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クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
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再会

 


 それからの電車旅は簡単なゲームやトランプをして過ごした。

 行きよりは時間の経過が早く感じ、気がつけば到着間近で、慌てて荷物を片付けた。



 電車から降りると、時刻は夕方だった。

 解散するには名残惜しく、全員で駅前の小さな商店街をぶらぶら歩いた。


 あまり来ない場所で、昔からある店舗が多いように見受けられた。


 花屋、写真屋、肉屋、和菓子屋などがある。シャッターが閉まっている所も多い。


 安は夕飯を何にしようか悩んでおり、肉屋で目にとまったコロッケを買っていた。

「それ、美味そう。俺も買っとこ」

 香西も五つほど買い込んでいる。男の子はよく食べるな、と見ていると「オヤジはこれ、好きなんよ」と袋を受け取りながら言った。

「あとは漬物買おう。ちょっと隣の店行くわ」

 沢庵やしば漬けなど売っている店に消え、数分後に出てきた。

「これで夕飯オッケーやな」

 満足そうに言う香西を見て、安が「あんたがご飯準備するん?」と聞いた。

「そうやで。うち、片親やから。早く家に帰る方がやるんよ」

 ひとり親だったのか、と知華は思う。


 そういえば、昼休みに弁当を持ってきていた時、「今日のは焦げたなぁ」などと呟いていた気がする。

 自分で作ったから出た言葉だったらしい。


「香西くん、お弁当も自分で作るん?よく持ってきとるよね」

「オヤジの分と一緒に作っとるよ。高校に入ってから始めたけ、まだ上手く出来んけど。詰めるのって案外ムズいよな。なんかのっぺりしたような弁当になるんよ。ボリュームよく見えん、っていうか」

 弁当の悩みを真剣に語っている。

 知華も自身の弁当を作るので、その気持ちはよく分かった。

「結構マメやな。弁当って面倒やろ。メニュー考えんの疲れるし」

 安が聞くと「でも安くつくで?」と主婦的な事を言う。

「買ってばっかりじゃ、全然金が足らんわ。面倒でも作った方が小遣い減らんし。三食献立考えんの、大変やけどな。まだオヤジの意見聞けるけ、少しはええけど。安井は一人じゃけ、全部自分で考えるんじゃろ?その方が大変やない?」

