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クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
28/49

見えんから②



 鍋のような物の隣に置かれたロウソクに、火が灯される。


 安が宇田と同じタスキをかけ、水を一口飲んだ。一呼吸入れると姿勢を正し、柏手を打つ。


 いよいよお祓いが始まった。


 香西と知華は後ろの方で見守る。


 宇田は二人の少し前に控えている。


 佐藤さんもどうやら近くにいるようで、時々知華が話しかけていた。


 御経が始まり安の声が響く。とても静寂に満ち、空気の変化も感じない。


 十分ほどそれが続くと、痺れが切れて知華に尋ねた。

「霊たち、どんな?集まったりしとん?」

 小声なので、知華が顔を近づけて教えてくれた。

「いや、特に何にも。立ち入り禁止にした外から見とる人が何人かおるけど、やじ馬って感じ。しつこかった三人もおらん」


 これは嵐の前の静けさ、ではなかろうか。

 知華も同じ様に考えているようで、不安そうだ。


 さらに二十分が過ぎただろうか。ようやく変化があった。


 知華によると、霊道の穴が小さくなってきたらしい。

「内側に吸い込まれるみたいに、急に動き出した。どんどん小さくなっとるよ。うわっ、何か穴の中から顔が……覗いとる。気持ち悪……」

 複数の顔がこちらに出ようと、もごもごと蠢いているらしい。

 集団恐怖症の人は、見てはいけない状態と言われた。

 知華の恐怖というよりも嫌悪の表情を見て、どんなのもか想像出来た。


 そこから更に一時間。


 時間の経過とともに穴は小さく縮小し、やがて消えたらしい。

 空気が軽くなり、どんよりとした雰囲気が無くなったと、知華は教えてくれた。


 香西も道が明るくなったような気がした。

街灯の明かりのせいだけではないだろう。

「これで、終わりなんか?」

 思った以上にアッサリ終了し、拍子抜けした。


「えっ、そうなん?……うん。……うん。分かった」

 佐藤さんから何か言われた知華が教えてくれる。

「とりあえず霊道は無事に閉じれたって。でも戻っていかなかった霊が複数おるから、それを探さんといけんみたい。あの三人は確実にまだおるよって、佐藤さんが言っとる。封鎖した道のどこかに気配殺して潜んどるらしいから、これから捜索するって。危ないから安ちゃんから離れんようにってさ」

