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クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
35/49

秋祭り

ここは、長い話になります。

知華の心の転機です。

お付き合い下さい。

 


 三人は香西の案内で住宅街の方へと歩き出した。

 休日の昼過ぎ、しかもお祭りの日と言うこともあり、道は人で混雑していた。

「香西くん、よく隣町のお祭りなんか知っとるね」

 初めて来た町を見ながら、知華は香西の後ろをついて歩く。

「オヤジがこっちで働いとるから。ポスター見て教えてくれたんよ」

 スマホを見ながら道案内をしつつ、香西が返事だけ返した。

 邪魔をしては悪いと思い、今度は横にいる安に話しかける。

「安ちゃんと香西くん、結構仲良くなったんじゃね。写真沢山送っとったの、見せてもらったよ」

「怖そうに見える写真を送っただけ。那津、怖がりじゃけ」

「嫌がらせ?」

「そう」

 ハッキリと返事をする安に、苦笑いした。

「安ちゃん、仕事終わりにパシャパシャ撮っとったで。ニヤニヤしながら送っとったし。邪悪なオーラが出とったな」

 現場を見ていた佐藤さんが教えてくれた。

「知華の髪型、かわええな。自分でやったん?」

 安がヘアースタイルを見ながら指差した。

「あたしは得意じゃないけん、出来んのんよなー。編み込みとか、グチャグチャになっちゃう」

「あたしもよ。今日は、お母さんがしてくれた」

 少し照れくさそうに話す知華を見て、驚いた様にぱちくりと瞬きをした後、安は小さく笑った。

「良かったやん」

 うん、と頷くと、今度は知華が尋ねた。

「そういえば、安ちゃん、香西くんの呼び方変えたんや?」

「知華はずっと苗字呼びやね。あたしは男女関係なく下の名前で呼ぶこと多いから」


 歩くにつれて通りは賑やかになり、ソースの香ばしい匂いやスイーツの甘い匂いがし始めた。

 二車線の道路を封鎖し歩行者天国にしているようで、屋台も左右にズラッと並んでいる。

 奥にはステージがあり、何やらイベントをしているようだ。

 司会者らしき男女が壇上で話している声が、マイクを通して響いていた。

「結構大規模なんやね」

 想像よりも大きなお祭りだった。

 隣町とは言え、今まで知らなかった事を後悔した。

「ここ最近始まったらしいで。だんだんと規模が大きくなっとるらしい。どっから回る?」

 出店は飲食以外にも射的やボールすくい、お面などの子ど向けの物から、手作りアクセサリーや野菜、工芸品を売っている個人や企業の店もあった。

 三人は各店を眺めながら、気になった所を覗き買い物をした。

 餅つきをしている店もあり、つきたての餅は美味しかった。

 賑やかな場所にはやはり幽霊たちもいて、生者と同じ様にキョロキョロと出店を見ていた。佐藤さんも同じで、欲しい物があれば安におねだりをしている。


 片側の出店を見るだけでも十分程を要した。

 買った物を食べつつ反対側も見て回りながら、三人でわいわい楽しみながら回った。


 ぐるりと一周した所で、端に設置された飲食スペースを見つけ、タイミングよく空いた席に座った。

「結構疲れたな」

 テーブルに買った荷物を置き、疲れた様子で香西が飲み物を飲んだ。

「人混みを中歩くって、疲れるもんな」

 それぞれ購入したものを広げながら、知華が同意する。

「そういや、今日も結構見えとん?文化祭の時、お祭りごとには結構来るって言っとったけど」

 何気に聞いた香西に、二人揃っておるよ、と答えた。

「今、三人に囲まれてとるよ」

「えっ!」

 思ったより近くにいた事に驚き、香西は辺りをびくびくしながら見回した。

「怯えんでも大丈夫よ。美味しそうだなぁ、って眺めてるだけだから。あたし達が見えてるって気がついて、今は興奮しとるけど」

 安が説明した。

 三人の霊たちはまさか見られているとは思っていなかったようで、それぞれ反応が違った。

 中年男性は焦り、十代男性は見える人がいることに驚き、二十代女性は喜んで何やら自分の話を始めた。

 三人がそれぞれ話すため、知華の耳はどれを捉えていいのか分からず、頭が混乱した。

 流石にこういった状況に慣れている安は、「はいはい、ゆっくり食べたいから向こうに行って」と散会させる。

(なる程、バレた時でもこうやってきちんと伝えればいいんだ)

