霊道の影響
次の日からの登校は、ブレスレットを身につけた。
とはいっても、手首に着けると規則違反で没収されかねないので、足首に付けた。
霊道は道の真ん中でぽっかりと穴を開けたままで、嫌な空気を放ち続けていた。
あの日香西にも見えていたので、知華は騒ぎになるのではと心配したが、周囲の人には見えないよう目眩ましをかけた、と安が教えてくれた。確かに皆、穴の上を平気で歩いている。
動物は例外で、犬や猫は唸ったり避けたりしてるのを見かけた。また小さな子供もビクッと動きを止め、迂回したり泣き出す子もいた。大人達は不思議そうに道を見たり子供をなだめていたが、結局は遠回りを余儀なくされる者が多かった。
安は暫くこの周辺で霊を見やすくなると言っていたが、その言葉の通りで、これまでより頻繁にその姿を見かけた。
しかもおどろおどろしい姿の者も多く、頭が欠けていたり血まみれだったりと、明らかに良くない者たちだった。子供が泣き出すのも当然だと、知華は目をそらしながら思った。
一刻も早く霊道を閉じて欲しかったが、そう簡単にはいかないと安から言われた。まだ十分に体力が戻っていないことに加え、準備が色々といるようだ。
霊道が開いて一週間、知華は様々な霊にちょっかいをかけられる事になった。
毎日この道を通るので、霊達に『見える人』とばれたからだ。
体がねじねじの人、紙のようにペラペラな人、顔面がなく髪で三百六十度頭部が覆われている人、手足が五本ずつある人などなど。今まで以上に、おおよそ人間とは言い難い風体の霊を見た。
これも霊道が開いたせいなのか、知華には判別がつかなかったが、少なくとも影響は受けていると思えた。
ブレスレットや以前の施した家の対策のお陰か、触れられたり家の中に入られることはなかった。
しかし、それでも付きまとわれたりブツブツと耳もとで囁かれるのには辟易した。
通学路を変えることも考えたが、あの時現場にいた責任感のようなものを感じ、毎日見守ることが義務のように思えたので、出来なかった。
その代わり、ではないかもしれないが、香西に毎日の様に報告するのが日課となった。
報告といえば聞こえが良いが、最近は霊への不満や愚痴がもっぱらになっていた。
この日も昼食を中庭で食べながら、今朝の出来事を話していた。
つきまとう霊はだいたい決まっていて、同い年位の女の子、サラリーマン風の中年男性、お婆さんの三人だった。
「ずっと女の子がブツブツ何か言ってくるんよな……。もう顔の距離が近すぎて……。生きてる人なら鼻息かかる距離なんよ」
ぐったりとしている知華を見て、気の毒に思いながら香西は話を聞いていた。
「そんな近距離なん?なんて言われるん?」
「それが分からんのんよ。声が小さすぎるのと、言葉がはっきりせんで。授業中もずっとでさ。あたし、今日数学当てられたけど、反応鈍かったじゃろ?」
三限目の数学で指されたが、気づかず何度か名前を呼ばれていたのを香西は思い出した。
ボッーとしていたわけではなく、霊に話しかけられ聞こえなかったのか。
「ああ、あれか。学校にまでついてきとん?」
「うん。今も隣にいるよ」
「うええぇっ!」
いきなり言われ思わず知華の周囲を見るが、相変わらず何も感じないし、見えない。
それにしても相変わらずさらりと言ってのける所は、肝が据わっているとつくづく思う。
知華が顔を曇らせるのは、幽霊よりも家族が関わる時が一番多いと、そろそろ付き合いが深くなってきた香西は感じていた。
「また、さらっと大事なことを言ったな。朝からずっと憑いとるってこと?羽原、慣れすぎとるで」
呆れるというよりも心配が勝る思いで、香西は知華を見た。
「一週間とは言え、こんな人が三人もウロウロされたら慣れるよりはうんざりするわ……」
物凄くたちの悪いストーカーという感じだろうか、と香西は想像を巡らせる。
この疲弊具合だと、知華の気力が心配だ。
生きてい人間と違い、身体的にも影響が出るかもしれない。
前回の霊道対処の後の安は、結局高熱を出して丸一日寝込んだと聞いた。
専門家でその状態なのだ。素人の知華であれば、数日かかるのかもしれない。
安は対処に乗り出していると聞いているが、まだ時間がかかるのだろうか。数日前に連絡した時は、準備物がそろそろ揃うと返事があった。
「安井の方は必要なそろそろ物が揃うて、言ってたけどな」
「うん。今日の夕方には出来そうって。朝、連絡きたよ」
「そうか」
それを聞いて些か安堵した。
「今隣におる霊も、何か感じとるんじゃろか。いつもより行動激しいのは、祓われるのを感じとるせいかもな。知華の近くにおるんなら、安井の言葉を聞いとるんかも知れんし」
「ああ、なる程」
そこには思い至らなかったのか、知華は腑に落ちた顔をした。
冷静に物事を見ているようで、実は浅慮な事がある。
そのくせ、いざという時の咄嗟の判断と行動は素早い。これも知華と付き合ううちに発見したことだ。
同い年位の女の子については分かったが、あとの二人、サラリーマン風の中年男性、お婆さんはどうしているのだろかと思い、聞いてみる。
「おじさんは毎日出社しとるよ。駅近くまではついてくるけど、いつの間にか他の人に移って電車に乗るから、今はおらん。お婆さんはその日によって行動が違って、今日は公園のベンチに横になってた」
生前の記憶か習慣か。死後も繰り返しているのだろうか。
知華の話を聞く限り、一番厄介そうなのが今も隣にいるという女の子だろうと思われた。
同世代である分、執着を持たれているのかもしれない。
「何にせよ、今日で決着つくとええな」
「ホンマにね」
話が落ち着くと、ちょうど弁当を食べ終えた。
まだ時間があるので、夕方の事について話をしようかと思った時だった。