 何とも恐ろしい状況になった。


 服の上から御守りを握りしめる。


 知華の方は落ち着いており、躊躇することなく霊媒師二人の方へ行ってしまった。捜索に参加するらしい。


 自分だけたがビクついているようで、情けなくなる。

 仕方ないと分かっていても、自分の気持ちに嘘はつけない。


 気を取り直して、香西は三人と距離が離れすぎないよう、着いていく。背中を見失わないよう、けれど邪魔にならないように。



 三人は閉鎖された二十五メートル程の道を見渡している。


 街灯が照らす範囲は狭く、視界は悪い。

 懐中電灯は宇田が持っている一個だけで、効率は良くなさそうだった。


 ゆっくりと歩き左右を見て回っていると、知華が何かに気づき、ゴミステーションの方を指さした。


 懐中電灯の光がステーションをチラチラと照らす。

 霊媒師二人はそこへ歩いていった。

 ステーションの左横に立つと、何やら話しかけている。

 暗がりが広がるばかりだが、そこに何かいるのだろうと思うと自然に鳥肌が立った。


 知華が邪魔にならないよう、香西の元まで戻ってきた。

「あそこにお婆さんがおる。小さく蹲って《うずくまって》、安ちゃんを見とるよ」

 知華が実況してくれると、状況が分かって助かった。

 距離があるので、会話の内容までは分からないそうだ。


 暫く話すと、安は宇田に代わった。どうやら供養するようだ。


 宇田が姿勢を低くし、お香を焚く。

 そして御経を読む仕草をしている。


 安は暫く見ていたが、暴れることもなく進行できそうと判断したのか、そこを宇田に任せ、別の場所を見回り始めた。 


 宇田の懐中電灯を持ち、一人で道を進んでいく。

 その少し後ろを、香西と知華が続く。


 懐中電灯の丸い光が上から下へ動き、家や塀を照らす。

 ふと家の敷地内にある木に光を当てると、そのままじっと見て、安が足を止めた。

 そして何やら話しかけている。


 先ほどより距離が近いので、かすかに声が聞こえる。

 それによると、木の枝に逆さに何かぶら下がっているらしい。

 危害を加えないとか、手を出さないなど、安の口から不穏な言葉が聞こえる。


「安ちゃんがサラリーマン風の男の人を説得しとる。仕事関係で恨んでる人がおるみたい。でもその人は見つからんくて、似てる人を探して痛い目に合わせるって言っとる。そんな事するなら強制的におくるって、安ちゃんが説明しとるよ」

 安は長々と男性と話した。


 なかなか話が通じないらしく、堂々巡りのように同じ説明が繰り返されているらしい。


 いつも短気な安が、よくもまぁこんなに長く説得を続けられるな、と香西は思った。



 十五分程の説得の後、何とか話がまとまったらしく、安が宇田を呼んでほしい、と言ってきた。

 知華が道を戻り、宇田を連れて帰ってくる。

 お婆さんの供養を終えた宇田は安のもとへ行き、少し話をする。


 供養が始まると、安は二人の方に歩いてきた。その顔には疲労が滲んでおり、顔色も少し悪い。

「結構時間かかったわ、あのサラリーマン。遺恨が深くて、ほっとくと悪霊になりかねんかったわ。霊道なんかあると、憎悪とか憎しみが増すからなぁ。なんとか説得して、供養に納得してくれた」

 知華に差し出された水を受け取り、グビグビ飲んでいる。

 一気に半分を飲み干すと、また懐中電灯を取り出し「あと一人やな」と捜索に戻ろうとする。

「大丈夫なんか、安井。顔色悪いで」

 少し休憩した方がいいのではないか、と声をかけるか悩む。

「平気、とは言わんよ。正直しんどいけど、あと一人おるから。それを何とかした後じゃないと、終われん」

 安は自分に喝を入れるように頬をパン、と叩いた。 

「大丈夫、事前に清めてきたし、お師匠から言われた物も身につけとる」

 佐藤さんが何やら言ったのだろう。宙に向けて返事をした後、知華にブレスレットを渡した。

「これ。新しいブレスレットな。渡しとく」 


 手の中を見ると、前回のものと組紐の色が違う。

 石も紫、透明感のある茶色、白の組み合わせで、一本目より落ち着いた色味になった。玉の大きさも少し大きい。


「少し強化してくれたよ。二つとも付けとってええけど、最初のブレスレットにヒビが入ったら、こっちの新しい物だけ使ってな。前も言ったけど、濁りがある程度ならまだ効果は発揮できるけ」 

 うん、と頷き、知華は古いブレスレットと同じ腕にそれを付けた。

「残る一人は同世代の女の子、やろ。付きまとわれとったみたいじゃし、一番厄介そうじゃから用心してな」

「分かった」

「宇田兄はさっきの男の人の供養に時間がかかると思うから、あたしら二人で探そ」

「時間かかるて、なんか違いがあるんか?」

「あの人、説得に応じたけど、少なからずの悪行があるんよ。関係ない人に穢振りまいたり、金縛りかけて悪夢を見させたり。体調崩した人もおったはず。じゃから、供養にも時間がかかる。お婆さんのみたいに簡単じゃないんよ」

 罪に応じて御経が長くなる、という事だろうか。

 


 かくして、知華と安の二人で女の子を探すことになった。

 効率化を図るため、二人は少し距離を開けて散り散りで探し始めた。

 とはいっても、目が届く範囲だ。


 見えない香西は、その場で見ていることしか出来ない。

 女子二人を見守りながら、歯がゆい思いをしていた。

(見える相手なら、向かって行けるのにな)