 知華は対処法を一つ知った。

「もう近くにはおらんから、気にせんでいいよ」

 まるで町中での勧誘を断るくらいの軽い対応で済ませた安を、香西は感心して見た。

「流石に慣れとるな。頼りになるなぁ」

 珍しく褒められたので、安はちょっと驚いたあと

「まぁ、そうかな」と照れていた。

 普段されない扱いに素直になれない安を見て、佐藤さんが代弁する。

「安ちゃんはこういう場所に友達と来たこと無いから、色々と嬉しいんよ。良かったなぁ。これからもこの子と仲良くしたってな」

 まるで父親のような言葉に

「ちょっと、余計なこと言わんでええから!」

 と安が返している。

 それが微笑ましくて、知華は

「うん。あたしも今日はすっごく楽しみにしとったよ」

 と佐藤さんに伝えた。

 うんうん、と満足そうに頷くと、安を見て

「伝えたいことは言える時に伝えんと、安ちゃん。そう反省したやろ?」

と意味深な発言をした。

 それに安は黙った。

 香西と知華は顔を見合わせた後、安を見た。

 彼女は少し考えたあと、香西に顔を向ける。

「修行ばっかりしとったから、友達とお祭りとか来たことないんよ。それに、こんなにも仕事の話聞いてもらった事なくて。佐藤さんの事も、霊媒師の事も気兼ねなく話せるの、初めてなんよ。それは結構嬉しいし、心強い」

 次に知華に顔を向ける。

「見える人と友達になれたのも、嬉しい。二人に会ったのは偶然じゃったけど、あの日あそこを通って良かったわ」

 出会ってから初めて聞く安の本心だった。

 自分で選んだ道とは言え、同年代の子達とは違う道を辿ることは、勇気がいることだったのだろう。分からない苦労も多いはずだ。

「あたしも安ちゃんに会えて良かったよ。見えるようになった事、相談出来る人が出来たのは本当に助かった」

 知華の本心だった。 

「まぁ、お前とは色々あるけど、安井の存在はホンマに助かっとる」

 照れ隠しか、安の顔は見ずに香西がそれだけ伝えた。

 若者のやり取りを見守る佐藤さんは、温かな目で見守る。

「ほな、そろそろ食べようか。冷めてしまうで〜」

 と空気を切り替えた。

 


