香西
そこにいたのは香西だった。
二年になって同じクラスになった男子生徒だったが、付き合う友人も全く違うため、これまで話したことがなかった。
英語教諭とよく言い争っているメンバーの一人だ。
香西は知華に気がつくと歩みを止めた。
一瞬間があったが、知った顔と分かり話しかけてきた。
「クラスの羽原さんやろ?こんな所で何しよん?」
驚いた顔で近づいてくる。
知華はというと、名前を覚えられている事を意外に感じ、驚いていた。
「まあ、ちょっと散歩」
適応に返事を返す。
「家、この辺なんか?こんな所で人に会ったの初めてじゃ」
小屋まで来ると彼は老犬によう、と挨拶をすると軽く頭を撫でた。
「今日もおるな。こいつ、爺さんじゃからどこでも寝るんよ」
「そうなんじゃ」
ほとんど会話もしたことがない人間に、気さくに話しかけてくる。
(こういう性格やから、あんなに友達できるんか)
まさか、こんな所で同級生に出会うとは思っていなかった。
しかも、よく授業をサボっている香西に。
知華の中ではあまり関わりたくない類の人間だった。
直接何かされた訳では無いが、普段の言動からそう思っていた。
しかし、想像していたよりも気さくな性格なのかもしれない。とは言え、会話の糸口は浮かばず、無言の時間が流れた。
道の奥に消えたオマモリサマが帰ってこないか、帰ってきたら何と説明すればいいのか、とも考える。
沈黙に耐えられず、「香西くんは何しとん?」と思わず聞いた。
「たまに来るんよ。こっちの奥に畑があってな。うちはなんにもしょーらんけど、近所のばっちゃんが色々と育てとるけ、お裾分けしてくれるんよ。そのお礼に見回りしよんじゃ。このへんは狸とか出るけ」
思ったより、しっかりとした内容の返事が帰ってきた。
香西の方は知華に顔を向ける。
「そんで、羽原さんは?」
「あー……。ここの奥に祠があって、そこに行く途中」
「へー。水くみしょーる川の近くにあるんかな?そんな所あるんじゃ。知らんかったわ。でも、祠って。信仰が篤いんか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
多弁に話す香西に戸惑う。
いつもクラスで友人としゃべっている姿を見てはいたものの、授業中、教師に楯突く姿ばかり印象に残っていた。
(同級生相手だと、普通に話すんじゃな)
知華が考えている途中でも、香西は話を続けている。
「祠なんか、みたことないけどなぁ。ばっちゃんなら知っとるかな?どんなやつ?見つけんといけんのん?」
(祠について深く聞かんでほしい)と願いながら、返事ができずもごもごしていた。
そこに、オマモリサマが奥から戻ってきた。
表情から察するに、探し物は見つからなかったらしい。
「見つからんわ。暗くなってきたし、森の中は見えん。今日は無理かの。知華、もうええぞ」
そう言うと、知華の腕をいきなりぐいっと引っ張った。
知華と一緒にいる香西には一切触れず、まるで見えていないかのようだ。
急に現れた年上の青年に驚いた香西だったが、粗雑な扱いを見て「おい」とオマモリサマの前に立ちふさがる。
「急に掴んで、乱暴じゃな」
警戒した眼差しをオマモリサマに向けたまま「知り合いなん?」と知華に質問した。
「まぁ……。何というか……」
「昨日知り合ったばっかりじゃ」
曖昧な返事をする知華に変わり、オマモリサマがあっさりと答えた。
「知華、明日も来い。この場所でええ」
「えっ、明日も?」
「どうせ、予定もないんじゃろ。なら、付き合え。八重子の事も少し聞きたいしな」
そう言うと香西をするりと避けて、知華を引っ張ったまま横を通り過ぎようとした。
それを再び香西が止める。
「おい、無視するな!」
二人の前に立ちふさがり、進路を塞ぐ。
「なんじゃ、目障りなガキじゃな」
目の前に立たれ、オマモリサマは不愉快そうな顔をして香西を睨んだ。
「嫌がっとるじゃろ。羽原さん置いて、一人で帰れ」
「お前には何も関係ない」
「そんなワケあるか!」
オマモリサマの腕をガシッと掴んだ。
「血の気の多いガキじゃな」
ギラっとオマモリサマの目が不穏に光った。
それを見て、知華はマズイと思った。
香西はオマモリサマの正体を知らない。
何かあってはダメだ。
「オマモリサマ、明日も来るから!ここでいいんやろ?」
慌ててそう言い、オマモリサマと香西の間に割って入った。
オマモリサマは知華の腕をあっさり離して「待っとるぞ」とだけ言い残し、さっさと森を抜けてしまう。
その姿を見送ると、香西は剣のある声で「ほんまに知り合いなん?」と問うてきた。
迫力のあるその声に少し腰が引けた。
「亡くなったおばあちゃんの知り合いみたいで……。少し話を聞きたいみたい……」
自然と声が小さくなる。
納得出来る説明とは到底言えない内容に、香西はさらに詰め寄った。
「話を聞くのに、何でここなん?それに祠探しとるってゆったよな?それ、おばあさんと関係あるん?」
うっ、と言葉に詰まった。
嘘は言ってないが、辻褄が合わないので上手い言い逃れも浮かばない。
困惑した知華を察し、彼は「じゃ、俺も行く」と言い出した。
「えっ、なんで?」
驚く知華に、香西はやや口調を荒らげて言った。
「どう見ても怪しいじゃろ!おばあさんとは知り合いかもしれんけど、年齢が離れすぎとる。どういう知り合いじゃったん?祠を見に行く、言うのもなんか変じゃし。色々と辻褄が合わん。羽原さんも上手く説明出来んのじゃろ?こんな場所で二人で待ち合わせなんか、駄目じゃろ。危ないで」
まったくの正論で、何も言い返せない。
知華は彼の同行をしかたなくお願いした。