 オマモリサマの時もそうだった。

 怪異と知らなかったとは言え、言葉や態度で威嚇出来た。

 幸いにも父親譲りの身長があるので、言葉と態度次第で迫力が出る。人間相手ならどうにかなったが、霊相手ではどうしようもない。

(こんな状態で、何の役に立つんやろか……)

 以前宇田から言われた言葉が頭をよぎる。


『見えない人が近くにいる事で、救われることもある』


 本当にそうだろうか。香西には全くその実感がない。


(今もただ見守る事しか出来んのに……)

 今までここまで思い悩む事がなかったので、香西自身も戸惑っていた。

 誰かに相談出来るとしたら宇田だ。

 これが終わったら、会えるように約束を取り付けよう。

 そう結論を出し、何気なく周りを歩いた。


 すっかり日が落ち、辺りは暗い。


 街灯の光が心もとなく辺りを照らしている。

 寒くなってきたので、早く決着が付けばいいのにと考えていると、電柱の近くに落とし物があった。


 通学バックなどによく付けてある、ボールチェーンが付いたぬいぐるみだ。

 猫なのか熊なのか、動物をモチーフにしたキャラクターだ。

 最近人気なのか、クラスの女子がつけていたような気がするが、香西は名前を知らない。

 白と青の服を着たそれはにこっと笑っており、可愛らしく見えた。


 誰かが落とした事に気づかず、放置されているのだろう。

 白い生地は茶色く薄汚れている。


 屈んで手に取ると、手のひらに収まる大きさだった。

(電柱にぶら下げておけば、持ち主が気がつくかもしれん)