 そこからは雑談をしながら、いつもの調子で楽しく過ごした。

 屋台で買った物はどれも美味しく、安と知華は交換したり分け合ったりしながら食べた。

 香西はイカ焼きが一番気に入ったようだ。

 食事を終えると、知華は机に最後に残った袋を鞄にしまった。

 「それ何?」と安に聞かれ、友人への誕生日プレゼントだと伝えた。


 以前、モールに行った時購入する予定だったが、両親の話などありすっかり忘れていたのだ。

 アクセサリーの出店で奈海が好きそうな物があったので、買っておいた物だった。

「そういえば、知華って誕生日いつ?」

 何気なく聞いた香西に、知華は

「来週」

 と答えた。

 その言葉に、二人とも「えっ!!」と声を揃えて驚いた。

「なんでもっと早く言ってくれんのん!」

「そうで!今日奢ったのに!」

 二方向から言葉が飛んできたので、知華は交互に見ながら「だって聞かれんかったし……」と戸惑った。

「そういう時は、自分からアピールするんの!」

「人生損するで!」

 まさかここまで動揺するとは思っていなかった知華は、慌てふためく二人を見て呆けていた。

 あまり誕生日を意識しなかったこの数年間。

 気がつけば当日だったり、過ぎていたりしたので、気にしなくなっていたのだ。

 呆然と立っている知華に、安と香西はもう一度露店を回ると言い、手を引いて飲食スペースから連れ出した。


 物販の店を見て行くが、急に「欲しい物言って」と言われても何も浮かばず、店を見ては真剣に悩む二人を後ろから見ていた。

 散々見回り、頭を悩ませた結果、香西は硝子細工の髪留めを、安はネックレスとイヤリングのセットをくれた。

「来年はちゃんと準備するわ」

「那津にガッツリ奢らせような?」

 笑っていう二人をからプレゼントを受け取った。

 知華はお礼を言いたかったが、先に涙がこぼれてきてしまった。

 急に泣き出したので驚いた二人は知華を人目につかない所まで連れていき、落ち着くのを待ってくれた。

 ハンカチで目元を押さえながら、知華は二人に「ありがとう」と震える声で言った。

「ここ何年か、忙しい毎日で……。誕生日も覚えてないくらいだったんよ。でも今年は友達と過ごせて、凄く楽しくて、プレゼントまで貰えて……。すごく……嬉しい……」

 それを聞いた二人は、どうしたらいいのかとそわそわした。

 対応に苦悶しているのを見た佐藤さんが、知華をそっと覗き込むようにして言った。

「知華ちゃん、良かったら話聞くで?安ちゃんの友達やし、いい理解者でおってくれるんや。知華ちゃんの事も知りたいって、二人とも思っとるで?」

 優しく言われ、再び涙がこぼれた。

 香西に少し話したことがあったが、あの時はオマモリサマのことが中心だった。介護生活の事だけを深く話した事はない。

 知られるのが嫌だった訳では無い。

 苦労が多い話なので、二人に余計な心労を抱いて欲しくなかったのだ。

 しかし、ここまで二人の話を色々と聞かせてもらった。


 自分も、さらけ出していいはずだ。


 何とか呼吸を落ち着かせ、知華はこれまでの介護の事を二人に話して聞かせた。


 親友の奈海がずっと見守り、話を聞いてくれていた事。両親と関係が悪化し、未だに上手く話せないこと。最近は歩み寄ろうとしてくれているのが分かるが、距離がつかめずギクシャクしてしまうこと。


 二人は静かに聞いてくれた。

 感情的になり上手くまとまって話せなかったが、言葉を挟むことなく、ただ傾聴してくれた事が嬉しかった。


 話終わる頃には夕方になっていた。

 祭りはそろそろ終わりのようで、いつの間にかステージ音楽も聞こえなくなっていた。

 人の流れも駅に向かっている。

「知華も色々あったんやね」

「文化祭で両親と会った時、あんな反応になった理由分かったわ。言いにくかったやろ?話してくれてありがな」

 二人は全て聴き終えた後、そう言葉をかけてくれた。

 泣き腫らした目に熱を感じた。

 酷い顔をしているだろうなと思ったが、それよりもスッキリした気持ちが強かった。 

「だいぶ落ち着いたか?」

 香西に言われ、うんと頷いた。

 すると佐藤さんが知華の目の前までやってきて、視線を合わせてきた。

「あのな、知華ちゃん。ちょっと大事な話をするで」

 いつになく真剣な表情だ。

「二人と初めて会った時な。おばさん悪霊を祓った後も、実はずっと知華ちゃんが気がかりじゃったんよ」

 安は何かを察して、佐藤さんを見た。

「今、その話するん?」

「今じゃから、よ。安ちゃん」

 安に目配りした佐藤さんは、意味深な事を言う。

 香西は何が始まるのかと、一歩引いた所で見ている。

「見える人には色んな物が寄ってくる。死者に限らず『あちら』側の者からすれば気付いてくれる、っちゅーのは大切や。アピーできる貴重な存在やから。ちょっかいかけられるだけならええけど、悪霊に魅入られて連れてかれることもある。おばさんで経験したやろ?」

 うん、と頷く。

「そう考えると『見える』のはリスクや。でも『見える』ことを遮断はできんやろ?じゃから、対策をした。お札とか物を使ったり、身を清めて近づきにくくしたりする方法を教えた。今も続けてくれとるやろ?家の中の対策も、お風呂の入り方も」

