オマモリサマについて
両親がまもなく帰ってくる頃だったが、そんな事は言っていられなかった。
実際に歩き出すと安はフラフラで、真っ直ぐ進めない有り様だった。
知華では支えきれないので香西と変わり、家の中に入った。
自室に案内するとベットに横にさせて、水を持っていった。
「他に何したらええ?」
佐藤さんに聞くと、部屋の換気をして体を温めるよう言われた。窓を開けて毛布を準備し、安に掛ける。
「ありがとうな」
いつもより覇気のない声で礼を言われる。
除霊でこんなにも体力を使うものなのかと、知華は安を見た。
心配そうに自分を見下ろす知華を見て、安は安心させようと笑顔を見せる。
「しばらく休めば大丈夫やで。体を横に出来ただけでも、回復が良うなるから」
佐藤さんが教えてくれる。
次に知華を見ると、声の調子をガラリと変えた。
「安ちゃんがこんな状態やから、変わりにワシが聞くで」
鋭い眼差しが真剣な話である事を暗に告げている。
「そろそろ教えてくれるか?あれはなんや?知り合いなんやろ。知華ちゃんだけやのうて、見えへんはずの香西兄ちゃんまで顔見知りなんは、なんでや」
鋭さを感じる言葉に、知華は思わず下を向き自分の握りしめられた手を見た。
オマモリサマの事は二人に話したことがない。
いずれ安に聞いてもらおうと思っていたのだが、こんな形になるとは思っていなかった。
見えるようになってまだ一ヶ月余りだが、彼のその特異性に知華も気がついていた。
オマモリサマはこれまで見てきたどんな幽霊とも明らかに違う。どんな人間の目にも映り、物を持ったり話したり出来るのだ。
「知華、俺が話そうか?」
沈黙でいると香西が声をかけてくれた。
こんな状況になり、話さざるお得ないと意を決しているように見えたのだろう。
知華は大丈夫、と香西に顔を向けた。
そしてオマモリサマとの出会い、香西を巻き込んで何があったか、霊が見えるようになったのはそれがきっかけであること、全て話した。
知華自身も分からない部分があるため、拙い説明になる部分もあったが、安と佐藤さんは言葉を挟まず聞いてくれた。
話し終わると、二人は難しい顔をしていた。
これまで黙っていたことを責められるかもと、内心びくびくして言葉を待つ。
「そのオマモリサマ、かなりレアケースな存在やね」
臥床したまま安が思案しながら言う。
「幽霊とは明らかに一線を越えた存在なんよ。悪霊とも全然違う。昔からの妖怪とも違う。全ての人間の目に映るっていうのが、普通じゃありえん」
霊媒師である安が言うのだから、知華の考えは間違っていなかったようだ。
「しかもおばあちゃんと知り合いって、どういう事なんやろね。おばあちゃんから何にも聞いたことないんか?」
佐藤さんも考えこんで知華に聞くが、首を横に振った。
祖母とはもともと別居で、病気になり独居が困難になったので同居となった。
元気な頃の記憶はほとんどなく、同居を始めてからも話すもの億劫そうだったのだ。
それから見る見る体力が落ち、起きている時間が短くなっていった。
ゆっくり思い出話をすることもなければ、祖母が自分語りをすることもなかった。
「お父さんに聞いたりとか、できんのん?」
遠慮がちに安が聞く。
オマモリサマは父親に会ったことがある、と言っていたが幼少期のようだった。
聞いたとしても覚えているか分からない。
「ごめん」
短く答えるとそっか、とだけ返事を返された。
「あいつは神出鬼没なんよ。あれ以来現れんかったのに、今日急に会いにきよった。まだ知華を狙ってるのが分かったし、油断できん」
香西は歯がゆそうに顔を歪めている。
「俺には何の対抗策もない。安井みたいに対処できん。壁になるとか、一緒に逃げるくらいしか思いつかん」
何も出来きずにいる事が悔しいのだろう。
それは知華も同じだ。
狙われている事が分かっても、どう向かい打てばいいのか見当もつかない。
しかも安があれだけ苦戦したのだ。
修行もしていない自分では、どうしようもない気がした。
そんな二人を見た安も言葉をこぼす。
「あたしも太刀打ち出来てないよ。アイツの穢に当てられて弱った所に、追い打ちで霊道開けられたしな。しかもあたしの力量分かった上で、程よく苦戦する大きさの霊道を開けとった。全部お見通しなんよ。ほんま、腹立つわ」
イライラと安が宙を睨みつけている。
確かに、オマモリサマは安を『霊媒師のヒヨッコ』と呼んでいた。見ただけで安の力量を見抜いたのだろうか。
