安②
神社に泊まることになったので、安は場所を変えるため本堂を出た。
いつも使わせてもらっている宿舎の家に行くためだ。
宿舎は境内の外、山の中にある平屋の一軒家で、もっぱら修行をする若者が使う事が多かった。
安は使用の常連で、今は他にも数人が使っていた。
タイミングが合えば他の者と一緒になる事があったが、今回は誰もいないようで、家の中は静かだった。
佐藤さんは紅野と少し話があると、神社に残った。用事が終わればこちらに来るだろう。
荷物を置くと、一息つくためお茶を入れようと台所にあるポットの電源を入れた。
湯が沸くのを待つ間、知華にメッセージをした。
『明日から神戸に行くよ』
出張報告は毎回で、お土産を選ぶのが楽しみだった。
安にとっては県外出張は日常的だったが、高校生の二人にはイベントの様にうつるのか、『いいなぁ』と羨ましがられた。
しかし最近はその多さに驚いたようで、『気を付けて』の心配の方が多くなっていた。
(お茶飲んだら準備始めよ)
ぼーっと窓の外を眺めながら、しばらく湯の沸く音を聞いてきたら
「安ちゃーん。起きとる?」
と佐藤さんの声がした。
「起きとるよー」
玄関の方へ向かって返事をすると、壁からぬっと佐藤さんが現れた。
「明日から神戸やって?」
キッチンの椅子に座る仕草をして、安の向かいにやって来た。
実際には座れないので、振りだけだ。
「うん。新幹線かな」
「また厄介な案件なんかね。お師匠の求めるレベル、どんどん上がっとるからなぁ」
「オマモリサマほど大変じゃないやろ」
「そりゃ、あんなレベルは無理よ。ゲームで言うとラスボスなや」
軽く言っているが、佐藤さんがそこまで評価するのは珍しいので、貴重な言葉だ。
神社に残って紅野と話していたのは、やはりオマモリサマの事だろうか。
実は霊道が開いて知華の家にお邪魔して以来、オマモリサマの事を佐藤さんと話していなかった。
「なぁ、佐藤さんから見てもオマモリサマって異様?」
「当たり前やん。あんなの、見たことないわ」
「長年霊媒師に付き添っとる佐藤さんでも、そう思うんや」
実は佐藤さんの霊媒師付き年数は長い。
安は兄弟子が独り立ちするので、佐藤さんを引き継いだ。
具体的な年数は聞いていないが、相当な場数を見てきているのだ。
「知華、そんなのに狙われとんやね。何でやろ」
「具体的な接点が、何かあるはずよ。ああいう輩は気に入った者に執着するけ。おばあさんと知り合い、ゆうとったし、その頃からの縁かもな」
「なら詳細は分からん、か」
知華の父親との接点が何かあるかも知れないが、家族関係を考えると聞き出すのは難しいそうだ。
「知華が家族に聞いてくれればええんやけど……」
「まぁ、難しいやろな」
佐藤さんも同意見のようだ。
「安ちゃん。知華ちゃんが異様に穢を引き寄せとるの、気がついとるやろ?」
佐藤さんに振られ、うんと頷いた。
知華本人には言っていないが、彼女の周りには常に穢がある。
穢とは不浄や不潔の状態を指し、死者に触れた時、病気、犯罪行為、厄災などで生じる。
単なる物理的な汚れだけでなく、生命力や心のエネルギーが弱まった「気枯れ(気枯れ)」の状態を意味し、怪異の世界の者にとっては隙になる。
体を乗っ取られたり、最悪死に導かれてしまうのだ。
穢は誰にでも生まれやすいものだが、知華は穢を他の人より引きつけやすかった。
「初めて会った時、おばさんの穢を浄化したけど、すぐにもとに戻っとった。お師匠のブレスレットをあげてからも、常に見えるんよな」
安は知華の姿を思い出しながら、祓っても祓っても寄ってくる穢の原因がどこにあるのか、考えていた。
思い当たる節はある。
「まぁ、一番可能性が高いのは家族関係、やろな」
安が思っていた事を佐藤さんが口にした。
知華は家族仲が悪いというより、蟠り《わだかまり》がある。
文化祭や家に訪れた時の様子を見るに、お互い接近しようとしているがやり方が分からない、という印象を受けた。
心の中につっかえているものが取れないと、きっと解決出来ない。
「あたしが力になれる事、あるんかな」
家族の問題はデリケートだ。
赤の他人が立ち入ってよい領域に無いことが多い。
「どうやろな。こればっかりは難しいわ」
安も佐藤さんも分かっている。
きっと知華次第なのだと。
(なんとか背中を押してあげたいな……)
考えている事が顔に出ているので、佐藤さんは安の思考を簡単に読め取れた。
「安ちゃんが思うように動いたらええんやで。どうにかしたいなら、知華ちゃんにちゃんと伝えて、一緒に考えたええんよ」
知華は一緒に解決する事を望むだろうか。
いや、ここで空想ばかりしていても埒があかない。きちんと知華の思いを確認しないと、何も始まらない。
「まずは知華に聞いてみよ。上手く会話のきっかけが出来ればええな」
安は伸びをして、お茶を入れるために立ち上がった。