「分かるの?」

 佐藤さんの言う通り、教えてもらった対策をずっと続けていた。

 あえて伝えていなかったが、佐藤さんには筒抜けのようだ。


「分かるよ。知華の周りに澄んだ『気』が流れとるから」

 安が答えた。そんな事も分かれるのかと感心する。

「信じて続けてくれて、ありがとうな。素直に受け止めてくれとるのが分かるから、安ちゃんもワシも凄い喜んどんやで」

 そこまで言うと、佐藤さんの顔がすっと引き締まった。

「じゃけどな知華ちゃんの場合、それだけじゃ駄目なんよ。普通なら、教えた対策で大抵の者は寄ってこん。安ちゃんの師匠は『穢』と呼んどるけど、それが霊感ない人と同じくらい薄くなるけど、知華ちゃんは違う」

「おばさんの悪霊以外にも、似たような奴と会ったことあるよな?」

 安から指摘され、知華は頷いた。

「おばさんに似た目の人に付きまとわれた事はあるよ。白目がなくて、目が空洞みたいに見える人」

 安と佐藤さんは、やっぱりとい顔でお互いを見た。

「でも家の敷地に入れんし、一定距離からあたしに近づけんみたいだったから、大丈夫じゃった」

 安は知華の目を見た。真剣な表情だ。

「そういう奴に遭遇するのって、かなり確率が低いんよ。霊媒師しとるあたしでも、年に一回くらい」

「そうなん?」

 『見える』のでそういうものだと思っていた知華は、自分が異常であることを初めて知った。

「知華には、なんでそんなについてくるん?」

 後ろから香西が安に尋ねた。

「穢はな、色んな原因で濃くなる」 

 

 安は右手の人さし指を一本立てた。

「一つは心霊スポットとか良くない場所に行った時、事故現場に遭遇した時とかやね。心霊スポットは自分から穢をもらいに行って、あちらと繋がりを作ろうとしとる行為やから、出来ればやめたほうがいい」


 二本目の指を立てた。

「二つ目は身体の不調。疲れとる、風邪を引いたとか弱っとる時。生命力が落ちると、そこをつかれる」

 

三つ目の指を立てる。

「次に過度な思い込み。『自分には運がない』『どうせこうなるはず』っていうマイナスな自己暗示。ある種の呪いとも言える。自分で自分にかけとるのと同じやから、自分にしか解除出来んのが厄介や」

  

 四つめの指が立てられる。

「最後は精神的な負担。いじめや人間関係のゴタゴタ、仕事とかの強い不安やストレス、恨みや怒りやな。一番多いのが、この精神的な原因やね」


 どきっととした。気持ちのモヤモヤが急に膨らむ。

 知華の顔色が変わったので、安はそれ以上言葉を続けるか悩んだ。

 それを察した佐藤さんが、変わりに話す。

「さっき知華ちゃんが話してくれたから、ようやくハッキリと言える。対策しとるのに、なんでこんなにも穢が多いんか」

 安が佐藤さんを見る。

 気遣わしげな目線を送ったが、佐藤さんはあえて続けた。

「知華ちゃんにとって聞きたくない言葉かもしれんけど、あえて言うで。家族仲を修復し。そうやないと、知華ちゃん自身が困ったことになるで」

 知華は呆然と佐藤さんの話を聞いていた。


 家族仲の修復。

 言葉だと簡単に言えるが、現実は。

 知華の顔が泣き顔から青くなったので、安は見ていられず知華の前に立った。

「あたしな、ずっと、ずっと気づいとった。知華の周りに穢があるの。祓っても祓っても、薄くならん。お師匠のブレスレットでも駄目やった。家族の事やろうな、とは思ったけど……言い出せんかった。知華が望んでないかもしれんし、何より、一番頑張らんといけんのは知華本人や。じゃから……じゃから、言い出せんかった」

 安は知華の肩を掴んだ。

 薄い肩は冷えているように感じられる。

「でも、知華が穢に呑まれるのは嫌や。知華が知華でなくなってしまう!もう、今日みたいに遊びにも来れんくなる。体も動かせんくなる。ずっと病院から出れんくなる。話も出来んくなる。……知華と話せんくなるのは、嫌や!……せっかく、こんなにも色々話せる友達やのに」