「怒ってたら体、温まってきた。知華、今日お師匠からもらったブレスレット、どうなっとる?濁ってない?」
体を起こした安が、手首を見るように促す。
貰ったばかりのブレスレットに目を向けてみると、少しくすんでいるように見えた。
「なんか色が変かも」
「やっぱりね。あたしのはヒビが入っとるもん」
そう言いながら、手を挙げて見せてくれた。
確かにあちこちヒビが入り、明らかに濁っている。
「こんな事出来る奴、そうそうおらんで」
佐藤さんが驚いてまじまじとブレスレットを見ている。
紅野も宇田も、身代わりになってくれると言っていた。
これがなけばもっと酷いことになっていたかもしれない。
「あたし、お師匠に直接報告に行くわ。新しいブレスレットもあつらえてもらわなきゃだし」
言うとベットから出て、上着を着ようとする。
それを見て知華が慌てた。
「えっ!?これから?」
「早いほうがいいんよ。残った霊道の穴の対処法も聞かなきゃだし」
「おいおい、さっきまで蒼白い顔しとった奴が何を言っとん?!」
香西も信じられないと慌てている。
安は気にせず身支度を進めている。
「霊道があのままじゃ、被害が出るのは時間の問題なんよ。さっきのはあくまで応急処置。本格的な浄化をせんと」
動く気満々の安は、電車の時間を調べだした。
知華は止めてよ、と佐藤さんを見るが
「こうなったらワシでは止めれん」
と顔を横に振っている。
何とか引き留めようと言葉を探していると、安のスマホの着信が鳴った。画面を見た安は
「お師匠?」
言うとすぐに電話に出た。
恐らく、先ほど加勢をした宇田が報告したのだろう。「はい、はい……。これから向かいます。今準備を……えっ、でも霊道の穴埋めとか、ブレスレットとか……」
何やら説得されているのか、安の張り切った声がどんどん萎んでいく。
「……はい……はい……。ううっ、はい……」
最後には肩の力が抜けていた。
佐藤さんは知華を見ながら、小声で教えてくれた。
「安ちゃんの説得はワシじゃ無理なんやけど、適任者は何人かおるからな。今日折り返すのはどっちにしろ無理なんよ。この後、当てられた影響で熱出るで。電車の中で倒れてみ。救急車呼ばれて、またこっちに帰ってくる羽目になるわ」
「そんな!熱まで出るの?」
知華は目を丸くして佐藤さんを見た。
「仕方ないんよ。人間の体の正常な反応よ。穢を当てられて危機を感じた体が、本能的に守ろうと過剰に反応して熱を出す。修行始めたばっかりの頃は、よく倒れとったで。うだっちゃんが泊まり込みで、よく面倒みとったわ」
懐かしそうに語る佐藤さんが話し終わると同時に、安も電話を終えていた。
「早くても明日にしなさいって止められた……」
不本意だ、と顔に書いてある。
「そんなブスッとしても、しゃーないやん。今日はゆっくり休みって」
香西が励ますように言うが、安はトボトボ歩きで部屋のドアを開けた。
香西も帰り支度をして、安に続く。
「暫くは霊とか見やすいと思うから、気を付けてな。新しいブレスレットも早く準備してもらうけど、それが届くまでは今のを使って。濁ったとはいっても、力は残っとるから」
二階から降りてリビングに出ると、安が足を止めた。
そしてお邪魔してます、とお辞儀をする。
リビングには両親がいた。今しがた帰宅したようで、上着を脱いだり鞄を開けたりしている。
香西も挨拶をしているが、知華は体が強張った。
これまで勝手に友達を連れてきたことはなかったのだ。
どんな反応をされるだろう。予測がつかない。
「あ、あら、こんばんは。これから帰る所?」
母親が少しぎこちなくも笑いながら、安と香西に話しかけた。
「はい。遅くまですいませんでした」
両親は何も言わず、三人の姿を目で追うだけだった。 知華も何も言わず、二人を玄関まで送った。
「ごめんね、急に家に上がらせてもらって。助かった」
「あとで怒られたら、言ってな?両親に事情を説明するからな?」
二人は気遣いの言葉を残して帰っていった。
二人の姿を見送った後も、誰もいない夜の道を、ぼーっと見ていた。
知華は霊道から漂ってくる気配を感じ、そちらに目を向けた。
ここからでも空気が重苦しいのが分かる。
しかし、家の中も同じ空気である気がする。
いつも重く、息がしにくい。
安に言われた通り、暫くはブレスレットをつけたまま登下校しようと思った。
このブレスレットが自分たち家族にも効果があればいいのに、と思いながら玄関の戸を閉めた。




