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クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
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他愛もなく①


 霊道封鎖の一件以来、知華と安と香西はグループメッセージをするようになった。


 お互いの近況や他愛もない事をやり取りしあうのだが、文章でも香西と安の掛け合いは行われた。

 最初はなだめていた知華ももう慣れてしまい、今では二人の挨拶と思うようになった。


 メッセージを始めてから安の事が特によく分かり、その多忙ぶりが感じられた。


 安は県内色々と仕事に行っており、時には紅野に同行して県外にも行くようだった。

 以前、佐藤さんが修行を沢山入れられる、と言っていたが、それがよく分かった。

 お土産を買ってきてくれることもあったが、何故か香西と色違いだったりお揃いだったりした。

 学校に持っていくには照れくさく、私物に付けるようになり、今では鞄がジャラジャラだった。

 最初は都道府県をコンプリート出来るかも、と香西と冗談で言っていたが、徐々に増えていくお土産を見ていると、半年もしないうちに可能になるのでは、と思うようになった。


 そんな状態のため、秋祭りに一緒に行けるのか不安だった知華たが、『ちゃんとスケジュールは空けてもらう』とのメッセージが届き、ワクワクが跳ね上がったのだった。



 一方、学校でも変化があった。

 お昼休みに奈海がご飯を共にするようになったのだ。

 何故か奈海は「毎日は遠慮する」と辞退するので、週二回ほどだったが、三人で新しくできたお店のことや、映画の話題などで盛り上がった。

 今度三人で見に行こう、と奈海が誘ったが、香西が意外にもホラーが苦手というこで話は頓挫した。

 怖いと分かっていて、あえてそれを観に行くのが理解出来ないと香西は奈海に主張したが、生粋のホラー好きからすると「それが楽しい」のだと、意見は平行線で終わった。

 知華は内心、幽霊と対峙する方がよっぽど怖いだろうと思えたが、奈海の前では言えないので心にしまった。


 奈海が一番食いついたのは香西の「知華」呼びで、これまで以上に目をキラキラさせて二人に詰め寄ってきた。しかし香西からも知華からも詳細な事を聞けない奈海は、その夜、知華に怒涛のメッセージラッシュを浴びせた。

 それは余りにも長く、もう勘弁してと知華が泣きつくと、今度映画を奢るという条件で交渉は成立したのだった。


 学校内でも香西は「知華」呼びをしていた。

 香西の友人たちがざわざわしたが、奈海のラッシュよりはマシだったので、知華の気持ちはそこまで揺るがなかった。

 香西も動揺はなく、友達だからとあっさり返事を返していた。

 しかし納得できないようで、教室外でも何やら聞かれている香西を見かけたと、奈海が教えてくれた。

 涼しい顔で受け流していたようなので、知華は直接聞きはしなかった。





 そんな毎日を送っていると、十一月に入っていた。

 すっかり秋が深まり、コスモスや柿を見かけるようになった。


 オマモリサマはあれから姿を見せず、霊道が空いていた道路も平穏で、井戸端会議をするおばさん霊がいるくらいだった。


 そして、秋祭りの日がやって来た。

 久々に三人で会うので、知華は嬉しさでそわそわしていた。

 時計が進むのが遅く、もどかしさから自室でスマホのメッセージを見ていた。


 秋祭りに行くことは奈海にも教えていた。

 その時のやり取りで『たまにはヘアスタイルを変えたら?』とのメッセージが目に留まった。


(たまにはやってみようかな)


 知華は洗面所の鏡の前で、慣れないセッティングを始めた。

 が、三面鏡ではコームの向きが逆だったり、分け目が曲がったりと悪戦苦闘した。


 動画を観る分には簡単そうだと思えたが、実際はよい位置で束ねられなかったり、ゴムが緩すぎたりキツすぎたりで、四苦八苦だ。

 整えようとすると崩れていくので、もう諦めようかとため息をついた。


 そこへ母がやって来た。

「知華、髪を結いたいの?」

 先程から洗面所から戻ってこないので、様子を見に来たらしい。

「ああ……、うん」

「お母さん、やってもいい?」

 珍しく声をかけられた。嫌では無かったので、頷く。

 少し嬉しそうな顔になった母は、知華の後ろに立ち

「どんな髪型にしたいん?」

 と聞いてきた。


 おずおずと動画を見せる。

 母はふむふむと見ると、やり直すからね、とゴムを解いた。

 櫛とコームでもう一度髪を梳かしながら懐かしそうな表情で言う。

「幼稚園の頃は、毎日こうして髪を結ってたね」


 知華も思い出す。

 昔は髪が長く、背中まであった。

 編み込みがお気に入りで、時間がないと言われても駄々をこねて結ってもらっていた。

「あの頃は編み込みがお気に入りで、毎日結っとったな。お母さん苦手だったのに、卒園する頃には得意になったんよ」

 意外にも同じ事を思い出していることに驚き、思わず声が出た。

「覚えてたの?」

「当たり前でしょ」

 そう返され、「そっか」と呟いた。

 優しく動く手が、髪を触っている。

 その感覚は懐かしく、幼い頃を思い出した。


 ストーブの前でテレビを見ながら、結い上がるのを待っていた。

 父は「また編み込みか?」と毎日の様に母子の姿を見て言っていた。

 兄はお気に入りのレンジャーの人形を持っていくと、父に縋って泣き顔になっていた。

 朝支度はバタバタだったが、知華はその時間が好きだった。


 回想していると、胸が温かくなり自然と笑みがこぼれた。


「出来たよ」

 あっという間に、動画と同じ髪型になっていた。

 左右編み込みで、余った髪を後ろでまとめたヘアースタイルだ。

 随分とスッキリとした印象になった。

「ありがと」

 鏡でチェックする娘を見ながら、目を細める。

「最近、楽しそうね」

「……そう、かな」

 ハッキリと答えない知華にそれ以上は聞かず、「気を付けて行っておいで」とだけ声をかけられた。


 

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