 涙目になる安の顔を、知華も泣きながら見ていた。

「家族に大事な話をするのは、緊張する。分かる、とは言えんけど、少しでも知華の気持ちは汲み取れるよ。いつ声をかけようか、ドキドキして緊張して、心臓が早くなる。息が早くなる。体も冷えてくる。指先が氷みたいになる。声も震える。考えただけでも、怖いやろ?どんな反応されるんか、拒絶されるか、否定されるか……。怖いよな、だって親やもん。見放されたり、突き放されたら、どうしてええか分からんよな」

 安は知華よりも辛そうな顔をしている。

「でもな、でも……。向き合って欲しい。知華の気持ちをぶつけて欲しい。ご両親は歩み寄ろうとしとる。近づこうと、頑張ろうとしとる。知華も気付いとるんやろ?もし知華が向き合うのがホンマに嫌で、考えたくもないんなら仕方ない。でも、違うんやろ?分かり合いたいんやろ?」


 きっと、ずっと話したかった。

 理解して、寄り添って欲しかった。

 怒りではなく、嫌悪でもなく、憎しみでもない。


「ずっとずっと、傍で一緒におばあちゃんを観てほしかった。一人なのが、嫌だった」

 自分の気持ちが素直に言葉になった。

 一度言葉にすると、すらすらと知華の抱えていた本音が雪崩のように溢れた。


「独りなのがずっと嫌だった。おばあちゃんの事もお父さんの事も、お母さんの事も好きだったから。一緒に悩んで、話し合って、協力し合って、乗り越えたかった……」

 知華は嗚咽して泣いた。

 その場にしゃがみ込み、声を出して泣く知華を、安は自分も泣きながらぎゅっと抱きしめた。


 香西は口を出すことなく、二人を見守った。

 知華にとって、かなりデリケートな問題だったろう。

 それを包み隠さず話してくれた。二人を信用し、心を開いてくれたことが嬉しかった。

 香西は二人の背中をさすった。

 二人は嫌がることなく、それを受け入れた。

 何も言われなくても、傍にいてくれることが嬉しくて、二人は思い切り泣いた。 



 しばらく嗚咽が続き、やっと涙が止まった頃。

 香西は二人に飲み物を差し出した。

 無言でそれを受け取り、ぐびっと飲んだ。

 二人とも目が瞼が腫れ、目も真っ赤だった。

 

 気持ちがかなり落ち着き、近くの花壇に三人で座った。

 安は冷えたペットボトルを目に当てて、冷やしている。知華も真似をした。目に熱さを感じ、きっと酷い顔になっていると思えた。


「スッキリしたか?」

 佐藤さんが二人に尋ねた。

「うん。時間取らせてごめん」

 安がペットボトルを当てたまま、答えた。

「もう少し落ち着いたら、帰ろうか」

 香西がすっかり暗くなった空を見上げた。

 夜なので周囲の人には気づかれないだろうが、流石にこのままの顔では歩きにくいだろうと思った。


 知華は思った以上に心が落ち着いている事に驚いた。

 言葉にするだけで、こんなにも晴れやかになるのかと思った。

 そして、奈海の顔が浮かんだ。

 ずっと傍で話を聞き、支えてくれた親友。

 香西にも話すのかと、何度か聞いてくれた。

 それに両親との和解をこの四年間、一番気にかけてくれていた。

 ちゃんと伝えたい。


 その思いがぐんぐんと強くなり、知華は立ち上がった。

 そして話を聴いてくれた三人を見る。

「ありがとう、安ちゃん、香西くん、佐藤さん」

 視線が知華に集まる。

「あたし、両親に話す。今なら全部言える気がする」

 知華の晴れやかな表情を見て、香西はそうか、と頷いた。

 安も佐藤さんも、静かに首を縦に振った。

「その前に、奈海に会わんと。四年間、ずっと話聞いてもらったし、ちゃんと話し合えって何度も言ってくれとったから」

 鞄をぎゅっと握った。

「ついでに、プレゼントも渡したいし」

「その子の誕生日、いつなん?」

 安が少し枯れた声で言った。

「実は明日なんよ。でも話すことに決めたって、早く伝えたいけ、これから行ってくる」

「そっか」

 まだ腫れている目で笑い、安は「せっかくやから、近くまで一緒に行かせて」と言った。

 知華は頷くと、全員で帰路についた。



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