将来
「香西くん、どしたん?ずっと黙っとるよ」
電車に乗って終始無言な香西を心配して、知華が声をかけた。
「そういや、さっき宇田兄と話しとったな。何を聞いたん?」
安が怪しいという目で見ている。
「別に。大したことじゃない」
言葉を返すが、それに説得力がないのか佐藤さんに顔を向ける。
「佐藤さん、一緒におったよな。何の話したん?」
行きと同じで、窓側に座り車窓を見ている。
佐藤さんは香西をチラッと見た後、安の方に視線を移した。
「男同士の話や。女の子は気にせんでええよ」
女子二人は顔を見合わせ
「どういう事?」
と声を合わせて言った。
その言葉を聞くに、佐藤さんは具体的な事を話さなかったのだろうと察した香西は、「男同士の話じゃ」とだけ言った。
聞こえないはずの香西が佐藤さんと同じ言葉を言ったので、さらに『分からない』という顔をする二人。
しかしこれ以上は聞き出せそうにないと思い、話題を変えた。
「文化祭終わったし、次は体育祭とかあるん?」
「ないよ。五月に終わった」
「えっ、そんなに早くやるん?」
「うん。クラス替えしたばっかりじゃけ、団結を強めるために一学期にあるって聞いたことある」
実際はゴールデンウィーク明けから練習が始まるので、かなり詰め込んで体育が続く。
気温も暑いので体力的にも辛く、生徒会で時期の変更が検討されたが、先生方から却下された。
他にも修学旅行や従業体験、オープンスクールもあるので難しいらしい。
「次は期末やな。十二月じゃけ、まだ期間あるけど」
「範囲広そうなんよな……。嫌やなぁ」
ボヤく知華を見て安は意外そうな顔をした。
「知華って勉強嫌いなん?」
「好きじゃない。理科は一部範囲が得意じゃけど」
実際、成績は学年で真ん中位だった。
「なんか、卒なくこなしてそう見えるのに。淡々と問題解いてそう」
「そんなイメージ?数学はめっちゃ苦手よ。日本史は好きじゃけど、世界史はキライ」
「俺とは逆やな。数学好きじゃけど、歴史は全部苦手」
「えっ、意外すぎる!」
安がかなり驚いて香西を見た。
「お前は俺の何を知っとんねん」
「顔からして、勉強できんタイプやん」
失礼な、と香西が安を見た。
内心では知華も驚いていたが、顔に出さないように努めた。
「羽原も意外って顔しとるぞ。しかも、それを気取られまいとしとるじゃろ」
見事に言い当てられ、知華は「ううん?」と変な声が出た。
「羽原は顔に出やすいよな。安井は顔に出る前に声に出しとるし」
やや呆れて言ったあと、香西は頬杖をつき、知華に聞いた。
「羽原って、もう進学か就職か、決めとん?」
「いや、まだ。でも、多分進学。なりたいものとかないけど」
「香西、朝も進路の事言っとったよな?そんな真剣に考えとん?」
「オヤジが五月蝿いんよ。大工じゃけ、自分が若い時から働いとるから。『やりたい事ないなら俺の現場来い』って散々言われとる」
うんざりした様な顔だ。
何か進みたい道があるのだろうか。
「嫌なん?なんかやりたい事、あるん?」
「オヤジと同じ道が嫌、とかそんな理由やろ?」
安がいつもの茶化すような口調で香西を見た。
彼は少し違う、と言葉を濁す。
「なりたい、とは違う……。かっこええなぁと思う仕事はあるけど。そんな理由で目指してええんか、分からん」
はっきりしない言い方に、知華は香西の迷いを感じた。
いつも思うことを素直な言葉で伝えてきた彼が、言葉を濁している。
高校に入り進路相談は何度かあった。
しかし日常生活が多忙で、それどころではなかった知華は真剣に考えたことがなかった。
なりたい職を選択しつつある香西を羨ましいと思った。
「あたしは何にも浮かばんから、憧れる仕事もないよ。かっこいいって思える職業があるだけでも、羨ましいな」
知華のセリフにきょとんとする香西。
「いや、かっこええって小学生みたいな理由やん。なんか幼稚で、高校生らしゅないっていうか……。ガキっぽくないか?」
あたふたと慌てている姿は珍しい。
「将来を選択するのに、そんな理由じゃおえんやろ?」
「そう?やりたい事とかなりたものって、結構単純な理由じゃないん?」
安が真面目に答える。
「あたしはちょっと違うけど、霊媒師になりたかったのは『悪いやつは退治してやる』って思ったからよ。子供みたいやろ?でも、いっつも根本にその想いがある。今もな。じゃから、そんなに難しく考えんでもええと思うで」
香西はそれを聞いて、まじまじと安を見た。
「そう……なんかな……」
安の言葉を聞いた知華は、奈海の姉の事を思い出していた。
「あたしの友達のお姉さんパティシエじゃけど、目指した理由聞いたら『美味しくて綺麗なケーキが作りたいから』って言っとったよ。綺麗なケーキはフランスにあるじゃろ、って理由でパリに行った時は、呆れとったけど」
あの時は奈海を含めた両親があっけにとられていたが、バイトでコツコツ貯めたお金を全て渡仏に使った事を考えると、彼女の本気が見て取れた。
「『ケーキ作りたい』って単純な理由よな?でも楽しそうに仕事しとるよ」
時々、奈海に連れられて姉が勤める店に行くことがあった。
そこでは姉や同僚が真剣な表情でケーキを作っていた。こちらに気づくとにこやかに商品を紹介してくれ、制作秘話や苦労など聞いてもいないのに色々と教えてくれる。
奈海は「また始まった」とうるさそうな顔をしていたが、妹のそんな態度もお構い無しに、とても楽しそうに話す姿が印象に残っていた。
知華と安の言葉に、香西は「そうか」と笑った。
なんだか気持ちが晴れたような顔だった。
「最近、色々と考え込んどったから。なんかスッキリしたわ。ありがとな」
ニッと笑い二人を見た。
「なら、良かったけど」
「香西でも悩むんやなぁ」
とそれぞれ言葉を返す。
「まさに青春の悩みやなぁ。羨ましいわぁ」
黙って見守っていた佐藤さんが、やっと口を挟んできた。
「オジサンには無縁の会話よ。死んどる時点で、無縁なんじゃけど」
自虐的に言う佐藤さんに、知華が尋ねた。
「佐藤さんは何の仕事しとったん?」
話が上手いので、セールスなどの営業だろうか、と考えた。しかし、スーツ姿が浮かばない。
「これといって特定の仕事はなかったんよ。タクシーやバスの運転とか、警備員とか。海の家で監視員しとった事もあるなぁ。熱中症になるかと思ったわ」
懐かしく思い出しているのか、遠くを見ている。
知華は香西に佐藤さんの言葉を伝える。
「それはそれで、大変そうやな」
「色んな仕事出来るって、器用ですね」
二人からそう言われ、「そうかなぁ」と照れていた所、
「まぁ、フリーターよ」
安にバッサリと切られた。
佐藤さんは「やりたい事ぎ多すぎたんよ!」とポコポコ安を殴った。
とはいっても実際には触れられないので、ジェスチャーだ。
知華はそれを見てクスクス笑った。
将来の事は考えていないが、みんなの考えや意見を聞くのは面白かった。
(あたしも考え始めなきゃ)
今度、奈海にも聞いてみようと思った。




