香西と奈海
「知華、やっぱりここにいた」
声を掛けられたので知華がそちらに顔を向けると、他クラスの女子が立っていた。
香西は顔は見たことがあるが、直接の面識はなかった。
「奈海、どしたん?」
下の名前で呼ぶところを見ると、親しい間柄なのだろう。
奈海と呼ばれた彼女はちょっと覗きに来た、と笑っている。
友人と話があるなら席を外そうかと立ち上がろうとした時、奈海は香西に話かけてきた。
「香西くん、直接話すのは初めてよな。猪俣奈海です。三組だよ。知華とは中学から同じで、よく一緒に帰っとるの」
自己紹介され、彼も返そうとすると
「香西那津くんよな。知華から話しは聞いとるよ。最近、よく一緒におるよね。学校だけじゃなくて、休日も」
意味深な言い方に、香西は引っかかった。
何が言いたいのだろうと憶測を巡らせる。友人との時間をあまり奪うな、という事だろうか。
奈海にどこまで話しているのか、香西は知らない。もしかして、オマモリサマや幽霊の事も知っているのだろうか。
しかし、そうであれば一緒にこの場にいるはずだ。中学からの友人であり、名前呼びをする仲であるなら尚の事。
しかし今日に至るまで、怪異の話をする時はいつも二人だった。
ならば、何も知らないのが自然だろう。
そこまで考えて、香西は当たり障りのない返事をすることにした。
「そうやな。共通の友人がおるから、その事をよう話とる」
そこで、知華が担任に呼ばれた。
返事をして玄関近くまで走って行ってしまう。
思いがけず二人きりになってしまった。
気まずい空気が流れるかと思いきや、奈海は香西に思わぬ事を聞いてきた。
「香西くん、知華とはどう?仲良くやってる?」
どういう意味だろうか、と思いながら考えるが、事実を言うしかないだろうと結論付けた。
「まぁ、そうやな」
「一緒にいて楽し?」
楽しい、のだろうか。
雑談よりは怪異の話が多いので、楽しとは違う気がした。
「知華が男子と一緒にいる事、今まで全然なくてさ。おばあちゃんの事は聞いとる?」
「ああ、介護しとった事やろ。中学の頃から最近までずっと支えとったって聞いとる。なかなか出来る事じゃないわな」
それを聞いて、奈海はより笑顔になった。
「そうなんよ。だから高校に入ってもあんまり自由な時間がなくってさ。最近、一緒に出かけたりする友達が出来たみたいじゃけ、よかったなって思っとる」
自分事の様に話すその顔は、心底嬉しそうだった。
知華は良い友人がいるんだなと、香西も嬉しくなる。
「正直言うとな、香西くんと一緒におるって聞いた時はびっくりしたんよ。まさかの男子じゃし、香西くんの噂も聞いとったから」
香西は他のクラスからどんな客観的評価をされているか、自覚している。
粗暴で教師に楯突く乱暴者。
父親が学校に呼び出されたことも何度もある。
その度この親にしてこの子あり、という評価が下っているとも知っていた。
自分の事は構わない。父親についても、乱雑な性格である事はよく分かっている。
ただ、自分と付き合いがある友人達もが、同じ評価をされるのが嫌だった。
ちゃんと個人を見て欲しい。
彼らは自分と同じような粗暴者でなければ、誰にでも敵意を向ける者でもないということを、見て欲しかった。
「俺なんかと知り合って、嫌じゃと思ったか?」
奈海に問いかける声に剣があると、香西自身でも分かる低さだった。
大抵の女子はそれだけで怯むのだが、奈海は違った。
「意外だなと思っただけじゃ。噂はあくまで噂じゃろ。あたしは香西くんと喋ったこともないし、人となりも知らんから勝手な事は言えんよ。知華に『友達になるな』って言うのも、おかしいやろ」
奈海は、知華が香西の事を話してる姿を思い出していた。
子供扱いして酷いと言いながらも、本当に楽しそうに話していた顔が、眩しかった。
「知華、初めて香西くんの事を教えてくれた時、凄く楽しそうだった。あんな顔で笑えるんじゃなって、いい友人ができたんじゃって、嬉しかったんよ。だから、ありがとうな。知華と友達になってくれて」
思ってもいない言葉だった。
そんな事を言われたことがないので、どんな顔をしていいか分からず、香西はああ、と曖昧な返事をした。
知華には本当に良い友人がいるんだな、と心から思えた。
「香西くんと出会ってからよ、知華が自分の心情をハッキリと言えるようになったの。前はもっと、心のうちを見せんかったから。介護から解放されたことも、一つかもしれんけど」
以前の知華。
中学から知る奈海には、どんな性格に映っていたのだろうか。
香西の印象は、教室の隅に静かにいる女子だった。
「こんなに話すようになる前は、物静かで口数少ないと思っとったんじゃけど。そういう感じやったん?」
「うん。下を向いてる事が多かったかな。冷静に回りを見取る所は変わらんけど」
「ああ、分かるわ。意外と浅慮じゃけど、咄嗟の時の判断と行動は早いよな」
先ほど思っていたことを言葉に出した。
すると奈海はぐいっと香西に詰め寄った。
「そうなんよ!よく分かっとる!!」
急にテンションが上がったので、香西はビクッとした。
「まだ二ヶ月なのに、こんなにも知華の事みてくれとるんやね!なぁなぁ、香西くん的に知華ってどう?」
どう、の意味を考えるあぐねるが、分からない。
なんで女子は急に態度が変わるのか。
びっくりするからやめて欲しい。
そういう意味では、知華はここまで大きく感情に波がないので、話しやすいと思えた。
「どう、とは?」
「彼女として、どうってこと!付き合う気ある?」
「はぁ?」
なんだか周囲からよく言われる。
最近、よく二人きりでいるためだろうが、男女が一緒にいるからと短絡的やすぎないか。
そもそも、自分たちは共通の秘密?があるからこっそり二人で話しているたけであって、決してそういう関係ではない。
駆け足でそんな思考が巡った。
「香西くん、今考えとること全部口に出して言ったよ。自覚ある?」
「はぁ?嘘やろ!?」
全く無かった。
反応からしてまんざらでもなさそうだと、奈海はニヤついた。
香西はその笑みから何かを感じ取った様で、少し後ずさる。
「何しとん、二人とも?」
帰ってきた知華は、友人二人からただならぬ空気を感じ、立ち止まった。
「なんでもないよ〜。今日は塾あるけ、二人で帰ってな」
嬉しそうな顔で去っていく奈海。
そんな友人を見送ると、知華は香西を見た。何やら顔が赤い。
奈海がああいう顔をした時は、何か企んでいる時と知っている知華は、香西に尋ねた。
「奈海に何か言われた?」
「えっ、いや……別に……」
目を合わさず焦っているところを見ると、何かあったと分かる。
「奈海がああいう顔する時、なんか企んでる時なんよ。困ったら言ってな?」
香西は曖昧に返事を返し、二人で教室に戻る準備をした。なかなか顔の熱が引かない。
「学校終わったら、前おばさんに会った元公園に集合予定。さっき安ちゃんから連絡きた」
それを聞き、霊道対処をする事を思い出し、気が引き締まった。
「分かった。邪魔になる荷物、家に置いてから行こう」




