を見た。
そして少し笑う。
「プレゼント、ありがとな」
声がかすれていたが、奈海は嬉しそうに笑った。
「部屋でゆっくり見て」
涙を拭いて、知華は玄関のドアに手をかける。
「また明日」
「知華、頑張れ」
奈海はプレゼントを高く掲げて手を振った。
ガチャっとドアを開けると、外の風が冷たく吹いた。
しかし、今の知華には平気だった。
沢山の激励と応援をもらった。
今なら、なんだって出来そうだと思えた。