 そう考えて、ボールチェーンをいじっていると、急に声がした。

「香西!!!」

 切羽詰まった安のものだったのだ。


 血相を変えている。


 何事かと思い振り返ろうとした所、知華が凄い勢いで腕を引っ張った。


 勢いでぬいぐるみを落とし、地面に激しく倒れた。

「駄目!!!」

 知華が香西の背後に向かって怒鳴る。

「こっちにきて!」


 言うや否や、香西を置いて知華は安と逆方向に走り出した。


 香西は訳がわからず、呆けていた。


「佐藤さん、向こうまで行ったらこっちに引きつけるから!」

 安はさっと数珠を取り出し、戦闘態勢に入る。

「香西!そのぬいぐるみに触るな!」

 安が知華から目線を外さないまま、語気を強めて言う。

 香西は転がったぬいぐるみを見た。


 これがトリガーで何か起こったらしい。


 自分のせいで、二人が危険に晒されている。


 慌てて知華を見ると、通行止めにした結界の端まで来ていた。

 追い詰められたのか、まごまごと隅でもたついている。

 隙を伺おうとしているようだ。

 しかし次の瞬間、背中を押されたのか急に転んだ。

 そして足が宙に浮き、ズルズルと結界の外に向かって引きずられた。


 外に出てしまったら、知華は……


 その先を考えるのが恐ろしく、香西は居てもたってもいられず、ぬいぐるみを掴んで叫んだ。

「おい!こっちや!!」

 知華の動きがとまった。


 足がドサッと地面に落ちたところを見ると、誘導は成功したらしい。


 安の方へ向かって走ろうと、体の向きを変えた。

 とたん、急に体が重くなった。

 インフルエンザで寝込んだ時の様な倦怠感と息苦しさがあった。

「香西!!」

「香西くん!」

 二人が同時に叫んだ。

 安がこちらにかけてくる。

 珍しく焦っていた。


 それを見ると、急に怒りが湧いてきた。

 自分のものでは無いその感情は沸々と体を巡り、どうしようもなく安を殴りたい衝動に駆られた。

 ぎっと安をねみつけ、拳を振り上げる。


 思わず両手で顔を覆い身構えた安だったが、拳の衝撃はこなかった。

 変わりにどん、と鈍い音がした。

 恐る恐る目を開けると、香西が振り上げた拳を、自分の胸に食らわせていた。

 衝撃で息を詰まらせながら、香西は自分の中の何者かに向けて言った。

「見くびるなよ。女は殴らん……」

 そのまま咳き込み、蹲ってしまった。


 安はその隙に香西の背中に回り、御経を唱えながら素早く空で文字を書いた。

 そして印を作ると背中にびたっとあて、除霊の御経を唱え始めた。


 知華がようやっと追いつき、二人を心配そうに見る。

 香西は頭を垂れ、咳をするばかりで動かない。

(あたしが足を掴まれたから……!)

 香西が女の子の霊に襲われそうで、思わず体が飛び出していた。

 自分の方へ引き付けたはいいが、誘導先を誤って追い詰められ、捕まってしまった。

 自分の失態だ。 


「大丈夫やで。今、入り込んだ霊を安ちゃんが抑え込んどる。除霊に入ったからこのまま見とき」

 佐藤さんが近くに来て説明してくれた。


 その頃になって、サラリーマンの供養を終えた宇田が追いつき、知華の横にやって来た。

「ごめんよ、時間がかかって」

 安の状況を見て、宇田はすぐに事態を理解したようだ。

 お神酒を安に撒き、援護した。

「僕はこんな事しか出来んから」

 その後、佐藤さんが宇田に事の次第を説明した。


 話を聞き終わると、宇田が感心した様子で言った。

「それにしても、香西くんは強靭な精神を持っとるな」 

「どういう事ですか?」

 取り憑かれた人を初めて見た知華は、震えている体を何とか抑えて尋ねた。

「憑かれた時、安ちゃんを殴ろうとしたんやろ?霊が除霊を拒んでそうさせたんじゃろうけど、香西くんはそれに歯向かった。体を操られとるのに、凄いわ。普通はそんな事出来ん。みんな自分の意識とは関係なく、喋ったり動かされたりするのに」

 そいうものなのか。


 確かに、香西の中に女の子が入った後は雰囲気が一変した。

 目がいつもの香西ではなく、まるで別人になったようで恐ろしかった。

 このまま香西が戻って来なかったらどうしようと、知華は強い不安と焦りを覚えた。

 まだ小さく震える知華を、宇田が優しくなだめた。

 簡単な落ち着く呪いをかけてもらうと、体がぽかぽかして気持ちが少し落ち着いた。


 そのまま三人で除霊を見守った。


 数十分御経が続いた後、再び背中に文字を書いて柏手を打った所で終了した。


 安は大きく息を吐き出すと、香西の肩をポンポンと叩いた。

「どう?楽になった?」

 彼は顔を上げて数回瞬きをすると、体を確かめるように手を動かした。

 そして頷く。

 その目はいつもの香西で、知華は安堵した。

「よかった……」

 体が脱力し、へなへなと地面に座り込んだ。

 脱力した知華を見て、安は疲れた笑みを見せた。

「知華もご苦労さん。無事に終わったわ」

 うん、と頷き返す。


 女子二人が安堵の空気でいる中、香西は一人納得していなかった。

「良くない」

 低い声がした。

 知華と安が香西を見る。

 彼はキッ顔を上げ二人と目が合うと、怒り出した。

「何にもよくないわ、アホ!二人とも、そこに座れ!」

 急に叱られぽかんとしていると、もう一度座れ、と地面を指された。

 いつになく凄みのある顔に、仕方なく二人は地面に正座する。

 香西と女子二人が向かい合う形になった。


「お前ら二人とも、もっと自分を大切にせい!」

 バンバンと地面を叩きながら、香西は説教を始めた。 

「なんでもっと自分を守るような動きをせんのんか!自分をおとりにするような行動をするな!」

 香西もやっていたはずだが、それは棚に上げているのか。

 二人ともそう思ったが、口には出さず反論した。

「だって、香西くんがぬいぐるみ持っちゃったから……。あれで女の子怒って、急に襲おうとしたんよ」

「あれがトリガーなんて、知らんわ!見えとるならきちんと教えてくれよ!」

「あたしらだって、知らんかったわ!香西が持った途端に気配がぐわっと強くなったから……。だいたい、何でも触るな!霊が何を大切にしとるかは、分かりにくい。あたしら霊媒師でも近寄らんと分からん。だいたい、あたしは今回、危険な行動しとらんやろ!」