 安が一人暮らしと聞いた時、感心していたのは日頃からやっているためだったようだ。

「あたしも佐藤さんおるから、完全に一人とは言えんけどな。メニューを色々言ってもらって、そこから決める事多いんよ」

「佐藤さん、家の中でも一緒なん?」

 知華は驚いて佐藤さんを見た。

「家の中までは入らんよ。ベランダにはよくおるけど。マンションの前で別れて、どっかの公園をウロウロしとる」

「流石にプライベートには干渉せんよ〜。間違って何か見ようもんなら、祓われるし」

「そうやね」

 二人は冗談っぽく言っているが、本当に出来るから笑えない。


 そういえば、佐藤さんは普段何をしているのだろう。

 安についている事が多いが、学校がある時や休みの日なども一緒なのだろうか。

「佐藤さんは安ちゃんが仕事してない時間、何をしとんの?」

「散歩やね。他の霊が何しとんかな〜とか、駅前で人の流れをみとるよ」

「霊って生きてる人と時間の流れが違うから、一日なんかあっという間なんよ。一週間会わんかっても、昨日別れた、みたいな反応やもん」

 そういうものなのか、と聞いていると佐藤さんが気になる事を言った。

「他には実験かなぁ。色々試しとるよ」

「実験?」

「どれぐらいの厚みの壁ならすり抜けられるか、とか。あと霊感ありそうな人に話かけたりしとる。気づくな〜って前に回り込んだり、大声出してみたりな」

 なんとも迷惑そうな実験だ。

「気づく人、おるの?」

「いいや、おらんよ。チラッと見てくる人おるけど、目が合わんから。気配だけ感じとる人が多いかなぁ」

 佐藤さんはこれまでの実験結果を色々教えてくれた。


 壁のすり抜けは柱くらいまでなら出来るらしい。

 それ以上になると、抜けなくなった時が怖いので、トライ出来ていないと言っていた。


 霊感に関しては極たまに聞こえる人がいるものの、皆勘違いと結論して去っていくらしい。

 数年に一回ほど目が合う人間がいるが、見てないふりをして足早に遠ざかっていく、とも教えてくれた。


 その話を踏まえるなら、安や知華との出会いは相当貴重と言えるだろう。

「安ちゃんとの出会いは衝撃やったからなぁ。幽霊人生で一番の出来事よ」

 懐かしそうに言っているが、幽霊人生とは初耳な言葉だ。人生は終わっているので、『幽霊』をつけているのだろう。

「どんな出会いやったの?」

 知華が聞くと、佐藤さんは照れながら

「聞きたい?安ちゃんと馴れ初め」 

 と顔を赤らめた。

 それを見た安は

 「キモい言い方せんとって!」

 と心底嫌そうな顔で言った。

 聞こえない香西に状況を説明すると、興味津々のようで、安に詰め寄っている。

 佐藤さんは話す気満々というていだが、安は渋っていた。

 大した出会い方ではないから、という理由らしい。


 わいわいと話し込んでいると、いつの間にか商店街を抜け馴染みある道に出ていた。


 そろそろ知華と香西の帰路が分かれるので、香西は「もったいぶらずに話せや」と安を急かしている。

「安ちゃん言わんなら、ワシが話すで〜」

 と佐藤さんが上機嫌に語ろうとした時だった。


「知華」


 急に後ろから名前を呼ばれ、振り返った。


 夕日が低く地面を照らしている。


服装はあの時と変わらず、貧乏学生のようだ。


 にこにこ笑って知華を見ている。


 まるで久々に会った親戚の様な、人当たりのよい笑みだ。


 しかしオマモリサマの正体を知っている知華には不気味に映った。

「相変わらず綺麗やなぁ」

 知華の方へスタスタ歩きながらそう言った。

「キラキラ綺麗に光る魂や」

 うっとりと見惚れるような目つきだ。

 知華を見ているのではなく、その中に魅入っているのだ。


 知華は急に現れたオマモリサマに驚き、声も出なかった。

 恐怖で体が張り付けられたように動かない。呼吸が浅く早くなって、体が冷えていく。

「知華!」

 香西はぐいっと知華を引っ張ると、自分の後ろに隠した。

 彼の表情は険しく、呼吸が早い。

 緊張しているのが分かる。


 安はオマモリサマから良からぬ気配を感じたのか、表情が一変し、戦闘態勢に入る。

 しかし佐藤さんが鋭い声でそれを制した。

「安ちゃん、駄目や!!手ぇ出すな!」

 普段とは違う雰囲気の声に安はビクッとしたが、すぐに気持ちを立て直し「なんで!?」と聞き返す。

「あれはアカン。死ぬで」

 ギロッとオマモリサマを睨みつける目が、一つも油断するなといっている。

 よく見ると佐藤さんは冷や汗をかいており、どこか尻込みしているようだった。

 それでも安の前に立ち、何とか攻撃させないよう、手で制している。


 そんな緊張感ある二人を、オマモリサマは全く気にしていない。


 ただひたすらに知華を見ていた。


「やっぱりこっちで正解か。なら、自由にさせとこうか。そのほうがより光って美味くなりそうやな」 

 何やらブツブツと独り言を言っている。意味は分からないが、不吉な事に違いないと思えた。

「こんな人がおる所に、何の用や!!」

 恐怖で足がすくんでいるであろう香西が、精一杯の威嚇をする。

 しかし、そこで初めて香西に気がついたオマモリサマは不愉快そうに顔を歪め、

「なんじゃ、あの時のガキか」

 と冷たい視線を送った。

 声のトーンもガラリと変わり、冷え冷えしている。


 そして安と佐藤さんにも気がつき「人間の死霊と祓い屋か」と一瞥する。

「知華、なかなか面白いメンツで一緒におるな」

 愉快そうに言葉をかけるが、当の知華は喉がからからで声が出ない。

「お前、一体何者や!」

 安が凄みのある声で圧力をかけるが、その顔色は悪く、青白く見えた。

 オマモリサマは威圧を涼しく受け流し、笑った。

「まだまだヒヨッコの祓い屋。ワシの穢に当てられるようじゃ、到底かなわんぞ」 

 面白がって安を見ている。


 安はどう対処しようか思案していたが、その間にオマモリサマの方が何か思いついたようで、顔が楽しげに歪んだ。


 オマモリサマはゆっくりと一歩、足を三人に近づける。

 するとその足跡が黒く残った。

 まるで墨汁の様な漆黒で、地面にシミができたかのようだ。


 もう一歩進むと、同じ様に足跡が残る。

 二つになった足跡はお互いがじわじわと大きくなり、一つに交わった。


 オマモリサマが足を進めるたび、足跡が残り広がり続けた。


 十歩も進むと直径5メートル程の大きさになり、香西の足元近くまできた。まるで穴のようだ。


「これくらいでどうだ?お前に祓えるか?」

 楽しそうに言うと、オマモリサマはその穴の中に消えていった。

 そして、頭が吸い込まれる直前に言い放つ。

「知華、楽しみにしとくで」

 完全に姿が消えると、知華と香西は大きく安堵の息を吐いた。

 強張っていた体から力が抜ける。


 しかし安と佐藤さんは逆で、血相を変えて二人を穴から遠ざけた。


 そして鞄から瓶を取り出し、清めの水や酒を穴にありったけかけている。

 さらに御札を取り出し、穴の周囲をぐるりと囲うと佐藤さんに「離れとって」と言い、御経を唱え始めた。

 佐藤さんは知華と香西がいる所まで下がってくると、険しい表情のまま言った。

「もう少し後ろに下がり。あと香西の兄ちゃんに、うだっちゃんに連絡するよう伝えてや」

 知華が不思議そうに佐藤さんを見ると、「早う!」と急かされた。 


 まだ声が上手く出せそうになかったが、香西の袖をクイクイ引っ張り注意を向け

「香西くん、スマホ。宇田さんに連絡」

となんとか伝えた。


 香西は何も言わずスマホ画面を操作し、『宇田さん』の電話アイコンをタップした。


 数秒のコール音の後、宇田は電話に出た。

 佐藤さんがすぐさま

「うだっちゃん、加勢がいる。三人は呼んでほしい」

 と伝えると、今度は知華に

「ボリューム最大、スピーカーにして穴のそばに置いてきてや」

 と言った。


 言われるまま、知華がスマホを置くと数分の後、そこから御経が聞こえ始めた。


 安と合わせて複数人の御経が木霊す。


 屋外のはずなのに、なぜか御経が反響している。

 まるで小さな空間の中にいるかのようだ。


 読経は長く、朗々と続けられた。


 香西が無言で知華を見ている。

 説明を求めている目だったが、知華にも状況が分からない。

 ただ安が汗だくになって御経を唱えているので、ただ事ではないとしか分からなかった。


 穴は変わらずそこにあったが、御経が始まりその色が漆黒からくすんだ灰色に変化した。

 心なしか小さくなっている気もする。



 香西と佐藤さんの三人で安を見守ること三十分。

 ようやっと御経が終わり、スマホから神楽鈴の音が聞こえた。それも止むと、安は再び穴に酒を撒いた。

 柏手を打ち、礼拝した後、香西のスマホをとりに行った。そしてスピーカーを解除すると、何やら電話口で話し始めた。


 そこに来てやっと佐藤さんが口を開いた。

「びっくりしたやろ、二人とも。少し安心出来る状態になったから、説明するな」

 少し口調が和らぎ、いつもの佐藤さんの表情に戻っている。

「さっきの怪異。あれが霊道を開けたんよ。しかもかなりの大きさやった。無理やりこじ開けた感じじゃな。普通はそんな事できんのやけど。そのままだと霊や穢が溢れて周辺の住民に影響が出るけ、急いで閉じるように対処せなあかんかった。でも安ちゃん一人じゃ力不足や。せやから、うだっちゃんに加勢を頼んだ。複数人で何とか無効化するくらいには小さくなったけど、まだ穴は残っとるから油断は出来ん」

 かなり切羽詰まった状況であったことが伺えた。


 言われてみれば穴の周囲の空気が重く、淀んでいる。嫌な雰囲気がするので、知華も近寄りたくなかった。


 香西に佐藤さんの説明を話す。

 話し終わる頃、ようやく安が三人の元へ戻ってきた。

 スマホを香西に返すと

「あんたが宇田兄と連絡先交換してくれとって、助かった」

 と疲れた声で言った。


 知華は自分のペットボトルの水を差し出す。

 安は素直に受け取り、グビグビと飲んだ。

「大丈夫なんか?顔色、めっちゃ悪いで」

 香西が心配そうに様子を伺っている。

 確かに顔面蒼白で、心なしかフラフラしているように見えた。

「家で少し休んでいこ。倒れてしまうよ」

 知華は安の体を支えながら提案した。

「そんな、悪いわ。少し休めば大丈夫やし」

 弱々しく笑っているが、無理をしているのが嫌でもわかる。

「平気そうに取り繕ってもアカンで。ここは素直に甘えるべきや」

 佐藤さんが安に声をかける。窘める《たしな》ような語気にしゅんとなり、俯いた。

「……うん、分かった。少しお邪魔するな」



投稿の順番を間違えていたので、やり直しました。

長編になってしまいすいません…

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