「前回、高熱出したやろ!しかも、全開する前に今日の除霊に臨んどるやないか!」

 うっ、と言葉を詰まらせる。

「そんな……仕方ないやん!急いでなんとかせんと、どんどん状況悪くなるんやで。だいたい、今日の香西が一番ないわ!見えんのに結界の中に入って。トリガーの物触るし、憑かれるし!見えん香西が一番分かったやろ、危険やって」

「そんなの、承知の上や!その歳でこんな危険なこと仕事にしとる安井に言われとうない!」

 口喧嘩になってしまい、どうしたものかと宇田が考える。


 お互いの言い分は最もだが、このままでは心配がおかしな方向にいき、友情にヒビが入りそうだ。


 止めようとした時、佐藤さんが意味ありげに視線を送ってきた。


『黙って見てみとき』


 安はそんな二人のやり取りには気が付かず、さらに言葉を続ける。

「やっぱり、香西には現場は危険なんよ。見えん人は近寄らん方がええ。聞こえもせんし、感じんし。霊感ないと身が持たんで」

 冷静な注意喚起に、香西は黙った。

 知華ははらはらしながら二人を見る。

 このままでは仲違いしてしまいそうだ。


 さらに反論が続くのかと思われたが、予想に反して香西は沈黙した。


 そして少し考えたあと、口を開いた。

「そうや、俺には見えんし、聞こえん」

「だったら……」

 言いさした安を、香西が止める。

「今日みたいな日は、俺は足手まといや。見えんから、何にも出来んと、まごつく事しかができん。見えんから、二人に危険が迫っとるか分からん。見えんから、余計心配になる。……頼むから、無茶せんとってくれ」 

 香西らしくない、弱々しい声だった。

 下を向いた彼は、言葉を絞り出す様に続けた。

「見える二人が、心配なんよ。俺を巻き込まんように、自分をおとりにするような行動はせんとってくれ。……もっと、自分を労って大切にしてくれ。

……やないと、見てられん……」

 最後は震える声だった。


 いつもは威勢よく話す香西が、二人に懇願していた。

 その肩が震えているような気がして、安は黙り込んだ。


 これまで除霊を行う時に傍にいたのは、依頼主と霊媒師の仲間だけだった。

 知華は祓えないが、見えるので状況が分かってもらえる。

 しかし香西は、どの部分にも当てはまらない立ち位置にいた。

 そんな人から見ると、こんなにも心配になるのかと、その姿を見て思う。

 震えながら座る香西の姿が、何故か両親と重なった。

(現実には、両親とこんな状況になったこと無いのに……)

 友人に言われて、ここまで気持ちが締め付けられるのだ。

 これが両親で、こんなにも不安な言葉を投げかけられたら。 


 仕事を続ける意思が揺らぎそうだと思った。


「ごめん……」

 心からの懇願に、安の口からは素直に謝罪の言葉が出た。

「今後はもっと安全な方法を考える」

「あたしも、ごめんなさい。香西くんが危なかったから、つい体が動いて……」

 二人から真摯な反省の態度が見て取れ、後ろで静観していた大人二人は安堵した。

 香西も鼻をすすると、何も言わず頷いた。


『見えない人が近くにいる事で、救われることもある』 

 これを予感していたのだろうか。

 今日が正解だったとは言えない。香西自身も危険だったし、二人に心配もかけた。

 しかしその対価としては、十分な物が得られた。


 香西は心のモヤモヤが少し晴れたのを感じた。


「さっさと片付けて、帰ろ」

 声の震えに気が付かれないよう、短く言った。 



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